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第11話「収穫祭と断食祭の同時開催」
しおりを挟む朝から太鼓が鳴っていた。
乾いた音。湿気のない、祝祭の音。
村の広場では早くも布が張られ、地主たちが集まり、役人が帳面を掲げていた。
「本年も豊作なり!」
そう書かれた札が、風に揺れている。
収穫祭だった。
いや、正確には、“登録者による収穫祭”だった。
「サヌカイト、おまえも顔を出せよ」
帳面係のタリナイが笑顔で言った。
「せっかく名前があるんだ。こういうときに出とかなきゃ、損だぞ」
損、か。
そう言われてしまえば、出ない理由はただの“怠慢”になるのだろう。
俺は泥のついた手を膝で拭き、広場へと向かった。
◆
祭の中心には、見たこともない量の米が積まれていた。
白く、光り、香ばしい。
それらは炊かれ、握られ、味付けされ、並べられていた。
肉もあった。焼き魚も。果物も。
「すげえな……」
隣で農民の一人が、ぽつりと漏らす。
だがその手は、どの皿にも伸びていかなかった。
「これは“展示用”なんだってさ」
「食えないのか?」
「地主たちが来てから、いくつか“配給”されるらしい」
“配給”。
自分たちが耕した田んぼの米を、
地主に“もらう”かたちで受け取る。
それはもう、何の比喩でもない。現実だった。
◆
一方で、広場の外れには別の光景があった。
空腹を抱えた無地民たちが、遠巻きに祭を見ていた。
子どもが空腹を訴えると、母親が水で濡らした布をしゃぶらせていた。
「どうして祭りなのに、何もないの?」
その声に、大人たちは答えなかった。
答えられなかった。
「帳に名前がないからだよ」
とだけ、誰かが言った。
そう、収穫祭は“記録される者”のためのものだった。
帳面に名がある者だけが、食べ、笑い、祝える。
名のない者は、祭りの対象ではなかった。
◆
ウルノメもいた。
白い衣をひるがえし、笑顔で地主たちと話していた。
「うちの登録者のサヌカイト、今年も納税率は上々ですわ」
と、彼女は俺の名を“道具”のように使っていた。
俺は目をそらした。
だが、その言葉は耳に残った。
“登録者のサヌカイト”。
それが、俺の立ち位置。
杭を打った男の、制度の中での肩書き。
そして今、俺はその肩書きで“他人の手柄”にされている。
米の匂いが鼻を刺す。
腹が鳴る。
だが俺の手には、なにもない。
俺は、祭りの皿に手を伸ばさなかった。
俺のための皿ではなかったからだ。
◆
ナギサベが現れたのは、太鼓が三度目の合図を打ったあとだった。
「おい、見物人としての感想は?」
「……腹が減った」
「名言だな」
彼は例によって、肩に詩の書かれた布をかけていた。
今日は「飽食と空腹は、同じ太鼓の音で踊る」と刺繍されていた。
「これ、祭りじゃないよな。区別だよな」
俺が言うと、ナギサベは軽く頷いた。
「祭りってのは、もともと“隔てる”ためにあるんだろうな。神と人。持つ者と持たざる者。帳に載る名前と、載らない生き方」
「でも、太鼓は全部の村に響いてる」
「皮肉な話だ」
その瞬間、広場の中心で米俵が開かれ、配給の合図が出た。
帳面を掲げる係が読み上げる。
「地主ウルノメ家、十俵! 登録者サヌカイト、三俵!」
俺はぎょっとした。
そんな量、受け取れるはずがない。
周囲の視線が一斉に俺に向いた。
「いいなあ、サヌカイト」
「さすが地主娘に目をかけられてるだけあるな」
どれも“称賛”のかたちをとった皮肉だった。
俺は一歩前に出て、係に言った。
「三俵、いらない。いま、俺の腹はいっぱいなんで」
係はきょとんとした顔をした。
「でも、帳に書いてある分は受け取ってもらわないと……」
「じゃあ、名を消せばいい」
一瞬、ざわつきが広がった。
ウルノメが近づいてきた。
「サヌカイト、なにを言ってるの?」
「俺の名を使って飾るなら、せめて腹が満ちるくらいの意味が欲しかった」
彼女は何も言わなかった。
それが、答えだった。
俺はその場を離れ、広場の端で座っている無地民の子どもに言った。
「これ、やる。帳に名はないけど、おまえはちゃんと“ここにいる”って俺は知ってる」
渡したのは、自分の“配給札”だった。
子どもは目を丸くして、それを受け取った。
遠くで太鼓が鳴った。
その音は、今度は少し湿って聞こえた。
収穫祭と断食祭は、同じ村で、同じ太陽の下で行われていた。
祝われる者と、飢える者が、ひとつの地面を共有していた。
杭はそこにはなかった。
でも、確かに何かが“打ち直された”気がした。
俺の中の杭が、少しだけ、動いた。
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