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第四章 佐村家だらけの死亡遊戯
第63話 虹色の夢はあなたを優しく包むでしょう
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山中の家を『異階化』させて、ハルノ・メリュジヌが声を高くする。
「おいでなさい、波留邇遠!」
その声と共に、現れたのは虹色の鱗粉を散らす光の蝶。
だがその大きさは実物のアゲハ蝶ほどで、威圧感のようなものは感じられない。
「私の子は、繊細なので」
と、言いながらも、光の蝶はあっという間にその数を増やしていく。
「な、何だァ、これはァ~!?」
仰天する龍哉だが、次の瞬間にはその体から力が抜けて、床に寝転がってしまう。
ハルノが魔法で眠らせたか。
「少しだけ待っていてね、龍哉さん。すぐに終わるから。あなたは私が守るわ」
龍哉に向かって言うハルノの声は、まさに愛するものへの甘い声。
彼女がこれまで語った言葉に偽りはないのだと、その声音からも窺える。
「息子さんは、眠らせないでいいのかしら?」
ミフユがそれを指摘すると、ハルノは「ウフフ」と笑って返す。
「この子は眠る必要はありませんよ、姐さん。ね、鷹弥」
「うん、お母さん!」
元気よくうなずく佐村鷹弥。そして、その背に生える、大きな虹色の蝶の羽。
「その、羽根は……!?」
息を飲むミフユに、ハルノは楽しそうに目を細めた。
「驚きました、ミフユ姐さん? この子は私と一緒です。私と同じ気持ちを共有してくれているんです。この子も龍哉さんを心から愛しているんですよ、ウフフ……」
話題がズレている。
だが、その言葉こそがハルノ・メリュジヌの真髄を表しているようにも思う。
「ああ、そう。なるほどね。あんた、鷹弥君と一緒に手首を切ったって言ったわよね。『出戻り』したときに、混じったのね。あんたの魂の幾分かが、鷹弥君に」
「そうかもしれませんね。そうじゃないかもしれません。どちらにしろ、今の鷹弥は私と同じ、佐村龍哉を心から愛する、家族なんですよ」
「アハハハハ、そうだよ! 僕はお父さんが大好きなんだ!」
目をいっぱいに見開いて、鷹弥が蝶の羽を大きく羽ばたかせる。
少年の体は浮き上がり、その周囲にキラキラと光る鱗粉が散っていく。
「ヤバ、ちょっとアキラ、タマキ、あの鱗粉は絶対に吸っちゃダメよ!」
「いや、無茶言うなよ。蝶がドンドン増えてる中で、それはさすがに難しいだろ!」
「風の魔法でも何でも使って防ぎなさいよ!」
ミフユが余裕をなくして叫ぶが、なかなか厳しい注文だ。
風の魔法も使ってみるが、しかし、宙を漂う鱗粉は吹きすさぶ風をすり抜ける。
「無駄ですよ、ミフユ姐さん。私のハルジオンの鱗粉は、魔法の影響も受けません。これは、本当は鱗粉じゃなくて空間への侵蝕なんです。ハルジオンの能力によって『異階』が徐々に蝕まれているのが、可視化しているだけなんですよ」
「何よ、それ……。じゃあ、このままじゃ……!」
「そうですね。逃げ場はありませんね。逃がすつもり、ないですけど」
薄く笑うハルノ。
その間にも、鷹弥の背の羽根と、数を増やす光の蝶が鱗粉を散らし続けている。
「何だ、こんなモン!」
タマキがいきり立って、ハルノに向かって突っ込んでいこうとする。
「あ、バカ! タマキ!?」
ミフユがそれを止めようとするが、遅かった。
タマキは鱗粉が漂う空間へと突撃して、その身に直ちに異変が生じてしまう。
「うわ、ぅわぁぁぁぁぁ、な、何だよこれェェェェェ――――ッ!?」
チラチラと瞬く光に触れたタマキの拳。
その表面に、何やら小さな丸いものが泡のように連なって発生していく。
見る者の生理的嫌悪を掻き立てるそれは、タマキの全身を急速に覆っていった。
「ぁ、ち、力が、入ら、な……」
「ちょっと、タマキ、タマキッ! しっかりしなさいよ!」
龍哉同様に床に倒れ伏すタマキを、ミフユが何度も呼びかけた。
だが返事はなく、間もなく全身が泡状の何かに包み込まれてしまった。
「ウフフ、虹色の夢はあなたを優しく包むでしょう。おやすみなさい、タマキさん」
「何をしたのよ、ハルノッ!」
激怒で顔を赤く染めるミフユに、ハルノはさらに優越の笑みを深めた。
「愛です、ミフユ姐さん。タマキさんを、私の愛で包んであげたんですよ」
「何を、ワケわかんないこと……」
「ほら見てごらんなさいな。あなたの愛娘が、羽化するところを」
ハルノが、泡に包まれたタマキを指さす。
すると泡が弾けて、そこから次々に光の蝶が生まれ、虚空へと飛び立っていく。
「あ、ァ、あぁ……、そんな、タ、タマキ……」
怒りも忘れ、ミフユは愕然となって声を震わせる。
全ての蝶が飛び立ったのち、そこに残ったのは干からびきったヒトだったモノ。
ハルジオンに生命力を吸い尽くされた、哀れな少女の成れの果て。
「タマキッ、タマキ! そんな、タマキィィイィィィィィ!」
ミフユが涙をあふれさせ、タマキだったモノに駆け寄ろうとする。
そこがすでに、鱗粉が舞い飛ぶハルノのテリトリーであることにも気づかずに。
「愚かです。『わたしがケリをつけるから』ですか。ウフフ、バカなひと」
自分の娘の亡骸を抱きかかえ、同じように泡に包まれていくミフユ。
そして、すでに先に泡に包まれていたアキラ・バーンズが、今、ミイラと化した。
「うあああああああああ、あああああああああああああああああああああああッ!」
愛する家族を奪われ、今、己もまた命を吸われながら、ミフユが号泣する。
「私の家族に手を出そうとするから、こうなるんですよ。姐さん。あなたの想いは所詮は泡沫。私の愛に比ぶるべくもなく、脆く、儚く、弱く、価値のないものです」
「ああああああ……! うあああああああああああ、あ、ぁぁ……、あ――」
ミフユの全身が、ついに泡に覆われ切ってしまう。
嘆きは途切れ、体からも力が抜けて、タマキやアキラと同じく倒れた。
「私の愛に包まれて、永遠にお眠りなさい。その命は、私達の養分とします」
泡がはじけて蝶が舞い、ミフユだったミイラが床に転がった。
終わった。これで終わった。これで龍哉は、また自分達のもとにいてくれる。
「ああ、勝ったのよ。私達の愛の勝利だわ。ねぇ、鷹弥」
ハルノは己の魂を分け与えた半身である息子の方へと向き直る。
「ぁ、ぁぁ、お、ぉ、かあ、さ、ん……」
だがそこにいたのは、ミフユ達と同じく暴食の泡に覆われかけた息子の姿だった。
「……え?」
「おかあさん、お、ぉ、かあ、さ……、ぁ、ぶ……」
驚き、棒立ちになるハルノの前で、息子は泡に溺れ、そして蝶が飛び立っていく。
「た、たか……ッ、あ」
鷹弥を心配するよりも先に、恐怖がハルノの身を竦めさせた。
先程眠らせた、龍哉。鱗粉の届かないはずの場所にいるの彼は、どうなった。
恐怖に心臓を激しく響かせて、ハルノがゆっくり龍哉を見ようとする。
「た、たきや、さ……、ん……」
脳裏に浮かぶ、泡に覆われて倒れた息子の姿。
振り返りたくない。見たくない。確認したくない。でも、でも龍哉が……!
幾度もリフレインされる、光の蝶が飛び立つ光景。
震える体。乱れる呼吸。心拍数は際限なく上がっていく。
もし、龍哉が泡に溺れたら。
もし、愛するあの人が自分の能力に命を吸われて死んだりしたら――、
「私は、わ、私は誰を、次は誰を……」
誰をアイすればいいというの――――!?
「…………。…………。…………あれ?」
振り向いた先に、龍哉はいなかった。
確かにそこにいるはずなのに、眠らせて、そこに倒れ伏したはずなのに。
代わりに見えたのは、奇妙なハート形の水晶。
中に、刻一刻と色を変える光を宿すそれが、何故か空中に浮いている。
「何、これ……」
汗まみれの手を伸ばしてみる。
だが、ハート形の水晶に触れる前に、指先が柔らかい何かに当たった。
『わたしに触って、何しようっての、ハルノ?』
あり得ない声が、そのとき聞こえた。
ハルノは目を丸くしながら、床に転がっているはずのミイラを見ようとする。
だが、視線を投げかけたそこに、ミフユのミイラはなかった。
「あ、あぁぁ、あッ! ま、まさか、まさかァ――――!?」
『さぁ、そろそろお目覚めの時間よ』
余韻を残すその声と共に、ハルノが見る世界に亀裂が入る。
そして空間は爆ぜて、景色は砕け、ハルノの意識はようやく事態を理解する。
そこは、さっきと同じ『異階』の中。
だが、蝶は舞っていない。鷹弥も羽根を広げていない。龍哉も眠ってなどいない。
タマキとアキラも健在のままで、しかしミフユだけが、その姿を変えていた。
左胸に光を灯したハートの水晶を宿す、全身を透き通らせた美しい少女。
それこそあらゆる『夢』を支配するミフユ・バビロニャの異能態。
『――NULL/POINTER』
「そんな、夢……? 私が見ていたモノは、私の勝利は、全部……!」
身をわななかせるハルノに、透明な少女は氷よりも冷たい声で告げた。
『虹色の夢はあんたを優しく包んだでしょ』
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
……本当に、久しぶりに見た。
ミフユの異能態。NULL/POINTER。
俺の異能態と違って、あいつのそれは発動条件がなかなか厳しい。
あの形態になるには相手に対する『共感』を極限まで高まらせる必要がある。
素の性格のミフユは、わかりやすいほど我が道を往くタイプだ。
そのあいつが、他人に対して強く強く共感したとき、あの能力は発現可能となる。
あらゆる『夢』を支配して、現実を塗り潰すNULL/POINTERが。
自分の真実をまるで理解していない。
きっと、ミフユがハルノに『共感』を覚えたのは、そこなのだろうと思った。
「まだ、まだよ。まだ終わっていないわ。いいえ、始まってすらいない!」
『もう終わってるわよ』
「黙りなさい、ミフユ・バビロニャ! 来て、波留邇遠!」
ハルノが己の異面体を呼び出そうとする。
しかし、何も起こらない。何も起こらないまま、五秒が過ぎ、十秒が過ぎた。
「……な、何で?」
『だから言ったでしょ。終わってるのよ、とっくに』
「まだ、まだです。ハルジオン! ハルジオン!」
いくら呼び掛けても、ハルジオンなる異面体は現れない。
どうやら俺もタマキも、彼女の異面体の姿も能力も知らずに終わりそうだ。
「何で、何でよ……、そんな、どうして!?」
『それが、今のわたしの能力だからよ』
「異面体を、封じることが……?」
『いいえ、今のあんたに『異面体を使えない』っていう『設定』を付与することが』
「…………はぁ?」
バカげたことを言うミフユに、ハルノの顔から表情が抜け落ちる。
だが、それは事実だ。
異能態となったミフユは、空間や人物に自由に『設定』を付与できる。
それは、半ば全能にも近い能力。
しかも俺の『兇貌刹羅』と違って、あいつの異能態は『異階』を崩壊させない。
最強ではなく、万能。いや、半全能。
それこそがミフユ・バビロニャの異能態の能力だ。
『最期に一つだけ教えてあげるわ、ハルノ』
収納空間から鈍く光るダガーを取り出し、ミフユがハルノへ断言する。
『あんたの言ってるお題目、別に愛でも何でもないから』
そして、ミフユのダガーが、ハルノの胸を抉った。
「おいでなさい、波留邇遠!」
その声と共に、現れたのは虹色の鱗粉を散らす光の蝶。
だがその大きさは実物のアゲハ蝶ほどで、威圧感のようなものは感じられない。
「私の子は、繊細なので」
と、言いながらも、光の蝶はあっという間にその数を増やしていく。
「な、何だァ、これはァ~!?」
仰天する龍哉だが、次の瞬間にはその体から力が抜けて、床に寝転がってしまう。
ハルノが魔法で眠らせたか。
「少しだけ待っていてね、龍哉さん。すぐに終わるから。あなたは私が守るわ」
龍哉に向かって言うハルノの声は、まさに愛するものへの甘い声。
彼女がこれまで語った言葉に偽りはないのだと、その声音からも窺える。
「息子さんは、眠らせないでいいのかしら?」
ミフユがそれを指摘すると、ハルノは「ウフフ」と笑って返す。
「この子は眠る必要はありませんよ、姐さん。ね、鷹弥」
「うん、お母さん!」
元気よくうなずく佐村鷹弥。そして、その背に生える、大きな虹色の蝶の羽。
「その、羽根は……!?」
息を飲むミフユに、ハルノは楽しそうに目を細めた。
「驚きました、ミフユ姐さん? この子は私と一緒です。私と同じ気持ちを共有してくれているんです。この子も龍哉さんを心から愛しているんですよ、ウフフ……」
話題がズレている。
だが、その言葉こそがハルノ・メリュジヌの真髄を表しているようにも思う。
「ああ、そう。なるほどね。あんた、鷹弥君と一緒に手首を切ったって言ったわよね。『出戻り』したときに、混じったのね。あんたの魂の幾分かが、鷹弥君に」
「そうかもしれませんね。そうじゃないかもしれません。どちらにしろ、今の鷹弥は私と同じ、佐村龍哉を心から愛する、家族なんですよ」
「アハハハハ、そうだよ! 僕はお父さんが大好きなんだ!」
目をいっぱいに見開いて、鷹弥が蝶の羽を大きく羽ばたかせる。
少年の体は浮き上がり、その周囲にキラキラと光る鱗粉が散っていく。
「ヤバ、ちょっとアキラ、タマキ、あの鱗粉は絶対に吸っちゃダメよ!」
「いや、無茶言うなよ。蝶がドンドン増えてる中で、それはさすがに難しいだろ!」
「風の魔法でも何でも使って防ぎなさいよ!」
ミフユが余裕をなくして叫ぶが、なかなか厳しい注文だ。
風の魔法も使ってみるが、しかし、宙を漂う鱗粉は吹きすさぶ風をすり抜ける。
「無駄ですよ、ミフユ姐さん。私のハルジオンの鱗粉は、魔法の影響も受けません。これは、本当は鱗粉じゃなくて空間への侵蝕なんです。ハルジオンの能力によって『異階』が徐々に蝕まれているのが、可視化しているだけなんですよ」
「何よ、それ……。じゃあ、このままじゃ……!」
「そうですね。逃げ場はありませんね。逃がすつもり、ないですけど」
薄く笑うハルノ。
その間にも、鷹弥の背の羽根と、数を増やす光の蝶が鱗粉を散らし続けている。
「何だ、こんなモン!」
タマキがいきり立って、ハルノに向かって突っ込んでいこうとする。
「あ、バカ! タマキ!?」
ミフユがそれを止めようとするが、遅かった。
タマキは鱗粉が漂う空間へと突撃して、その身に直ちに異変が生じてしまう。
「うわ、ぅわぁぁぁぁぁ、な、何だよこれェェェェェ――――ッ!?」
チラチラと瞬く光に触れたタマキの拳。
その表面に、何やら小さな丸いものが泡のように連なって発生していく。
見る者の生理的嫌悪を掻き立てるそれは、タマキの全身を急速に覆っていった。
「ぁ、ち、力が、入ら、な……」
「ちょっと、タマキ、タマキッ! しっかりしなさいよ!」
龍哉同様に床に倒れ伏すタマキを、ミフユが何度も呼びかけた。
だが返事はなく、間もなく全身が泡状の何かに包み込まれてしまった。
「ウフフ、虹色の夢はあなたを優しく包むでしょう。おやすみなさい、タマキさん」
「何をしたのよ、ハルノッ!」
激怒で顔を赤く染めるミフユに、ハルノはさらに優越の笑みを深めた。
「愛です、ミフユ姐さん。タマキさんを、私の愛で包んであげたんですよ」
「何を、ワケわかんないこと……」
「ほら見てごらんなさいな。あなたの愛娘が、羽化するところを」
ハルノが、泡に包まれたタマキを指さす。
すると泡が弾けて、そこから次々に光の蝶が生まれ、虚空へと飛び立っていく。
「あ、ァ、あぁ……、そんな、タ、タマキ……」
怒りも忘れ、ミフユは愕然となって声を震わせる。
全ての蝶が飛び立ったのち、そこに残ったのは干からびきったヒトだったモノ。
ハルジオンに生命力を吸い尽くされた、哀れな少女の成れの果て。
「タマキッ、タマキ! そんな、タマキィィイィィィィィ!」
ミフユが涙をあふれさせ、タマキだったモノに駆け寄ろうとする。
そこがすでに、鱗粉が舞い飛ぶハルノのテリトリーであることにも気づかずに。
「愚かです。『わたしがケリをつけるから』ですか。ウフフ、バカなひと」
自分の娘の亡骸を抱きかかえ、同じように泡に包まれていくミフユ。
そして、すでに先に泡に包まれていたアキラ・バーンズが、今、ミイラと化した。
「うあああああああああ、あああああああああああああああああああああああッ!」
愛する家族を奪われ、今、己もまた命を吸われながら、ミフユが号泣する。
「私の家族に手を出そうとするから、こうなるんですよ。姐さん。あなたの想いは所詮は泡沫。私の愛に比ぶるべくもなく、脆く、儚く、弱く、価値のないものです」
「ああああああ……! うあああああああああああ、あ、ぁぁ……、あ――」
ミフユの全身が、ついに泡に覆われ切ってしまう。
嘆きは途切れ、体からも力が抜けて、タマキやアキラと同じく倒れた。
「私の愛に包まれて、永遠にお眠りなさい。その命は、私達の養分とします」
泡がはじけて蝶が舞い、ミフユだったミイラが床に転がった。
終わった。これで終わった。これで龍哉は、また自分達のもとにいてくれる。
「ああ、勝ったのよ。私達の愛の勝利だわ。ねぇ、鷹弥」
ハルノは己の魂を分け与えた半身である息子の方へと向き直る。
「ぁ、ぁぁ、お、ぉ、かあ、さ、ん……」
だがそこにいたのは、ミフユ達と同じく暴食の泡に覆われかけた息子の姿だった。
「……え?」
「おかあさん、お、ぉ、かあ、さ……、ぁ、ぶ……」
驚き、棒立ちになるハルノの前で、息子は泡に溺れ、そして蝶が飛び立っていく。
「た、たか……ッ、あ」
鷹弥を心配するよりも先に、恐怖がハルノの身を竦めさせた。
先程眠らせた、龍哉。鱗粉の届かないはずの場所にいるの彼は、どうなった。
恐怖に心臓を激しく響かせて、ハルノがゆっくり龍哉を見ようとする。
「た、たきや、さ……、ん……」
脳裏に浮かぶ、泡に覆われて倒れた息子の姿。
振り返りたくない。見たくない。確認したくない。でも、でも龍哉が……!
幾度もリフレインされる、光の蝶が飛び立つ光景。
震える体。乱れる呼吸。心拍数は際限なく上がっていく。
もし、龍哉が泡に溺れたら。
もし、愛するあの人が自分の能力に命を吸われて死んだりしたら――、
「私は、わ、私は誰を、次は誰を……」
誰をアイすればいいというの――――!?
「…………。…………。…………あれ?」
振り向いた先に、龍哉はいなかった。
確かにそこにいるはずなのに、眠らせて、そこに倒れ伏したはずなのに。
代わりに見えたのは、奇妙なハート形の水晶。
中に、刻一刻と色を変える光を宿すそれが、何故か空中に浮いている。
「何、これ……」
汗まみれの手を伸ばしてみる。
だが、ハート形の水晶に触れる前に、指先が柔らかい何かに当たった。
『わたしに触って、何しようっての、ハルノ?』
あり得ない声が、そのとき聞こえた。
ハルノは目を丸くしながら、床に転がっているはずのミイラを見ようとする。
だが、視線を投げかけたそこに、ミフユのミイラはなかった。
「あ、あぁぁ、あッ! ま、まさか、まさかァ――――!?」
『さぁ、そろそろお目覚めの時間よ』
余韻を残すその声と共に、ハルノが見る世界に亀裂が入る。
そして空間は爆ぜて、景色は砕け、ハルノの意識はようやく事態を理解する。
そこは、さっきと同じ『異階』の中。
だが、蝶は舞っていない。鷹弥も羽根を広げていない。龍哉も眠ってなどいない。
タマキとアキラも健在のままで、しかしミフユだけが、その姿を変えていた。
左胸に光を灯したハートの水晶を宿す、全身を透き通らせた美しい少女。
それこそあらゆる『夢』を支配するミフユ・バビロニャの異能態。
『――NULL/POINTER』
「そんな、夢……? 私が見ていたモノは、私の勝利は、全部……!」
身をわななかせるハルノに、透明な少女は氷よりも冷たい声で告げた。
『虹色の夢はあんたを優しく包んだでしょ』
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
……本当に、久しぶりに見た。
ミフユの異能態。NULL/POINTER。
俺の異能態と違って、あいつのそれは発動条件がなかなか厳しい。
あの形態になるには相手に対する『共感』を極限まで高まらせる必要がある。
素の性格のミフユは、わかりやすいほど我が道を往くタイプだ。
そのあいつが、他人に対して強く強く共感したとき、あの能力は発現可能となる。
あらゆる『夢』を支配して、現実を塗り潰すNULL/POINTERが。
自分の真実をまるで理解していない。
きっと、ミフユがハルノに『共感』を覚えたのは、そこなのだろうと思った。
「まだ、まだよ。まだ終わっていないわ。いいえ、始まってすらいない!」
『もう終わってるわよ』
「黙りなさい、ミフユ・バビロニャ! 来て、波留邇遠!」
ハルノが己の異面体を呼び出そうとする。
しかし、何も起こらない。何も起こらないまま、五秒が過ぎ、十秒が過ぎた。
「……な、何で?」
『だから言ったでしょ。終わってるのよ、とっくに』
「まだ、まだです。ハルジオン! ハルジオン!」
いくら呼び掛けても、ハルジオンなる異面体は現れない。
どうやら俺もタマキも、彼女の異面体の姿も能力も知らずに終わりそうだ。
「何で、何でよ……、そんな、どうして!?」
『それが、今のわたしの能力だからよ』
「異面体を、封じることが……?」
『いいえ、今のあんたに『異面体を使えない』っていう『設定』を付与することが』
「…………はぁ?」
バカげたことを言うミフユに、ハルノの顔から表情が抜け落ちる。
だが、それは事実だ。
異能態となったミフユは、空間や人物に自由に『設定』を付与できる。
それは、半ば全能にも近い能力。
しかも俺の『兇貌刹羅』と違って、あいつの異能態は『異階』を崩壊させない。
最強ではなく、万能。いや、半全能。
それこそがミフユ・バビロニャの異能態の能力だ。
『最期に一つだけ教えてあげるわ、ハルノ』
収納空間から鈍く光るダガーを取り出し、ミフユがハルノへ断言する。
『あんたの言ってるお題目、別に愛でも何でもないから』
そして、ミフユのダガーが、ハルノの胸を抉った。
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その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
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今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
戦国転生・内政英雄譚 ― 豊臣秀長の息子として天下を創る
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戦国転生×内政改革×豊臣政権完成譚。
(2月15日記)
連載をより良い形で続けるため、更新頻度を週5回とさせていただきます。
一話ごとの完成度を高めてお届けしますので、今後ともよろしくお願いいたします。
(当面、月、水、金、土、日の更新)
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