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第2章 決死必殺の天才暗殺者

第56話 天才暗殺者、馬車でおぼれかける

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 ドザァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!

 土砂降りだよ!

「うひいいいいいいいい! 前が全然見えなァァァァァァァァァァい!」
「ひやああああああああ! 雨粒がバチバチ痛いでやんすぅぅぅぅぅ!」

 そしてこの有様だよ!

 何がイヤって、お馬が全然速度落とさねーことでやんすよ!
 常にトップギア!
 そしてトップスピード!
 今こそ超えろ速度という名の地平線! あ、やっぱ超えないで!

 そしてお馬が全力疾走するおかげで、

 バチバチバチバチバチバチ!

「ひぎぃ!」

 こんな感じに体に当たる雨粒がチョー痛ェワケでげすよ!
 例えるならば、そう!
 鳩が至近距離で豆鉄砲をくらうレベルくらい痛い!

 ……あれ、実はそんなに痛くない?

 バチバチバチバチバチバチ!

 超ォォォォォ痛ァァァァァァァァァァァァァい! 

 ううう、豆鉄砲って超強いんでやんすね。
 今後はあんまり鳩さんに豆投げないようにするでやんす。

 ああ、それにしても服の感触も気持ち悪いよぉ……。
 こんな水量浴びてれば、当然、全身あますところなくズブ濡れよ!

「らめぇぇぇぇぇ! おぱんちゅまでびしょびしょなのぉぉぉぉぉぉ!」 

 ベッドの上で言いたかったわ、こんな叫び!

 ドザァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!
 ガラゴロガラゴロガラゴロガラゴロガラゴロガラゴロガラゴロ!
 ピシャァァァァァァァァァァァァン! ゴロゴロゴロゴロ……!

 あああああああああ、うるさいよおおおおお!
 雨の音と馬車が走る音に時々雷の音でうるさいし怖いよおおおおお!
 こんなセカイの終わりなリミックスいらないよおおおおお!

「うおおおおおお! これ俺達もう中に入っていいんじゃねーの!!?」
「え! 何!? 聞っこえねーでやんす!」

「俺達!」
「うんうん、俺達!」

「中に!」
「うんうん、中に!」

「入っていいんじゃねーの!? つったの!」
「え!? ハイ喜んでムールゥに殺されます? マジで! やったァ!」
「ンなこと言ってねーし!?」

 チッ。

「もー! いっそ観念してあっしにガボゴボガボゴベガボボ!!?」

 ああああああああああ! 雨が口の中にィィィィィィィィィ!
 ってゆーか水圧高すぎィィィィィィィィィ!
 しゃべれないって! こんなのまともにしゃべれないって――――!

 もう、少し口開いただけでも雨がドバーッて口の中に入ってくるの!
 ダメこれ! こんなの溺れちゃうわ!
 どうせ溺れるなら、あっしは愛に溺れたい!

「はっ! だれうまの予感!」
「何でそんな無駄なところで勘の良さを見せガボボゴベベベベ!?」

 もーやだー! 雨ひどすぎだよ――!
 ツッコミひとつまともにできないよォォォォォォォォォォ!

 っていうか、お馬!
 何でこのお馬、前なんて全然見えないこの雨の中で爆走できるの!?

 一寸先は雨!
 っていう状況なんだからもうちょっと速度落としてもいいでやんすよ?

 そもそも家くらいあるドデカ馬車をたった一頭で引っ張るとか!
 このお馬自体、何なんでやんすかー!

『――聞こえますか。ムールゥ・オーレ、私の声が聞こえますか?』
「はっ! 突然頭の中に声が!?」

『私は今、あなたの脳内に直接語りかけています』
「何者でげすか!」

『わしじゃよ』
「で、出た――! ウルラシオンの深きやガベベゴベ!?」

 溺れかけた。

『……大丈夫かえ?』
「心配するなら驚かすなでやんす!」

 私は口に水が入らないよう、口をあまり開かずに小声で叫んだ。

『器用なやっちゃのう。おんし』
「脳内に話しかけてくるのとどっちが器用でやんしょ」

『わしってば万能じゃし? そりゃもちろんわし――』
「大妖怪が大妖怪である分を差し引くとあっしでやんすね! やったね!」
『……おんしもおんしでなかなかにいい性格をしておるの』

 やったね、大妖怪が負けを認めたでやす!
 やはりあっし、天才暗殺者!

 ――誉められた。んだよね?

「ところであっしに用でやんすか? グレイ・メルタじゃなくて」
『坊だったら気絶しとるぞえ』
「え!?」

 大妖怪の言葉に驚いて隣を見れば、

「白目ひん剥いてる――――ッッ!!?」

 ちょ、ブサイク!?
 上向きで口ちょっと開けて白目ってすんごいブサイク!

 どんなイケメンでもこの顔になったら百年の恋からウェイクアープ!
 そんな感じのツラでやんすよ、これ!

「え、何で? 何で!? どーして!!?」
『雨に打たれすぎて体力尽きたんじゃな』
「冒険者でしょ――(語尾上げ)!!?」

 冒険者って普通の人間より強いんでしょ? ド強いんでしょ!?

『だって坊じゃし』
「それで済ませないで!? あっしまだそこまでフランクじゃないの!」

『虚弱じゃからなー、坊』
「何で冒険者やってるの、それで!」

『冒険者やっとるから虚弱なんじゃよ』
「……それは」

 加護。
 つまりはそのせい、ということなんだろうか。

 だとしたらそれは加護ではない。
 本当は呪縛とでも呼ぶべきものなんじゃないか。
 冒険者ではない私だが、今のグレイの様子が他人事に思えなかった。

『加護のことが気になるかえ』
「心読むのやめてくれねぇでやんすかねぇ……」

『いやいや、顔に出とるよ?』
「顔、見てねーでやんすよね!?」

『見えとる見えとる。わし、大賢者じゃから』
「大賢者=何でもあり、の構図はやめろ!」

 はぁ、全く……。

 バチバチバチバチバチ!
 あびゃああああああああああ!? 雨粒痛いのほォォォォォォォ!

『お~っとと、忘れとったわい。ほーれぃ♪』

 頭の中に大妖怪の声が聞こえ、いきなり痛みが消えた。
 雨粒は変わらず体を叩いてくるが、急にそれが緩くなったような……。

『ほい、これで楽になったじゃろ』
「な、何したんでやんすか?」

『ま、バフ魔法ってヤツじゃな。おんしと坊の体表を魔力の膜で包んだだけじゃよ。大した魔法ではないが、雨程度なら十分防いでくれるわい』
「ほぁ~……」

 しかも、こんだけ楽になったのに、大した魔法じゃない、と。
 魔法ってすごい。
 それが私の素直な感想だった。

 同時に、この大雨の中で馬が爆走し続ける理由も分かった。
 すでに、大妖怪がこの魔法をかけていたのだろう。

「グレイ・メルタもこれで大丈夫なんでです?」
『じゃのう。軽く魔法で疲れも消しておいたし、そろそろ起きるじゃろ』

「魔法ってすげー!」
『いや~、この雨はわしも予想外でな。御者させてすまんと思っとる』

「言葉で謝られるより中に入れてほしいでやんすけど……」
『ランがの。やはり例の件でいたく腹を立てていてのう』
「ひや~、そんなに」

 私の想像を超えてブチギレランちゃんだったらしい。

「ま、おぱんてーなんか盗むからそんなことになるんでやんすね」
『そうじゃのう』
「ホント、男ってスケベばっかでやんすからね~」

 やれやれと、私は肩をすくめる。

『もとはといえばおんしのイタズラが原因じゃけどな』

 そして私は固まった。
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