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第5話 Be Here

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二人が憐れみのこもった眼差しでユキエを見つめている

備品庫幽霊はどこへ行った?

いつの間に、私の入水問題になったのだ

完全に話しがズレてしまっている

慌ててユキエは
「違う、違う!! 誤解だから~」

(酔った勢いだった)

「ユキエさん、私だって辛くて悲しくて、そんな時もありました、、だから早まらないで一緒に頑張りましょう」
アオイに励まされた

「ユキエさん、何があったか知りませんが、生きていたら美味しい物も食べられるし、
そうだ今度、焼き肉の食べ放題行きましょう~」
今度はパピコに励まされている

(突然、焼き肉って、、)

「わかったから、焼き肉の食べ放題、3人で行こう!」
ユキエが答える

「本当ですか?」
二人にはまだ疑われている

アオイは真剣な面持ちで、瞳に涙を浮かべながら
「私、本当に心配で新聞に
〃デイサービス女性職員のドザエモン
近くの川で発見される〟って見出しまで思い浮かんだんですよ」

「だから誤解だって~もう泣かなくていいから、
それより新聞の見出しに女性のドザエモンて、、どんな新聞よ~、それを書くなら遺体でしょう?アオイちゃんたら」

三人は一気に吹き出した
とりあえず、誤解は解けたようだ
ひとしきり笑ったら空腹だった事を思い出した


パピコが
「今日、ユキエさんが持って来てくれたお惣菜
みんなでいただきませんか?私、お腹が空いちゃって、、」

「それじゃ、私の分は車から持ってきますね」
アオイが部屋を出て行った

パピコとアオイに笑顔が戻ってユキエも内心ホッとしたのだが、他に気がかりが出来た

あの日アオイがユキエの後をついて来たと言っていた事

そしてなぜ自分が備品庫室の幽霊だと言い切ったのか?あの日、アオイもマリアを目撃したのではないのか、、

これは、何かマズイ話に繋がりそうだ
嫌な予感がする

ピンポンー玄関ドアが開く
「ただいま~お待たせしました」
すぐにアオイが戻ってきた

それから三人で、ユキエの作ったお惣菜を食べた
肉じゃが、ほうれん草の和え物、カットしたスイカなど簡単なものだったのだが
「ユキエさん、全部、美味しいです」
そう言って、二人とも喜んでくれた
それを見ているとユキエの中にも暖かいものが満ちてくる
「良かった~そう言って貰えると私も嬉しいよ」

「ところで、アオイさんが備品庫幽霊ってどういう事ですか?」パピコがためらいがちに聞いた

アオイが話し始めた
「ユキエさんがハローに入って行ったので、私は外で出てくるのを待ってたんだです
でも中々出て来なかったから、心配になって私もハローに行っんです、そうしたら、まさか、、マリ、、」

ユキエの予感は的中した

ユキエはとっさに
パピコには見えないように、そっと口の前に人差し指を当てた

アオイもそれに気付いて
「あー、それでユキエさんを探しているうちに備品庫室に閉じ込められて、、どうしても出られなくて」

アオイもマリアとギタンチェスコを見て驚いて備品庫室に逃げこんだに違いなかった
他に選択肢はない
備品庫室はロッカールームの目の前だ

「それで仕方がないから窓から出ようと窓枠に登った所で最初に手が滑って、、携帯を落としてどこに落としたのか探しているうちに、今度は足も滑って、、腕とお腹が挟まっちゃったんですー」

「腕とお腹が挟まった!?」
ユキエとパピコが同時に声をあげた

アオイの顔がみるみる真っ赤になった

備品庫室の窓は少し高い位置にあり幅も狭い

「足は床から浮いているし、腕がなかなか抜けなくて、、お腹も苦しくて、、もがいているうちに髪もめちゃくちゃに解けちゃうし、携帯も見つからないし、まさか通行人に見られていたなんて知らなかったんです」

大惨事だ

これでは同じく有名でも
井戸から這い出てくる幽霊というよりは、
はちみつ好きの黄色いくまさんの方ではないのか

「じゃあ、花火大会の日は?、、、」
パピコがつぶやくように聞いた

「銭湯の帰りにご利用者様からの差し入れの、らいおん家のどら焼きをロッカーに忘れたのを思い出して、、花火大会だったしみんな行ってるだろうし誰も居ないと思って、、それで夏だし、味がおちたら勿体無いから取りに行きました、、」
言い終える頃、アオイの声は小さくなってほとんど聞こえなかった

(確かにアオイは正社員なのでハローの鍵は持っている)

「どら焼きを取りに、、それだけですか?」
パピコが脱力して、ガックリと膝を折った

よりにもよって、どら焼きを取りに職場に戻ったアオイを見て、パピコは噂の幽霊だと思い込み眠れない夜を過ごし、仕事まで休むほど怯えていたのか、、、

そして、その噂の原因になった幽霊もウッカリ窓に挟まったアオイだったのだ

「ちょっとー勘弁してよーアオイちゃんたら」
もう大笑いだ、、ユキエは止まらなかった

腹筋崩壊だ

「パピコちゃん、本当にごめんなさい」
アオイがひたすら謝っている

「ひどいですよ、アオイさん!
ユキエさんも、笑ってないで何とか言ってください!
私、備品庫幽霊がテレビ画面から出てきたらどうしようとか、呪われたかもって思って本当に怖かったのに、、、、どら焼きの味が落ちるのが心配だからって、あんな時間に職場に行くなんて、、
確かにらいおん家のどら焼きは美味しいですけれど、、、
アオイさん、そんなだからポッチャリ体型になって窓に挟まるんですよ!
それと、ユキエさん、もう川には近づかないでくださいね!そもそもユキエさんが川に入ったりするからこうなったんですよ」
パピコは頬を膨らまして、アオイと同じくらいに顔が赤かった
かなりご立腹の様子だ



確かにその通りなのだが、、、
「ごめん、ごめん、二人ともごめんね」
ユキエの笑いはまだおさまらない
「アハハハー」
涙まで出てきた

「もうユキエさん、笑い過ぎですよ」
帰り際、玄関で見送るパピコが言った

アオイはお詫びを兼ねて備品庫幽霊の正体をみんなに内緒にする条件で二人をデイキャンプに招待とそこで得意のキャンプ飯を作ってくれる約束をした

不覚にも窓に挟まったなど、誰にも知られたくないそうだ
アオイの立場なら当然だろう

ユキエも、いい大人が酔った勢いで川に入ったなどとは忘れてもらう事で、二人にらいおん家のどら焼きを贈る約束をした

パピコも美味しい賄賂を受け取る事でアオイと笑い過ぎのユキエを許す事にしたらしい

アオイに自宅まで送ってもらう車中でユキエが言った
「アオイちゃん、私の事心配してくれて、あの日ハローまでついて来てくれたんだよね、本当にありがとう!そのせいで、大変な目に遭わせちゃったしね、ごめんねー!
それと、マリアさんの事、パピコちゃんに言わないでくれて、それもありがとうね」

「わかってますよ、ユキエさん、女が多い職場は知らない方が身の為って事も多いですし、、
パピコちゃん、素直過ぎる所があるから、、
あの夜はもうすべてが悪夢でしたよ
ユキエさんは川に入るし、マリアさんはあんなだし、私は窓に挟まっちゃうし、、」

「そうそう私なんて、二人が帰ったと思ってドアまで開けちゃって、それこそホラーだったわよー」

「えー!!ドアを開けちゃったんですか?」
アオイの驚きの声が車中に響いた
二人であの衝撃的な一夜をねぎらいあった

夜空には細い月と星が輝いていた


9月に入り、急に空が高くなった

初秋とはいえ、まだまだ暑い日が続いている
アオイはパピコとの約束通り、二人をデイキャンプに招いてくれた
勿論ユキエも、らいおん家のどら焼きを持参だ

ユキエ達の住む街から、高速道路を使って1時間半程のキャンプ場へ連れて行ってくれた
ちょっとしたドライブだ

カーラジオからは、 Oasisの懐かしい曲が流れている 
タイトルは思い出せない
歌詞は朝の光の中で顔を洗って、、から始まりサビの部分では内なる自分の舵を取り、本当の自分を理解しようと歌っていた


アオイとパピコ、この二人とは道中も楽しかった

アオイが外の風景を眺めながら
「あんなのが出来てる、知らなかったな、、
ヒーリング墓地~!!気持ち良さそうですねー
癒されそう」と案内看板を指差している

ヒーリング墓地!?

「お墓でヒーリングって、初めて聞いたわ~
何をヒーリングするのかしら、、想像すると何だかちょっと怖いわねー」
とユキエも続ける

パピコが指差された看板を見て半ば呆れて突っ込みを入れる
「ヒーリング基地ですよ
墓地じゃあなくて、、基地です!基地!!
もう二人とも、本気で言ってるんですか?
お墓でヒーリングなんて誰もやらないですよ
よくないものに取り憑かれますよ、、修行僧でもないのに、、」

「確かに、それもそうね~」とユキエ

「見・間・違・い・ごめ~ん」とアオイ

終始こんな具合だった


少し開けている車の窓から風が入ってくる
樹々や草の香りも心地よい

標高が高いせいか、気温も涼しい
「うわ~気持ちいいー」
ユキエとパピコは感嘆の声をあげる
「私のお気に入りのキャンプ場なんです」
アオイは二人の喜びように少し照れ臭そうだ

広々とした芝生に、白樺の緑が爽やかだ
遠くには、山並みも見える
(最高ー!!)
木陰にシートとキリム柄のラグを敷き、上には折り畳み式の木製の可愛らしいテーブルを準備してくれた
アオイは手慣れた様子で、テーブルの上でステンレス製の小さな七輪に炭を起こし焼き鳥を焼く
甘めのタレと塩胡椒で味付けだ
四角いメスティンという飯盒で、キノコたっぷりの炊き込みご飯と、スパイシーな野菜の煮込みスープも作ってくれた
炊き込みご飯の方は固形燃料で炊き、野菜の煮込みはこれまた小さなガスバーナーを使っている

「へぇー、すごいね!!」

「こうやって使うんだ、、」

見るもの全てが新鮮だった

アオイは美味しいキャンプ飯と楽しい時間に心を尽くしてくれた

ユキエとパピコからは
美味しい!という言葉しか出てこない

気持ちのいい場所で気の置けない仲間と食べるというスパイスも加わって更に美味しさが増してくる

食後にはアオイが丁寧にコーヒーを淹れてくれた
コーヒーの野点は初めてだった
「いい香りだねー」
挽きたての豆の香りが何とも言えない

デザートには、らいおん家のどら焼きだ

至福の時とはこういう時間の事を指すのだろう


一段落ついた頃
「今日はお二人に報告があります、、
部屋を借りられました!!車中生活終了です」
アオイが嬉しいお知らせをくれた

「いつ引っ越しですか?引っ越し祝いに、次は焼肉の食べ放題行きましょう」パピコが提案すると
アオイが
「荷物はないから、そこは簡単です~でも私の引っ越し祝いなので、食事代はお二人にお願いしますね~!」

「はい、はい、今度は私が二人にご馳走させてもらいますよ」ユキエが笑いながら答えた

二人とも相変わらずな食いしん坊だ

「良かったね、アオイちゃん」
ユキエは心底そう思った

空にはウロコ雲が浮かんでいた


9月は敬老の日とお彼岸があるので、厨房でもイベント食を準備している

敬老の日は
重箱を使い、イベント食の特別感を出すのだ
お祝いの時は、お赤飯が定番になっている
茶碗蒸しも人気だ
メインに酢豚かカレイの生姜煮
寿が焼印されている卵焼きに、さつま芋と甘栗の和風和え、オクラとおかかのあえ物、箸休めにゼリーも入れる
お彼岸の時のおやつはおはぎを出すのだ

ご利用者様との唯一の接点がお昼ご飯の提供

普段、厨房職員とご利用者様の触れ合いなど無い

ほとんどは名前と食事に関しての情報しか知らないのだった

先日のA吉やB代との一時の触れ合いは、厨房職員のユキエにとってはごく稀な出来事だ

デイサービスのご利用者様の利用期間は数ヶ月から数年とさまざまだ
最近、食欲が落ちているな、急にお休みの日が多くなってきたなと思っているうちに、入院や24時間体制の施設に移られたという話を後にスタッフから聞くのだ
ここでは突然のお別れなどは珍しくはない

ご利用者様から見たら、厨房職員などみんな同じ白い作業服に帽子にエプロン、顔にはマスクだ
見えているのは目元だけ
特徴的な体型でもない限り、見分けなどつくはずもなく、これで見分けがついているとしたら、特殊能力の持ち主だ

ところが厨房職員の方は毎日、名前とフロアからの指示や注意事項を確認しながらの食事提供だ
そうしているうちに、ご利用者様には少なからず情が移ってしまう
長くご利用頂いているご利用者様には特にそうだった


9月の良く晴れた日 、A吉が天に召されたそうだ
(家族が見守るなか眠るように静かに旅立ったと、、、)
ご家族がハローに挨拶に来た時に聞いたとフロア職員から聞いた
先月、A吉の若かりし頃の話しを聞いたばかりだ
独特とも言える人生感も、、

ユキエは寂しさと同時に
(お疲れ様でした~)という思いが込み上げる

A吉は自分の人生を生ききったのだ
生きられなかった家族や同胞の分まで生きたのだ

今頃は天国で親兄弟や同胞と再開し、今度は商売の秘訣などを話して聞かせているのかも知れない

見上げた青空にどこへ行くのか飛行機が横切って行く

「飛行機雲か、、、」

まるでゼロ戦のパイロットだったA吉が挨拶に来てくれたようだとユキエは思った
(A吉さんありがとう、またいつかお会いしましょう)ユキエは心の中で、そっと手を合わせた


9月も終わりかけたある日、珍しくパピコが厨房のドアを乱暴に開けた
「ユキエさん、聞いてください!!私あの雰囲気に耐えられません! 大変ですフロアに大嵐です、、、」

今度は何があったのだ、、?


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