バックパックガールズ ~孤独なオタク少女は学園一の美少女たちの心を癒し、登山部で甘々な百合ハーレムの姫となる~

宮城こはく

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第六章「そして山百合は咲きこぼれる」

第十三話「山の挨拶は大事です」

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「暑い……暑いですねぇ……」

 女三瓶めさんべに登った道を折り返し、歩き続けた。
 トイレがあった場所で休憩をはさんだものの、気温がかなり上がっていて蒸し暑い。

「山のふもとは気温も高いし、お昼過ぎだもんね~」
「汗、だらだらっすよ……」

 パワフルな美嶺みれいもだるそうにつぶやいてる。
 さっきチェックポイントの『A』がぶら下がっていた場所を通り過ぎたけど、ほたかさんが不安視していたとおり、すでにチェックポイントの印は撤去されていた。
 その代わりに別の場所に『C』の印がぶら下がっていたわけだが、「ましろちゃんのおかげで助かったよ~」と言われて、すごく嬉しかった。

 おしっこを我慢するという大ピンチも、それだけ記憶に残る出来事だったわけで……。
 ほたかさんの助けになったのなら、あの時の辛さも救われるというものだ。
 ……もう二度とおしっこで苦しみたくないけど!


 それにしても、山道を下るというのは、思った以上に足への負担が大きかった。
 登りよりは疲労感は少ないけど、降りるときの荷重が膝にのしかかってくるのだ。
 事故や怪我は登りよりも下りのほうが多いらしい。

 でも、目の前の千景さんの歩き方は安定しているので、真似して歩くことですごく安心できた。
 小さな歩幅で、足全体でゆっくりと地面を踏みしめる。
 前かがみで歩いたり、スピードを出すのは本当に危険なので、まっすぐに立って着実に歩くのだ。

『これは……ジェラシー、です』
 千景さんを見つめていると、その言葉を思い出してしまう。

 あれはどういう意味……だったんだろう。
 千景さんは言葉が少ないから、何に対するジェラシーなのかよくわからない。

 確か、最初は家庭科室でほたかさんのぬいぐるみを見て言っていた。
 他にもだいたい、ほたかさんと私がイチャイチャしてた時……。

(千景さんがジェラシーを感じてるのは……ほたかさんか、私? どっちが好きかっていえば、付き合いの長いほたかさんだろうなあ……)

 私が千景さんと友達になったのはこの一か月ほどなので、まだまだお互いに知らないことも多いと思う。
 もっといろんなことを知りたいと思った。


(……おっと。いけない、いけない)

 美嶺が一番重い荷物をがんばって背負ってくれてるんだから、自分の妄想に浸ってるわけにいかない。
 後ろを振り返ると、美嶺は汗だくになっていた。

「美嶺。すごい汗だよ? 喉、乾いてない?」
「大丈夫だ。まだまだいけるよ」

 美嶺は笑顔で答える。
 私にもっと体力があれば、こんなに負担をかけなかったかもしれない。
 もっともっとトレーニングをしようと心に誓う。

 すると、美嶺がなにかに気が付いたように前方を見た。

「登山者だ。すれ違うから横によけるぞ」

 その言葉につられて前を見ると、三人の奥様たちが見えた。

「そっか。大会中っていっても、普通の登山者もいるんだね~」
「まあ、山を封鎖するわけにもいかないだろうしな」

 言われてみれば、それはそうだ。

 登山隊のほうが人数が多いので、奥様たちの邪魔にならないように道を開ける。
 すると、美嶺が大きな声で「ちわ~っす」と挨拶をした。

 美嶺の知り合いなのだろうか?
 それにしては、登山隊の誰もが元気に挨拶している。

 千景さんを見ると、うつむいてボソボソと声を出していた。聞こえづらいが、かろうじて「こんにちは」と言っているように聞こえる。
 きっと知らない人だから、挨拶するのが恥ずかしいんだろう。
 そして私もとっさに言葉が出せず、会釈しかできなかった。

「みんな可愛いわねぇ。高校生?」
「あぅ……。えっと、はい。……高校生です……」
「大変ね~。もうすぐ登山口だから、もう一息よ! 頑張って~」
「ありがとう……ございます」

 お礼を言うと、奥様たちは笑顔で通り過ぎていく。
 これから登るのだろうか。


 再び歩き出したけど、可愛いって言われたことを思い出すとニヤニヤしてしまう。

(こういう時は美嶺、赤くなってそう……)

 ふと思って美嶺を見ると、予想通りに頬が少し赤くなっている。
 これは暑さじゃなくて、照れのせいだろう。

「そういえば挨拶してたけど、美嶺の知ってる人なの?」
「いや、全然」
「そうなんだ。私は普段、知らない人と挨拶しないから、とっさに言葉が出てこなかったよ……」
「アタシも街ではそんな感じだな。親からは『山のマナーだから、挨拶はするように』って言われてて、アタシもなんとなく挨拶してるんだよなぁ……」

 歩きながら私と美嶺が話していると、後ろのほうからほたかさんの声が聞こえてきた。

「ましろちゃん、美嶺ちゃん。お山の中で挨拶をする理由は何でしょう?」
「理由ですか? マナー……かなぁ。お互いが気持ちよく登るため……みたいな」
「それは一つの理由なんだけど、そのほかに、あと二つあるんだよっ」

 マナー以外の理由……。
 ほたかさんがわざわざ言うっていうことは、山にちなんだことかもしれない。

(……。…………)

 ダメだ。
 全然思いつかない。

 すると、美嶺が「礼儀!」と叫んだ。

「美嶺ちゃん……それはマナーといっしょ……かなっ」
「わかった! 空手の『押忍オス』と一緒っすね。尊敬・感謝・忍耐の精神。山に感謝し、辛さを耐え忍べという作法として、挨拶をするわけっすよ」
「美嶺……。それは人に対してじゃなくって、山に対してする挨拶では……?」
「くそ。違うか~」

 振り返ると、美嶺は真面目に悔しそうにしていた。
 そして美嶺の後ろではほたかさんが微笑んでいる。

「じゃあ答えを言うね~」

 そして指を一本立てた。

「ひとつ目は情報交換。……すれ違う相手は自分たちがこれから行く場所から来た人だから、情報があれば教えてもらえたりするの」
「そういえば『もうすぐ登山口』って言ってましたね。あれを聞いて、少しほっとしたんですよ~」
「うんうん。特に危険な情報だと、聞いておかないとねっ」

 そして二本目の指を立てた。

「……そしてふたつ目はお互いの存在を認識しあうことなの。もし遭難しちゃったとき、自分のことを覚えてもらえてたら、助かる確率が少し上がるでしょ?」
「あ~なるほど~。確かに目撃者が多いほうが、見つけてもらいやすいかもですね!」

 そう考えると、挨拶は理にかなっている。
 山の上では大切なのだと実感した。

 そう思っていると、なんだか美嶺がニヤニヤしている。

「ましろはしっかり挨拶しておいたほうがいいな」
「私? 何かあったっけ?」
「よく落ちるだろ~?」

 う……。
 図星すぎて反論できない。
 さらにほたかさんと千景さんも重ねてきた。

「落ちちゃだめだよ~」
「ましろさん、落ちるの?」
「あぅぅ……。みんな、私を落としたいんですかぁ~?」

 私はトホホと笑い、みんなも笑ってくれる。

 挨拶から花咲いた笑い。
 笑うと疲れも忘れる気がするし、実はこれも挨拶の効能なのかもしれない。
 山の挨拶っていいものだ。

 そして視界が広がり、大きな池が目の前に現れたのだった。
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