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2.檻の外で始める生活
23.密告者
しおりを挟む灯はケーキの箱を持って、軽い足取りで家路を急ぐ。
その途中には公園がある。
利用する人はほとんどいないようで、いつ見ても無人の公園だ。
近道というわけではなく、むしろ遠回りなのだが、人気のなさが灯には魅力的で、必ず突っ切るコースを選んでいる。
灯はL字型の公園内を最短距離で歩く。
公園の木々は前回通ったときよりも葉を落としており、寂しい雰囲気がより増している。
コートを着てきて良かった、と思いながら、灯は冷たい風に逆らって歩く。
角を曲がってすぐの所にあるベンチに、灯は見覚えのある顔を認める。
「こんにちはー。黄丸さんのお友達さん、こんなところで、奇遇ですね」
藤江海青はベンチに座って缶コーヒーを飲んでいる。
日が差している訳でもないのに、藤江のところに光が当たっているように見える。
コシのある艶やかな髪がつむじを中心に渦を巻いている。
少し疲れてはいるようだが、それを上回る喜びがその目には輝いている。
前のとは少し色味の違うぴったりとした青いスーツと、光沢のある茶色の革靴もよく似合っている。
灯と藤江は最初にあった日以来、何度かエレベーター前で顔を合わせていた。
藤江はトップ営業マンらしいスマイルと巧みな話術を使って、灯のことを知りたがった。
灯が尊敬している黄丸の親友だという情報を仕入れたからだ。
しかし、灯はほとんど自分のことを話さなかった。響一郎に話すなと言われていたからだ。
響一郎は灯に藤江を警戒していた……
うーん……
そりゃ、警戒すべきだろうけど……
藤江くんはβだし、危ない人物じゃないと思うんだけどなぁ……
藤江くんと友達になりたいのに、響ちゃんは厳しいよなぁ……
灯は藤江を見下ろしながら心の中でぼやく。
もともと話すのが好きなので、他愛ない会話に飢えているのだ。
「藤江くん……休憩中ですか?」
灯は藤江くんと話をしようとする。
「大きな仕事が1つ終わったんです。就業時間内だから酒はまだ飲めないんですが、コーヒーが美味いっすね」
藤江は口端を歪めて笑う。
「へぇ。それはお疲れ様です。営業って僕は経験ないから、尊敬するなぁ」
灯は藤江の仕事内容を聞こうとする。
「いえ、アカシジュエリーの仕事じゃないんです」
「え? 他の仕事があるんですか?」
藤江はさらに歯を見せて笑う。
「本業の方が報酬がたっぷり貰えるんですよ」
「何ですか、それ? どんなお仕事なんですか?」
話の流れがよく分からないが、灯は聞く。
藤江は笑顔で答える。
「簡単に言うと、スパイですね。警察を動かすためのネタ集め、ってところです。確実な証拠がないと動いてくれないですから……あんたの元番が上天神響一郎だという証拠がね」
「えっ?」
灯の体は凍り付いたように動かなくなる。
持っていたケーキの箱が落ちて、グシャッと嫌な音を立てる。
藤江のクリっとした瞳が冷たいものになっていく……
「今までクソ元αのサポートお疲れ様……栗栖灯さん?」
「なんで……?」
灯は訳が分からず、藤江に目で説明を求める。
藤江は冷たい瞳のまま、口角だけ上げて笑う。
「あのクソがあんたと逃げた後……かなり早い段階で黄丸のところに匿われていることを、色羽様は推測されていたんだよ。でも、それだけでは警察は動かないからね……REDを捕らえるための強制捜査を行うためには専用の書類を提出しないといけない。その項目埋めのための情報を仕入れるために、色羽様は俺を指名されたんだ」
響一郎を「クソ」と呼び、その妹であり響一郎を突き落とした張本人である色羽を「色羽様」と呼ぶ藤江……
灯にはその理由が分からない。
「俺は表向きはアカシジュエリーの社員として働きながら、情報を最短で揃えた。あのクソは最近あるアプリを開発し、それを当てたことで多額の利益を出していた。その金の動きを追うことで、現在の住居がここであることが証明できた。それで、無事書類を提出できたので、今ちょうど警察が向かっているところ……そろそろ着いている頃かなぁ?」
藤江はコーヒーを一口飲み、笑いながら言う。
「あのクソが色羽様の元に戻って……色羽様の肉便器として仕えるなんて、ざまぁだなぁ」
藤江は灯の方を見て、さらに笑う。
「ボケΩも色羽様に買い手を探してもらわないとな」
灯は耐えられず、拳を握り締めて聞く。
「なんで……? 俺は……多分響ちゃんも、何もしていないじゃないか。なんでそんなに俺らが酷い目に遭うのを喜べるんだよ?」
藤江は一瞬で真顔になる。
その瞳の奥には怒りがある。
「あのクソはエリートαだったくせに、その立場らしい働きができなかったから、色羽様がREDにさせたのに……そこからも逃げ出して……そんな無責任なヤツを許せる訳ないだろうが」
「でも、それは君には関係ないじゃないか」
藤江の怒りの炎はさらに燃える。
「……俺はβだから、死ぬ程努力して一流企業でトップを取っても昇進は一定のところでストップして偉そうなαに使われるしかない。結局、あの黄デブみたいに、先祖から代々続く大金持ちか、芸術の才能があるヤツしかβは報われない」
黄デブというのは黄丸のことだろう。
藤江が黄丸を尊敬していると言っていたのは嘘だったということを灯は悟る。
「でも、俺は俺の能力を高く買われるお方を見つけた……それが色羽様だった。『βにはβの輝く場所があるのよ』って色羽様は言ってくださった。俺にしかできない仕事を下さり、報酬も文句の言いようのない額だった」
目を輝かせて語る藤江に、灯は軽蔑の目を向ける。
「スパイとして良いように利用されただけじゃねぇか」
藤江は意に介さず言う。
「それでも良いんだ。報酬さえいただければ……金さえあれば、俺は報われる。黄デブみたいになれる可能性があるからね」
藤江は一瞬嬉しそうに笑い、再び無表情になる。
「とにかく、俺はβだからαがしなくて良い苦労をしてきたのに、あの響一郎というクソは、自分の特権を無駄遣いして、その報いを受けることからも逃げている。それが許せねぇんだ。そんな、もはやαですらないクソをちゃんと『捨てる』こともせずにしがみついているΩ……あんたも許せない。馬鹿は罪だよ? Ωは優秀なαと番うことが唯一の幸せなんだよ? それが分からないボケは見ていて不快だから潰すんだよ」
言いたいことを言い切った藤江は満足げに聞く。
「良いの? 俺と長々話してて。一瞬でもあのクソ……響一郎の顔が拝めるかもよ? 」
「くそっ」
灯は一秒でも早く響一郎のところへ向かおうと走り出す。
「響ちゃん……」
また響ちゃんを失うかもしれない……
灯の心を絶望の雲が覆う。
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