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第六章「そして山百合は咲きこぼれる」
第十一話「胸がムズムズするのです」
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千景さんは「胸がムズムズする」と言って、自分の胸に指を置いた。
その細くてきれいな指は最高感度のセンサーを備えているので、もしかすると自分の心臓の鼓動を確かめているのかもしれない。
「どうしたんですか?」
千景さんは無表情のままなので、何を考えているのか分からない。
しばらく胸に指をあてていたが、首をかしげるように手を離した。
「……胸がムズムズした気がした。……たぶん、気のせい」
なんだろう。
あまり追求するのも悪い気がするので、私は視線を外す。
すると、地図とにらめっこをしているほたかさんがいた。
「読図……でしたっけ」
「うん。一つは見逃しちゃったけど、さっきのチェックポイントは確実に記録しとこうと思って……」
チェックポイントとは、登山道の脇で見た三角柱の白い物のことだ。チェックポイントの外見は開催地によって異なるらしいけど、登山大会ではこういう印をコースに置くものらしい。
そして『読図』と呼ばれる審査は、このチェックポイントが地図上のどの場所に置かれていたのかを正確に示す課題ということだ。
「誤差は一ミリまでしか正解と認められないの。でも大抵は特徴的な地形に置かれてるし、地形を読むのは得意なんだっ」
ほたかさんは生粋の『山の形フェチ』だ。
地図の審査なんてたやすいものなのだろう。自信をもって『B』のマークを書いていた。
「……でも、A地点についてはバテてたせいか、まったく記憶になくって……」
「今日は同じ道を戻るんすよね。下山中に見つけられるんじゃ?」
「……チェックポイントが回収されている可能性があるかもしれない。それに、置いてあった場所が登山道の分岐地点より前だと、下山のときには通らないし……」
困り顔でうつむくほたかさんを見て、千景さんが落ち込んでしまった。
「ボクが……ちゃんと、見てれば……」
そう言って、小さな口をへの字に曲げている。
私はそんな中で手を挙げた。
「……私、覚えてますよ」
「……え、ほんと?」
「すっごくトイレを我慢してた時なので、記憶にも鮮明に残ってます」
「その時の地形は覚えてる? 道が曲がってたとか、そういうのも……」
ほたかさんは食いつくように聞いてきた。
「道は……まっすぐだったような気がします。傾斜は……登りがちょうど終わって、道が平らになり始めたところでした。そのあとすぐに休憩ができたので、トイレの手前あたりですね」
「ありがとう。本当にありがとうっ! その情報で十分だよっ」
ほたかさんは私の手を頬ずりし、それだけではなく手の甲にキスまでしてきた。
愛情表現がストレートで照れてしまう。
唇が……柔らかい。
自分の顔がにやけているのを感じる。
自分の口から「うへへ」と怪しい笑い声が染み出すのを止められないほどだった。
その時、横にいた千景さんがまた胸を触り始めた。
「……」
「あぅ? どうしたんですか?」
「やっぱり胸がムズムズする。……心臓のあたりが、変」
千景さんは胸をさすりながら、神妙な表情でうつむいている。
「これは……心臓病?」
いきなり、衝撃的な言葉が飛び出した。
ほたかさんと美嶺も、聞き捨てならないといった感じで飛びついてきた。
「えっ? 千景ちゃん、大丈夫なの?」
「ちょっと心音を聞かせてもらって大丈夫っすか?」
「うん」
「そっか。美嶺ちゃんは救急法の資格を持ってたもんねっ!」
「資格なんてたいそうな物じゃないっすよ」
美嶺は首を横に振りながらも、険しい表情で千景さんの胸に耳を当てた。
その様子を見た私の体に、電撃が走った気がした。
胸に耳を当てる美嶺の姿……。
当てるというより、胸に顔がうずもれている!
当たり前だ。
胸のおっきな千景さんだから、耳を当てようとすれば自然にそうなる。
(な、な、なんてうらやましいっ!)
美嶺はめちゃくちゃ真剣な顔をしてるけど、はた目から見るとエッチでしかたがない。
エッチでしかたないので、私は千景さんの胸をじっくりと観察する。
いやいや、これは決していやらしい行為ではない。
千景さんが心配なだけだ!
二人の様子を、私は激しい鼻息を吹き出しながら見続けた。
「う~ん。心拍数は高めっすけど、正常の範囲内っすね。不整脈とかもないと思うっす」
「……よかった」
診察が終わり、千景さんもほっと胸をなでおろす。
美嶺の頭部が消え、千景さんの胸には空席ができた。
その空席を、私は見逃さない!
「わっ、私も確認しますよ! ダブルチェック、ダブルチェーック!」
「ましろっ?」
「失礼しま~っす」
返答を待つなんてできるわけもなく、千景さんの胸に飛び込む。
途端に、ふわっと極上の感触に包まれた。
千景さんの心音も「トクントクン」とリズムよく刻まれている。
(うん。すごく健康的な感じ。……詳しくないから、わかんないけど!)
最高に夢心地。天国のようだ。
このまま死んでも悔いは残らないかもしれない。
すると、正常と思われた心音がひどく激しく高鳴り始めた。
「あぅ? なんか心臓の音が大きく、早くなってますよ……?」
「当たり前だ! どさくさに紛れて伊吹さんの胸を触ってんじゃねぇ」
「そうだよぉ。ましろちゃん、落ち着いて! 触るならわたしを~」
「梓川さんも落ち着いて!」
もう大混乱だ。
ぜんぶ私のせいだけど!
私が二人に腕をつかまれて引きはがされると、千景さんは頬を赤く染めて恥ずかしそうにしている。
……それも私のせいだけど。
「ましろさん。エッチです……」
「あぅぅ。ごめんなさいぃ……」
「大丈夫……です」
まさか、大会中なのに暴走癖が出てしまうとは……。
千景さんは微笑みながら許してくれたけど、私は必死に頭を下げて謝り続けた。
「はぁ……。たいへんに素晴らしい……」
ゆっくりとした拍手と共に、聞き覚えのある女性の声が響き渡る。
ふと背後を見ると、そこにはいつの間にか五竜さんが座っていた。
「最高のものを見ることができて、とても満足です」
眼鏡のレンズがきらりと光る。
五竜さんは口元に笑みを浮かべていた。
その細くてきれいな指は最高感度のセンサーを備えているので、もしかすると自分の心臓の鼓動を確かめているのかもしれない。
「どうしたんですか?」
千景さんは無表情のままなので、何を考えているのか分からない。
しばらく胸に指をあてていたが、首をかしげるように手を離した。
「……胸がムズムズした気がした。……たぶん、気のせい」
なんだろう。
あまり追求するのも悪い気がするので、私は視線を外す。
すると、地図とにらめっこをしているほたかさんがいた。
「読図……でしたっけ」
「うん。一つは見逃しちゃったけど、さっきのチェックポイントは確実に記録しとこうと思って……」
チェックポイントとは、登山道の脇で見た三角柱の白い物のことだ。チェックポイントの外見は開催地によって異なるらしいけど、登山大会ではこういう印をコースに置くものらしい。
そして『読図』と呼ばれる審査は、このチェックポイントが地図上のどの場所に置かれていたのかを正確に示す課題ということだ。
「誤差は一ミリまでしか正解と認められないの。でも大抵は特徴的な地形に置かれてるし、地形を読むのは得意なんだっ」
ほたかさんは生粋の『山の形フェチ』だ。
地図の審査なんてたやすいものなのだろう。自信をもって『B』のマークを書いていた。
「……でも、A地点についてはバテてたせいか、まったく記憶になくって……」
「今日は同じ道を戻るんすよね。下山中に見つけられるんじゃ?」
「……チェックポイントが回収されている可能性があるかもしれない。それに、置いてあった場所が登山道の分岐地点より前だと、下山のときには通らないし……」
困り顔でうつむくほたかさんを見て、千景さんが落ち込んでしまった。
「ボクが……ちゃんと、見てれば……」
そう言って、小さな口をへの字に曲げている。
私はそんな中で手を挙げた。
「……私、覚えてますよ」
「……え、ほんと?」
「すっごくトイレを我慢してた時なので、記憶にも鮮明に残ってます」
「その時の地形は覚えてる? 道が曲がってたとか、そういうのも……」
ほたかさんは食いつくように聞いてきた。
「道は……まっすぐだったような気がします。傾斜は……登りがちょうど終わって、道が平らになり始めたところでした。そのあとすぐに休憩ができたので、トイレの手前あたりですね」
「ありがとう。本当にありがとうっ! その情報で十分だよっ」
ほたかさんは私の手を頬ずりし、それだけではなく手の甲にキスまでしてきた。
愛情表現がストレートで照れてしまう。
唇が……柔らかい。
自分の顔がにやけているのを感じる。
自分の口から「うへへ」と怪しい笑い声が染み出すのを止められないほどだった。
その時、横にいた千景さんがまた胸を触り始めた。
「……」
「あぅ? どうしたんですか?」
「やっぱり胸がムズムズする。……心臓のあたりが、変」
千景さんは胸をさすりながら、神妙な表情でうつむいている。
「これは……心臓病?」
いきなり、衝撃的な言葉が飛び出した。
ほたかさんと美嶺も、聞き捨てならないといった感じで飛びついてきた。
「えっ? 千景ちゃん、大丈夫なの?」
「ちょっと心音を聞かせてもらって大丈夫っすか?」
「うん」
「そっか。美嶺ちゃんは救急法の資格を持ってたもんねっ!」
「資格なんてたいそうな物じゃないっすよ」
美嶺は首を横に振りながらも、険しい表情で千景さんの胸に耳を当てた。
その様子を見た私の体に、電撃が走った気がした。
胸に耳を当てる美嶺の姿……。
当てるというより、胸に顔がうずもれている!
当たり前だ。
胸のおっきな千景さんだから、耳を当てようとすれば自然にそうなる。
(な、な、なんてうらやましいっ!)
美嶺はめちゃくちゃ真剣な顔をしてるけど、はた目から見るとエッチでしかたがない。
エッチでしかたないので、私は千景さんの胸をじっくりと観察する。
いやいや、これは決していやらしい行為ではない。
千景さんが心配なだけだ!
二人の様子を、私は激しい鼻息を吹き出しながら見続けた。
「う~ん。心拍数は高めっすけど、正常の範囲内っすね。不整脈とかもないと思うっす」
「……よかった」
診察が終わり、千景さんもほっと胸をなでおろす。
美嶺の頭部が消え、千景さんの胸には空席ができた。
その空席を、私は見逃さない!
「わっ、私も確認しますよ! ダブルチェック、ダブルチェーック!」
「ましろっ?」
「失礼しま~っす」
返答を待つなんてできるわけもなく、千景さんの胸に飛び込む。
途端に、ふわっと極上の感触に包まれた。
千景さんの心音も「トクントクン」とリズムよく刻まれている。
(うん。すごく健康的な感じ。……詳しくないから、わかんないけど!)
最高に夢心地。天国のようだ。
このまま死んでも悔いは残らないかもしれない。
すると、正常と思われた心音がひどく激しく高鳴り始めた。
「あぅ? なんか心臓の音が大きく、早くなってますよ……?」
「当たり前だ! どさくさに紛れて伊吹さんの胸を触ってんじゃねぇ」
「そうだよぉ。ましろちゃん、落ち着いて! 触るならわたしを~」
「梓川さんも落ち着いて!」
もう大混乱だ。
ぜんぶ私のせいだけど!
私が二人に腕をつかまれて引きはがされると、千景さんは頬を赤く染めて恥ずかしそうにしている。
……それも私のせいだけど。
「ましろさん。エッチです……」
「あぅぅ。ごめんなさいぃ……」
「大丈夫……です」
まさか、大会中なのに暴走癖が出てしまうとは……。
千景さんは微笑みながら許してくれたけど、私は必死に頭を下げて謝り続けた。
「はぁ……。たいへんに素晴らしい……」
ゆっくりとした拍手と共に、聞き覚えのある女性の声が響き渡る。
ふと背後を見ると、そこにはいつの間にか五竜さんが座っていた。
「最高のものを見ることができて、とても満足です」
眼鏡のレンズがきらりと光る。
五竜さんは口元に笑みを浮かべていた。
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