120 / 166
第六章 愛と勇気のデッドリーサマーキャンプ
第111話 二日目/湖畔/朝食を抜くヤツは万死に値する
しおりを挟む
キャンプ二日目の朝だー!
「クソッ! 暑いィィィィィィィィ――――ッ!」
オイオイ、こいつはどうしたことだぜ。
朝から随分と太陽ギラギラじゃねぇのさ、なぁにこれェ? え、なぁにこれェ?
「今の気温、三十四度ですって……」
「それは太陽の表面温度か何かじゃねぇのか?」
ミフユの言葉をまるっきり信じられない俺。
日本の気温なんですか、三十四度って。ウッソだー、え、マジで?
「あー、ところで雨降りそう?」
そう尋ねると、ミフユは無言で空を指さした。
青! 空! 晴! 天! とばかりに夏の空が広がっております。遠くに入道雲。
「しばらくは降らなさそうだなー……」
シイナの七星句の『大雨』が気になったけど、今のうちは関係なさそうか。
夕方か夜辺りの話なのかもしれん。今後、何かが起こるとしたら。
と、考えている俺の頬を汗がつつつと滑り落ちていく。
や~、暑い暑い。ここでこんな暑いなら、街じゃどんだけだか。想像したくねー。
今日一日この暑さと考えると、これは朝メシをガッツリ食わねば。
というワケで野外の食堂に移動した俺達はこれから朝食をいただくところだ。
朝の食事は全ての始まり。朝食を抜くヤツは万死に値する。
「さぁ、キャンプ二日目の朝食は何かなー!」
「カレー」
うぇああああああああああああああああああああああああああ――――ッ!!?
「何で、何でカレー!?」
それは昨日の晩メシに食べたじゃないですかァ!
「昨日のカレーが結構残ってるのよ。みんなで食べきっちゃいましょー、ですって」
早速ホカホカのカレーライスを見せてくるミフユに、俺はドンビキする。
うぉぉ、青い空の下で見る辛口カレーは、また一段と赤みがかって見えるぜ……。
「おかしくない? タマキいるのにおかしくない!?」
皆様ご存じ我らが腹ペコ娘のタマキさんがいればカレーなんぞ残るはずが!
「そのタマキが、あんまり食べなかったのよ……」
今、明かされる、あれだけ濃密だった初日の裏で起きていた衝撃の新事実……!
「え、それは大丈夫なの?」
朝メシよりもそっちの方が心配になってしまうんですけど、俺。
「まぁ、大丈夫なんじゃないの? 別に本人の様子が変わったワケでもなし」
「様子は変わっていないけどカレーはあんまり食べなかった、と?」
「そうそう。あの子、カレー大好きなのに、何でかしらね?」
「俺と同じで辛いの苦手だからでは?」
「そんなワケないじゃない、あの暴食の権化が」
うわぁ、自分の娘にそこまで言うか、……言われても仕方がないか、タマキなら。
「で」
と、ミフユがこっちをジロリと睨む。
「さっさと朝ご飯食べてくれない。片付かないのよね」
「ぐぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~!」
会話による引き延ばし作戦も、ここまでかぁ!
とはいえ、朝食抜きはあまりに大罪。ここは、観念するしかあるまいか……。
「ご飯8、カレー2でお願いします……!」
「あんたも変なところで往生際が悪いわね。ま、5:5だけど」
アビャアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ――――ッ!?
「ミフユ様、お慈悲を! 何卒、お慈悲をォ~~~~!」
「ダメ。お義母様から、あんたにしっかり食べさせるよう言われてるの。覚悟!」
何で、朝から覚悟キメなくちゃいけないんですかァァァァァァァ――――ッ!
「二日目のカレーだから昨日より美味しいわよ」
そう言ってウインクし、ミフユがカレーライスを渡してくれる。
軽く湯気が立つそれを見ると、とても美味しそうで、そして辛そうだった。
「……いただきます」
俺は、胸の内に辞世の句を読みながら、死んだ目でスプーンを握った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
朝から暑い二日目は、午前中から湖で泳ぐことになった。
テントの中で水着に着替えて、砂浜のようになっている湖岸へと皆が出ていく。
「いっくよぉ~!」
紫のビキニという、なかなか着るものを選ぶ水着をつけたスダレが声をあげる。
彼女の手には、ビーチボール。
となれば行なわれるのは、競技ではない方のビーチバレーだ。
「そーれ~! ありゃ~!」
しかしスダレ、コケる。盛大にコケて、サーブ失敗!
「もぉ、何してるんですか、スダレ姉様。ボール貸してください、ここは私がお手本を見せてさしあげますよ! このシイナの華麗なボール捌きを見ていてください!」
バーンズ家の野生児筆頭、シイナが鼻息も荒く受け取ったボールを構える。
「行きますよ~、そ~ッ、……わきゃあ!?」
そしてシイナ、コケる。盛大にコケて、サーブ失敗!
「アッハ、何やッてンのさ、シイナ姉ッ! ッさけねぇな~!」
「うるさいですよ、タクマ君! 今のは……、そう、ウォーミングアップです!」
腹を抱えて笑うタクマに、シイナが顔を赤くしつつ叫ぶ。
ふと、スダレが言った。
「えぇ~? 魔法で滑るのもウォーミングアップの一種なんだぁ~? 初めて知ったよ、ウチ~! おシイちゃんはすごいね~! そんなことも知ってるんだね~!」
「フフン、庶民派と知性派は両立するのです――、って、魔法?」
腕組みして得意がろうとしたシイナが、スダレを見る。
スダレは無言でタクマを指さした。シイナも、その指が示す方へと目をやった。
「あ、ヤッベ……!」
タクマはそう言うと、すぐさま逃げようとする。
「滑落!」
「ぬわッとォ~!?」
シイナの魔法によって足を滑らせ、タクマはその場に転倒する。
そのコケ方は、まさに今のシイナと全く同じであった。
「何ッすんだよ、シイナ姉!」
「それはこっちのセリフです! くらいなさい、ごく普通の庶民派レシーブ!」
「名前の時点で普通じゃなッゲッフゥ!?」
シイナの全力レシーブが顔面に直撃し、タクマが撃沈する。
それを見て、シイナが胸を張り、スダレがキャッキャとはしゃいだ。
「おシイちゃん、うぃん~」
「ヌッハッハッハ、見ましたか! 正義と普通の庶民派は強いのです!」
シイナの高笑いは、大岩に座ってボ~ッとしている郷塚賢人にも聞こえていた。
岩は強い日差しに焼かれているが、それはさして気にならない。
というか、何だか全てがボンヤリしていた。
結局、テントに戻ってもロクに寝ることもできなかったし。
「……何してるんだろうなぁ、俺」
せっかくのキャンプ。せっかくの湖。せっかくの水着なのに、やる気が起きない。
ただ岩の上にあぐらをかいて、皆の様子を眺めているだけでいい。
そんな風に思うのは、心が疲れているからかもしれない。
今朝、さりげなく颯々に確認してみたが、ケントが叫ぶまで寝ていたという。
では自分が見たものは、結局は幻でしかなかったのか。
そんなものを見てしまうほどに、自分は追い詰められているのか。
「もう、わかんねぇ……」
虚ろに呟き、岩の上に大の字になって寝転がる。
湖から流れてくる風は冷たく、背中に感じる岩の表面は温かい。チグハグだ。
わずかに開けた口から漏れ出る、ため息にもならない吐息。
昨日、アキラから今の自分は郷塚に寄ってると言われたが、それを実感している。
この全身を冒すけだるさは、郷塚健司が健在だった頃、毎日感じていたものだ。
無力感。何をしても無駄という無力感。
どうあがいたところで、自分には何もできないという無力感。
まさか『出戻り』をしてまで、それを感じる羽目になるとは思いもしなかった。
自分の中には、確かに傭兵として生きた三十年弱の記憶があるはずなのに。
「こんな弱かったか、俺……?」
そんな自問が、開いたままの口から漏れ出る。
水着姿の菅谷真理恵が上から彼を覗き込んできたのは、その直後。
「……大丈夫、賢人君?」
「うわぁああぁ! す、菅谷さん!?」
さすがにビックリして身を起こす。真理恵は、変わらず心配げな様子だ。
「みんな、楽しんでるわよ。どうしたの? 気分が悪いの?」
眉を下げて、彼女は首をかしげる。
いつものケントなら、そこで真理恵の優しさに感動したか、ドギマギしただろう。
しかし、今の彼が真理恵に対して覚えた感情は――、
「いや、何でもないです」
苛立ちだった。
真理恵を対象とした苛立ちではない、それは自己嫌悪の近縁。自分への苛立ちだ。
心配してくれる真理恵に、その心配は自分が弱いからだと思ってしまった。
ケントは弱いから、真理恵は心配しているだけ。そんな考えが浮かんでしまった。
卑屈だと思った。情けなく、そしてみじめな考えだ。
そんな自分に苛立ち、腹が立って、真理恵に返す声も硬くなってしまった。
まるで、八つ当たりのように。
「……すいません、実はちょっと寝不足で」
陰鬱にため息をついたのち、ひとまずそう言い訳しておく。
そんなケントの反応を真に受けたか、真理恵は屈んで、目線を彼に合わせてくる。
「悪い夢でも見たの?」
「いや、ぁ、あ~……、そう、っすね。そんなところです……」
一瞬否定しかけたが、やめた。
真夜中の出来事は、ほとんど悪夢と変わらない気がした。
「ちょっとこっちで休んでから、すぐ行きます。一緒に遊びましょう」
「そうね。でも、本当に寝ちゃダメよ? せっかくの楽しい時間がもったいないわ」
「はい、わかってます。ありがとうございます」
そう言って、手を振って湖に戻る真理恵を見送った。
その先に、何故かちゃっかり参加している水着姿の颯々がいた。
一瞬ギクリとしたが、颯々はこちらを見もせず「センパ~イ!」と真理恵に寄る。
やはり、自分が見たものは幻なのか。いや、幻、なんだろうなぁ……。
岩の上に再び座り込んで、ケントは静かに目を閉じる。
耳の奥に、真理恵が言った『楽しい時間』という言葉が幾度もリフレインする。
「……何しにここに来たんだっけな、俺」
その呟きは小さく、そして彼を一層暗い気持ちにさせるものだった。
風に、体が冷えていく。心はすでに、冷え切っている。
――そして背中にも、冷え冷えの冷えが押しつけられる。
「んわぎゃアァ!?」
なかなか個性的な悲鳴をあげて、ケントは背中を弓なりに反らした。
「アハハハ、すんげぇ声だなぁ、ケントしゃん!」
「……お嬢」
いつの間にか、そこにタマキが立っていた。
手に持っているのは缶ジュース。表面に浮かぶ水滴が、冷たさを表している。
「な、何するんですか……。ビックリした、冷たかったぁ~」
「なんか腑抜けてるから、活を入れてやったんだぜ!」
入るかぁ! そんなモンで活が入るか! 逆に心臓止まりかけたわ!
と、思いはしたが、叫ぶ気力はなくて「そっすか」というだけのケントの返答。
「ん~、本当に元気ないな? 大丈夫? ケントしゃん?」
「いや~、ちょっと寝不足で……。この暑さじゃないすか。それで」
「え~? オレ、そういうのわかんねー。即寝できるから」
「何それ、チョー羨ましい」
思わず、ケントは真顔になってしまう。
「で、何の用事っすか、お嬢」
「ん~、用事っつ~かな~、え~っと……、あ、あのさ~……」
ケントに缶ジュースを渡し、タマキは何やらモジモジし始める。
身体を揺らすたび、一緒になって揺れる胸のおっきいのに、ケントは注目する。
心が疲れていても彼は中学生。
そういったものへの関心は、本能を超えて魂レベルで焼きついていた。
って、さすがにこの場面でそれはない。と、彼は息をつく。
「なぁ、ケントしゃん、実はお願いがあるんだよ~、オレ」
こっちをチラリと見て言ってくるその仕草は、可愛くもあり、既視感もあり。
ああ、またなんかムチャ言ってくるぞ、という確信。
断るべきなのかもしれない。
今の自分では、どこまで対応できるかわかったものではない。
しかし、タマキを泣かすようなことはしたくない。
その一念が、結局は彼をうなずかせる。今の本音を誤魔化して。
「いいっすよ、何すか?」
「いいの、聞いてくれるの!? やったー!」
飛び上がって喜ぶタマキを見て、ケントも笑う。
彼は、忘れていた。真夜中に出会った、橘颯々に言われたことを。
『そうやって誤魔化したって、心の底にヘドロが溜まるだけですよ~? そしていつか溢れちゃうかも。最悪のタイミングで、環ちゃんを傷つける形で、ね……』
――三十分後の話だ。
「クソッ! 暑いィィィィィィィィ――――ッ!」
オイオイ、こいつはどうしたことだぜ。
朝から随分と太陽ギラギラじゃねぇのさ、なぁにこれェ? え、なぁにこれェ?
「今の気温、三十四度ですって……」
「それは太陽の表面温度か何かじゃねぇのか?」
ミフユの言葉をまるっきり信じられない俺。
日本の気温なんですか、三十四度って。ウッソだー、え、マジで?
「あー、ところで雨降りそう?」
そう尋ねると、ミフユは無言で空を指さした。
青! 空! 晴! 天! とばかりに夏の空が広がっております。遠くに入道雲。
「しばらくは降らなさそうだなー……」
シイナの七星句の『大雨』が気になったけど、今のうちは関係なさそうか。
夕方か夜辺りの話なのかもしれん。今後、何かが起こるとしたら。
と、考えている俺の頬を汗がつつつと滑り落ちていく。
や~、暑い暑い。ここでこんな暑いなら、街じゃどんだけだか。想像したくねー。
今日一日この暑さと考えると、これは朝メシをガッツリ食わねば。
というワケで野外の食堂に移動した俺達はこれから朝食をいただくところだ。
朝の食事は全ての始まり。朝食を抜くヤツは万死に値する。
「さぁ、キャンプ二日目の朝食は何かなー!」
「カレー」
うぇああああああああああああああああああああああああああ――――ッ!!?
「何で、何でカレー!?」
それは昨日の晩メシに食べたじゃないですかァ!
「昨日のカレーが結構残ってるのよ。みんなで食べきっちゃいましょー、ですって」
早速ホカホカのカレーライスを見せてくるミフユに、俺はドンビキする。
うぉぉ、青い空の下で見る辛口カレーは、また一段と赤みがかって見えるぜ……。
「おかしくない? タマキいるのにおかしくない!?」
皆様ご存じ我らが腹ペコ娘のタマキさんがいればカレーなんぞ残るはずが!
「そのタマキが、あんまり食べなかったのよ……」
今、明かされる、あれだけ濃密だった初日の裏で起きていた衝撃の新事実……!
「え、それは大丈夫なの?」
朝メシよりもそっちの方が心配になってしまうんですけど、俺。
「まぁ、大丈夫なんじゃないの? 別に本人の様子が変わったワケでもなし」
「様子は変わっていないけどカレーはあんまり食べなかった、と?」
「そうそう。あの子、カレー大好きなのに、何でかしらね?」
「俺と同じで辛いの苦手だからでは?」
「そんなワケないじゃない、あの暴食の権化が」
うわぁ、自分の娘にそこまで言うか、……言われても仕方がないか、タマキなら。
「で」
と、ミフユがこっちをジロリと睨む。
「さっさと朝ご飯食べてくれない。片付かないのよね」
「ぐぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~!」
会話による引き延ばし作戦も、ここまでかぁ!
とはいえ、朝食抜きはあまりに大罪。ここは、観念するしかあるまいか……。
「ご飯8、カレー2でお願いします……!」
「あんたも変なところで往生際が悪いわね。ま、5:5だけど」
アビャアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ――――ッ!?
「ミフユ様、お慈悲を! 何卒、お慈悲をォ~~~~!」
「ダメ。お義母様から、あんたにしっかり食べさせるよう言われてるの。覚悟!」
何で、朝から覚悟キメなくちゃいけないんですかァァァァァァァ――――ッ!
「二日目のカレーだから昨日より美味しいわよ」
そう言ってウインクし、ミフユがカレーライスを渡してくれる。
軽く湯気が立つそれを見ると、とても美味しそうで、そして辛そうだった。
「……いただきます」
俺は、胸の内に辞世の句を読みながら、死んだ目でスプーンを握った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
朝から暑い二日目は、午前中から湖で泳ぐことになった。
テントの中で水着に着替えて、砂浜のようになっている湖岸へと皆が出ていく。
「いっくよぉ~!」
紫のビキニという、なかなか着るものを選ぶ水着をつけたスダレが声をあげる。
彼女の手には、ビーチボール。
となれば行なわれるのは、競技ではない方のビーチバレーだ。
「そーれ~! ありゃ~!」
しかしスダレ、コケる。盛大にコケて、サーブ失敗!
「もぉ、何してるんですか、スダレ姉様。ボール貸してください、ここは私がお手本を見せてさしあげますよ! このシイナの華麗なボール捌きを見ていてください!」
バーンズ家の野生児筆頭、シイナが鼻息も荒く受け取ったボールを構える。
「行きますよ~、そ~ッ、……わきゃあ!?」
そしてシイナ、コケる。盛大にコケて、サーブ失敗!
「アッハ、何やッてンのさ、シイナ姉ッ! ッさけねぇな~!」
「うるさいですよ、タクマ君! 今のは……、そう、ウォーミングアップです!」
腹を抱えて笑うタクマに、シイナが顔を赤くしつつ叫ぶ。
ふと、スダレが言った。
「えぇ~? 魔法で滑るのもウォーミングアップの一種なんだぁ~? 初めて知ったよ、ウチ~! おシイちゃんはすごいね~! そんなことも知ってるんだね~!」
「フフン、庶民派と知性派は両立するのです――、って、魔法?」
腕組みして得意がろうとしたシイナが、スダレを見る。
スダレは無言でタクマを指さした。シイナも、その指が示す方へと目をやった。
「あ、ヤッベ……!」
タクマはそう言うと、すぐさま逃げようとする。
「滑落!」
「ぬわッとォ~!?」
シイナの魔法によって足を滑らせ、タクマはその場に転倒する。
そのコケ方は、まさに今のシイナと全く同じであった。
「何ッすんだよ、シイナ姉!」
「それはこっちのセリフです! くらいなさい、ごく普通の庶民派レシーブ!」
「名前の時点で普通じゃなッゲッフゥ!?」
シイナの全力レシーブが顔面に直撃し、タクマが撃沈する。
それを見て、シイナが胸を張り、スダレがキャッキャとはしゃいだ。
「おシイちゃん、うぃん~」
「ヌッハッハッハ、見ましたか! 正義と普通の庶民派は強いのです!」
シイナの高笑いは、大岩に座ってボ~ッとしている郷塚賢人にも聞こえていた。
岩は強い日差しに焼かれているが、それはさして気にならない。
というか、何だか全てがボンヤリしていた。
結局、テントに戻ってもロクに寝ることもできなかったし。
「……何してるんだろうなぁ、俺」
せっかくのキャンプ。せっかくの湖。せっかくの水着なのに、やる気が起きない。
ただ岩の上にあぐらをかいて、皆の様子を眺めているだけでいい。
そんな風に思うのは、心が疲れているからかもしれない。
今朝、さりげなく颯々に確認してみたが、ケントが叫ぶまで寝ていたという。
では自分が見たものは、結局は幻でしかなかったのか。
そんなものを見てしまうほどに、自分は追い詰められているのか。
「もう、わかんねぇ……」
虚ろに呟き、岩の上に大の字になって寝転がる。
湖から流れてくる風は冷たく、背中に感じる岩の表面は温かい。チグハグだ。
わずかに開けた口から漏れ出る、ため息にもならない吐息。
昨日、アキラから今の自分は郷塚に寄ってると言われたが、それを実感している。
この全身を冒すけだるさは、郷塚健司が健在だった頃、毎日感じていたものだ。
無力感。何をしても無駄という無力感。
どうあがいたところで、自分には何もできないという無力感。
まさか『出戻り』をしてまで、それを感じる羽目になるとは思いもしなかった。
自分の中には、確かに傭兵として生きた三十年弱の記憶があるはずなのに。
「こんな弱かったか、俺……?」
そんな自問が、開いたままの口から漏れ出る。
水着姿の菅谷真理恵が上から彼を覗き込んできたのは、その直後。
「……大丈夫、賢人君?」
「うわぁああぁ! す、菅谷さん!?」
さすがにビックリして身を起こす。真理恵は、変わらず心配げな様子だ。
「みんな、楽しんでるわよ。どうしたの? 気分が悪いの?」
眉を下げて、彼女は首をかしげる。
いつものケントなら、そこで真理恵の優しさに感動したか、ドギマギしただろう。
しかし、今の彼が真理恵に対して覚えた感情は――、
「いや、何でもないです」
苛立ちだった。
真理恵を対象とした苛立ちではない、それは自己嫌悪の近縁。自分への苛立ちだ。
心配してくれる真理恵に、その心配は自分が弱いからだと思ってしまった。
ケントは弱いから、真理恵は心配しているだけ。そんな考えが浮かんでしまった。
卑屈だと思った。情けなく、そしてみじめな考えだ。
そんな自分に苛立ち、腹が立って、真理恵に返す声も硬くなってしまった。
まるで、八つ当たりのように。
「……すいません、実はちょっと寝不足で」
陰鬱にため息をついたのち、ひとまずそう言い訳しておく。
そんなケントの反応を真に受けたか、真理恵は屈んで、目線を彼に合わせてくる。
「悪い夢でも見たの?」
「いや、ぁ、あ~……、そう、っすね。そんなところです……」
一瞬否定しかけたが、やめた。
真夜中の出来事は、ほとんど悪夢と変わらない気がした。
「ちょっとこっちで休んでから、すぐ行きます。一緒に遊びましょう」
「そうね。でも、本当に寝ちゃダメよ? せっかくの楽しい時間がもったいないわ」
「はい、わかってます。ありがとうございます」
そう言って、手を振って湖に戻る真理恵を見送った。
その先に、何故かちゃっかり参加している水着姿の颯々がいた。
一瞬ギクリとしたが、颯々はこちらを見もせず「センパ~イ!」と真理恵に寄る。
やはり、自分が見たものは幻なのか。いや、幻、なんだろうなぁ……。
岩の上に再び座り込んで、ケントは静かに目を閉じる。
耳の奥に、真理恵が言った『楽しい時間』という言葉が幾度もリフレインする。
「……何しにここに来たんだっけな、俺」
その呟きは小さく、そして彼を一層暗い気持ちにさせるものだった。
風に、体が冷えていく。心はすでに、冷え切っている。
――そして背中にも、冷え冷えの冷えが押しつけられる。
「んわぎゃアァ!?」
なかなか個性的な悲鳴をあげて、ケントは背中を弓なりに反らした。
「アハハハ、すんげぇ声だなぁ、ケントしゃん!」
「……お嬢」
いつの間にか、そこにタマキが立っていた。
手に持っているのは缶ジュース。表面に浮かぶ水滴が、冷たさを表している。
「な、何するんですか……。ビックリした、冷たかったぁ~」
「なんか腑抜けてるから、活を入れてやったんだぜ!」
入るかぁ! そんなモンで活が入るか! 逆に心臓止まりかけたわ!
と、思いはしたが、叫ぶ気力はなくて「そっすか」というだけのケントの返答。
「ん~、本当に元気ないな? 大丈夫? ケントしゃん?」
「いや~、ちょっと寝不足で……。この暑さじゃないすか。それで」
「え~? オレ、そういうのわかんねー。即寝できるから」
「何それ、チョー羨ましい」
思わず、ケントは真顔になってしまう。
「で、何の用事っすか、お嬢」
「ん~、用事っつ~かな~、え~っと……、あ、あのさ~……」
ケントに缶ジュースを渡し、タマキは何やらモジモジし始める。
身体を揺らすたび、一緒になって揺れる胸のおっきいのに、ケントは注目する。
心が疲れていても彼は中学生。
そういったものへの関心は、本能を超えて魂レベルで焼きついていた。
って、さすがにこの場面でそれはない。と、彼は息をつく。
「なぁ、ケントしゃん、実はお願いがあるんだよ~、オレ」
こっちをチラリと見て言ってくるその仕草は、可愛くもあり、既視感もあり。
ああ、またなんかムチャ言ってくるぞ、という確信。
断るべきなのかもしれない。
今の自分では、どこまで対応できるかわかったものではない。
しかし、タマキを泣かすようなことはしたくない。
その一念が、結局は彼をうなずかせる。今の本音を誤魔化して。
「いいっすよ、何すか?」
「いいの、聞いてくれるの!? やったー!」
飛び上がって喜ぶタマキを見て、ケントも笑う。
彼は、忘れていた。真夜中に出会った、橘颯々に言われたことを。
『そうやって誤魔化したって、心の底にヘドロが溜まるだけですよ~? そしていつか溢れちゃうかも。最悪のタイミングで、環ちゃんを傷つける形で、ね……』
――三十分後の話だ。
1
あなたにおすすめの小説
クラス転移したからクラスの奴に復讐します
wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。
ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。
だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。
クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。
まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。
閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。
追伸、
雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。
気になった方は是非読んでみてください。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
異世界召喚は7回目…って、いい加減にしろよ‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
『おぉ、勇者達よ! 良くぞ来てくれた‼︎』
見知らぬ城の中、床には魔法陣、王族の服装は中世の時代を感じさせる衣装…
俺こと不知火 朔夜(しらぬい さくや)は、クラスメートの4人と一緒に異世界に召喚された。
突然の事で戸惑うクラスメート達…
だが俺はうんざりした顔で深い溜息を吐いた。
「またか…」
王族達の話では、定番中の定番の魔王が世界を支配しているから倒してくれという話だ。
そして儀式により…イケメンの正義は【勇者】を、ギャルっぽい美紅は【聖戦士】を、クラス委員長の真美は【聖女】を、秀才の悠斗は【賢者】になった。
そして俺はというと…?
『おぉ、伝承にある通り…異世界から召喚された者には、素晴らしい加護が与えられた!』
「それよりも不知火君は何を得たんだ?」
イケメンの正義は爽やかな笑顔で聞いてきた。
俺は儀式の札を見ると、【アンノウン】と書かれていた。
その場にいた者達は、俺の加護を見ると…
「正体不明で気味が悪い」とか、「得体が知れない」とか好き放題言っていた。
『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』
王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。
まぁ、その方が気楽で良い。
そして正義は、リーダーとして皆に言った。
「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」
正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。
「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」
「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」
「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」
「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」
「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」
「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」
「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」
俺は右手を上げると、頭上から光に照らされて黄金の甲冑と二振の聖剣を手にした。
「その…鎧と剣は?」
「これが証拠だ。この鎧と剣は、今迄の世界を救った報酬として貰った。」
「今迄って…今回が2回目では無いのか?」
「今回で7回目だ!マジでいい加減にして欲しいよ。」
俺はうんざりしながら答えた。
そう…今回の異世界召喚で7回目なのだ。
いずれの世界も救って来た。
そして今度の世界は…?
6月22日
HOTランキングで6位になりました!
6月23日
HOTランキングで4位になりました!
昼過ぎには3位になっていました.°(ಗдಗ。)°.
6月24日
HOTランキングで2位になりました!
皆様、応援有り難う御座いますm(_ _)m
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
戦国転生・内政英雄譚 ― 豊臣秀長の息子として天下を創る
丸三(まるぞう)
ファンタジー
戦国時代に転生した先は、豊臣秀吉の弟にして名宰相――豊臣秀長の息子だった。
現代では中世近世史を研究する大学講師。
史実では、秀長は早逝し、豊臣政権は崩壊、徳川の時代と鎖国が訪れる。
ならば変える。
剣でも戦でもない。
政治と制度、国家設計によって。
秀長を生かし、秀吉を支え、徳川の台頭を防ぎ、
戦国の終わりを「戦勝」ではなく「国家の完成」にする。
これは、武将ではなく制度設計者として天下を取る男の物語。
戦国転生×内政改革×豊臣政権完成譚。
(2月15日記)
連載をより良い形で続けるため、更新頻度を週5回とさせていただきます。
一話ごとの完成度を高めてお届けしますので、今後ともよろしくお願いいたします。
(当面、月、水、金、土、日の更新)
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
レベル1の時から育ててきたパーティメンバーに裏切られて捨てられたが、俺はソロの方が本気出せるので問題はない
あつ犬
ファンタジー
王国最強のパーティメンバーを鍛え上げた、アサシンのアルマ・アルザラットはある日追放され、貯蓄もすべて奪われてしまう。 そんな折り、とある剣士の少女に助けを請われる。「パーティメンバーを助けてくれ」! 彼の人生が、動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる