悪戻のロゼアラ

yumina

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「アルトバイムには手出しするな」

 ハヤナが現れて食堂で大火傷をするまでの間で、俺はラゼルに一度だけ詰め寄った。真相を知りたくてラゼルに直接問いただしに行ったのだ。
 返ってきたのは舌鋒鋭い言葉。これだけでラゼルがハヤナの事を憎からず思っている事がわかった。
 ラゼルは今までどんな人間がそばに来ようとそれを追い払う俺に何も言わなかった。それがハヤナにだけはその法則を適用しようとしなかったのだからラゼルの心情は推して知るべしだろう。
 ハヤナがラゼルと距離を縮めたきっかけは今回のフリュウの件と一緒で、上級生に絡まれているところを助けてもらったからだ。上流階級の家柄が集まるここであってもやはりそこは多種多様。見た目だけは品行方正だけど男だらけの学院で素行の悪いのは少なからずいる。オメガは男好みする外見だから、絡まれやすい。だからハヤナがその手の奴らにちょっかいをかけられても不自然ではない。
 ラゼルは立場上学内の秩序を乱す輩を嗜めていただけと言う。その姿に惚れてハヤナはラゼルと親しくしていた。
 ラゼルはハヤナの事を無下にしなかった。アルファとオメガの二人が寄り添っていれば勘ぐることも大きくて周囲もそんな目で二人を見ていた。
 今現在のハヤナはラゼルを守備範囲外と言ったけど、それはきっかけさえあれば覆されてしまう不確定要素だ。さらにいえばハヤナの方がどうあれ、ラゼルはハヤナに対して好意を抱いていたのは間違いない。いつもは対人関係において一定の距離を保つ慎重なラゼルがハヤナだけは遠ざけなかったのだから。
 だから今のハヤナがラゼルに興味がなくてもそれが俺にとっての安心材料とはならないのが悩ましいところだった。

        ※ ※ ※ ※

 敷地のはずれの用務倉庫前。そこに四人の人影。
 俺のお気に入りの場所なのに最近人の出入りが頻繁になりつつある。今日は向こうのほうが先客。俺は咄嗟に近くの木陰に身を潜めた。
 四人はそのうちの一人を取り囲むように何やら揉めているのだ。ただ揉めていただけなら立ち去っただろう。そこをあえてとどまったのはその四人が四人とも俺にとって馴染みのある顔ぶれだったから。気にならないわけがない。

「いいか? ここに今からあの男が来る。うまいことやれよ」
「嫌だ…っ! 僕はもうあんた達の思うようには動かない」
 揉めているうちの二人はアルトバイム兄弟だ。なにやらまたよからぬ事を企んでいそうな次男とそれを拒絶するハヤナ。
 注意して見てみるとハヤナはなんだか具合が悪そう。襟元のクラバットを苦しげに掴んで今にもその場に座り込みそうな様子。顔は赤らんで目も心なしか潤んでいる?
「今更勿体ぶるなよ。ガキの頃からオッサン相手にやりまくってたっていうじゃないか。お前が始めた事だ。最後までやるんだよ」
 次男はそんなハヤナの左肩を片手で強く押す。ハヤナは力無くその場にへたりこんだ。
「………っ」
 やっぱり様子がおかしい。身体にまるで力が入ってない。
「そろそろ効いてきたのかな。本当に誘発剤って効果あるんだな」
 その場にいる残りの二人のうちの一人、髪を後ろで一つに結んだ軟派そうな三回生がハヤナの様子を面白そうに覗き込む。
 誘発剤? それってオメガにとっては媚薬みたいなあの誘発剤? 猫にとってのまたたびみたいなものといえば良いのかな。オメガ性にしか効かない成分で強制的に発情を引き起こすものだ。そんなものをハヤナは使われたのか? 弟にそんなものを使って次男は何を考えているんだ? いくらハヤナが経験済みのオメガとはいえこんな強引なやり方はあり得ない。
「おい、あんまり近づくな。発情中のフェロモンは俺たちにも影響するって話だぞ」
 次男が注意する。
「んー、俺さぁ。オメガっつっても男相手は無理だわ」
 と、軟派男。
「確かに。ヴァレリアくらいなら少しは考える余地はあるけどな~」
 軟派男に同意したのは最後の一人、体格は良いけど品のない顔つきのこれも三回生。
「えー⁈ お前、趣味悪っ! アレのどこがいいの? 顔が良いっていうけど性格の悪さが滲み出てるじゃん。無い無い」
 軟派男が軽口を叩く。
 …すごい流れ弾くらったけど、ひとまず置いておこう。
「父さんには手を引けって言われてるだろう! この計画は失敗したんだ」
 噛みつくハヤナに次男は怒声を浴びせた。
「お前が余計な事をヴァレリアにしたからだろうが! これで俺の株も上がるはずだったのに全部台無しだ。だからこのクスリなんだよ。テメェらは何処でもかしこでもさかれるからな。さっさと既成事実作って責任とってもらうんだよ。ついでにガキでもできりゃ上出来だ。こいつらを使ってあいつに近づくお膳立てをしてやったが、そんなまどろっこしい真似なんかしてないで初めからこの手を使えばよかった」
 お膳立て。
 その言葉はアルトバイム兄弟がいつかの会話で仄めかしていたこと。次男が手下を使ってハヤナとフリュウが出会うきっかけを作った。それが今立証されたのだけれど…。

 ハヤナとフリュウの出会いは仕組まれたものなのだろう。次男が配下の彼らを使って一芝居をうった。たまたま通りがかったフリュウへ上級生に絡まれるハヤナが助けを求める。男気のあるフリュウだから迷う事なく助けに入るだろう。ごく自然にフリュウと知り合うといった脚本シナリオか。意図を悟らせずにフリュウへと接近することにハヤナ達は成功。多分こんな感じ。
 でも何故彼らなのだろう…。
 少し前にハヤナの事を調べるにあたって、フリュウからハヤナに絡んだ三回生の顔と名前を聞き出していた。どうしても引っかかるものがあったんだ。
 この学院へ入ったばかりのフリュウは他学年である彼らの名前はわからないとは考えた。けど顔を覚えていればと三回生棟へ引っ張っていって顔を照会してもらった。さすがというかフリュウは記憶力も優れていて、すんなり問題の三回生三人を特定できた。
 けれどそれはそれで俺に新たな謎を生むことになってしまった。
 だって妙な符号なんだ。
 前回の人生でもハヤナは三人の三回生に絡まれ、それがきっかけでラゼルと親しくなった。
 全く同じ流れで今回はフリュウ。
 これってラゼルがフリュウに変わっただけだ。そして俺の前回の人生でハヤナに絡んだとされる上級生三人。そのうちの二人の顔が今そこで合致している。こんな偶然ある?
 この学院内で限りなく母数の少ない素行不良学生。だからたまたま同じ顔ぶれでも偶然の一致として片付けることもできたかもしれない。
 でも彼らはアルトバイム家の息のかかった人間だ。そうなってくると話は違ってくる。
 彼らがアルトバイム家と繋がっていることを俺は今の今まで知らなかった。
 巻き戻る前の人生でも俺は当該の三人を躍起になって調べ上げたことがある。だってこの三人さえいなければラゼルとハヤナが出会うこともなかったんだし。学内に友人と呼べる人間はいないけど手足となって動いてくれるヴァレリア公爵家の息のかかった家門の人間はいる。彼らを使って三人の素性を調べさせた。三人が三人とも取るに足らない下級貴族の出身で、当時は三大公爵家のアルトバイム家と繋がりがあるとは思ってもみなかった。それだけ調べたところでハヤナへの加害で謹慎を言い渡され実家の力を使うことを禁じられてしまい、それ以上の事を掴むことができなくなった。さらにその後はすぐにラゼルとの婚約が決まって有頂天になった俺はハヤナのことなんてどうでも良くなったからだ。
 だからこの事実に動揺している。
 だってさ、前回のハヤナがラゼルと知り合うきっかけになった件も、そうだとすると兄弟による仕込みだった? でも前回は特に何か裏があっての事じゃなくてハヤナの純粋な恋情でのこと、の筈…。でも今回の件と照らし合わせると作為的な匂いがプンプンしてこない?
 見ての通りの不仲な兄弟。今の時点でそうなんだから前回のあの時期だって変わらないんじゃないかな。ハヤナの個人的な都合の為にあの次男がわざわざ配下を使ってまで協力するのだろうか?
 それともあの時点では二人は和解していた?
 他にも疑問は尽きない。
 食堂でハヤナが倒れ込む前に見せたあの不可解な笑い。そもそもラゼルと上手くいっているハヤナが何故俺を挑発してきた? 勝ち誇りたかったから? そんな理由で?
 最悪、割れた食器の破片で怪我をすることくらいは織り込んでいたから、躊躇いもせず配膳台に飛び込んだ? 何のために…? 俺を悪者に仕立て上げラゼルから完全に排除する為に? たまたま冷え込みが激しくて、普段より熱めの食事が提供されていたその日。ハヤナにとって火傷は予想外のことだったのかも?
 今にして思えば不自然な点が多すぎるのだ。前回、それを見過ごしたのは俺にかかっていた魔法のせいだろうか。
 あの時の俺はラゼルという大局を見てばかりで、些細な、それでいて重大な齟齬に無頓着だった。
「待ってろよハヤナ。もうすぐお前の運命の男がここに来るぜ。今度は下手を打つなよ。うまいことあの男をその気にさせて事を成せ。そうすりゃお前も名誉挽回できるからな。せいぜいその気持ち悪いフェロモンでサラバンドを誘惑するんだな」
 ここに今からフリュウが来るの⁈
 大変だ。ハヤナのフェロモンにあてられる。なんの準備もしないまま関係を持ったら。オメガの妊娠率の高さを知ってての強硬手段。
 ハヤナを助ける義理はない。
 けど。
 脳裏に寂しい目をした黒髪の小さな子供の姿が浮かぶ。いつも縋るように俺を見ていたロゼアラ。
 ああ、もう!
 いろんな事が一気に詰め込まれて頭の中はぐちゃぐちゃだ! とりあえず目の前の問題をどうにかしよう! 考えるのはそれからだ!

「ねぇ。さっきから俺の場所でうるさいんだけど」
 身を潜めていた木陰から姿を現した俺に向こうの四人は驚いている。
「先輩…」
 虫の鳴くような声のハヤナ。苦しそうではあるけどまだ本格的に発情してない。
「…なんでお前がここに」
 次男の後ろの植え込みの向こうを指差す。ここからじゃ見えないけどそこに俺愛用のベンチがあるのだ。
「そこにあるベンチは俺の指定席なの。だからさっさと何処かへ消えてくれる? 近くでうるさくされるのは遠慮したいんだ」
「ここは誰のものでも無いだろ! お前こそ邪魔だ! とっとと何処かへ行けっ」
 予定が狂って気が立ってるのか口早に次男は声を張り上げる。
「は? 今何て言ったの? まさかアルトバイム家の次男如きが俺に指図するの?」
 俺は意外だというようにわざとらしく驚いてあげた。
「うるせぇ! お前んちとは同格だろうが!」
「驚きだね。同列に見られていたなんて心外だ。ただ古いだけでなんの取り柄もないアルトバイム家と財政面や外交面で国に貢献するウチとじゃ天地の開きがあると思ってたけど。そうそう。君の兄上。また投資で失敗したんだって?」
 煽るような俺に次男は苦虫を噛み潰した顔をする。
「チッ、ヴァレリアの情報網か…」
 忌々しげに舌打ちするさまはほんと小悪党だな。
 俺はにっこり笑う。
 実はこの時点で長男の投資失敗話は関係者以外誰も知らない。もちろんウチだって。
 これも前回の記憶からだ。長男が投資で損害を出した時期は俺が一回目の記憶を取り戻す前。すなわち今回も事実としてすでに起こっている出来事ということ。せっかく有用な情報を持っているのだから活用しなくては。
「お父君も頭が痛いだろうね。自分の愚鈍な血を受け継いで突出した才能が無い我が子を嘆いているんじゃないかな? あぁ、でも、そこの三男くんはもしかしたらアルトバイム家の救世主になるかもね。将来子供を産んだ時にその子が上の二人を脅かす存在になるかも知れないし」
 希少種であるハヤナはアルファ性の子を産む可能性が高い。全ての能力において並の人間より平均値が高いアルファが身内に誕生すればどうなるか暗に仄めかす。当主が嫡男以外の才能豊かなきょうだいを跡継ぎに指名してお家騒動なんてことは稀にあるのだ。
「うるさい。ここじゃ外のことなんて関係ないの知らないのか? どんなに喚こうがお前は俺の後輩なんだよ。舐めた口聞いてんじゃねぇよ」
 そこをつつかれた次男は威嚇してくるがそんなの屁でもない。
「知ってるよ。でもそんなの建前でしょ」
 学院内は外の力関係を持ち込まない鉄則がある。代わりに年功序列。俺たち生徒はどんなに高い家柄でも、指導教諭や先輩や同級生から家名呼び捨て御免なのだ。そうじゃないと爵位を持たない教員たち大人がやりにくいからそれが罷り通っている。
 だから次男がそう息巻くのもわかるけどやはり頭が悪い。
「それはあくまで先生方の為の配慮だよね? 俺たちはいつまでもこの学院に居るわけじゃないし、卒業後の事を考えると本気でこの慣習を信じて先輩風吹かせてる人も珍しいと言わざるを得ないよ」
 ぐっと言葉を詰まらす次男。その後ろのその他二人に向けて俺は微笑んだ。
「ねぇ? そこの三下先輩たちもそう思うよね? 甘い汁吸いたさに腰巾着になるのは身の丈にあった処世術で結構なことだけど、媚を売る相手は選んだほうがいいよ」
 二人は顔を見合わせてどうしたものかと判断をお互いに委ねあってまごついている。
 こいつらは三流だ。貴族とはいえ下級の家柄。どこまでいっても使役される側だ。得てしてこういった立場の人間は信念なんてもたないからちょっと揺さぶれば大人しくなる。そこまで当て込んでの賭け。三対一の不利な状況でも俺が勝負に出れたのも口先だけで丸め込めそうと踏んだからだ。上手くいきそうで良かった。
「もう調べはついてるんだよ。そちらの先輩方はアルトバイム家配下の人間で、普段は接点を持たないように無関係を装っているね。俺にもそういう人間がいるからわかるんだ。その子分くんを使ってハヤナがフリュウに接近するきっかけを作ったんだよね。今度は無理矢理関係を持たせてそれを盾にフリュウを取り込むつもり? 随分無慈悲な真似をするじゃないか」
「うるさい。無関係な奴は引っ込んでろ!」
 唾を飛ばしながら喚く次男を俺は一瞥する。
「いやいや、俺も一応巻き込まれた一人だからね。ほとんど治ったとはいえ捻挫した右手首まだちょっと痛いんだよ?」
 これ見よがしに捻挫した右手をひらひらさせた。あれから五日経っているから腫れが引いて普通の見た目だけど、次男は忌々しげに顔を歪めた。
 そんなこの場の刺々しい空気を破る声が背後から響いた。
「悪い! 呼び出せなかった。あいつ警戒してさ。他の方法練り直そう…って、うわっ、ヴァ、ヴァレリア⁈」
 割り込んできたのは誘い出し役らしき手下その三。部外者おれの存在に泡をくっている。
 事前に調べていた三人のうちの最後の一人。
 この場に前回ハヤナに絡んだ三人が揃ったことになる。
 これで前回もこの三人がアルトバイムの配下だったという事が濃厚になってしまった。駆けつけたのが手下その三以外の人間だったならばこの説は否定できたけど。今となっては確認しようもないことだけど、多分俺の予想は正しい。それが前回の俺の人生に何か影響があったのかといえば答えようはないのだけど、何ともいえない気持ち悪さを感じるのだ。
「どいつもこいつも役立たずばかりがっ!」
 次男が喚き始めた。
 いけない。今はあれこれ考えてないでこっちに集中しなくちゃ。
「お前が邪魔をしなければ今頃は俺はアルトバイム家の跡継ぎの座を手に入れてたはずなんだ! それをっ」
 ぎりりと歯軋りをする。
 なるほど。フリュウを取り込んで家の中で強い発言権を持っておきたかったからの今回の一連の企てか。確かにお世辞にも出来の良いとはいえない長男に差を見せつけるよい手土産になるだろう。
「おい、お前らっ! ヴァレリアをここから連れ出すぞ! 抵抗するようなら少しくらい痛めつけても構わない! 手伝え!」
 手下に指示を飛ばす次男。俺はやれやれとため息を漏らした。
「俺に少しでも触れたら暴行を受けたと然るべき機関に訴える。そうなれば君たちは社会から抹殺されるし、君たちの家族も同様の運命を辿ることになる。いいの? さすがに今回は父上も黙ってないで実力行使にでるよ」
 目をすがめて脅しの言葉を口にする俺に手下たちはためらいを見せ始める。
「おい、まずくないか…」
「ああ。俺たちもそこまでするつもりなんて無いしな…」
 手下その一と二の弱気な発言。父上が俺を溺愛している事は有名なのだ。頃合いと見て逃げ道を作ってやることにする。
「あのさ。この非礼を今なら見逃してやるって言ってるの。俺だって君たちの問題に巻き込まれるのは御免だし。俺の場所からさっさと消えてくれない?」
 それからもう一仕事。こっちが本題。今後同じような愚行をおかさないように脅しておかなければ。
 今を凌ぐだけなら、誘い出されたフリュウを待ち構えてハヤナのもとへ行かないように阻止すれば話は終わったんだけど、そうせずわざわざこの場に躍り出たのはハヤナの安全をしっかり担保しておきたかったから。これから先、次男がハヤナを虐げるような真似をさせないようしっかり釘を刺しておくためだ。
「それから警告。この学院を無事に卒業したいなら今後一切ハヤナを利用することをやめて大人しくしておくんだね」
「なんで他人のお前にそんな事を言われなきゃいけないんだ。ハヤナはウチの人間だ」
「そんなに粗雑に扱っておいて?」
 いけしゃあしゃあとのたまう次男を非難した。
「こいつはいいんだよ。もともと下賎の生まれだ。せいぜいアルトバイム家の利益になるように俺が上手く使ってあげてるんだ。あの家で居場所を作ってあげてるんだからこいつは俺に感謝しかしてないぜ」
「下衆だね」
 家族だからってなんでも許されると思うなよ。
「なんとでもいえ。それより随分こいつに肩入れしてんじゃないか。オメガっていってもやっぱり男か。こいつの色香に迷ったか?」
 ほんと下衆い。
「俺はね、ラゼルの経歴に傷を付けたくないの。ラゼルが在学中の三年間は何事もない完璧な学院にしてあげたいんだよ。だから君たちにみたいに騒動を起こすような人間は俺が駆除するつもり」
「今までベルンのことで散々揉め事を起こしてきたお前が? 笑わせてくれる」
「そうだね。本当笑い話だよ。だから汚名返上の為に俺は本気で君たちを叩きのめすよ?」
「……っ」
 言われるまでもなく自分の愚かさを自分が一番わかっている。だから一層信念を込めて次男たちを見据える。
 俺の気迫が伝わったのか次男は息を呑んだかと思えば舌打ちをしながら手下達を従えて消えていった。

「大丈夫? 薬飲まされたの? こんな時は水を飲ませない方が良いのかな…」
「先輩…」
 兄に置いて行かれたハヤナはその場に座り込んでいた。よく見れば身体が小刻みに震えている。誘発剤が全身に回り始めたのだろう。
「とにかく救護室に行こう。歩ける?」
 俺たちオメガはいざという時の為に抑制剤を携帯している。けど誘発剤で強制的に発情させられた場合、手持ちの抑制剤はほとんど効かないのだ。だから適切な処置を施してもらわなければならない。学内ここでは救護室を目指すべきだろう。
「……」
 ハヤナは歯を食いしばって立とうとする。けど薬の効果で力が抜けてうまく立ち上がれずすぐにその場に頽れてしまった。
 どうしよう。困ったな。
 誰か助けを呼ぶにしてもこの状態のハヤナを一人にはしておけない。運悪く誰かが通りかかったらハヤナのフェロモンにやられて大変な事になる。普通ならアルファにしか効かないオメガのフェロモンだけど、ハヤナは成熟したオメガだ。アルファじゃなくても効果を及ぼすことがある。かといってこのままここに居てもどうにもならないし。
 仕方ない。
 ハヤナに思うところはまだあるけど、やっぱり同じオメガ同士。こんな時はお互い様で助けてやるのも情けだ。乗りかかった船でもあるし。
 俺は後ろ向きにしゃがんだ。
「背中、乗って」
 自分の体力に不安はあるけれど、最悪救護室に辿り着けなくても助け手と出会えるところまで頑張れば良いんだ。俺の膂力りょりょくよ、今こそ鍛錬の成果を見せる時だぞ。
 ハヤナは躊躇いながらも俺の首に手をまわし背中に体重を預けてきた。目の前の花壇の縁に手をかけてえいやと勢いをつけて立ち上がる。
 ハヤナが俺より小柄で助かった。足はぷるぷる震えているけどなんとか背負うことができた。
 耳元のハヤナの息は荒い。
 俺もあやしいかも。オメガの発情フェロモンって同族も誘発させるって言うけれど一緒に発情しちゃうとか洒落にならない。そうなる前に何とかハヤナを保護してもらわないと。

「トワ、何やってんだ? そいつハヤナか?」
「フリュウ…!」
 よろよろとしながらなんとか辿り着いた学舎の裏手。そこに見慣れた金髪頭。
 呼び出しに失敗したと言ってたから、ここで会えるとは思わなかった。
「あ~、状況が掴めねぇ。けどお前は無事だったみたいだな」
 フリュウの呟きに、どういうことかと考える前にもう一つの声。
「トワ、どうしたんだ。それはアルトバイムか? 体調でも崩したのか?」
「ラゼル⁈ どうしてここに⁇」
 なんで?
 呼び出されたのはフリュウだよね? 
 驚く俺にラゼルは柔らかく微笑んだ。
「お前の顔を見たくて。ここに来ればお前と会えると思ったんだ。当たりだな」
 ラゼル…。
 いや、きゅんとしてる場合じゃないよな! 時と場合を考えて、俺!
「救護の先生を呼んできて欲しいんだ。ハヤナがちょっと問題有りで」
「………っ!」
 背後から強く甘い香り。ハヤナがフェロモンを周囲に撒き散らかしている。
「…こいつ、発情してんのか」
「普通の抑制剤じゃ多分無理だから、先生に処置してもらうしかないと思う」
 喋るたびにフェロモンが体内に取り込まれているのか頭がクラクラしてくる。正気を保っていられるか自信がなくなってくる。
「仕方ねぇな。待ってろ」
 そんな焦りを感じ取ってくれたのかフリュウは今来た道を走って戻ってくれる。けどラゼルは動かない。
「ラゼルも一緒に行って?」
「そんな状態のお前を置いていけない」
 ラゼルは拒絶した。
「でも…」
 俺はくちごもる。ラゼルとハヤナ。この二人が一緒にいるところをできるだけ見たくはないのに。
「影響のないところまでは下がる。何かあればすぐに対応する。お前もそっちの方が安心だろう」
「わかった…」
 ラゼルはあくまで俺の心配をしてくれているよう。だったら頑なに拒否するのはおかしいかな…。
「ん…っ、せんぱ…い……」
 首に回されたハヤナの両手に力が入り俺にしがみついてくる。耳元に熱のこもった息が吹きかかった。俺の身体はドクンと震えた。
「もうちょっとだけ我慢して!」
 道連れにされそうな気配に慌ててその場にしゃがんでハヤナを降ろす。芝生の上だけど仕方ない。ハヤナは自分を支える事ができないのか俺に擦り寄るように上半身でもたれかかってくる。
 俺もラゼルに倣ってできるだけハヤナの風上になるように身体を避難させたけど、がっちりハヤナにしがみつかれているこんな至近距離じゃ気休めにしかならない。
 う~、自制が効かないとはいえ発熱したようにほてっているハヤナに抱きつかれてこっちまで妙な気分になってしまう…。
「ん、良い匂い…」
 んあっ⁈
 首筋にハヤナが鼻を擦り寄せてくる。柔らかい髪の毛が頬を掠めて、その感触に背筋が凍る。
「こ、こらっ! 待て! もうすぐ先生がくるからっ! く、くすぐったい…っ!」
 ハヤナは理性がなくなっているのかやめようとしない。その上、更に俺にのしかかってきた。
「うわ…っ!」
 お、押し倒された!
 俺より華奢だけど全体重をのせられたら俺だって受け止めきれない。二人して芝生の上に倒れ込んでしまった。
「トワ!」
 ラゼルの焦った声。
「こっちに来ないで! 絶対!」
 近寄ろうとするラゼルの姿に俺は必死に叫ぶ。ハヤナのフェロモンで欲情するラゼルなんて絶対に見たくない!
「そんなに焦っちゃって…。せんぱいって可愛いね…」
 ハヤナが自分の唇をぺろりと舐めた。目は完全に色欲全開。
 ぞわわわ~っ
「や、やだっ! ハヤナ、迫ってくるなぁ!」
 背筋に悪寒が走って俺は身を捩る。
 怖! オメガ怖~っ!
「……っ! クソっ!」
 俺の制止にたたらを踏むラゼルのやりどころのない悪態。こんな緊急事態だとラゼルもそんな仕草をするのだと初めて知ったかも。剣呑な目つきになっている。
 そんな睨まないで!
 俺だって不本意なんだから~!
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