夏色ドロップス

暁香夏

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夏色ドロップス

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  ――今日も空はあんなにも深い……

 海を思わせる、夏の深くどこまでも青い空を、私はバカみたいに見上げていた。
 公園のベンチは、燃えるような夏の日差しにすっかり熱くなっていた。
 灼熱の日差しの下で、私はドロップスの缶を取り出した。
 私は毎年夏になると必ずドロップスを買う。そして青い空の下で頬張る。なぜだかわからない。暑さと湿気でドロップスが缶の中でくっつく、ドロップスには一番不似合いな季節だというのに。
 私はドロップスの缶をバンバンと叩くと、きっちり閉まった缶の蓋をとって缶を手のひらの上でひっくり返した。ドロップスの最後のひとつが私の手のひらの上に転がり落ちた。見慣れない、透き通った青い色のドロップス。
 「あ…」
 ドロップスの青い色が呼び水となって、涸れていた泉の水をよみがえらせたかのように、ふつふつと、私の中で底の方から何かが上ってくるのを感じた。


 あの夏、私は海の近くのおばあちゃんの家に遊びに行っていた。もう八月も半ばになっていた。
 「海には入っちゃいけないよ。お盆だからね。仏様が迎えに来るからね」
 おばあちゃんはそう言っていたけれど、私はどうしても海に行きたかった。おばあちゃんにもらった、新しいつばの大きな麦わら帽子をかぶって、お嬢様みたいに白い砂浜を歩いてみたかったから。

 私は麦わら帽子をかぶって、誰もいない砂浜に出た。けれど、風がさっと吹いてきて、無情な風はあっという間に私の麦わら帽子をさらっていってしまった。私はお気に入りの麦わら帽子を失って、少しの間ぼうっと突っ立っていたけれど、知らないうちに目に涙があふれてきて、しゃがみこんで泣き出してしまった。

 どれくらいそうして泣いていたのかわからない。目の前の地面が、突然がふっとかげった。顔を上げると、どこから来たのか、ずぶぬれの男の子が私の目の前に立っていて、私の頭の上には、あの私のつばの大きな麦わら帽子があった。私は立ち上がったけれど、何も言葉が出てこなかった。そうしたら、男の子がにっと笑って、どこからかドロップスの缶を取り出して、バンバン叩いてから、私の手のひらの上で一振りした。青い透き通ったドロップスがひとつ、太陽の光を受けてきらきら輝きながら、私の手のひらの上に飛び出した。
 「あ」
 私ののどの奥から小さな声が出た。
 「大当たりだね。めったに出ないんだよ、夏色のドロップス」
 男の子がまたにっと笑った。
 「夏色?」
 私の中からまた声が出た。
 「青は夏の色なんだよ。ほら、夏の海も空も、あんなに青いだろう?」
 私は水平線に目を向けようとした。けれど青い海と空は、ふたつが出会うあたりで溶け合って、水平線がどこだかわからないみたいになっていた。
 「あれが夏の本質なんだよ」
 男の子が言った。
 「夏はあらゆるものの境界が薄くなっているんだ。青い海と空と同じように。時間も、空間も…空気だってそうだよ。夏の空気の中にはたくさんの水が隠れていて、水との境界がなくなっているだろう?
 いつも洋服しか着ない人が夏になると浴衣を着たくなるのは、時間の境界が薄くなって昔が近くなっているからだし、お盆にお墓参りに行くのは、あの世とこの世の境界が薄くなっていて、ご先祖様が帰ってくるからだよ。だから、気をつけてね。君もあっちの世界に入りやすくなっているから。あんまり海には近づかないほうがいいよ」
 そう言って、男の子はまた笑った。日に焼けた顔は、太陽の光を受けて、まぶしすぎてはっきりと見えなかった。

 それから何を話したのか、覚えていない。気がついたら男の子はいなくなっていて、私の手のひらには、暑さですっかり溶けてしまった青いドロップスがはりついていた。


 「あの子はいったい生きている人間だったのかしら」
 私は声に出してつぶやいた。
 もしかしたら、遠い昔に海で亡くなった少年が、薄くなった世界の境界を越えて、こっちに帰ってきていたんじゃないだろうか。
 私は手のひらの上の夏色のドロップスを口の中に放り込んだ。ぱあっと甘酸っぱい味が口の中いっぱいに広がって、それからのどの奥に静かに落ちていく。失くしていた、手のひらで輝く小さな宝石のような初恋の思い出が、ゆっくりと、私の中に還っていくのを感じた。
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