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第14話「狩ってはいけない、ただし生きていけ」
しおりを挟む狩猟が禁止されたのは、ある朝の帳面更新と同時だった。
『山域第二帯、稲作民所有区画に変更。以後、当該区域での狩猟・伐採・採集行為を禁ず』
たったそれだけの文で、シシノウの人間たちは、生きる手段のひとつを奪われた。
「所有、ってなんだよ……」
その紙を見たナグリノ・コッタクズは、唇をかみしめていた。彼は狩猟隊の若頭で、山と風と獣に育てられたような男だった。
「俺たちの祖父の祖父の、そのまた前から、この山で鹿を追ってきた。なのに、急に“入るな”って、おかしいだろうが……」
彼の拳は震えていた。だが怒りの行き場は、制度の外にはなかった。
サヌカイトが彼のもとを訪ねたのは、告知から三日後だった。
「おい、サヌカイト……おまえ、杭持ちだろ?」
「まあな」
「じゃあ、所有ってどうやるんだ?」
「杭を打って、帳に名前を書いて、承認印をもらう。それだけだ」
「それだけ……? それで、山が“あいつらのもの”になるのか?」
「ああ。制度上は、そういうことになってる」
ナグリノは吐き捨てるように言った。
「ふざけんなよ……。あいつら、山のどこに鹿が寝るかも知らねえくせに……」
◆
翌日、シシノウ村では密かに“狩り”が行われた。
夜明け前に出たのは、若い者五人。いずれも痩せて骨ばっていた。獲物は小鹿一頭。それを村の中央にある祠の前に、そっと捧げた。
「これは、神への反抗じゃない。制度への祈りだ」
そうナグリノは呟いた。
その祈りは、誰にも聞かれなかった。
だが、翌日には密猟の告発が帳面に記載され、
“シシノウ村民、数名不明”という不穏な文が付け加えられた。
村に、見えない圧力がかかりはじめていた。
◆
「狩ってはいけない、でも生きていけって言われてもな……」
ナグリノは呟いた。
サヌカイトもまた、その言葉に返す言葉を持たなかった。
「俺たちが動物を狩るのは、贅沢のためじゃねえ。生きるためなんだよ」
「分かってる。でも今の村は、そうは考えない」
「考えるかどうかじゃねえ。“帳にあるか”どうかが、すべてなんだろ」
「……ああ」
ナグリノは、静かに火打石を取り出し、火を起こした。
「だったら、帳のない火で炊くしかねえな。俺たちの飯は、俺たちの火で」
◆
その晩、サヌカイトはアワヨヒメと並んで焚き火を見ていた。
「狩猟が禁じられたって聞いたわ」
「ああ。山は、杭を打たれた」
「自然に杭は打てない。なのに、人間はそれをやるのね」
彼女の声は、怒りでも諦めでもなかった。
ただ、静かに染み込むような憂いがあった。
「コッタクズは、動くつもりだ」
「暴れる?」
「それしか、手段がないんだ。帳に名のない者には、選択肢なんてない」
「……じゃあ、あなたは?」
サヌカイトは、焚き火の火をじっと見つめた。
杭ではなく、火を。帳ではなく、熱を。
「俺は、火を絶やさないように見てる。燃やすんじゃなくて、守る側にいる」
アワヨヒメはそれを聞いて、小さく頷いた。
「それは、祈りに近い」
「祈って、生きられるならな」
「祈っても、生きられない。でも、祈らないと、死んだままになる」
サヌカイトはその言葉を胸に刻んだ。
祈りと火。
帳に記されない営みが、確かにここにあった。
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