上 下
16 / 41
第一部 魔王の『力』を受け継ぎまして

第15話 二人で馬車に揺られまして

しおりを挟む
 ガラガラガラガラ。

 回る車輪の音が聞こえる。

 ガタゴトガタゴト。

 荷台に乗っている俺とラーナは荷物と一緒に揺れている。

「あ~……」

 ふと見上げれば、広く大きな青い空と、そこを漂う白い雲。
 時刻は昼下がりくらいか。春の陽気はポカポカとしていて、流れる風も心地よい。

 視線を下げれば景色の果てに、白いギザギザがどこまでも連なっている。
 あれは、この地方を大きく囲むルドリア山脈の稜線だ。

 さらに下に緑の山々が連なり、森があって、丘が見えて、花が咲く平原があって。
 何とものどかなモンですわ。今のところ、モンスターとの遭遇とかもないし。

 俺達は、知り合いの行商人の荷馬車に乗って、アヴェルナ南西に向かっていた。
 くだんのダンジョンが、そちらにあるからだ。
 今日で、アヴェルナの街を出て二日。朝からひたすら、馬車に乗り続けている。

 ラーナのみならず、俺としても本格的な初の遠出。
 初日こそテンション高かったが、ずっと馬車に乗ってると、さすがに飽きる。

「風景、綺麗だね~」

 が、それは俺だけのようで、ラーナはず~っと楽しそうに景色を眺めている。
 うん、だね。風景は綺麗だね。とっても綺麗だね。
 でも飽きたんじゃ~! ずっとずっとどこまでも同じなんじゃ~!

「……よし」

 目的地まではまだ少し時間がかかる。
 ラーナはこのまま風景を眺めてるだけで満足なのだろうが、俺はつまらんのよ。
 なので、サクッとおさらいと行きますかねー。

「なぁ、ラーナ」
「は~い、何かな、ビスト君」

「今のうちに、昨日教えたことの復習しときたいんだが」
「あ、うん。わかった~!」

 ラーナは威勢よくうなずく。
 どうやら、魔法を学ぶことも彼女にとっては楽しみのうちらしい。いいことだ。

 行商人のおっちゃんの鼻歌を聞きつつ、荷台の上で俺達は向かい合って座る。
 荷物が入った木箱が、いい感じに椅子代わりになってくれている。

「さて、復習だから基礎の基礎からいくぞ」
「は~い、先生!」

 元気よく手を挙げるラーナだが、先生はやめろ。いつもはお姉さんぶるクセにッ。

「まず、魔法ってのは何だ?」
「魔力と式素マナを使って構築した術式による、恣意的な疑似事象の発現法のこと」
「そ、正解。もっと噛み砕いて言うと『魔力使ってやりたいことをやる技術』だな」

 やりたいこと、っつっても何でも願いが叶うとか、そういう意味ではない。
 本来、その場では実現できない事象を魔力を使って実現する。それこそが魔法だ。

「じゃ、魔法を使うために必要なものは、魔力と、他には?」
「自分の魔力の他に式素が必要になるね。式素は、魔力を含有した『要素』のこと」
「それも、正解」

 この世界に存在するものは、生物も無生物も、等しく魔力を有している。
 もっと厳密にいうなら、魔力の発生源となる『要素』を含めた上で存在している。

 その魔力の発生源が式素である。そしてそれは必ずしも物質に限らない。
 空気に、地面に、水に、風の中にも火の中にも、は必ず含まれている。

「こう、だよね」

 ラーナが、俺に右手を広げてみせる。
 すると、彼女の手のひらの上で、三色の光の粒子が発生する。

 白、蒼、金色。
 それぞれ淡く色づけされたそれらの光は、彼女の魔力と大気中の式素が反応して起きたもの。これもまた一種の魔法ではあった。光る以外の用途はないけれど。

「無詠唱で魔導光を使えるようになったのか。……やっぱ『天才』だねぇ」

 俺は軽く感心する。
 昨日教えた時点では、まだ『光れ』とかの詠唱が必要だったのにな。

「や、やめてよ……!」

 褒めてやると、何故かラーナは目を大きく見開いて大声でこっちを拒んでくる。
 ええ、何だよその反応。と、思っていたら、すぐに彼女は俯いて、

「――でも、ありがと。嬉しい」
「く……」

 頬を赤くしてこっちをチラチラ上目遣いに見るんじゃない。何かこっちが照れる!
 いかんいかん、簡単なおさらいとはいえども気を散らせるのはよくない。

「え~、あ~……、じ、じゃあ、魔法の基礎となる六色の属性魔法については?」
「あ、ぅ、うん。光属性の白魔法。闇属性の黒魔法。火属性の赤魔法。水属性の青魔法。地属性の金魔法と、風属性の銀魔法、だよね……?」
「そう、それが六色の属性魔法だ」

 治癒と浄化を専門とする白魔法と、変異と汚染を専門とする黒魔法。
 破壊と激化を専門とする赤魔法と、鎮静と減衰を専門とする青魔法。
 防御と物質を専門とする金魔法と、移動と空間を専門とする銀魔法。

 これらは六種の属性魔法が、錬金術などのその他全ての魔法の根幹をなす。
 また、六色の魔法は、学べば誰でも自由に覚えることができるのが大きな特徴だ。

「さらに七番目の属性として、どの属性にも染まっていない無色の魔力。無属性もあるが、これは基本的には使う場面が極めて限られてるので、まぁ、今はいいか」
「うん」

 うなずくラーナに、俺は次の問いを投げる。

「六色の魔力は誰でも持ってる。そこに例外はない。どんな生き物も六色全ての魔力を発生させる式素を宿している。では、ここで問題。固有属性とは何ぞや?」

 全ての生き物は六色の魔力を全て扱える。
 だが、例えばラーナは固有属性として光、水、地の属性を保有している。
 これはどういうことか。

「生き物は六色全ての魔力を使えるけど、得意不得意があって、固有属性っていうのはその中でも特に扱いやすい、相性がいい属性のこと、だったよね?」

 はい、これまた正解。
 固有属性は、その個人と特に相性のいい属性のことをいう。

 ラーナなら白魔法、青魔法、金魔法の伸びしろが高いってことになる。
 逆に、それらと対になる黒魔法、赤魔法、銀魔法はあんまり成長が見込めない。
 そう考えると、ラーナは守勢を得意とする術師として大成しそうだ。

 え、俺?
 俺はもちろん、全属性が固有属性だよ。『私』からの影響でなッ!
 元々の固有属性が何だったかなんて、知らねぇよ……。

「じゃあ、次だ。魔法の準備から発動までのプロセスを俺に説明してみてくれ」
「え、うん。……えっと」

 ラーナがしばし考えこむ。
 極論、魔法は最初の魔力操作と詠唱さえ成立すれば普通に発動する。

 だから別に、発動までの詳しい手順を知っている必要はない。
 そう、ただ使うだけなら、な。

「魔法を使う準備手順は三行程あって、最初に自分の魔力を使って周りから必要となる式素を抽出して、次に集めた式素に魔力を混ぜ合わせて疑似事象発現の起点を作って、最後に詠唱することで魔法に具体的な形を与えて、発動。……だよね?」
「そう、抽出・混合・成型の『基礎三行程』だ。最後の一つとして発動が加わる」

 厳密には発動時に唱える魔法名も詠唱の一部ではあるけどな。

「魔法は詠唱さえすれば使える。だが、この『基礎三行程』をちゃんと意識した上で使うと、魔法の効果は劇的に上がるんだよ。魔法ってのは術者の理解と認識がかなり重要だ。それが深ければ深いほど、使う魔法の効果は高まっていく」
「同じ魔法でも、使う人によって効果に差が出るのは、そういう理由だったんだね」

 まぁ、そういうことだわ。他にも魔力量の差とかも関わってくるが。
 この手順を知っているだけでも、明確に効果量が変わるぞ。面白いくらいに。

 さてさて、昨日までにラーナに教えた内容はこんなところか。
 さすがに神官様の補佐をしていただけあって、ラーナにはすでに下地があった。

 おかげで教えるのもかなり楽だった。
 ついでに、今の彼女に使えそうな魔法まで手ほどきできたし。

「うぉ~い、ガキ共ォ~」

 と、そこで俺達は呼び声に気づく。
 あれ、いつの間にか、行商人さんの鼻歌が終わってたわ。
 ってコトは~……、

「ご指名の場所に着いたぜェ~」

 ――と、いうことらしかった。


  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 街道が二股に分かれている。
 片方は別れている場所から西側に、もう片方は東側に。

 行商人のおっちゃんは西のルートへ馬車を進ませていった。
 俺達はこれから、俺とラーナはこれから、東のルートを進んでいくことになる。

「ここからだね!」

 と、長く伸びる道の先を眺める俺に、ラーナも気合を見せている。
 この東へと伸びる道だが、その傍らに看板が立っている。

『この先、進めず』

 書かれているのはそんな文字だ。
 その内容通り、この東に延びる道は事実上の廃道。進んだところで何もない。

 いや、数十年前までは開拓村があったらしい。
 しかし大発生したモンスターの群れに襲撃を受けて、その村は壊滅した。

 当時は村を拠点として開拓が進んでいたが、この壊滅で開拓事業も中止となった。
 そして、村へと伸びるこの道も使われなくなったワケである。

 で、俺達が向かうダンジョンはまさにこの先にある。
 開拓村のさらに先、そこにある山に入り口があるのだというが――、

「……しかし『混沌化ローグライズ』ねぇ」

 整備されていない砂利道をテクテク歩きながら、俺は懐から出した依頼票を見る。
 目的のダンジョンが『特別指定依頼』となった理由、それが『混沌化』だ。

「ダンジョンの中身が丸々変わっちゃう現象、なんだよね?」
「ああ。一定期間の経過か、もしくは出入りとかの何らかのきっかけでな」

 普通、ダンジョンってのは幾度かに分けて攻略するものだ。
 マッピングに罠の確認、モンスターの生息域の把握、その他の危険の有無の確認。

 そうした様々な情報をいちいち把握しながら進んでいくのが、ダンジョン攻略だ。
 神経を削る作業だが、着実な積み重ねこそがモノをいう。
 しかし『混沌化』が発生したダンジョンでは、そのセオリーが全く通用しない。

 何故なら、入るたび中身がガラリと変わってしまうからだ。
 情報の積み重ねなど一切通用しない。ぶっつけ本番で一発勝負に臨む必要がある。

「これの発見者がウォードさんのトコだったってのが、まだ救いかねぇ……」

 依頼票を読み返しつつ、俺は軽く髪を掻く。
 あの夜、クラリッサさんがウォードさんを同席させた理由がそれだ。
 他の冒険者だったら、ギルドに報告する前に突入して全滅してたんじゃねぇかな。

「ウォードさんが発見者なのに、自力で攻略しなかった理由、ラーナはわかるか?」
「え、そういえば何でだろう……?」

 クラリッサさんは言っていた。
 ウォードさん含め、一部の高ランク冒険者をピックアップしていた、と。
 一部、なのでアヴェルナ最強のAランク氏は、含まれていなかったに違いない。

「ビスト君はわかるの?」
「ああ、推測ではあるけどな」

 頭に『おそらく』がつくが、こういう理由だと思う。

「クラリッサさんは、魔法に長けた冒険者に攻略を任せたかったんじゃねぇかな」
「魔法に長けた……? それは、どうして?」
「ダンジョンに発生してる『混沌化』が人為的なものだと踏んだんだ、きっと」

 首をかしげるラーナに、俺はそう返す。
 ダンジョンの『混沌化』が発生する原因は、大きく分けて二通り。

 一つは、ダンジョン内で何某かの原因で魔力が異常活性したことによる自然現象。
 例えば『出現災害』でもそうだが、強大な魔力は世界を歪ませることがある。

 このタイプの『混沌化』が発生すると、ダンジョン内部は刻一刻と変化していく。
 まさに文字通りの迷宮と化すワケだ。が、原因さえ取り除けば解消できる。

 危ないのは、もう一方だ。
 つまり、ダンジョン最奥にある何かを守るためのギミックとしての『混沌化』。

 こちらは解除不可能な上に『混沌化』以外にも危険なギミックが潜んでいる可能性が非常に高い。そして、それらは魔法的な仕掛けであることが多いのだ。
 俺はそれを、ラーナに説明する。

「そっか、だから魔法に長けた冒険者なんだね」

 そういうことだ。
 武具は鍛冶師ということわざもある。
 そういった魔法の仕掛けは、魔法の専門家である術師に任せるのが一番だ。

 ウォードさんも候補に入ってたのは、術師が見つからなかった場合の保険だろう。
 とはいえ、それを受けたのが俺達なワケなんですけどね?

「フフ、ビスト君なら絶対大丈夫だよ」
「根拠もないのに随分自信ありげじゃねぇかよ」

「え~? 根拠ならあるモン。だってビスト君は『特別の中の特別』なんだから」
「やめなさい、ラーナ。その呼び方はやめろ。やめてください」

 俺が苦い顔つきになると、ラーナは隣に並んできて、こっちを横から覗き込む。

「ねぇ、手、繋いで」
「は?」
「そしたら、もう言わないよ。うん。もう二度と言わない」

 何をのたまってんだ、こやつは。
 俺は思いっきり眉間にしわを集めて、ラーナの顔を逆に覗き込む。

 すぐ近くに、ほんのり頬を朱に染めた彼女の顔があった。
 不覚にも、その瞳に射貫かれて、俺の身はすくんだ。な……、何だよッ!?

「ダメ?」

 と、彼女は俺を見つめたまま、甘えるような調子で尋ねてくる。
 何だ、何だ、何なんだ。どうしたんだ、いきなり!?

「えっと、ラーナさん?」
「楽しみなの。ダンジョンに行くの」

「いや、それは俺もだけど……」
「そうだよね。でもね、同じくらい不安なの。少しだけ、怖いの、わたし」

 笑いながらも、よく見ればラーナの前髪が揺れているのがわかった。震えている。
 そんなモノを見せられたら、ねぇ。……本当に、こいつは。

「あ~、はいはい」

 俺は一息ついたのち、右手でラーナの左手を握る。
 すると、彼女は自分から言い出したクセに驚いたように目を見開いた。

「ビスト君……」
「特別な依頼とかはいい。一緒に楽しもうぜ、ラーナ」
「うん!」

 笑ってうなずく彼女の顔に、不安の色は微塵もなかった。
 ダンジョンの入り口まではあと少しだ。
しおりを挟む

処理中です...