旦那さまは吸血鬼につき

木村

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第二話 食事

05 視点 彼

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「ねえ、きみ、さびしいの?」

 舌足らずに話すけれど彼女は十二分に成熟した女性だ。その目には知性が宿り、その言葉には気遣いがある。けれど彼女は人間だから、俺のこの『さびしさを知りたいと思うことのむなしさ』を伝えても理解はできないだろう。そして俺自身伝えたいわけでもない。彼女に俺を理解してほしいわけではない。
 だから黙っていると、彼女はそれ以上聞いてこない。しかも彼女は俺のキス、俺の『食事』を許容している。なんと俺にとっては都合がいい女だろう。『愛した結果』だけをくれる。少なくともその『錯覚』をくれる。それはきっとこの肉体を疲弊させ、きっと、老いを与えてくれる、『ありがたいことに』。
 不満があるとすれば彼女の血は不味い、ということだけだ。でもそれはこれから俺の好みにすればいい。

「ご飯だよ」
「すごいね」
「なにが?」
「私、料理できないから」

 彼女の家の冷蔵庫には炭酸水しか入っていなかった。そして戸棚に詰め込まれたカップ麺。コンビニかと思うほどの品揃えだった。無論、すべて捨ててきたけれど。

「おいしいね、これ」
「そうか。よかった」

 彼女の目には光がない。疲れはてた人間の瞳だ。終わりなき行進を続ける兵士の目だ。つまり彼女は病んでいて目が曇っている。だからまだ俺の恐ろしさがまともに見えていない。
 いつか正気にかえったら拒まれるのだろうか。

「おいしい?」
「うん、おいしいよ」
「よかった」
「きみは食べないの?」
「俺はお前を食べるから」
「私を? どうやって?」
「キスで」
「そっか、じゃあたくさん食べてね」

 しかし言質はとった。もう彼女は俺のものだ。死ぬまで、――死んでも――俺のものだ。

「なあ、お前はこの先ずっと俺に食われるんだぞ」
「わかった」

 俺の作ったものを食べた彼女はましな味がした。

「……はやくもっとうまくなれ」
「おいしくないかな?」
「煙草が抜けないとダメだな」
「がんばるね」
「ああ、がんばれ」

 その唇についたソースを舐めると、彼女は今さら頬を赤くして「えっちだ」と笑った。俺が笑うと、彼女は「きみのキス優しくて好きだよ」と笑った。誰と比べているのかわからなくて少し、いやかなり不愉快だったが笑っておいた。
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