バックパックガールズ ~孤独なオタク少女は学園一の美少女たちの心を癒し、登山部で甘々な百合ハーレムの姫となる~

宮城こはく

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第一章「ぶかつ狂騒曲」

第十四話「オタクの流儀」

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「えっ……?」
 私は耳を疑い、身をこわばらせた。

 千景ちかげさんは「登山部に入って」と言った。

 ほたか先輩の魔の手から逃がしてくれたのだから、千景さんがそんなことを言うとは思えなかった。
 でも、シンプルな言葉は他に取り違いようがない。
 せめて納得できる理由を求めて、私は千景さんの言葉を待った。
 
「ほたかは興奮しすぎてたから、止めただけ。……入部してほしいのは、ボクも同じ」

 千景さんは静かに、しかし力強く言葉を口にする。
 この瞬間、私はこの状況を理解した。

 なるほど、なるほど。
 逃げられないのをいいことに、私を説得するんですね! 
 千景さんもほたか先輩と同じで、登山部の刺客だったわけだ。
 ロッカーの中で密着するなんてシチュエーションも、私を逃がさない作戦だった。

 そして、もう一つ大事なことが分かった。
 千景さんって、ボクっ娘だったんだ。
 リアルで自分のことを「ボク」と呼ぶ女の子にあったのは初めてだ。

 まあ、それはそれとして、私は話を切り出す。

「そ、そういえばですね。部室でほたか先輩の話を聞いていて、疑問があったんです」
「なに?」
「ほたか先輩は岩の魅力と日本アルプスの魅力を力説してましたけど、ここは島根県なんですよ。島根には日本アルプスのような高い山はないと思うんですけど、ほたか先輩がこの高校の登山部に執着するのって、なぜなんでしょう?」
「希望すれば、県外の合宿も、できる」

 私の疑問は別段なんでもなかったようで、千景さんはあっさりと答えてくれた。
 千景さんは何かを思い出すように虚空を見つめる。

「去年は南アルプスに行って、帰りに東京観光をした。あと、今年の全国大会は、関東の日光白根山にっこうしらねさん。……森林限界の山だから、ほたかは行きたがってる」
「とうきょう……かんこう、ですか……。関東大会っていうことは、もし行くことが出来れば、今年も東京に行けたり……?」
「きっと、そう」

 東京観光……。
 この言葉は、私の心をかなり揺さぶった。
 なぜって、東京には憧れのオタクの街・秋葉原アキバがある。
 親との旅行でも東京に行ったことはないし、学校の修学旅行で東に行くとしても、京都までがせいぜいだ。
 アキバに行くには関東の学校に進学するぐらいでないと無理だと思っていた。
 ほたか先輩や千景さんには言いづらいけど、「東京観光」という言葉は「かっこいい岩山」よりも私に効いた。

「ましろさん、山に興味はない?」
「あぅ。……ええっと。……えへへ」

 そのものズバリの指摘に、私は気まずくなって愛想笑いを浮かべてしまう。
 でも、千景さんはこういう反応に慣れていたようで、淡々と話を続けた。

「登山部は、どこの学校でもマイナーだから……仕方ない。島根で女子登山部があるのは、他に一、二校だけ。……ほたかも、熱く語っただけでみんなに逃げられると悩んでる」
「ほたか先輩が逃げられるのは、登山部がマイナーだからって理由と、少し違うというか……」

 そう言いかけたけど、私はそれ以上を話せなかった。
 部室で活動内容を説明してもらった時のこと……。
 あの時はほたか先輩の「熱い岩フェチトーク」にドン引きしてしまった私だけど、好きな物を熱く語ってドン引きされるなんて、私ならとても耐えられない。
 つくづく私は酷いことを言ってしまったんだな、と自己嫌悪してしまう。

 「森林限界の岩山」と「東京のアキバ」

 憧れる場所は違えど、はるか遠くの地に恋焦こいこがれる気持ちは同じかもしれない。
 何よりも、他の人の趣味を否定するなんて、私のオタクの流儀に反することなんだ。

「ち、千景さん!」

 私は千景さんの手を強く握った。

「私、ほたか先輩の熱い想い、イイと思います!」
「そう。……じゃあ、入部……」
「あぅ。……た、大会があるのはちょっと……えへへ」

 大会さえなければ、ほたか先輩を応援する意味でも、登山部に入りたい。
 私は答えられずに、笑うしかなかった。


 その時。
 バンッという音と共に、突然まわりが明るくなった。
 まぶしくて細めた目をかろうじて開くと、ロッカーの扉が大きく開け放たれている。
 扉の外には、背の高い人影が立っていた。

「見つけた」

 低く重みのある女性の声が、茜色に染まった昇降口に響き渡った。
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