デザイア26

ちゃむ介

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第一章

1-2 吸血鬼はかく語りき

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「お嬢様、お食事をお持ちしました」

「お召し物をご用意しました」

「お気の済むまでこちらに滞在していただいて結構です」

 アルバートはアリシアに衣食住を与え、丁重にもてなす。しかし、彼女にはそれがわざと猜疑心を払拭するための行為だと知る由もなかった。

「アルバート様は、なぜそんなに良くしてくださるのですか?」

 純粋な疑問だ。単純な善意でここまでやってくれるとは思わない。

「私には仕える主人が別の場所にいらっしゃるのですが、その方がかつて私にしてくださったことを忘れず活かそうとしたまでですよ」

 本来の目的はもちろん隠した。

「はあ、そうなんですね……」

 この人も昔、今の自分と同じようなことを経験したんだとアリシアは解釈した。

「本当に良くしていただいて……感謝してもしきれないのですが、返せるものがなくって……」

「あぁ、それなら……」

 そう言ってアルバートはどこからか注射器を一本取り出した。

「ほんの少しだけ、採血させてください。貴女の健康管理のために必要なんです」

「はい、いいですけど……」

 彼はありがとうございます、と微笑み手慣れた手つきでアリシアの腕から血を採った。

 窓の光を背にする彼の姿は表情が分からず、少しだけ不気味に感じた。

 ──

 この屋敷は、アルバートの部屋以外ならどこにでも立ち入って良いと言いつかっていた。といっても特に他の部屋に入っても面白いことはなかったため、アリシアは書斎に立ち寄った。

 アリシアにとって、ここでは本を読むことが唯一の娯楽になる。

 しかし、この屋敷にある本の分野は偏っていて、主に吸血鬼というものについて書かれた伝記や小説が主だった。

 綺麗に整頓された本の中から何冊か自室へ持っていき、その中から一冊の本を開いた。

「ダンピールとは、吸血鬼と人間の間に生まれた混血の種族。多くは生まれ落ちた時に命を落とすが、稀に生き残る個体もいる。その場合捨てられたり孤児になるなど悲劇的な運命を辿る」

 記憶を失った身だが、吸血鬼という怪物の名は聞いたことがあるような気がした。人間の血を糧にする、夜に生きる怪物──

 しばらくして、時間に厳しいアルバートが就寝時間を過ぎても部屋に顔を出しに来ていないことに気がついた。

 挨拶だけはしておこう、と彼の部屋に向かうことに決めた。

 部屋の外は少しの照明があるものの暗く、手に灯りを持って進むことにした。

 廊下を進んでいくと、ひんやり肌寒かった気温が身体を震わすほどに低くなっていることに気がついた。それに、少し部屋にたどり着くまでが長いような気もする。

「はぁっ……はぁ……」

 吐く息が白い。なにか良くないことが起こるような気がして、ぶるりと震えた。やっぱり引き返そうか、後ろを振り返ったときだった。

「……?」

 真っ暗な闇の中に白いもやがある。あれは、人の形をしている。目を離せなかった。いや、離すことができなかった。

 固まっていると、人型のもやは近づいてきた。ある程度の距離まで近づいてくると、しっかりとそれの顔が視認できた。

 短く白い髪に、赤い瞳をした女の人が微笑んでいる。そして、手には大きな鎌を持っていた。

 相手にこちらの顔も視認されたと同時に、その女は口を開く。

「ようやく見つけましたよ。ここまで見つからなかったのはこんな辺境の地にいたからですね」

「あなた……誰……?」

 かろうじて動かせる口で発した。
 すると女はきょとんとした表情で首を傾げたあと、にっこりと笑った。

「あらまぁ、私のことをお忘れになってしまったんですか?呑気なものですね、貴女の命を狙っている張本人だというのに!」

 まだ身体は動かない。金縛りにあっているかのようだ。恐怖でいっぱいになり、目に涙が溜まり頬に溢れていく。

「あはは。逃げもせず突っ立ってるだけですか?好都合ですね、今度こそ狩ってあげます」

 女が手に持っていた鎌を大きく振りかざした瞬間だった。

「死神!」

 アルバートが叫んだ。

「ん……?もしかして貴方がこの子を?」

 死神と呼ばれたその女は、彼と面識があるような言い方で再び首を傾げた。

「彼女は私が保護しています。手を出したらご主人様が黙っていない」
 
「わかりました、とでも言って手を引くとでも?私だってノルマがあるんですよ!」

 アリシアに向かって鎌を振り下ろそうとした瞬間、一気に足を踏み出し彼女を胸の中に抱き寄せ、背を向けて庇った。

 刃が背中を裂き、一瞬熱さを感じたかと思うとすぐに想像を絶する痛みが襲いかかり膝をつく。

「アハハ!獲物を庇って自分が血を流しちゃってどうするんですか?別に貴方の魂でも構いませんよ!」

 死神が再度鎌を振りかぶる。アルバートが死を覚悟したその時だった。

「……!?なに?頭の中に、声がっ……」

「……?」

 アリシアは不安そうに覗き込む。死神の脳内に誰かの声が語りかけてきて、動揺しているようだ。

「そんな……くそっ……吸血鬼……お前ら、覚えていなさい……」

 死神は捨て台詞を吐くと闇の中に消えていってしまった。

 アルバートには死神を動揺させた声の主がわかるようで、安堵しながらも意識が遠のいていった。

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