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第十話「火薬よりも軽い命」
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第十話「火薬よりも軽い命」
火薬よりも軽い命。
そう言われてきた。
足軽という身分は、燃え尽きて当然。弾として使い捨てられるだけ。
だが――一蔵は、知ってしまった。
火は、ただ爆ぜるためのものではない。
命は、使い捨てるだけのものではない。
“照らす”火、“灯す”命が、確かにこの世にあるのだと。
***
夏が近づいたある日、村の少年が山中で倒れていた。
高熱、咳、赤い斑点――疫病の気配。
小さな谷の村では、医者も薬もない。
一蔵はすぐに判断した。
炭焼き窯の裏に隔離小屋を立て、家々に火を絶やさず保たせ、
山を越えて薬師を探しに出た。
火番であることは、もう“村の命を繋ぐ番人”という意味になっていた。
***
山を越える旅の途中、一蔵はある宿場で噂を耳にした。
「北の軍で、“火足軽”の記録をまとめてる役人がいるらしい」
「名もない戦死者の中に、“無名火”という男がいたとか」
一蔵は思わず笑った。
「死んだことになってるのか、俺」
だが、悪い気はしなかった。
命を記録に残さず、言葉にもせず、ただ風に溶けるように“終える”。
そのつもりでいた。
でも、誰かが「火があった」と思い出してくれるなら、それもまた“命の重み”だ。
***
三日後、薬師を連れて村に戻ると、病は最悪の手前で留まっていた。
少年は目を開き、一蔵の顔を見るなり言った。
「……火、消えなかったよ」
「そうか。お前が消さなかったんだな。偉い」
一蔵はその夜、村の広場で火を焚いた。
祝宴ではない。ただ、火を囲んで静かに座るだけ。
だが、そこには“火を共有する”者たちの気配があった。
誰かの火にあたる。
誰かの火を守る。
それが、“火薬よりも軽い命”の先に見つけた、生き方だった。
***
数年後、一蔵は老いた。
火薬の匂いは薄れ、手の震えも止まらなくなった。
だが、彼は火を焚き続けていた。
ある日、村の子が聞いた。
「火番さん、なんでそんなに火が好きなの?」
一蔵はゆっくりと笑って言った。
「火はな、消すこともできる。けど、それは一度も“命”を馬鹿にしねぇ。
燃えるってのは、命そのものなんだよ」
「むずかしい……」
「そうか。でも、お前も大きくなったら、きっとわかるさ。
誰かを守りたくなったとき、
その火が、“どこからきたのか”ってのをな」
彼はそう言い、火を囲む子どもたちを見渡した。
そこには、もう銃も骨も、怒声も血もなかった。
ただ、火と、笑いと、命があった。
***
ある朝、村の者が火番小屋を訪れると、一蔵は眠るように倒れていた。
囲炉裏の火はまだ消えていなかった。
その手には、古びた木札が握られていた。
犬丸
狼丸
蓮見兵庫
無名火
そして――
火番 一蔵
村人たちは、彼の名前を小屋の柱に刻んだ。
誰の命よりも軽かったはずのその名が、
いまでは村の火を繋いだ“根”として残された。
その夜、村の空には静かな焚き火が灯り、
子どもたちは語った。
「火の兵隊さんってね、昔はすごかったんだって」
「なんで名前が“火番”なの?」
「命を守る火を、ずっと見てたからだよ」
***
火薬よりも軽い命。
それは確かに、そうだったかもしれない。
だが、その軽さを知ったからこそ、
火を絶やさず、誰かを照らし、生き延びた者がいた。
燃え尽きるためじゃない。
火を渡すために――命はある。
火薬よりも軽い命。
そう言われてきた。
足軽という身分は、燃え尽きて当然。弾として使い捨てられるだけ。
だが――一蔵は、知ってしまった。
火は、ただ爆ぜるためのものではない。
命は、使い捨てるだけのものではない。
“照らす”火、“灯す”命が、確かにこの世にあるのだと。
***
夏が近づいたある日、村の少年が山中で倒れていた。
高熱、咳、赤い斑点――疫病の気配。
小さな谷の村では、医者も薬もない。
一蔵はすぐに判断した。
炭焼き窯の裏に隔離小屋を立て、家々に火を絶やさず保たせ、
山を越えて薬師を探しに出た。
火番であることは、もう“村の命を繋ぐ番人”という意味になっていた。
***
山を越える旅の途中、一蔵はある宿場で噂を耳にした。
「北の軍で、“火足軽”の記録をまとめてる役人がいるらしい」
「名もない戦死者の中に、“無名火”という男がいたとか」
一蔵は思わず笑った。
「死んだことになってるのか、俺」
だが、悪い気はしなかった。
命を記録に残さず、言葉にもせず、ただ風に溶けるように“終える”。
そのつもりでいた。
でも、誰かが「火があった」と思い出してくれるなら、それもまた“命の重み”だ。
***
三日後、薬師を連れて村に戻ると、病は最悪の手前で留まっていた。
少年は目を開き、一蔵の顔を見るなり言った。
「……火、消えなかったよ」
「そうか。お前が消さなかったんだな。偉い」
一蔵はその夜、村の広場で火を焚いた。
祝宴ではない。ただ、火を囲んで静かに座るだけ。
だが、そこには“火を共有する”者たちの気配があった。
誰かの火にあたる。
誰かの火を守る。
それが、“火薬よりも軽い命”の先に見つけた、生き方だった。
***
数年後、一蔵は老いた。
火薬の匂いは薄れ、手の震えも止まらなくなった。
だが、彼は火を焚き続けていた。
ある日、村の子が聞いた。
「火番さん、なんでそんなに火が好きなの?」
一蔵はゆっくりと笑って言った。
「火はな、消すこともできる。けど、それは一度も“命”を馬鹿にしねぇ。
燃えるってのは、命そのものなんだよ」
「むずかしい……」
「そうか。でも、お前も大きくなったら、きっとわかるさ。
誰かを守りたくなったとき、
その火が、“どこからきたのか”ってのをな」
彼はそう言い、火を囲む子どもたちを見渡した。
そこには、もう銃も骨も、怒声も血もなかった。
ただ、火と、笑いと、命があった。
***
ある朝、村の者が火番小屋を訪れると、一蔵は眠るように倒れていた。
囲炉裏の火はまだ消えていなかった。
その手には、古びた木札が握られていた。
犬丸
狼丸
蓮見兵庫
無名火
そして――
火番 一蔵
村人たちは、彼の名前を小屋の柱に刻んだ。
誰の命よりも軽かったはずのその名が、
いまでは村の火を繋いだ“根”として残された。
その夜、村の空には静かな焚き火が灯り、
子どもたちは語った。
「火の兵隊さんってね、昔はすごかったんだって」
「なんで名前が“火番”なの?」
「命を守る火を、ずっと見てたからだよ」
***
火薬よりも軽い命。
それは確かに、そうだったかもしれない。
だが、その軽さを知ったからこそ、
火を絶やさず、誰かを照らし、生き延びた者がいた。
燃え尽きるためじゃない。
火を渡すために――命はある。
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