泥の中の哲学

ガツキー

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第11話「収穫祭と断食祭の同時開催」

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朝から太鼓が鳴っていた。
乾いた音。湿気のない、祝祭の音。

村の広場では早くも布が張られ、地主たちが集まり、役人が帳面を掲げていた。
「本年も豊作なり!」
そう書かれた札が、風に揺れている。

収穫祭だった。

いや、正確には、“登録者による収穫祭”だった。

「サヌカイト、おまえも顔を出せよ」
帳面係のタリナイが笑顔で言った。
「せっかく名前があるんだ。こういうときに出とかなきゃ、損だぞ」

損、か。
そう言われてしまえば、出ない理由はただの“怠慢”になるのだろう。

俺は泥のついた手を膝で拭き、広場へと向かった。



祭の中心には、見たこともない量の米が積まれていた。
白く、光り、香ばしい。
それらは炊かれ、握られ、味付けされ、並べられていた。
肉もあった。焼き魚も。果物も。

「すげえな……」

隣で農民の一人が、ぽつりと漏らす。
だがその手は、どの皿にも伸びていかなかった。

「これは“展示用”なんだってさ」

「食えないのか?」

「地主たちが来てから、いくつか“配給”されるらしい」

“配給”。

自分たちが耕した田んぼの米を、
地主に“もらう”かたちで受け取る。

それはもう、何の比喩でもない。現実だった。



一方で、広場の外れには別の光景があった。

空腹を抱えた無地民たちが、遠巻きに祭を見ていた。
子どもが空腹を訴えると、母親が水で濡らした布をしゃぶらせていた。

「どうして祭りなのに、何もないの?」

その声に、大人たちは答えなかった。
答えられなかった。

「帳に名前がないからだよ」
とだけ、誰かが言った。

そう、収穫祭は“記録される者”のためのものだった。
帳面に名がある者だけが、食べ、笑い、祝える。

名のない者は、祭りの対象ではなかった。



ウルノメもいた。
白い衣をひるがえし、笑顔で地主たちと話していた。

「うちの登録者のサヌカイト、今年も納税率は上々ですわ」
と、彼女は俺の名を“道具”のように使っていた。

俺は目をそらした。
だが、その言葉は耳に残った。

“登録者のサヌカイト”。

それが、俺の立ち位置。
杭を打った男の、制度の中での肩書き。

そして今、俺はその肩書きで“他人の手柄”にされている。

米の匂いが鼻を刺す。
腹が鳴る。
だが俺の手には、なにもない。

俺は、祭りの皿に手を伸ばさなかった。
俺のための皿ではなかったからだ。



ナギサベが現れたのは、太鼓が三度目の合図を打ったあとだった。

「おい、見物人としての感想は?」

「……腹が減った」

「名言だな」

彼は例によって、肩に詩の書かれた布をかけていた。
今日は「飽食と空腹は、同じ太鼓の音で踊る」と刺繍されていた。

「これ、祭りじゃないよな。区別だよな」
俺が言うと、ナギサベは軽く頷いた。

「祭りってのは、もともと“隔てる”ためにあるんだろうな。神と人。持つ者と持たざる者。帳に載る名前と、載らない生き方」

「でも、太鼓は全部の村に響いてる」

「皮肉な話だ」

その瞬間、広場の中心で米俵が開かれ、配給の合図が出た。
帳面を掲げる係が読み上げる。

「地主ウルノメ家、十俵! 登録者サヌカイト、三俵!」

俺はぎょっとした。
そんな量、受け取れるはずがない。

周囲の視線が一斉に俺に向いた。
「いいなあ、サヌカイト」
「さすが地主娘に目をかけられてるだけあるな」

どれも“称賛”のかたちをとった皮肉だった。

俺は一歩前に出て、係に言った。

「三俵、いらない。いま、俺の腹はいっぱいなんで」

係はきょとんとした顔をした。

「でも、帳に書いてある分は受け取ってもらわないと……」

「じゃあ、名を消せばいい」

一瞬、ざわつきが広がった。
ウルノメが近づいてきた。

「サヌカイト、なにを言ってるの?」

「俺の名を使って飾るなら、せめて腹が満ちるくらいの意味が欲しかった」

彼女は何も言わなかった。
それが、答えだった。

俺はその場を離れ、広場の端で座っている無地民の子どもに言った。

「これ、やる。帳に名はないけど、おまえはちゃんと“ここにいる”って俺は知ってる」

渡したのは、自分の“配給札”だった。

子どもは目を丸くして、それを受け取った。

遠くで太鼓が鳴った。
その音は、今度は少し湿って聞こえた。

収穫祭と断食祭は、同じ村で、同じ太陽の下で行われていた。
祝われる者と、飢える者が、ひとつの地面を共有していた。

杭はそこにはなかった。
でも、確かに何かが“打ち直された”気がした。

俺の中の杭が、少しだけ、動いた。
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