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告白 2
しおりを挟む「ト、トワ…」
虫の鳴くような小さな囁き声。
「……。何か用か?」
「あ、あのっ」
いつもおどおどしている。オメガの性質らしいけど俺はこんなに軟弱じゃない。情けない。見た目通りで腹立たしい。
「用が無いなら俺は寝る。邪魔するな」
夜会から帰ってきたばかりで上着すら脱げていない。
私室のドアノブに手をかけようとした時に寝衣姿のロゼアラに呼び止められた。
こいつはなんだってこんな時間に起きているのだ。昨日、…今日だったか? 十歳になったとはいえまだ夜更かしをしていい歳でもないだろう。
「トワ様」
昔は俺の従者、今はロゼアラのお守り役のアスターがやんわり諌めてくるから仕方なしに足を止めた。
「用があるなら早く言え。俺は疲れているんだ」
「その、こ、これ、今日、お祭りで、ト」
「なんだ? 小汚くて貧乏臭い腕輪だな」
尻すぼみのロゼアラの言葉を聞き終えるより先に眉を顰めた。
ロゼアラの手のひらに置かれた鈍い銀色の腕輪。安普請で造りも雑だ。
「………」
「お前もアクセサリーで身を飾るのが好きなのか? あいつみたいだな…」
舌打ちしたい気分でぼやいた。
腕輪から連想されたのはなにかと俺に付きまとうこの国の頂点に立つ男。軽薄でお調子者。好意を寄せてくるが興味本位。誰が信じるというのだ。
「………」
「人の嗜好なんてどうでもいいが、身に付けるならそれなりの物を身につけさせろ。こいつは曲がりなりにも大公家の嫡男なんだ。身分に相応しい身なりをさせておけ」
俺は目の前の息子ではなく、その後ろに控える俺の従者へ言いつけた。
「トワ様」
「ロゼアラの事はお前に一任すると言ったはず。いちいち俺に意見を聞きに来させるな。気になることがあれば都度指摘する。そう言っておいただろう」
アスターがまだ何か続けようとしていたがそれを遮って自室の扉を開けた。
ロゼアラを見ると、手のひらに腕輪を乗せたままうつむいて黙っていた。
言いたいことも主張できない、意気地のなさにも苛立ちが募り顔を背ける。
「俺は寝る。明日は昼前に起こしてくれ」
アスターにそれだけ伝えて俺は自室に篭った。
俺はどうしても我が子を直視することができなかった。
原因は義理の父となったアンリ・ベルン大公の発言だろうか。
決して順風満帆とは言えないベルン家での暮らしも、夫人が事故でこの世を去ってから更に荒れたものになった。
それは夫人が亡くなってから一年も満たない時期から始まった。
「ふん。ロゼアラも本当にラゼルの子なのか疑わしいな」
ロゼアラが二才の誕生日を迎える間際のことだ。
もともと難しい気質だった義父が伴侶を亡くして更に頑迷さに磨きがかかった。
夫人の一周忌のためにラゼルと二人で準備を進めていた時。打ち合わせをする俺たちの様子を見にきた義父が俺を見るなり忌々しそうに投げつけたのだ。
「な……!」
ロゼアラがアルファでないことで不義を疑われるとは思わなかった。
誰から見ても俺はラゼル一筋で、余所見をしたことがないことくらい知られているだろうに。義父は誰よりも近くで俺の素行を見ていただろうに。それをよりにもよって、俺が浮気?
「髪と目の色以外、ラゼルに似たところはないではないか」
確かにロゼアラは俺に似ている。移民の多いこの国では黒目黒髪は珍しくない。だからといってそんな決めつけは断じて許せない。
「義父上、いくら何でも」
さすがに聞き捨てならなくて反論をするがあまりの直接的な言葉に言葉が詰まった。
「ロゼアラは間違いなく俺の子です。トワへの侮辱を撤回してください」
「ラゼル…」
珍しく俺を擁護する。
アルファを産めなかった俺は社交界で恰好の酒の肴にされていると知ったのはこの後のことだった。義父はその話を聞いたのだろう。息子の伴侶の醜聞は誇り高い義父には耐え難い屈辱だったと思う。この時点で多分ラゼルの耳にも届いていたはずだ。けれどそれをラゼルが俺にどうこう言うことはなかった。そこだけは一貫していた。
だから俺は義父の唐突とも言える中傷に事実無根とはいえ激しく怒りを覚えたのだ。
「ふん。いつまで取り繕っているつもりか知らんがそのうちボロが出る。番を持たないオメガなんぞ欲望の対象にしか見られないというのに、お前はいつまでこれを放っておくつもりだ。くだらない噂が不愉快だというならさっさと番にして周囲を黙らせろ。それだから痛くもない腹を探られるのだ」
痛いところを突いてこられて唇を噛む。言葉はきついが義父の言うことは正論だった。
「父とは言え夫婦の問題に口を挟まないで貰いたい」
それでもラゼルは取り合おうとはしない。
「お前が責任を持って監視するというからこの婚姻を許したのだ。だが蓋を開けてみればお前達が上手くいっているとは言い難い、その上産まれてきた子供はオメガ。この者が希少種だと思えばお前の主張を呑んで大公家に迎えたが、アルファを産めないオメガなぞただのお荷物でしかないわ」
元から俺に対して厳しい目をしていた義父だから常に嫌味の一つは貰っていた。何かにつけ難癖をつけてきた。今までは大公夫人が間に立って俺への風当たりを弱めてくれていた。けれどその夫人が居ない今、俺はその強風に真正面から向き合わなければならなかった。
「言いたいことはそれだけですか? それならばもう気が済んだでしょう。トワ、お前は部屋へ戻っていろ」
夫人の代わりをラゼルが担ってくれたけど、根本的な解決をしてくれるわけではない。俺は立場上、目上の義父から言われっぱなしでなかなか反論することさえできないのに。
夫人と同じようにラゼルも嗜めてくれることもあった。けれど夫人とは決定的に違う。夫人から感じられた親愛の情をラゼルからは感じられない。ただ俺の立場を最小限の労力で守ろうとしてくれるだけ。それは伴侶への義務の範囲だ。
この頃から俺は外野の声というものが気になりだした。今まではどんなに悪様に噂されようと、周りからの評価を気にしたことはなかったのに。それがロゼアラの事を言われるたびに、必要以上にいちいち気が立つようになった。
それはロゼアラがオメガなのが、俺が不出来だからだと責められているように感じ、ロゼアラの落ち度は俺の落ち度、そんな図式が俺の中で出来上がってしまった。俺はロゼアラを自分の分身のように同一視してしまい我が子に対する歯痒い思いに拍車がかかってしまったのだ。
※ ※ ※ ※
「アスター!」
屋敷に帰るなり自室横の控え室の扉を勢いよく開けた。そこには俺の小さな従者の姿がいつものようにあった。
「お帰りなさいませ。トワ様、どうなされたのですか? 帰りは大公家様の馬車ではなかったのですか? もしかしてお一人で帰ってこられたのですか? ラゼル様と何かあったのでしょうか…」
俺がいつ呼び出しても応えられるようにアスターはここでいつも待機している。
机に向かって本を読んでいた従者の姿を見るなり俺の目からは我慢していた涙が溢れ出した。
「俺は今、普通じゃない。だからおかしな事を今から言うけど、俺は、一度死んだ人間なんだ…っ」
俺はたまらずアスターにしがみついた。
「俺は一回死んだ。それなのに何故かまた過去から人生を繰り返している」
俺は目をぐっと瞑った。
「前の人生で俺は我が子に殺された。それは自業自得だから仕方ない。けどその子はこの国を巻き込んでたくさんの人を殺してしまった。俺のせいだ。俺があの子を愛さなかったから」
「トワ様?」
俺の突然の告白にアスターは戸惑っているようだ。
けど俺はそれに気づいても口を開く事をやめれなかった。
「お、俺は、獣に悖る人道に反する行いを我慢しなかった。俺は自分のことさえ良ければ他がどうなろうが関係なかった。俺は胎を痛めて産んだ我が子が自分の理想と真逆の存在だったから、居ないことにした」
口がわなわなと震えた。こんな事を言ってしまえばアスターに軽蔑されるかもしれない。いや、されるだろう。それでももう限界だった。
「その子のせいで俺が悪く言われるのは我慢ならなかったんだ。俺はラゼルとの間にアルファの子供を産むものだと信じていたんだ。けど、現実はそうじゃなかった」
アスターの体に回した手に自然と力が入る。
「俺はラゼルと結婚した。でもそれは政略でラゼルの気持ちが俺に向いていたからじゃない。でも俺はそれでもその結婚を嬉々として受け入れた。だってずっと夢見てたことが叶うんだ。嬉しくないわけがない。ラゼルは相変わらず冷たかったけど、俺がアルファの子を産めばラゼルの関心が俺に向いてくれるんじゃないかって、アルファの我が子を産んだ俺に感謝して敬ってくれたら。そんな夢ばかり見てたから、ロゼアラがオメガとして産まれてきた事が受け入れられなかった」
膝をつき許しを乞うようにアスターにすがる。
「ラゼルは何も言わなかったけど、周りの奴らは俺がラゼルに厭われて、当てつけで他の男と関係を持った挙句オメガを産んだのだと口汚く噂されて」
どこへ行くにも付きまとう人々の好奇の目。そんな視線に晒されながら俺は居場所を求め続けた。
「そう言う周りの奴ら全てが憎かった! ロゼアラは正真正銘ラゼルと俺の子なのに、アルファじゃ無かったからそんな邪推をされたのも、そんな針の筵みたいな状況でもラゼルが俺を顧みることはなくて。初めから気持ちの無い相手だとはわかってたけど、アルファの子を産んで見返してやろうって目論見も失敗して」
俺は感情のまま吐露した。
「俺はもう何も見たくなかった! 自分の居る境遇がどれほど惨めか、アスター、お前以外わかってくれるやつはいなかったんだ! お前一人だけでも俺の屈辱を分かってくれる人間が居ることに感謝したけど、俺は、ラゼルに優しい言葉を掛けて欲しかった! 気持ちがなくても伴侶に選んだ俺に少しでも情けをかけて欲しかった…っ」
それは叶わぬ夢だった。
そうやって俺は少しずつ壊れていった。
「ロゼアラを育てることも放棄してその時だけ楽しければっていろんな奴らと遊んだ。それが根拠のない悪評に真実味を持たせることになっても、もうどうでも良かった。ラゼルに気にしてもらえないなら俺の評判がどうなろうと一緒だったんだ」
絶望と失望は大きく、すでに歯止めの効かないところまで俺は追い詰められていた。
「お前はロゼアラの世話を朝から晩までしてくれた。俺ももう何も期待したくなくて家を空けて遊び渡った」
するするとアスターの体から俺の手が滑り落ちていく。俺はそのままその場にうずくまる。
「番にもしてもらえない憐れなオメガって行く先々で嘲笑されて、自分の人生は意味のないものだってヤケになって。ラゼルからもロゼアラからも目を背けた」
あの頃の記憶は亡霊となって俺の頭の中に住み着いている。追い払ってもしつこく付きまとう、悪霊のように。
「ロゼアラが大きくなって俺に何か言いたげな目を向けているのは分かったけど、徹底的に無視した。俺はロゼアラを見ていると何も成すことができないくせに不平だけは人一倍主張する役立たずである事が惨めに思えてきて、我が子に向き合えなかった。そんな気持ちさえ持てなかった」
床についた両手を握りしめた。
俺は目の前のアスターを見上げる。
「アスター、俺はあの子にどう償えばいい? 俺のせいであの子は親殺しなんて罪を背負ってしまった。膨大な人間から恨まれる罪人になってしまった。取り返しがつかない場所へ追い詰めた。俺はどうすればあの子に謝ることができるんだ?」
罪の告白は救いがなかった。
「だからっ、俺は、あの子をこの世に出さない事で、あの子に対して犯してしまった罪を許してほしくて、それで、俺がこの先不幸になっても、相殺されるならって…っ」
だってもうロゼアラはこの世に産まれてこない。償いの時は永遠にやってこない。
アスターは黙って聞いてくれていた。その顔には蔑みも侮りも無い。いつものように静かな目をしていた。そんな普段と変わらない態度が俺に次々と本心を紡がせた。
「俺は、ただ、ラゼルに愛されたかっただけなんだ…っ!」
それが間違いだったと気が付かず周囲に不幸を撒いた。
それなのに今回のラゼルは俺に従属を強いようとした。目の曇っていた頃の俺なら愛の証だと世迷言を言って喜んだだろう。あの頃の俺にそれを与えてくれていれば悲劇は生まれなかったはずで、今になってその切り札を使ってくるラゼルに幻滅した。激しく怒りが沸いた。
そして己が犯した罪に否応なく向き合わされてしまった。自分の卑小さを突きつけられて俺は耐えきれなかった。
「俺は間違えた。だから俺は罰を受ける。この先誰とも触れ合うことなく孤独に生きる。どんなに寂しくても、苦しくても…あの子の為にずっと懺悔し続けるって決めたんだよ」
「トワ様…」
「聞いてくれてありがとう…っ。詰られても軽蔑されても俺は誰かに知って欲しかったんだ。自分の愚かさを」
一人で抱えるには重すぎる過去。
前の記憶を取り戻してからずっと目を逸らし続けてきたこと。
産まれてきてはいけなかったのはロゼアラでなくて、俺だったと。
ロゼアラの憎悪を育ててしまったのは俺だ。
子供が親を求めるのはごく自然な事なのに、俺はそれを黙殺し、あまつさえ手酷く振り払った。間違いの具現化の如く疎み、愛さなかった。
どれだけの傷を負っただろう。
無条件で愛してくれる筈の相手から無関心の仕打ちを返されたら。
俺の父上と母上はどんな俺でも愛してくれた。その子供の俺がそれをできなかった。
あの腕輪は俺への贈り物だったと後日アスターが手渡してきた。アスターは俺を責めることはなかった。ただ淡々と事実を教えてくれた。
祭りの日に俺に似合いそうだからと一生懸命に手に入れたそう。
きまりの悪さからその腕輪を身につけることはできずに、貴重品入れにずっとしまっておいた。
家を出るとラゼルと口論になったあの日、わずかながらの私物と一緒に持ち出すつもりで荷物の中に忍ばせた。
その後、その腕輪は大きくなったロゼアラが常に身につけていることを夢で知った。
俺は親としても人としても不完全な出来損ないだった。
「トワ様、これを。そのままでは目が腫れてしまいます」
アスターが固く絞ったタオルを差し出した。受け取ると泣き腫らした身体にその冷たさが気持ちいい。
「ありがとう、アスター」
冷水で絞ったタオルを目に当てるとじんじんと痺れるような痛みが少し走る。
「俺なんかが人の親になっちゃいけなかったんだ。我が子に愛情をもてない薄情な人間で、自分中心で。俺に失望しただろう? ごめんな。こんなクズが主人で」
「私はそう思いません。だってトワ様が経験してきた未来で私は立派な大人に育っていたのでしょう? 私を育ててくれたのはトワ様です。トワ様にあの時拾っていただけなかったら私はきっとのたれ死んでました。トワ様が薄情な人間だとは思えません。トワ様は愛情深いお人です」
「………」
アスターは迷いなく即答する。
「きっと何か間違いがあったのです。今はそれを正すことのできる二回目の人生なのでしょう? やり直せるのならおおいにやり直しましょう。私も協力します」
「アスター…。お前は俺の話を信じてくれるのか」
俺だってやっぱりたまに信じられないって思う事もあるんだ。これは俺の妄想で、本当はそんな未来なんてなくて、ロゼアラなんてどこにも存在しなくて。だからあんなことなんて本当は起こらなくて、俺もラゼルとは結婚しなくて…。
また涙が滲んできた。
「トワ様、泣かないで。私はトワ様を信じます。私はいつでもトワ様の味方です。トワ様の幸せな未来の為に協力は惜しみません」
「う…っ」
アスターの優しさに嗚咽は堪えきれなかった。
「トワ様が昔、というのでしょうか、その記憶を取り戻したのは、あの日ですか? 人前では涙を見せないトワ様が初めて私たちの前で泣いた」
アスターは俺が落ち着くのをそばでずっと静かに待ってくれていた。
「うん。何がきっかけかわからないけど、急に死ぬ前のことを思い出して。その時は混乱してて何が何だかわからなくてただ泣き喚く事しかできなくて。みんなに心配かけたよね」
鼻をすんすんとさせながら俺は説明する。もう年上の威厳とかは皆無だ。
「それから落ち着いた時にこれから起こる出来事を自分なりに整理して。俺がラゼルと結ばれる先にある悲劇を回避するためにって色々一人で考えてた」
俺の話をアスターはすんなり受け入れてくれた。時折相槌を打ちながら耳を傾けてくれる。取り乱している俺を落ち着かせるために信じているふりをしているかもなんて卑屈な気持ちにならないほど真摯な態度で。
信じてもらえないと思っていた。自分の中に溜まったものを吐き出したかっただけなのにアスターはこんな突拍子もない話を真剣に聞いてくれている。それがたまらなく嬉しかった。
「俺はあの子を見るのが辛かった。まるで俺の分身みたいに感じて、あの子のいたらなさ全てが自分の愚かさみたいに感じて目を逸らした」
アスターに促され自室へと移動した。アスターは俺を長椅子に座らせるとすぐに戻ってきますと言ってお茶を運んできてくれる。俺が好んで飲んでいるオリジナルブレンドのハーブティーだ。一口飲むと身体に沁み渡るような温かさに心がほぐれた。俺はとつとつと前回の事をアスターに聞いてもらっていた。
「そうやって俺はあの子を顧みることもなくて。殺されても当然なんだ。俺みたいなやつが子供を持つ資格なんてなかったのに。自分の欲のためにあの子を産んで理想と違ったからいないことにした」
言葉に詰まって下を向く。
「最低だ」
俺の正体はこの一言に尽きた。
「アスター、ごめんな。お前も巻き込んでしまったんだ。ロゼアラのこと全部お前に任せて、俺が死んだ後のことも頼んで。お前もこの国の敵といわれる事になった。何もかも俺のせいだ」
「私がこの国の敵に…?」
俺と関わったばかりにその身に降りかかった災難はアスターには辛い話かもしれない。でも包み隠さず話した。俺はアスターにも謝りたかったから。
「なるほど。私はトワ様のお子様、ロゼアラ様の護衛をしていたのですね。そこで私はロゼアラ様に加担して国を滅ぼしたのですか」
「お前に汚名を着せることになったんだ。許してくれなんて言えない。俺が馬鹿だったばっかりに」
膝の上の両手を拳に握りしめる。自分のしでかした事。だから言い訳なんかできない。軽蔑されて当然だけど、それを受け止めなければならないという恐怖に胃が竦む。
けどアスターは俺が思うような反応はしなかった。
「私はトワ様の言いつけ通りロゼアラ様の味方であり続けたのですね。良かったです。それで死んでしまっても本望です」
本当に満足げなのだ。
違うんだ、そうじゃない。
アスターの忠義心は俺の為のもの。その俺が間違っているのだから従っては駄目なのだ。そう言いたいのに俺の目からはまた一筋の涙が流れた。
アスターだけは裏切らない。
一人で生きていくと決めたけど、こうやってどんな時でも味方がいるのだと思えれば心強かった。
「アスター、狭くない?」
「トワ様の方こそ大丈夫ですか?」
「まだ余裕。けどアスター大きくなったな」
昔はこのベッドで一緒に寝転んでも全然楽勝だった。今は俺もアスターも成長したから前よりかは手狭になったみたい。
夜になって、就寝時間がきた。アスターと仲良く俺のベッドの上で並んで横になっている。
今日はアスターと一緒に眠りたいと、俺がわがままを言ったからだ。
「懐かしいですね。私がここへ引き取られてからしばらくはこうやって寝かしつけてくれましたよね。今でもあの時のことを覚えています。父や母や仲間のみんなが死んでしまって一人になった私を安心させてくれました。得体の知れない子供なのに躊躇うことなく手を差し伸べてくれて。この人はなんて親切で優しい人なんだろうと、こんな人に巡り合わせてくれた運命に感謝しました」
照れるなぁ。
「や、でもそれは弟が欲しいなぁって俺も邪な気持ちがあったし」
シーツを顔の半分まで引き上げて隠してみる。
「それでもトワ様が情深い方であることに違いありません。私はトワ様に会えたことをいつまでも感謝しつづけます」
「アスター…」
駄目だ。また目が潤んできた。
心が弱っている時にこんな言葉をかけられて俺の涙腺は崩壊気味。
「トワ様、目が溶けてしまいます。もう泣かないで。トワ様が悲しんでいると私も悲しいです」
「違うんだ。これは嬉し泣きというか。お、俺にもこうやって心を配ってくれる人がいたんだなぁって」
「トワ様は一人じゃありません。旦那様や奥様、この屋敷のみんなトワ様が大好きですよ」
「そうなのかな…。俺、ラゼルの事になると目の色変えて暴走してたから迷惑をかけていたと思う…」
魔法にかかっている時の気性の荒かった俺にはみんな手を焼いただろう。
「それも含めてこの屋敷の人たちはトワ様を慕っています。トワ様は誰にでも平等で親切でしたから、少しくらい変わったところがあってもそれでトワ様を嫌うような人はここにはいません」
それでもアスターは俺を否定しない。
「俺、アスターと出会えて良かった…」
「私もです」
「ごめんな。俺のせいで辛い目に合わせてしまって。今度はそんな事にならないよう、頑張るよ」
「今の私はトワ様に感謝をしていても謝ってもらうようなことは何もありませんよ?」
「うん、そうか…」
未来を変えるって決めたんだから。
「そうです。一緒に変えましょう。トワ様の幸せな未来を目指して頑張りましょう」
頼もしくてまた泣けた。
こんどは感謝の涙だ。
俺の不思議な境遇を理解して共有してくれる人がいる。
ずっと一人で気を張っていたから、アスターの存在が俺に運命に立ち向かう勇気をくれる。
俺のことを大切だと言ってくれるアスターやこの屋敷のみんなの為に頑張って未来を変えようと前向きな気持ちになれた。
その上で俺の明日が幸せなものであればいいと、あの日から初めて思えたのだった。
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