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プロローグ
第1話 やられたからやり返しすぎることにした
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深夜、狭いアパートの一室でのことだった。
お父さんが、僕の前で右腕を大きく振り上げた。
手に持っているのは、空の一升瓶。
「え」
お父さんの突き出た丸いおなかが、僕の体をドンと押す。
バランスを崩しかけた。転びそうになった。
床はゴミだらけで、足の踏み場なんてなくて、僕は腐った生ごみを踏んづけた。
ブチャッ、という濡れた感触が足裏に伝わる。
僕の意識は一瞬そっちに割かれて、次の瞬間には、瓶で脳天を殴られた。
「この、クソガキがァ!」
お父さんのだみ声が聞こえて、視界が一瞬だけ激しく揺れる。
痛いというか、固い。とても固い感触。
砕ける音がそこに続いて、ガラスの破片が飛び散るのが傾ぐ視界の端に映った。
「あ……」
見開かれた目に、熱い何かが入り込んでくる。赤いそれはきっと血。
僕は、それを理解しながらゴミまみれの床に倒れた。
「何勝手に倒れてやがんだ、クソガキ! コラッ!」
倒れた僕の脇腹に、お父さんは容赦なく蹴りを入れてくる。
太い爪先が、やせ細った僕の身を抉って、僕は自分の体が壊れる音を聞いた。
ボキッ、ゴキバキと、弾け、折れて、砕ける僕の骨。
遅れてやってきた痛みは、僕に気絶することも許してくれなかった。
痛い。痛い。痛い。痛いよ。何でこんなに痛いの。どうしてなの、お父さん。
「オイ、コラ! 何とか言え、答えろ、ガキッ!」
床に倒れ伏した僕の頭を、お父さんが踏んづけた。
頭蓋骨が軋む音が、耳の奥に響いた。目に入った血で、もう何も見えない。
虚ろに空いた口に生ゴミの腐った汁が入って、すごく臭くて苦かった。
「ひっ、ひぃ、ひぃぃ……ッ」
遠くに、女の人の声が聞こえた。
僕のママの声だ。パパと離婚して、今のお父さんと結婚した、ママの声だ。
ママ、助けて、ママ。
お父さんが僕を殴るんだよ、蹴って、踏んで、僕に酷いことをするんだ。
何で助けてくれないの、ママ。どうして、僕は殴られているの。
「アキラ、ごめんね、アキラ……」
ママが僕に謝ってる。いいよ、いいから助けて。
前は助けてくれたのに、どうして今日は助けてくれないの。ママ、ママ……。
「ごめん、ごめんねぇ、アキラ。でも、ママももう殴られたくないのよぉ~」
ママの声は泣き声だった。
僕の、まだかすかに開いている片目がママの顔を見る。
ママの顔は、張れ上がっていた。痣だらけだった。
「ごめんね、ごめんね、アキラ……」
ママはずっと謝っていた。何度も何度も謝りながら、ママは僕を見捨てた。
どうして、こうなったんだっけ。幾度も蹴られながら僕は考えた。
そうだ、ママが今のお父さんとウワキをしたんだ。
でも、パパがウワキしたことにして、ママはパパと別れたんだ。
それからママは僕のシンケンをとったんだ。
ママはパパからイシャリョウとヨウイクヒをもらって、お父さんと結婚した。
お父さんがママと僕を殴るようになったのは、それからだ。
ちょっとした些細なことで、お父さんは突然怒って怖くなって、僕達を殴った。
今日だって――、あれ、今日は、何だったっけ?
どうして僕は、お父さんにこんなにも殴られてるんだっけ。
ああ、何だか眠くなってきた。
急に痛みがなくなって、少し寒くなってきた。おかしいな、いまははるなのに。
「俺ァ、ガキが嫌いなんだよ! 慰謝料も大した金額じゃなかったしよぉ!」
おとうさんのこえがきこえる。
でも、それもどんどんちいさくなっていく。なにもきこえなくなっていく。
「あ、このがき、うごかなくなったぞ。しんだか?」
「えっ、あ、あきら、あ、あき……?」
「おおごえだすんじゃねぇよ、またなぐられたいのか? あ?」
「う、ぁ、ご、ご、ごめんなさい。もういいません。ゆるしてください……」
おとうさんのこえがする。ままのこえがする。
どうしてぼくが、こんなめに。
みんな、しんじゃえばいいのに。みんな、みんな――、
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
……………………。
……………………。
……………………。
……………………。
……………………。
……………………あー。
あ~、あ? 何か痛ェぞ? 何だこりゃ?
「あ~?」
え~と、頭蓋に頸椎、肋骨、鼻骨、内臓破裂がひぃ、ふぅ、みぃ。
歯は前歯三本、奥歯二本。ふへ、何だこりゃあ、とんだ死にかけじゃねぇか。
ああ、そうか。
そういえば死んだんだわ、俺。
死んで異世界に生まれ変わって、それからまたこっちに戻ってきたんか?
って、前の俺が死んだタイミングで戻ってきてるのか。神様の手抜きか。笑うわ。
ま、いいか。
さっさと回復回復、と。
「全快全癒」
痛みがスッと引いていく。
幾分混濁していた意識や感覚も、それで鮮明になった。
「うぉ、臭ェ!」
体を濡らす腐汁に、俺は顔をしかめて立ち上がった。
何だここ、周り全部ゴミだらけじゃねぇか。ここ、令和の日本だよな、確か。
「あ~?」
と、俺の声に反応してか、大きな影がこっちを振り返った。
何だ、この豚面。日本にオークはいなかったと思うんだが――、ああ、親父か。
前の『僕』だった俺を殺してくれやがったクソ野郎。
だが俺が今起き上がったから、殺した事実自体なくなったのか。何か腹立つな。
「オイ、アキラ。おめぇ、何勝手に立ち上がってやがんだァ~?」
豚面が目を見開いて俺に凄んでくる。
あーあー、そうだね、こういうヤツだったね、確かに。
ロクに働きもせず、俺の実の父親からせしめた慰謝料で遊んでたバカ。
一日酒飲んで、賭け事して、前の俺とお袋を殴ってストレス解消してたカス野郎。
ふと見れば、お袋もいるじゃねぇか。
この豚に騙された挙句、俺をこの豚の生贄に捧げやがった、隠れた外道だ。
ふんふん、なるほど。
思い出してきたぜ。本当にこれ、前の俺が死んだ直後だ。
前の俺、金鐘崎アキラ、享年七歳な。もう享年じゃねぇけど。
「アキラァ、何で俺を無視してんだ、てめぇ……」
「無視されるのは無理されるだけの理由があるからってわかんねぇか、豚」
人が考え込んでるところに話しかけんじゃねぇよ、豚。
「あ、アキラ、あんた何てことを……!」
お袋がサァッと顔を青くするが、この人、自分の心配しかしてないよ。笑うわ。
そして俺は、変色した割り箸が近くに転がっているのを確認し――、
「てめぇ、アキ」
殴りかかろうとしてくる豚の左目に、拾い上げた割り箸を突っ込んだ。
「……ラ?」
豚が、間の抜けた声で鳴く。笑うわ。
左目から割り箸が生やしてる豚のツラがなかなかにシュール。マジ笑うわ。
「ひっ、ぁ、ひ――」
ヨタヨタと弱々しく後ずさり、豚が本格的に鳴き始める。
スゲェな、人間のクセに悲鳴がオークとさして変わんねぇぞ。実はオークか?
左目を潰された豚は、全身をゴミにまみれさせながら激しくのたうち回っている。
俺は台所から木の椅子を引きずってきて、足をもって振り上げた。
「うるせぇな、目玉一つ潰れた程度でギャーピーわめいてんじゃねぇよ」
そして俺は椅子で豚の背中を殴打。
「ぐひぃ!」
「おう、鳴け鳴け。涙と鼻水垂れ流して、テメェの分を弁えろ。身の程を知れ」
殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。木の椅子が壊れた。
「ひっ、ぎひ……、ひぃ……」
俺が台所に行っている間に、豚が床を這って逃げようとしていた。
その背中を小さな足で踏んづけて、俺はため息をつく。
「はい、椅子追加ー。何逃げようとしてんだ、おまえ。調教はこれからだぞ」
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!?」
殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。
お、今度の椅子は丈夫だぞ。これはいい椅子だ。いい鈍器だ。
殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打――、
「アキ、ラ、も、もうその辺に……」
景気よく豚を殴り続けていると、お袋が消え入りそうな声で俺を止めに入った。
俺は手にしていた椅子を放り投げて、お袋へと視線を向ける。
それだけで、お袋はその顔を引きつらせ、身をビクリと震わせた。
仮にも実の息子に見せる反応じゃないだろ、それ。笑うわ。
「ママ」
「ア、アキラ……」
俺はあえて前の呼び方でお袋を呼び、近づいていく。
すると、そんな俺に安堵したのか、お袋は両腕を広げて俺を抱きしめようとする。
「バカだな、おまえ」
「え」
その首筋に、台所から持ってきたステーキ用のナイフを突き立ててやった。
血が、ブシュウと噴いた。
「あ、ぇ、……ぇ?」
お袋は抱擁のポーズのまま、自分の首から噴き出る血と俺を交互に見比べる。
「『僕』を見捨てたヤツに、俺が甘い顔するとでも思ったか? クソ笑うわ」
もう一本のナイフを今度は左胸に突き刺して、俺はお袋を蹴飛ばした。
それで俺も全身血まみれになったが、あっちで傭兵やってたから気にもならんわ。
「さぁ~、豚ちゃ~ん、調教の続きですよ~」
床に這いつくばって軽く痙攣してる豚の髪をひっつかんで、俺は笑顔で告げる。
「ゅ……、して……」
「ん~、何かな~? もう少し大きな声で言ってごらん~?」
「ゅる、して……。もぅ、しません……、ゅるしてくだひゃい……」
豚は歯が折れたツラを晒し、盛大に泣きじゃくりながら懇願してくる。
「なるほどなるほど、豚野郎ちゃんは許してほしいんだね~?」
言いつつ、俺は豚の血にまみれた椅子の足を再び掴んで振り上げた。
「で、俺がそうお願いしたとき、おまえは許してくれたことあったっけ?」
「ぎひ……」
「そういうことだ、豚。世は何事も因果応報。全ては己に返りゆくのだと学ぼう!」
笑顔をそのままに、俺は豚の調教を再開する。
「安心してほしい、俺は家畜の扱いには慣れてる。おまえもちゃんと、人権なんて偉そうなことも言えないくらいに身の程叩き込んでやるからな! 豚!」
さぁ、楽しい楽しい殴打の時間だ。
頭蓋も内臓もグチャグチャにしてやるぞ。頸椎だって肋骨だってまとめて粉砕だ!
「やめて、ゃめ、や、ぎゃああああああああああああああああああ!!?」
深夜のアパートに、人の服を着た豚の鳴き声がこだました。
ま、結界張って、音漏れないようにしてあるんですけどねー! 万事抜かりなし!
いやー、笑うわ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
豚が動かなくなった。
「マジかぁ、もう終わり? オイオイ、鍛え方足りてねぇな。令和の日本人は」
新入りの傭兵でもこの三、四倍は耐えれるっつーのになー。
「あ~、口寂しいわ」
俺は部屋の中を探して、豚が吸ってた煙草を見つけた。
魔法で火をつけて吸ってみると、うわ、何だこりゃ。
「軽ッ、マズッ、薄ッ、全然吸ってる気にならねぇな。論外すぎる……」
ペッと吐き捨てて、俺は豚の調教に使った椅子に腰を下ろした。
まだ乾いていない血が、ピチャと音を立てる。
「さて、これからどうするか……」
俺が考えているのは、豚とお袋の死体の処理方法。などではない。
だって別に処理する必要ないし。
蘇生用のアイテムなら、アイテムボックス内にこれでもかというほど溢れてる。
考えているのは、何人いるか、だ。
この俺、金鐘崎アキラが仕返しをするべき相手。個人、団体、公私を問わず。
さっき死んだ『僕』は異世界に転生した。
そして傭兵に拾われ、傭兵として育ち、数多の戦場を生き抜き、老衰で死んだ。
味方は俺を『勇者』と讃え、敵は俺を『魔王』と罵った。
そんな『千人殺し』とも呼ばれた傭兵アキラ・バーンズのモットーは非常に明瞭。
――やられたら、やり返しすぎる。
二度と俺に逆らう気が起きないよう、徹底的に調教してやるのが俺の流儀だ。
その結果、相手が死んだとしても生き返らせればノーカンだ。戦場じゃ命は軽い。
「学校に、ご近所さんに、商店街に――、クク、ククク。色々いるなぁ」
頬に乾いた血の感触を覚えながら、俺は薄明りの中に細く笑う。
学校の連中は俺をいじめていた。
担任はそれを知りながら見てみぬフリをしていた。
ご近所の連中は俺が助けてと言っても助けてくれなかった。
近くの商店街じゃ乞食扱いされてまともにモノを売ってもらえなかった。
ああ、やられてる。やられてる。とてもやられている。俺。
これはいけない。やり返さなきゃ。
どいつもこいつも重罪人だ。情状酌量の余地はない。全員極刑、万死に値する。
だからやり返さなきゃ。
やり返しすぎるくらいにやり返さなきゃ。それが俺の流儀だから。
「それじゃあ、恨みを晴らそうか」
ああ、マジ笑うわ。
お父さんが、僕の前で右腕を大きく振り上げた。
手に持っているのは、空の一升瓶。
「え」
お父さんの突き出た丸いおなかが、僕の体をドンと押す。
バランスを崩しかけた。転びそうになった。
床はゴミだらけで、足の踏み場なんてなくて、僕は腐った生ごみを踏んづけた。
ブチャッ、という濡れた感触が足裏に伝わる。
僕の意識は一瞬そっちに割かれて、次の瞬間には、瓶で脳天を殴られた。
「この、クソガキがァ!」
お父さんのだみ声が聞こえて、視界が一瞬だけ激しく揺れる。
痛いというか、固い。とても固い感触。
砕ける音がそこに続いて、ガラスの破片が飛び散るのが傾ぐ視界の端に映った。
「あ……」
見開かれた目に、熱い何かが入り込んでくる。赤いそれはきっと血。
僕は、それを理解しながらゴミまみれの床に倒れた。
「何勝手に倒れてやがんだ、クソガキ! コラッ!」
倒れた僕の脇腹に、お父さんは容赦なく蹴りを入れてくる。
太い爪先が、やせ細った僕の身を抉って、僕は自分の体が壊れる音を聞いた。
ボキッ、ゴキバキと、弾け、折れて、砕ける僕の骨。
遅れてやってきた痛みは、僕に気絶することも許してくれなかった。
痛い。痛い。痛い。痛いよ。何でこんなに痛いの。どうしてなの、お父さん。
「オイ、コラ! 何とか言え、答えろ、ガキッ!」
床に倒れ伏した僕の頭を、お父さんが踏んづけた。
頭蓋骨が軋む音が、耳の奥に響いた。目に入った血で、もう何も見えない。
虚ろに空いた口に生ゴミの腐った汁が入って、すごく臭くて苦かった。
「ひっ、ひぃ、ひぃぃ……ッ」
遠くに、女の人の声が聞こえた。
僕のママの声だ。パパと離婚して、今のお父さんと結婚した、ママの声だ。
ママ、助けて、ママ。
お父さんが僕を殴るんだよ、蹴って、踏んで、僕に酷いことをするんだ。
何で助けてくれないの、ママ。どうして、僕は殴られているの。
「アキラ、ごめんね、アキラ……」
ママが僕に謝ってる。いいよ、いいから助けて。
前は助けてくれたのに、どうして今日は助けてくれないの。ママ、ママ……。
「ごめん、ごめんねぇ、アキラ。でも、ママももう殴られたくないのよぉ~」
ママの声は泣き声だった。
僕の、まだかすかに開いている片目がママの顔を見る。
ママの顔は、張れ上がっていた。痣だらけだった。
「ごめんね、ごめんね、アキラ……」
ママはずっと謝っていた。何度も何度も謝りながら、ママは僕を見捨てた。
どうして、こうなったんだっけ。幾度も蹴られながら僕は考えた。
そうだ、ママが今のお父さんとウワキをしたんだ。
でも、パパがウワキしたことにして、ママはパパと別れたんだ。
それからママは僕のシンケンをとったんだ。
ママはパパからイシャリョウとヨウイクヒをもらって、お父さんと結婚した。
お父さんがママと僕を殴るようになったのは、それからだ。
ちょっとした些細なことで、お父さんは突然怒って怖くなって、僕達を殴った。
今日だって――、あれ、今日は、何だったっけ?
どうして僕は、お父さんにこんなにも殴られてるんだっけ。
ああ、何だか眠くなってきた。
急に痛みがなくなって、少し寒くなってきた。おかしいな、いまははるなのに。
「俺ァ、ガキが嫌いなんだよ! 慰謝料も大した金額じゃなかったしよぉ!」
おとうさんのこえがきこえる。
でも、それもどんどんちいさくなっていく。なにもきこえなくなっていく。
「あ、このがき、うごかなくなったぞ。しんだか?」
「えっ、あ、あきら、あ、あき……?」
「おおごえだすんじゃねぇよ、またなぐられたいのか? あ?」
「う、ぁ、ご、ご、ごめんなさい。もういいません。ゆるしてください……」
おとうさんのこえがする。ままのこえがする。
どうしてぼくが、こんなめに。
みんな、しんじゃえばいいのに。みんな、みんな――、
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
……………………。
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……………………あー。
あ~、あ? 何か痛ェぞ? 何だこりゃ?
「あ~?」
え~と、頭蓋に頸椎、肋骨、鼻骨、内臓破裂がひぃ、ふぅ、みぃ。
歯は前歯三本、奥歯二本。ふへ、何だこりゃあ、とんだ死にかけじゃねぇか。
ああ、そうか。
そういえば死んだんだわ、俺。
死んで異世界に生まれ変わって、それからまたこっちに戻ってきたんか?
って、前の俺が死んだタイミングで戻ってきてるのか。神様の手抜きか。笑うわ。
ま、いいか。
さっさと回復回復、と。
「全快全癒」
痛みがスッと引いていく。
幾分混濁していた意識や感覚も、それで鮮明になった。
「うぉ、臭ェ!」
体を濡らす腐汁に、俺は顔をしかめて立ち上がった。
何だここ、周り全部ゴミだらけじゃねぇか。ここ、令和の日本だよな、確か。
「あ~?」
と、俺の声に反応してか、大きな影がこっちを振り返った。
何だ、この豚面。日本にオークはいなかったと思うんだが――、ああ、親父か。
前の『僕』だった俺を殺してくれやがったクソ野郎。
だが俺が今起き上がったから、殺した事実自体なくなったのか。何か腹立つな。
「オイ、アキラ。おめぇ、何勝手に立ち上がってやがんだァ~?」
豚面が目を見開いて俺に凄んでくる。
あーあー、そうだね、こういうヤツだったね、確かに。
ロクに働きもせず、俺の実の父親からせしめた慰謝料で遊んでたバカ。
一日酒飲んで、賭け事して、前の俺とお袋を殴ってストレス解消してたカス野郎。
ふと見れば、お袋もいるじゃねぇか。
この豚に騙された挙句、俺をこの豚の生贄に捧げやがった、隠れた外道だ。
ふんふん、なるほど。
思い出してきたぜ。本当にこれ、前の俺が死んだ直後だ。
前の俺、金鐘崎アキラ、享年七歳な。もう享年じゃねぇけど。
「アキラァ、何で俺を無視してんだ、てめぇ……」
「無視されるのは無理されるだけの理由があるからってわかんねぇか、豚」
人が考え込んでるところに話しかけんじゃねぇよ、豚。
「あ、アキラ、あんた何てことを……!」
お袋がサァッと顔を青くするが、この人、自分の心配しかしてないよ。笑うわ。
そして俺は、変色した割り箸が近くに転がっているのを確認し――、
「てめぇ、アキ」
殴りかかろうとしてくる豚の左目に、拾い上げた割り箸を突っ込んだ。
「……ラ?」
豚が、間の抜けた声で鳴く。笑うわ。
左目から割り箸が生やしてる豚のツラがなかなかにシュール。マジ笑うわ。
「ひっ、ぁ、ひ――」
ヨタヨタと弱々しく後ずさり、豚が本格的に鳴き始める。
スゲェな、人間のクセに悲鳴がオークとさして変わんねぇぞ。実はオークか?
左目を潰された豚は、全身をゴミにまみれさせながら激しくのたうち回っている。
俺は台所から木の椅子を引きずってきて、足をもって振り上げた。
「うるせぇな、目玉一つ潰れた程度でギャーピーわめいてんじゃねぇよ」
そして俺は椅子で豚の背中を殴打。
「ぐひぃ!」
「おう、鳴け鳴け。涙と鼻水垂れ流して、テメェの分を弁えろ。身の程を知れ」
殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。木の椅子が壊れた。
「ひっ、ぎひ……、ひぃ……」
俺が台所に行っている間に、豚が床を這って逃げようとしていた。
その背中を小さな足で踏んづけて、俺はため息をつく。
「はい、椅子追加ー。何逃げようとしてんだ、おまえ。調教はこれからだぞ」
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!?」
殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。
お、今度の椅子は丈夫だぞ。これはいい椅子だ。いい鈍器だ。
殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打――、
「アキ、ラ、も、もうその辺に……」
景気よく豚を殴り続けていると、お袋が消え入りそうな声で俺を止めに入った。
俺は手にしていた椅子を放り投げて、お袋へと視線を向ける。
それだけで、お袋はその顔を引きつらせ、身をビクリと震わせた。
仮にも実の息子に見せる反応じゃないだろ、それ。笑うわ。
「ママ」
「ア、アキラ……」
俺はあえて前の呼び方でお袋を呼び、近づいていく。
すると、そんな俺に安堵したのか、お袋は両腕を広げて俺を抱きしめようとする。
「バカだな、おまえ」
「え」
その首筋に、台所から持ってきたステーキ用のナイフを突き立ててやった。
血が、ブシュウと噴いた。
「あ、ぇ、……ぇ?」
お袋は抱擁のポーズのまま、自分の首から噴き出る血と俺を交互に見比べる。
「『僕』を見捨てたヤツに、俺が甘い顔するとでも思ったか? クソ笑うわ」
もう一本のナイフを今度は左胸に突き刺して、俺はお袋を蹴飛ばした。
それで俺も全身血まみれになったが、あっちで傭兵やってたから気にもならんわ。
「さぁ~、豚ちゃ~ん、調教の続きですよ~」
床に這いつくばって軽く痙攣してる豚の髪をひっつかんで、俺は笑顔で告げる。
「ゅ……、して……」
「ん~、何かな~? もう少し大きな声で言ってごらん~?」
「ゅる、して……。もぅ、しません……、ゅるしてくだひゃい……」
豚は歯が折れたツラを晒し、盛大に泣きじゃくりながら懇願してくる。
「なるほどなるほど、豚野郎ちゃんは許してほしいんだね~?」
言いつつ、俺は豚の血にまみれた椅子の足を再び掴んで振り上げた。
「で、俺がそうお願いしたとき、おまえは許してくれたことあったっけ?」
「ぎひ……」
「そういうことだ、豚。世は何事も因果応報。全ては己に返りゆくのだと学ぼう!」
笑顔をそのままに、俺は豚の調教を再開する。
「安心してほしい、俺は家畜の扱いには慣れてる。おまえもちゃんと、人権なんて偉そうなことも言えないくらいに身の程叩き込んでやるからな! 豚!」
さぁ、楽しい楽しい殴打の時間だ。
頭蓋も内臓もグチャグチャにしてやるぞ。頸椎だって肋骨だってまとめて粉砕だ!
「やめて、ゃめ、や、ぎゃああああああああああああああああああ!!?」
深夜のアパートに、人の服を着た豚の鳴き声がこだました。
ま、結界張って、音漏れないようにしてあるんですけどねー! 万事抜かりなし!
いやー、笑うわ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
豚が動かなくなった。
「マジかぁ、もう終わり? オイオイ、鍛え方足りてねぇな。令和の日本人は」
新入りの傭兵でもこの三、四倍は耐えれるっつーのになー。
「あ~、口寂しいわ」
俺は部屋の中を探して、豚が吸ってた煙草を見つけた。
魔法で火をつけて吸ってみると、うわ、何だこりゃ。
「軽ッ、マズッ、薄ッ、全然吸ってる気にならねぇな。論外すぎる……」
ペッと吐き捨てて、俺は豚の調教に使った椅子に腰を下ろした。
まだ乾いていない血が、ピチャと音を立てる。
「さて、これからどうするか……」
俺が考えているのは、豚とお袋の死体の処理方法。などではない。
だって別に処理する必要ないし。
蘇生用のアイテムなら、アイテムボックス内にこれでもかというほど溢れてる。
考えているのは、何人いるか、だ。
この俺、金鐘崎アキラが仕返しをするべき相手。個人、団体、公私を問わず。
さっき死んだ『僕』は異世界に転生した。
そして傭兵に拾われ、傭兵として育ち、数多の戦場を生き抜き、老衰で死んだ。
味方は俺を『勇者』と讃え、敵は俺を『魔王』と罵った。
そんな『千人殺し』とも呼ばれた傭兵アキラ・バーンズのモットーは非常に明瞭。
――やられたら、やり返しすぎる。
二度と俺に逆らう気が起きないよう、徹底的に調教してやるのが俺の流儀だ。
その結果、相手が死んだとしても生き返らせればノーカンだ。戦場じゃ命は軽い。
「学校に、ご近所さんに、商店街に――、クク、ククク。色々いるなぁ」
頬に乾いた血の感触を覚えながら、俺は薄明りの中に細く笑う。
学校の連中は俺をいじめていた。
担任はそれを知りながら見てみぬフリをしていた。
ご近所の連中は俺が助けてと言っても助けてくれなかった。
近くの商店街じゃ乞食扱いされてまともにモノを売ってもらえなかった。
ああ、やられてる。やられてる。とてもやられている。俺。
これはいけない。やり返さなきゃ。
どいつもこいつも重罪人だ。情状酌量の余地はない。全員極刑、万死に値する。
だからやり返さなきゃ。
やり返しすぎるくらいにやり返さなきゃ。それが俺の流儀だから。
「それじゃあ、恨みを晴らそうか」
ああ、マジ笑うわ。
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『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』
王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。
まぁ、その方が気楽で良い。
そして正義は、リーダーとして皆に言った。
「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」
正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。
「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」
「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」
「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」
「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」
「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」
「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」
「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」
俺は右手を上げると、頭上から光に照らされて黄金の甲冑と二振の聖剣を手にした。
「その…鎧と剣は?」
「これが証拠だ。この鎧と剣は、今迄の世界を救った報酬として貰った。」
「今迄って…今回が2回目では無いのか?」
「今回で7回目だ!マジでいい加減にして欲しいよ。」
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