悪戻のロゼアラ

yumina

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不適切な友達 3

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 ハヤナ・アルトバイムは前回フリュウ襲撃の濡れ衣でしばらく学院に登校できずにいた俺の目を盗む形でラゼルの隣に居座っていた。
 
 俺が書いたと思わしき手紙によっておびき出された現場でフリュウは三人の賊に囲まれ剣を向けられた。あわや絶体絶命の危機かと思ったが、フリュウは持ち前の身体能力で賊達を圧倒し、逆に反撃に出た。その騒ぎに駆けつけたラゼルも合流して三人の賊を取り押さえることに成功したのだ。ラゼルもああ見えて結構強い。さすが俺のラゼル。何をしても人並み以上の結果を出す。格好良い。
 その後は俺と父上が主犯なのだとでっち上げられて釈明に数日を要したのは前述の通り。
 襲撃事件のあらましはこんなところ。
 実はその事件は世間的に大きなニュースにはならなかった。
 学院内という閉ざされた空間で起こり情報が広く拡散しなかった点と、フリュウの真の身分をまだ明かしたくない王家側の事情が理由だろう。大っぴらな捜査に至らず、うちへも協力要請という名の非公式な調査が入っただけだ。
 もともといわれのない罪だから公爵家うちが揺らぐ事はなかったけど、聞き取り調査の段階でフリュウが国王の庶子である事を知った父上が慎重になったのは仕方ない。俺がラゼルに腐心していたことを利用されての事件。父上はしばらくラゼルと距離を置くように俺に言いつけた。
 いつもは俺に甘い父上。その父上が厳しい態度をとったのだ。それだけで俺は事の重大さに気がつき、悔しいけど父上の命令に従った。
 そうやって、証拠不十分で厳重注意にとどまり、捜査も一応の終わりを告げ、普段の日常に戻った矢先だ。
 二週間ぶりに足を運んだ学院でラゼルが俺以外の誰かを側に置く姿があった。

 薄桃色の金髪は緩い曲線を描いて風に軽やかに舞っている。
 砂糖菓子のように甘い見てくれの華奢な希少種。
 さも当然のようにラゼルの横で楽しそうに笑っていた。

「ラゼル、そいつ何?」
 二人の前に立ち塞がる俺の声は尖る。
 ラゼルの後を追いかけることをしばらくは我慢するつもりだった。けどもうずっと顔を見ていないから、会いたくて仕方なくて、せめて朝の挨拶だけと自分に言い訳をして。学院の正門をくぐって、賑わうエントランスホールでやっと見つけたその後ろ姿。脇目もふらず早足で近寄って。愛おしさが募ってとにかく一秒でも早く声が聞きたくて、凛とした背中に口を開きかけたのだけど。
 ラゼルの制服の二の腕辺りを掴んで幸せそうに微笑む下級生。俺の眉は吊り上がった。
「トワか。もうここへ来れるようになったのか」
 俺の剣呑な様子を気にする風もなくラゼルはいつもの硬質な顔を向けた。久しぶりの再会だというのにそれを喜ぶ素振りも見せなかった。
 それはいい。いつもの事だから。
 駄目なのは俺以外の人間を側に添える事。俺があれほど嫌だと言っているのにラゼルは目を離すとすぐこれだ。親友だというイーバーク家の次男坊ですら俺は近くにいてほしくないのに。
「生憎とうちはまるで無関係だからね」
 あの事件は関係者の間で箝口令が敷かれている。学院内での騒動だから、学内の人間は何があったかくらいは耳にしているけど詳しい事情は皆知らない。だからラゼルとの会話も曖昧なやり取りだ。
「それで、そいつ。誰?」
「初めまして。僕はこの学院の一回生でアルトバイム公爵家のハヤナと言います。ヴァレリア先輩のことはラゼル先輩から聞いています。お友達なんですよね?」
 ラゼルに触れる手を離しておずおずと挨拶をしてきたそいつを無視して俺はラゼルに詰め寄る。
「どう言う事? どうして俺以外の奴を隣に居させるの⁈」
「トワ、静かにしろ。俺が誰といようとお前には関係ないだろう。こんなところで騒ぐな。お前は学院を休む前のことをもう忘れたのか」
 ラゼルに嗜められるが俺は納得がいかない。その場所は俺だけのものだったはずなのに。
「でも…!」
「トワ。お前はもっと思慮深く行動する必要がある」
 引き下がろうとしない俺をラゼルは諭す。軽はずみな真似をするなと言っているのだろう。父上との約束もある。
 俺は歯噛みしながらもラゼルに従うしかなかった。

 ラゼル接近禁止令の為、俺は昼食を食堂で一人で取っていた。
 一般学生はビュッフェ形式で食べたい物を好きなだけ皿に盛る。俺は色々な料理が大皿に並べられた配膳台近くの席に座っていた。今日は冬らしい冷え込みのせいか並べられた料理も温かいものが多い。一番人気は具沢山の熱々のスープだ。とろみがついてて冷めにくく冷えた身体を優しく温めてくれる。先程から追加でスープが鍋に継ぎ足されてその度にひとだかりができていた。
 座る場所を間違えた。
 クサクサした気分で料理を口にする。
 高級な食材を贅沢に使った料理も今の俺には何の味も感じられない。
 ラゼルはハヤナと席を共にしているのだろうか。王族に許された特別な一画。少し前は俺も立ち入ることができた場所。今は身勝手な行動はできない。父上に迷惑がかかるしラゼルからも釘を刺されている。けど割り込んでやりたい。
 何もかもが気に入らない。
「ヴァレリア先輩」
「………」
 じりじりとした焦燥を持て余す俺にかかったのは、ひどく甘ったるい不愉快な声。
 ラゼルと一緒にいるんじゃなかったのか?
 俺は意外に思ったけど、そいつを一瞥した後は興味を無くしたようにそっぽを向いて中断していた食事を再開する。あたかもそこに何も存在しないと言わんばかりの態度で。
「嫌だな。聞こえているのに無視ですか? ヴァレリア先輩って噂通りの人間ですね」
 そんな俺の態度にもめげずに無遠慮に話しかけてきたそいつは馬鹿にするように笑った。ラゼルの隣にいる時のような控えめな様子はなかった。こいつは随分いい性格をしている。俺はハヤナの二面性に驚きながらもそれを顔に出す事はせずに沈黙を保っていた。
「ヴァレリア先輩はラゼル先輩の事を好きなんですよね。噂はよく聞いていました。それなのに最近は二人のところを見かけません。喧嘩でもしたんですか?」
「………」
 探りを入れにきたのだろう。
 こいつは学院内で三回生数人に絡まれているところをラゼルに助けられたという。それ以降、何かと理由をつけてラゼルの側にいるようになった。
 ラゼルが俺以外のオメガを側に置いた事で外野も騒ぎ出して、二人が親しくなった経緯も風の噂となって俺にも届いたのだ。俺がいない間に本命ができた、俺の妨害に負けずに恋を成就する事ができるのか見ものだ、そんな低俗な話と一緒に。
「意外です。ラゼル先輩が他人に対して怒っているなんて。僕は何をしても怒られたことなんてないから。あんなに優しい人を怒らせるなんてよっぽどですよね?」
 上から目線のハヤナの言葉に俺の身体の中でどす黒いものが渦巻いた。
「…君がラゼルの何を知ってるっていうの」
「何って。いやだな、そんな事聞かないでください。恥ずかしいです」
「…どういう事? 君とラゼルはどんな関係だっていうの?」
 ハヤナの態度が異様に鼻について苛立ち混じりに俺は声を荒げた。
「え? 別に、同じ学院の先輩後輩、ですよ…」
 ハヤナはわざとらしく目を逸らす。
「でも、その、ほら僕ってオメガでしょう? ラゼル先輩はアルファだし、やっぱり意識してくれてるって言うか。二人きりになると何となくいい雰囲気になっちゃうんです。昨日の帰りにエントランスホールで少しだけお喋りしたんです。大きな花瓶のある所、あそこってちょっとした物陰になるじゃないですか。周りにまだたくさん他の人も居たんですけど、ラゼル先輩が急に僕をそこへ押し込んで…」
 頬を染めるハヤナ。
 思わせぶりに唇を指先で辿る。
「でも全然嫌じゃないっていうか、むしろ嬉しい、なんて…。はぁ、ごめんなさい。僕、お二人の邪魔するつもりなんてなかったんです。でも気持ちに嘘はつけないっていうか」
 明らかに優位に立っていると確信している横柄さでハヤナは恥じらうのだ。
 ラゼルはハヤナを受け入れている。
 俺と同じように側にいる事を許し、距離を縮める事に躊躇いを見せない。
 誰に対しても一線を引くラゼルの牙城をハヤナは崩した。
 二人の睦まじさを俺は学院に復帰したその日から嫌と言うほど耳にした。
 ラゼルの氷の心臓を溶かした、ラゼルを人並みの人間にした。それは全てハヤナの手柄だと学院内はその話で持ちきりだった。
「うるさい…」
「ヴァレリア先輩?」
「俺だってオメガだ。ラゼルと吊り合うのは俺しかいないんだ」
「僕、喋り過ぎちゃいましたね。他意は無かったんです。ただ本当に二人の仲の良いところを見なくなって、それが僕のせいだったら申し訳ないなって」
 ラゼルの匂いがハヤナから微かに香る。俺は一瞬にして嫉妬の炎に焼かれた。
「ラゼルは俺のものだ! 俺はラゼルの運命の番いなんだ! 好き勝手なことを言うな…! ラゼルの伴侶は俺だけなんだ‼︎」
 テーブルに両手をついて立ち上がる。その衝撃で手元の食器がガチャガチャと音を鳴らした。声自体は抑えていたから周囲の席で食事中の学院生たちに今まで注意を向けられることはなかったが、その音で何人かが俺たち二人の様子に気がつき、近くのもの同士で視線を交わしあった。
 俺たちを中心に異様な緊張感が漂うが、ハヤナはまるで気にかけず話し続ける。
「でもラゼル先輩は僕のことを可愛いって言ってくれます。本当はラゼル先輩、ヴァレリア先輩の事は迷惑だって僕に溢してました」
「黙れ。その口をそれ以上動かすな」
 俺は静かに恫喝した。けれどハヤナは純真を装った挑発をやめなかった。
「ヴァレリア先輩は同じオメガで、好きな人も一緒だから仲良くできたらって思ってるんです。今は複雑かもしれませんがそのうち僕とラゼル先輩がお似合いだって気づくはずです。その時はいろいろ相談に乗って貰えれば嬉しいです」
「この…っ!」
 何も聞きたくなくて、くだらない事を言い続ける口を塞ぎたくて、俺はハヤナに掴みかかる。
 ハヤナはその一瞬、笑った。気がした。
 形容するなら、『してやったり』。
「………っ」
 え…?
 俺がその笑みを不可解に思うより先にハヤナは後ろの配膳台へ倒れ込んだ。
 俺の手はハヤナに触れてない。呆然とする俺の耳に食器が落下するけたたましい音が鳴り響いて。
 そして次には。
「うわぁあああーっ! 熱いっ! 助けてっ! 顔がっ、顔が…っ!」
 ハヤナの苦痛に歪む声が食堂を包み込んだ──

 ハヤナは顔に火傷の跡が残った。
 出来立てのスープが継ぎ足されたばかりの鍋を頭から逆さまに被ったのだ。
 男といえど、オメガとしての価値は著しく下がった。
「トワ、聞きたい。アルトバイムの怪我は本当にお前がやったのか。目撃者の話によればアルトバイムが自ら配膳台へ倒れ込んだと言っている」
「俺だよ。俺がやったの」
 家で謹慎中の俺の元へやってきたラゼル。応接間に通して向かい合って座っていた。
 ラゼルの姿が我が家にあるのなんて何年振りかな。指折り数えようとしてたった二本指を折っただけで終わってしまった。二年だ。もっと長い時間だったように感じていたのに人の感覚とはあてにならないものだ。そんな事を呑気に考えていた。
 国の警吏達の三日に及ぶ尋問を終え、俺は身も心も擦り切れていた。
 心はささくれ立ってずっと気が晴れないままだった。
 それでもラゼルの面会は素直に嬉しかった。これが最後だと思えば、今までつれない態度をしてきたラゼルの気まぐれも俺にとってはかけがえのない贈り物のように思えるのだ。
「トワ…」
「だって俺からラゼルを奪おうとしたんだからその報いは受けて当然だろう?」
 俺は悪びれず笑った。
 ラゼルはハヤナを伴侶に選ぶかもしれない。ハヤナはもう傷物だ。貴族社会において商品価値が下がったオメガの行き着く先なんてそう多くない。ラゼルはハヤナの火傷に直接関わったわけじゃないけど、今まで俺を放置してきた自責からその選択をする可能性は高い。使命感の強い性格だから。
 俺はそれでも良いと思った。
 公爵家の子息に一生残る顔の怪我を負わせた俺はそれなりの処分をすでに覚悟していた。
 爵位継承の資格を剥奪されて、投獄か良くて貴族社会からの放逐だろう。静かにしておけという言いつけをされていたにもかかわらず騒ぎを起こしてしまって父上の逆鱗にも触れているから勘当されてこの王都に足を踏み入れる事は二度とできなくなるかもしれない。
 ラゼルの言うようにハヤナの自爆だった。俺の手はハヤナに触れていない。俺を避けるために体勢を崩したにしても不自然なほど派手に倒れ込んだ。どうしてハヤナがそんな無謀な行動に出たのかわからない。ラゼルの気を引くためにとも考えたけど、そんな事をしなくともハヤナはラゼルに特別に思われている。
 ハヤナを追い払うような真似をラゼルはしなかった。俺相手にでさえ持て余すと自分から離れていってしまうラゼルがハヤナの事はごく自然に近くに置いていた。その事実だけでラゼルがハヤナを憎からず思っている証拠になるのだ。
 俺が手にする事ができなかったものをハヤナは手にした。
 だから俺は言い訳をしなかった。
 ラゼルとハヤナの事を認めたわけじゃない。
 仮にラゼルがハヤナを娶っても、それは俺の為。火傷を負ってオメガとしての将来が限りなく狭まった可哀想なハヤナを、ラゼルは俺の為に仕方なしに受け入れるのだ。
 二人がどれほど想い合っていてもラゼルがどんなに真心をハヤナに示してもその気持ちにあやが付いてしまった以上、ハヤナはその度に爪痕を残した俺を思い出すだろう。トワ・ヴァレリアの不始末のせいでラゼルは自分を選ぶしかなくなった、と。選ばれたのではない、選ばざるを得なかった。そんな屈辱の中でラゼルと共に生きていけばいい。
 俺が否定しない事でこの構図は成立するのだ。
 こんな愉快な事はない。
 ラゼルは俺の為に自分の未来をハヤナに差し出した事になる。これって俺に対しての最高の愛情表現じゃない?
 俺にとってこの世の何よりも大切な場所を掠め取った盗人ぬすっとにはお似合いの末路だ。
 だから俺は満足していた。
 ザマーミロ、だ。

        ※ ※ ※ ※

 フリュウは機嫌が悪い。
 ハヤナが俺の悪口を言い出したからということだ。
 流石にフリュウは怒ってハヤナを突き放した。ついでに学院をサボりがちになった。下町で遊んで時間を潰しているそう。
 そんな噂をアハトから聞いたその日の下校時間。
 エントランスホールの大階段を降りようとしたところへハヤナと出くわした。
 こちらも機嫌が悪い。いつもの笑顔もなりを潜めて周りの空気がどんより澱んでいる。
「………」
 随分荒れている。フリュウによほどきつい事を言われたんだろうな。
「……ヴァレリア先輩は幸せ者ですね。あんなに想われて」
「………」
 計画がうまく進まない事に苛立っているんだろう。その原因の俺を見つけて憂さ晴らしでもしようとしているのだろうか。
 前回もそうだった。わざわざ俺に絡んできて好き放題暴言を吐いた。
「さすが公爵家のお姫様、ですね。男を手玉にとる手管に長けてます。僕も見習いたいです」
 明らかな言葉の棘。随分追い詰められているみたいだ。
「俺はフリュウに何もしてない。あっちが勝手に言い寄ってくるんだ」
「先輩は綺麗ですからね。ちょっと笑いかけたら男ならすぐに勘違いして靡くでしょう? ベルン先輩だけを追っているのは勿体無いですよ。もっと色んな人と付き合ってみたら良いんじゃないですか? 淫乱なオメガらしく」
 カチンときた。そりゃオメガはどうしても性に直結する存在だから世間での社会的地位は低い。はっきり差別されることもある。俺は公爵家に産まれてきて身分を保証されているから面と向かってそんな蔑みの言葉を投げられた事はないけど。でもさ、お前も同じオメガだよな? どの口が言うんだ。
 俺の不服そうな視線に気づいたハヤナが肩をすくめた。
「僕もオメガですけどとてもそんな真似はできませんけどね。好きな人がいるのに他の男にもいい顔をするなんてそんな器用な芸当なんて無理です。だからフリュウ先輩を僕に譲ってください。いいでしょう? 先輩はあの人の事を何とも思ってないんだし。僕ならあの人を幸せにできます。あなたじゃ無理でしょう?」
「あいつを幸せに? 君如きが? お呼びじゃないよ」
「な…っ!」
「まさか君、その程度の性能であいつに吊り合うとでも思ってるの? おめでたいね」
 俺は嘲った。
「僕は希少種だ! あの人にアルファの子供を産んであげられる! それに僕は由緒正しい公爵家の息子なんだ! あなたと条件は一緒だ!」
「君の価値ってそれしか無いの? 残念だけど君くらいの人間はここに俺がいるように他にも腐るほど居る。何も君だけが特別じゃないんだよ?」
 今度はこちらの反撃の番だ。
 俺は憐憫の眼差しでハヤナをせせら笑った。
「せめてさ。俺くらいあいつに認めてもらえる人間になってから出直して来なよ。あいつは俺しか見てないよ、ステラヴィラのハヤナくん」
「それを何処で…!」
 はっきりとわかるほどハヤナの顔は青褪めた。
「蛇の道は蛇って言うでしょう。俺の家くらいになるといろんな情報がいろんなところから入ってくるんだよ。君が公爵の私生児なのも、公爵家へ引き取られる直前まで店で身体を売ってたのも、何でもね。残念だけど君は自分が思っているほど価値のある人間じゃないよ。そこらに有象無象といるただの脇役」
 やな奴だよな、俺って。
 でもさ、喧嘩に勝つ為には手段なんて選ぶ必要はないよね。しかも向こうから仕掛けてきたんだから手加減は必要無し。問答無用で叩きのめしてあげなきゃ失礼だ。その為の準備も抜かりない。俺はこんな事もあろうかと独自にハヤナの素性を調べ上げていたのだ。今がそれを役立てる時だろう。
 次男とハヤナの会話は家族にしては物々しかった。父の温情に報いると言っていた。家族にそんな言葉を使うだろうか。アルトバイム兄弟の関係性は歪のように見える。ハヤナの素性を洗うためヴァレリア家の情報網を使って身辺調査をした結果、ハヤナがアルトバイム公爵が外の女に産ませた子供という事が判明した。……権力を持ってる男はどいつもこいつもこれだから。
 ハヤナの境遇はあまり良くない。
 母親の元で育ったが、下流層の母親はハヤナに十分な教育を受けさせる事もなく、まだ十三歳のハヤナを王都の繁華街にあるステラヴィラという名前の店に売った。いわゆる性風俗の店だ。ハヤナは頼るもののないその環境の中で身体を売る事で自分を養っていた。
「うるさいっ! あなたなんかに僕の何がわかるっていうんだ!」
 ハヤナは面白いように挑発に乗ってくる。
「みっともないよ。あいつに気がある振りをしてまで何がしたいの? 悪いけど君が兄君と用務倉庫の前で話していているの聞いちゃったんだ。俺はすぐそばのベンチに座ってたんだけど君たちはそれに気づかなかったみたいだね。内緒の話をする時はもっと慎重になるべきだよ」
「あなたにはわからない大人の世界の話だよ」
 さっきのお返しのつもりか。お前だって子供のくせしていちいち癇に障る奴だな。
「そう。その大人の世界の為に君は犠牲になるんだ。君の父上は君を道具としてしか見てないみたいだね。君の兄上達も。家門を盤石にしたいが為に君を人身御供にするんだ。君はあの家で随分肩身の狭い暮らしを強いられていたっていうじゃない。やっぱりオメガらしく春を売るような仕事をしてたからかな。なかなか理解してもらえない職業だもんね。あ、俺はオメガだけど誰にでも脚を開くような淫売じゃないからね?」
「うるさいっ! そんなやり方でしか生きる方法がなかった僕の気持ちはあなたみたいに恵まれた人間にはわからない!」
「当たり前だ。俺を君と一緒にしないでよ。そうやって誰かに利用されて自分をすり減らしていくだけの人生で満足できる気前のいい君の気持ちなんてわかりたくないからね」
 心底馬鹿にしてやった。嫌味たっぷりに。ハヤナの茜空色の瞳が怒りに燃える。
「あなたはあの人の秘密を知っているんですね。そんな口振りだ。あの人から聞かされたんですか? 高貴な身分を餌にあなたを籠絡しようとでもしたのかな」
 静かな怒りを滾らせるハヤナ。気弱なオメガの外面を取り繕うことを捨てている。
「だったら話は早いよ。僕はあいつらを、あの兄達を見返したいんだ! 薄汚れたオメガだって馬鹿にされて。自分達こそ何も持たないただの凡庸な人間の癖に正妻の子供だからって偉ぶって。だから僕はあいつらより役に立てることを証明しなきゃいけないんだ…!」
 ハヤナは拳を握って立ち尽くし、殉教者のような悲壮さで語り出した。
「それにはあの人を必ず手に入れなきゃいけない。それなのにあの人はちっとも僕に興味を持ってくれない。兄さん達から聞いたあなたの昔の悪行を教えてあげているのに反対に僕を叱るんだ。何故なの? 僕は誰からも欲しがられるのに、どうしてあの人は思い通りにならないんだ。はやく結果を出さなきゃいけないのに。だからあなたは邪魔なんだ」
「計画が上手くいかなくて、兄君達にせっつかれているの? 憐れだね。兄君達は君を本当に使い勝手のいい消耗品としか見てないんだ。君さ、その複雑怪奇な思考すら利用されているんだよ。やめておきなよ。フリュウだって馬鹿じゃない。いつか君たちの企みに気がつくよ。その時君はどんな顔をしてあいつと向き合うの? 嘘に嘘を重ねて本物にでもするつもり?」
 ほんの僅かにハヤナの顔は曇った。葛藤はあるようだ。
「…僕はあの男に認められたい。あんたが気まぐれで作った子供は、血統正しいあんたの子供達より優れているってね。鼻を明かしてやりたいんだよ! それがあの男と、僕をはした金で捨てたあの女への復讐にもなる。僕は良心なんてとっくに捨ててるよっ」
 息を荒げてハヤナは悲痛な表情を見せる。ハヤナの情に訴えるような叫びに心を動かされない人間は居ないんじゃないのだろうか。俺だってこんな状況じゃなければハヤナの身の上にいたく同情した。
 けど今は喧嘩の最中だ。
 ここで手を緩めてあげるほど俺は人間ができてない。
「君の御涙頂戴な生い立ちに興味はないよ。そもそも俺に君たちの企みがバレた時点でこの話はすでにご破算だよね。その薄汚れた尻尾を巻いてさっさとどこかへ消えなよ。目障りなんだよ、君と言う人間は。この学院の格を下げないうちに底辺育ちの君に相応しい場所へ戻るといいよ。淫乱なオメガにとってステラヴィラは天国なんでしょう?」
「言わせておけば…っ! あなたのせいで僕は…っ」
 ハヤナは威嚇する猫のように牙を剥いた。挑発しすぎたかなと思った時は手遅れだった。ハヤナは俺に掴み掛かろうとこちらへ勢いよく突進してきた。前回の俺のように。
「ちょっ、ここ、階段…っ!」
 俺が今立っているのは大階段の一番上の降り口。こんな所で突き飛ばされたら俺は確実に背後の階段へと吸い込まれてしまう。
 いや、俺は避けた。
 威勢のわりにハヤナはトロかった。さすが身体能力の低いオメガだ。俺もオメガだけど俺以上にハヤナは鈍臭くて余裕で躱す事ができたのだ。
 危なかったぁ、と胸を撫でおろす前に、ハヤナが俺の身体を空ぶった勢いでそのまま階段へ突っ込んでしまった。まじか。
「わ…!」
 咄嗟にハヤナの腕を掴む。けど勢いがつきすぎているせいで俺の身体も持っていかれそうになり、力の入れ方を慌てて変えた。片足を支点にして踏ん張り、掴んでいたハヤナの腕を引き寄せ、落ちていくハヤナと入れ替わるように階段上へ身体を投げ出す。その反動を使ってハヤナに尻餅をつかせてその場にうまく留める事ができたけど俺の手はハヤナの腕から離れてしまった。
 予定では二人ともその場で事なきを得るはずだった。
 自分の握力の無さに絶望しながら俺は階段を滑り落ちていったのだった。まじですか…。
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