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第一部 魔王の『力』を受け継ぎまして
第19話 怪しい壺が開けられまして
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何でこんなトコにいるんだ、こいつら。
俺がそう思わずにはいられないランキング、トップ5には確実に入る顔ぶれ。
それが、少し離れた先に立っているキーンとクーン。
背が低くて丸い方がキーンで、背が高くてヒョロっとしてる方がクーンだ。
俺とラーナが冒険者になってから、何かと縁がある二人ではあるが。
それにしたって、こんなところで会うような相手ではない。
周りに見えるのはモンスターに滅ぼされた廃村と、あとは平原やら林やらだぞ?
「ヘッ、ヘッヘッヘッヘ」
「俺達がここにいることに驚いて声も出ないようだなぁ~?」
キーンが笑って、クーンがそんなことを言う。
まぁ、それは確かにその通りなんだけど、何でそれで優越感に浸れてるんだ?
サプライズ成功、やったぜー!
とか、やるような間柄でもないだろう、俺らとおまえらは……。
『およよ~、ビスっち~、こいつら誰で~い?』
「わぁ!?」
「な、た、宝箱が歩いてるゥッ!」
ガッショガッショと歩いてきた四足歩行型宝箱に、キーンとクーンが仰天する。
そら、こんなモン見れば、そういうリアクションにもなるわなぁ。
と、ここまでは俺の予想通りの流れではあった。
だが凸凹コンビは、ここから俺が予想だにしなかった方向へと話を運び始める。
「お、おい、キーン……」
「へい、クーンの兄貴。もしかして、あのデケェ宝箱は……」
「そうだよな。やっぱり、そうだよなぁ?」
おっと、何か妙な反応を見せてきたぞ、この二人。
四足歩行宝箱を前にして、どうして互いにうなずき合って『納得』してるんだ?
「やっぱり、あの人の言ってたことは正しかったみてぇだなぁ!」
背の高い方――、クーンが、腰から長剣を抜き放ってそんなことを言い出す。
あの人ってのは多分、こいつらの親分のレックス・ファーレンのことだろうが。
「……何の話だ?」
意味が掴めず、俺は聞き返してしまう。
すると、丸い方――、キーンが「誤魔化すんじゃねぇ!」と声を荒げる。
「俺達ァ、騙されねぇぞ。全部知ってんだからな、クソガキ!」
「だから何の話だっての!」
「しらばっくれるな! おまえがアヴェルナの街の連中をおかしくしてるのは、わかってんだ! そのモンスターで、街をメチャクチャにする気だろ、おまえ!」
「…………は?」
え、俺が街の人々を、何だって……?
「何、言ってるんです?」
唖然となる俺の隣で、ラーナも同じく呆気にとられて、思わず尋ねてしまう。
すると、クーンが長剣を振り回しながら、がなり立てる。
「おまえらが変な魔法使って、ギルドの連中を従えてんのはわかってんだよ! さもなきゃ、他の同業がおまえらの肩を持つなんて、ありえねぇだろ!」
「おいおいおいおい……」
随分と飛躍した話をしてくれるじゃねぇか、このヒョロノッポ。
マジか、こいつ。もしかして、マジで言ってるのか。何だよ、変な魔法って。
「許せねぇぜ……。なぁ、キーンよ! おまえにはこいつらが許せるか!?」
「俺もだよ、俺もこいつらを許せねぇ。よくもギルドの仲間達を……!」
キーンとクーンの様子を見るに、こいつらは本気でそれを言っているようだった。
特に何かに操られてたり、というような兆候も見られない。
俺は悟る。
ああ、本気だ。こいつらはそんなありもしない与太話を真に受けているのだ。
「その話、レックスに吹き込まれたのか……?」
「あの人のことを呼び捨てにするんじゃねぇよ、クソガキ!」
クーンがその顔を怒りに染めて、俺に怒鳴ってくる。
「あの人は『勇者候補』だぞ? あの人の言うことは正しいんだよ!」
「今まで、あの人がいたからギルドは平和だったんだぞ。それを、おまえが……!」
クーンに次いで、キーンもまた俺に対する怒りを露わにする。
何だよ、平和だったって。一体何を言ってるんだよ、こいつらは……?
「どういうことですか? 何が、平和だったっていうんですか?」
ラーナが、俺の代わりにそれを二人に質す。
どうにも俺達と凸凹コンビの間で認識に齟齬がある。そんな気がしてならない。
「何だよ、言わなきゃわかんねぇのか?」
「これだから、実力もなしに妙な魔法に頼る連中は……」
キーンとクーンが、俺達のことを鼻で笑う。
そして思いっきりこっちを見下しながら、クーンが得意げに語り出す。
「おまえらが来るまで冒険者ギルドは平和だったんだよ。誰もレックスさんに逆らわずに従ってた。みんながみんな、あの人の言うことを大人しく聞いてたんだよ」
「そうだぜ~。どいつも、常にレックスさんと俺達の顔色を窺って、ご機嫌を取りに来てよぉ~。揉み手によいしょにおべんちゃら、気持ちよかったよなぁ~」
ああ、平和ってそういう……。
悦に浸ってるキーンを見て、一瞬で話を聞く気が削がれてしまった。
要するにこいつら、いい目を見れなくなった鬱憤を俺達にぶつけに来たのか。
自分達は見下ろす側で、他の冒険者はかしずく側。自分が上で、他が下。
レックスの威光もあって、ずっとその状態が続いててそれが普通になっていたと。
「おまえらさぁ……」
俺は、呆れるしかなかった。
何が『ギルドの平和』だって話で、結局は自分達のことしか考えてねぇ。
「おまえさえいなけりゃ、アヴェルナの冒険者ギルドは平和なままだったんだよ!」
「そうだぜ、それをおまえがひっかき回したんだ。この罪は重いぜ!」
随分と好き勝手言ってくれるじゃねぇの。
要するにこいつら、レックスを潰した俺へ仕返しするために、ここまで来たのか。
ヒマかよ。
とはいえ、さすがに聞いてるのも鬱陶しくなってきたので俺は反論しようとする。
だが、先に口を開いたのは、彼女。
「バカみたいですね、あなた達」
ラーナだった。
「な……」
「ンだとォ、こ、このガキ!」
一歩前に出る彼女に、クーンはたじろぎ、キーンが必死に凄もうとする。
だが、決然とした表情を浮かべ、ラーナはさらに言い募る。
「平和って何ですか? レックスさんみたいな、物事を力で解決することしかできないような人が、一体どんな平和を作れるっていうんですか?」
「あぁ!? おまえ、レックスさんをバカにする気か!」
どうやらレックスに本気で心酔しているらしきクーンが、顔を怒りに赤く染める。
しかし、それにもラーナは動じずに、むしろ視線にさらなる力を込める。
「違うでしょう。バカにしてるのはそっちですよね? レックスさんも、あなた達も、他の冒険者を下にしか見てないから、そんなことが言えるんですよね?」
「それがどうした? レックスさんのすごさもわからねぇようなヤツはザコに決まってんだろうが! おまえも、そこのクソガキも、他の冒険者も、全員ザコだ!」
「違いますッ!」
ラーナが、キーンに叫び返す。その声量は、俺ですらビクッとなってしまうほど。
そして感じる。彼女の声に多分に含まれている、強い怒気を。
「わたしは弱いかもしれません。でも、他の冒険者さん達は、日々、依頼をこなしてる尊敬できる人達です。ウォードさんだって立派で頼れる人です。それに――」
ラーナが、グッと拳を握り締めた。そして、
「ビスト君は、わたしを、そしてみんなを助けてくれた、とっても、とってもとってもすごい人なんです! 彼をバカにすることだけは、わたしが許しません!」
これまでで一番デケェ声で、そんなことを叫びおったのだ。
「ちょ、あの、ラーナさん……ッ!?」
『おやおやおやおや、あらあらあらあら、まぁまぁまぁまぁ』
後にいる四足歩行宝箱から、やけにウゼェ声が聞こえてくる。何か癇に障るな!
「ぐ、ク……ッ」
「この、ガキ……!」
キーンもクーンも、ラーナを前にして完全に怯んでいる。
あの日、冒険者ギルドに行く前に見かけたときとは、まるで立場が逆転している。
だが俺でなくラーナに気圧された自分を認めがたいのか、クーンが剣を振り回す。
そして、怒りに荒れるヒョロノッポが、隣の弟分にだみ声で命令する。
「おい、キーン! アレだ、アレ出せ! これ以上、こいつらを調子に乗せんな!」
「お、おお! そうだな、クーンの兄貴! ヘヘ、ヘヘヘヘッ!」
汗をダラダラかきながら、キーンが背負っていたリュックから何かを取り出す。
それは、口の部分に封がされた古びた壺のようだが――、って、オイ。
『あれ、ビスッち、あれってもしかして~……』
俺と同じくミミコも気づいたようで、地面に置かれた壺を前にして声をあげる。
ラーナが、不安げにこっちを見てくる。
「ど、どうかしたの、ビスト君……?」
「ギヒャヒャヒャヒャヒャ~! これが何かわかるか、クソガキ共~!」
俺が答えるよりも先に、クーンが剣の切っ先でその壺を示す。
こいつら、自分がもい出してきたものが何なのか、一切わかってないな、これ。
「これでおまえらは終わりだぜ? 何せ、金貨2000枚のシロモノだからなァ!」
「価値なんか知ったことじゃないが、悪いことは言わねぇ。やめとけ」
すでに勝った気になってる凸凹コンビに向けて、俺は顔をしかめて忠告してやる。
「その封は開けるな。ロクなことにならねぇぞ」
「…………」
「…………」
重ねて言う俺に、キーンとクーンはキョトンとなって互いに顔を見合わせる。
それから直後、ゲラゲラと二人して大笑いして、俺をバカにしてくる。
「死にたくないからってテキトー抜かしてんじゃねぇぞ、ガキ!」
「この壺の中にはなぁ~、俺達に従う超強ェ~モンスターが封じられてんだよ。おまえらはこれから、そのモンスターに八つ裂きにされるんだよ! ギヒャヒャヒャ!」
キーンの方が、屈んで壺の封を開けようとする。
ダメだこいつら、完全に俺達への仕返しに目がくらんでやがる。話が通じねぇ。
それでも俺は叫んだ。
「やめろ、開けるな! そいつは――」
「ヒハハハハハハッッ! さぁ、出てこいよ、最強のモンスターちゃ~~~~ん!」
「そいつは――、封を開けた人間を生贄にして邪神を召喚する祭器だぞ!」
絶叫にも等しい声量で怒鳴る。キーンとクーンが「「へ?」」とこっちを見る。
壺の封は、すでにそのとき、開かれていた。そして、
「うぇ?」
「あ、え?」
開いた壺の口から黒い汚泥でできた手が伸びてきて、二人の頭をガシッと掴んだ。
「ラーナ、目を閉じろ!」
俺は咄嗟に叫ぶが、遅かった。
「ひ、ぎゃああああああああああああああああああああッ!」
「うぎえええええええええええェェェェェェェェェェェッ!?」
キーンとクーンが、黒い手に引っ張られて小さな壺の中に引きずり込まれる。
もちろん、二人の体は壺に入り切るほど小さくはない。ならば、どうなるか――、
「ぎッ、ぎぇ! いぎッ! ひっ、痛ッ、痛い痛い痛い痛い、痛いィィィィィィ!」
バキ、ゴキッ、メヂュッ、グキュ、ゴリゴリ、ゴギッ、ゴボッ、バギッ!
「ひぃああああ! か、か、体が潰れ、こ、こ、壊れ、ぐぶぇぇぇぇ――――ッ!」
ゴリュ、メギメギュッ、ギヂッ、メキャメキャッ、グジュッ、ブヂュ、ゴギャッ!
「う、ぉえ……ッ!」
繰り広げられる惨劇を目の当たりにして、ラーナが口に手を当ててうずくまる。
そして、苦悶の悲鳴を垂れ流しながら、二人は人の形を失って壺の中へと消えた。
『出てくる前にブッ壊しだァ~! チェスト~~~~ッ! 宝箱だけに!』
ミミコが、四足歩行宝箱で壺めがけて突進する。
中身が出てくる前に祭器を破壊しようという試みなのだろうが――、
「バカ、戻ってこい!」
走る悪寒に、俺は思わず声を張り上げていた。
するとミミコの宝箱が直撃する寸前、壺の口から黒い汚泥がドバッと噴き上げる。
『おわわわわわぁ~~~~!?』
汚泥は宝箱と壺とを遮る壁となり、宝箱は泥の中に突っ込んで止まってしまう。
雨の如く上から降り注ぐ汚泥を睨んで、俺は強く舌を打つ。
鼻を衝く異臭は、腐り果てた肉が放つ死の匂い。
壺から噴き出た汚泥は地面に広がることなく泡立って、宝箱を包み込もうとする。
『にゅあ~~! ビスッち、助けて~! 動けないよ~ぅ!』
「この、大バカ野郎ォ~~~~!」
四足歩行宝箱がギシギシと足を軋ませ歩こうとするも、泥に埋もれて叶わない。
泥の方も、どうやら宝箱を侵蝕しようとしているが、それもできなさそうだ。
さすがはミミコが最高傑作というだけはある。
頑丈さと機密性については非の打ちどころはないようだ。無様に埋もれてるけど。
「ビスト君……」
「大丈夫か、ラーナ」
「うん、何とか。大丈夫だよ」
顔色は真っ青のままで、ラーナは気丈にも立ち上がって儀式杖を構える。
彼女が見る先で、小山ほどの体積となった汚泥が泡立ちながら変形を続けている。
「あれが……」
「ああ。キーンとクーンを生贄にして召喚された邪神、の、なりそこないだ」
あの二人では、生贄としての格が足りなかったのだろう。
召喚は成功とはいかず、出てきたのは肉体を具現化しそこねた邪神の一部だけ。
「それでも、ものすごい力を感じるよ……」
ラーナが再び口に手を当てる。
匂いや見た目ではなく、それが放つ力を感じとって気分を悪くしたのだろう。
ここで思うことではないが、それを感じられることに彼女の才覚の高さを感じる。
ラーナの言う通り、できそこないとはいえども、あれは邪神。
放っておけば周囲の木々や生物を飲み込み、喰らい尽くして際限なく大きくなる。
「大丈夫だ」
だが俺は、そう断言してラーナの背中をポンと叩く。
「あんなの放置してても、何も楽しくねぇからな。消してやるさ、俺が」
言って、俺はずっと腰に提げていた自分の長剣をスラリと抜き放つ。
俺の実の親が使っていたという剣は、太陽の下で鋼鉄の色をまばゆく返してくる。
「ラーナ。よく見てろ。これから、おまえが行き着く先を実演してやる」
「え、それって……?」
長剣の柄を右手に握り締め、俺は、黒い汚泥の山を見据えて不敵に笑った。
「――『マギア』を使う」
俺がそう思わずにはいられないランキング、トップ5には確実に入る顔ぶれ。
それが、少し離れた先に立っているキーンとクーン。
背が低くて丸い方がキーンで、背が高くてヒョロっとしてる方がクーンだ。
俺とラーナが冒険者になってから、何かと縁がある二人ではあるが。
それにしたって、こんなところで会うような相手ではない。
周りに見えるのはモンスターに滅ぼされた廃村と、あとは平原やら林やらだぞ?
「ヘッ、ヘッヘッヘッヘ」
「俺達がここにいることに驚いて声も出ないようだなぁ~?」
キーンが笑って、クーンがそんなことを言う。
まぁ、それは確かにその通りなんだけど、何でそれで優越感に浸れてるんだ?
サプライズ成功、やったぜー!
とか、やるような間柄でもないだろう、俺らとおまえらは……。
『およよ~、ビスっち~、こいつら誰で~い?』
「わぁ!?」
「な、た、宝箱が歩いてるゥッ!」
ガッショガッショと歩いてきた四足歩行型宝箱に、キーンとクーンが仰天する。
そら、こんなモン見れば、そういうリアクションにもなるわなぁ。
と、ここまでは俺の予想通りの流れではあった。
だが凸凹コンビは、ここから俺が予想だにしなかった方向へと話を運び始める。
「お、おい、キーン……」
「へい、クーンの兄貴。もしかして、あのデケェ宝箱は……」
「そうだよな。やっぱり、そうだよなぁ?」
おっと、何か妙な反応を見せてきたぞ、この二人。
四足歩行宝箱を前にして、どうして互いにうなずき合って『納得』してるんだ?
「やっぱり、あの人の言ってたことは正しかったみてぇだなぁ!」
背の高い方――、クーンが、腰から長剣を抜き放ってそんなことを言い出す。
あの人ってのは多分、こいつらの親分のレックス・ファーレンのことだろうが。
「……何の話だ?」
意味が掴めず、俺は聞き返してしまう。
すると、丸い方――、キーンが「誤魔化すんじゃねぇ!」と声を荒げる。
「俺達ァ、騙されねぇぞ。全部知ってんだからな、クソガキ!」
「だから何の話だっての!」
「しらばっくれるな! おまえがアヴェルナの街の連中をおかしくしてるのは、わかってんだ! そのモンスターで、街をメチャクチャにする気だろ、おまえ!」
「…………は?」
え、俺が街の人々を、何だって……?
「何、言ってるんです?」
唖然となる俺の隣で、ラーナも同じく呆気にとられて、思わず尋ねてしまう。
すると、クーンが長剣を振り回しながら、がなり立てる。
「おまえらが変な魔法使って、ギルドの連中を従えてんのはわかってんだよ! さもなきゃ、他の同業がおまえらの肩を持つなんて、ありえねぇだろ!」
「おいおいおいおい……」
随分と飛躍した話をしてくれるじゃねぇか、このヒョロノッポ。
マジか、こいつ。もしかして、マジで言ってるのか。何だよ、変な魔法って。
「許せねぇぜ……。なぁ、キーンよ! おまえにはこいつらが許せるか!?」
「俺もだよ、俺もこいつらを許せねぇ。よくもギルドの仲間達を……!」
キーンとクーンの様子を見るに、こいつらは本気でそれを言っているようだった。
特に何かに操られてたり、というような兆候も見られない。
俺は悟る。
ああ、本気だ。こいつらはそんなありもしない与太話を真に受けているのだ。
「その話、レックスに吹き込まれたのか……?」
「あの人のことを呼び捨てにするんじゃねぇよ、クソガキ!」
クーンがその顔を怒りに染めて、俺に怒鳴ってくる。
「あの人は『勇者候補』だぞ? あの人の言うことは正しいんだよ!」
「今まで、あの人がいたからギルドは平和だったんだぞ。それを、おまえが……!」
クーンに次いで、キーンもまた俺に対する怒りを露わにする。
何だよ、平和だったって。一体何を言ってるんだよ、こいつらは……?
「どういうことですか? 何が、平和だったっていうんですか?」
ラーナが、俺の代わりにそれを二人に質す。
どうにも俺達と凸凹コンビの間で認識に齟齬がある。そんな気がしてならない。
「何だよ、言わなきゃわかんねぇのか?」
「これだから、実力もなしに妙な魔法に頼る連中は……」
キーンとクーンが、俺達のことを鼻で笑う。
そして思いっきりこっちを見下しながら、クーンが得意げに語り出す。
「おまえらが来るまで冒険者ギルドは平和だったんだよ。誰もレックスさんに逆らわずに従ってた。みんながみんな、あの人の言うことを大人しく聞いてたんだよ」
「そうだぜ~。どいつも、常にレックスさんと俺達の顔色を窺って、ご機嫌を取りに来てよぉ~。揉み手によいしょにおべんちゃら、気持ちよかったよなぁ~」
ああ、平和ってそういう……。
悦に浸ってるキーンを見て、一瞬で話を聞く気が削がれてしまった。
要するにこいつら、いい目を見れなくなった鬱憤を俺達にぶつけに来たのか。
自分達は見下ろす側で、他の冒険者はかしずく側。自分が上で、他が下。
レックスの威光もあって、ずっとその状態が続いててそれが普通になっていたと。
「おまえらさぁ……」
俺は、呆れるしかなかった。
何が『ギルドの平和』だって話で、結局は自分達のことしか考えてねぇ。
「おまえさえいなけりゃ、アヴェルナの冒険者ギルドは平和なままだったんだよ!」
「そうだぜ、それをおまえがひっかき回したんだ。この罪は重いぜ!」
随分と好き勝手言ってくれるじゃねぇの。
要するにこいつら、レックスを潰した俺へ仕返しするために、ここまで来たのか。
ヒマかよ。
とはいえ、さすがに聞いてるのも鬱陶しくなってきたので俺は反論しようとする。
だが、先に口を開いたのは、彼女。
「バカみたいですね、あなた達」
ラーナだった。
「な……」
「ンだとォ、こ、このガキ!」
一歩前に出る彼女に、クーンはたじろぎ、キーンが必死に凄もうとする。
だが、決然とした表情を浮かべ、ラーナはさらに言い募る。
「平和って何ですか? レックスさんみたいな、物事を力で解決することしかできないような人が、一体どんな平和を作れるっていうんですか?」
「あぁ!? おまえ、レックスさんをバカにする気か!」
どうやらレックスに本気で心酔しているらしきクーンが、顔を怒りに赤く染める。
しかし、それにもラーナは動じずに、むしろ視線にさらなる力を込める。
「違うでしょう。バカにしてるのはそっちですよね? レックスさんも、あなた達も、他の冒険者を下にしか見てないから、そんなことが言えるんですよね?」
「それがどうした? レックスさんのすごさもわからねぇようなヤツはザコに決まってんだろうが! おまえも、そこのクソガキも、他の冒険者も、全員ザコだ!」
「違いますッ!」
ラーナが、キーンに叫び返す。その声量は、俺ですらビクッとなってしまうほど。
そして感じる。彼女の声に多分に含まれている、強い怒気を。
「わたしは弱いかもしれません。でも、他の冒険者さん達は、日々、依頼をこなしてる尊敬できる人達です。ウォードさんだって立派で頼れる人です。それに――」
ラーナが、グッと拳を握り締めた。そして、
「ビスト君は、わたしを、そしてみんなを助けてくれた、とっても、とってもとってもすごい人なんです! 彼をバカにすることだけは、わたしが許しません!」
これまでで一番デケェ声で、そんなことを叫びおったのだ。
「ちょ、あの、ラーナさん……ッ!?」
『おやおやおやおや、あらあらあらあら、まぁまぁまぁまぁ』
後にいる四足歩行宝箱から、やけにウゼェ声が聞こえてくる。何か癇に障るな!
「ぐ、ク……ッ」
「この、ガキ……!」
キーンもクーンも、ラーナを前にして完全に怯んでいる。
あの日、冒険者ギルドに行く前に見かけたときとは、まるで立場が逆転している。
だが俺でなくラーナに気圧された自分を認めがたいのか、クーンが剣を振り回す。
そして、怒りに荒れるヒョロノッポが、隣の弟分にだみ声で命令する。
「おい、キーン! アレだ、アレ出せ! これ以上、こいつらを調子に乗せんな!」
「お、おお! そうだな、クーンの兄貴! ヘヘ、ヘヘヘヘッ!」
汗をダラダラかきながら、キーンが背負っていたリュックから何かを取り出す。
それは、口の部分に封がされた古びた壺のようだが――、って、オイ。
『あれ、ビスッち、あれってもしかして~……』
俺と同じくミミコも気づいたようで、地面に置かれた壺を前にして声をあげる。
ラーナが、不安げにこっちを見てくる。
「ど、どうかしたの、ビスト君……?」
「ギヒャヒャヒャヒャヒャ~! これが何かわかるか、クソガキ共~!」
俺が答えるよりも先に、クーンが剣の切っ先でその壺を示す。
こいつら、自分がもい出してきたものが何なのか、一切わかってないな、これ。
「これでおまえらは終わりだぜ? 何せ、金貨2000枚のシロモノだからなァ!」
「価値なんか知ったことじゃないが、悪いことは言わねぇ。やめとけ」
すでに勝った気になってる凸凹コンビに向けて、俺は顔をしかめて忠告してやる。
「その封は開けるな。ロクなことにならねぇぞ」
「…………」
「…………」
重ねて言う俺に、キーンとクーンはキョトンとなって互いに顔を見合わせる。
それから直後、ゲラゲラと二人して大笑いして、俺をバカにしてくる。
「死にたくないからってテキトー抜かしてんじゃねぇぞ、ガキ!」
「この壺の中にはなぁ~、俺達に従う超強ェ~モンスターが封じられてんだよ。おまえらはこれから、そのモンスターに八つ裂きにされるんだよ! ギヒャヒャヒャ!」
キーンの方が、屈んで壺の封を開けようとする。
ダメだこいつら、完全に俺達への仕返しに目がくらんでやがる。話が通じねぇ。
それでも俺は叫んだ。
「やめろ、開けるな! そいつは――」
「ヒハハハハハハッッ! さぁ、出てこいよ、最強のモンスターちゃ~~~~ん!」
「そいつは――、封を開けた人間を生贄にして邪神を召喚する祭器だぞ!」
絶叫にも等しい声量で怒鳴る。キーンとクーンが「「へ?」」とこっちを見る。
壺の封は、すでにそのとき、開かれていた。そして、
「うぇ?」
「あ、え?」
開いた壺の口から黒い汚泥でできた手が伸びてきて、二人の頭をガシッと掴んだ。
「ラーナ、目を閉じろ!」
俺は咄嗟に叫ぶが、遅かった。
「ひ、ぎゃああああああああああああああああああああッ!」
「うぎえええええええええええェェェェェェェェェェェッ!?」
キーンとクーンが、黒い手に引っ張られて小さな壺の中に引きずり込まれる。
もちろん、二人の体は壺に入り切るほど小さくはない。ならば、どうなるか――、
「ぎッ、ぎぇ! いぎッ! ひっ、痛ッ、痛い痛い痛い痛い、痛いィィィィィィ!」
バキ、ゴキッ、メヂュッ、グキュ、ゴリゴリ、ゴギッ、ゴボッ、バギッ!
「ひぃああああ! か、か、体が潰れ、こ、こ、壊れ、ぐぶぇぇぇぇ――――ッ!」
ゴリュ、メギメギュッ、ギヂッ、メキャメキャッ、グジュッ、ブヂュ、ゴギャッ!
「う、ぉえ……ッ!」
繰り広げられる惨劇を目の当たりにして、ラーナが口に手を当ててうずくまる。
そして、苦悶の悲鳴を垂れ流しながら、二人は人の形を失って壺の中へと消えた。
『出てくる前にブッ壊しだァ~! チェスト~~~~ッ! 宝箱だけに!』
ミミコが、四足歩行宝箱で壺めがけて突進する。
中身が出てくる前に祭器を破壊しようという試みなのだろうが――、
「バカ、戻ってこい!」
走る悪寒に、俺は思わず声を張り上げていた。
するとミミコの宝箱が直撃する寸前、壺の口から黒い汚泥がドバッと噴き上げる。
『おわわわわわぁ~~~~!?』
汚泥は宝箱と壺とを遮る壁となり、宝箱は泥の中に突っ込んで止まってしまう。
雨の如く上から降り注ぐ汚泥を睨んで、俺は強く舌を打つ。
鼻を衝く異臭は、腐り果てた肉が放つ死の匂い。
壺から噴き出た汚泥は地面に広がることなく泡立って、宝箱を包み込もうとする。
『にゅあ~~! ビスッち、助けて~! 動けないよ~ぅ!』
「この、大バカ野郎ォ~~~~!」
四足歩行宝箱がギシギシと足を軋ませ歩こうとするも、泥に埋もれて叶わない。
泥の方も、どうやら宝箱を侵蝕しようとしているが、それもできなさそうだ。
さすがはミミコが最高傑作というだけはある。
頑丈さと機密性については非の打ちどころはないようだ。無様に埋もれてるけど。
「ビスト君……」
「大丈夫か、ラーナ」
「うん、何とか。大丈夫だよ」
顔色は真っ青のままで、ラーナは気丈にも立ち上がって儀式杖を構える。
彼女が見る先で、小山ほどの体積となった汚泥が泡立ちながら変形を続けている。
「あれが……」
「ああ。キーンとクーンを生贄にして召喚された邪神、の、なりそこないだ」
あの二人では、生贄としての格が足りなかったのだろう。
召喚は成功とはいかず、出てきたのは肉体を具現化しそこねた邪神の一部だけ。
「それでも、ものすごい力を感じるよ……」
ラーナが再び口に手を当てる。
匂いや見た目ではなく、それが放つ力を感じとって気分を悪くしたのだろう。
ここで思うことではないが、それを感じられることに彼女の才覚の高さを感じる。
ラーナの言う通り、できそこないとはいえども、あれは邪神。
放っておけば周囲の木々や生物を飲み込み、喰らい尽くして際限なく大きくなる。
「大丈夫だ」
だが俺は、そう断言してラーナの背中をポンと叩く。
「あんなの放置してても、何も楽しくねぇからな。消してやるさ、俺が」
言って、俺はずっと腰に提げていた自分の長剣をスラリと抜き放つ。
俺の実の親が使っていたという剣は、太陽の下で鋼鉄の色をまばゆく返してくる。
「ラーナ。よく見てろ。これから、おまえが行き着く先を実演してやる」
「え、それって……?」
長剣の柄を右手に握り締め、俺は、黒い汚泥の山を見据えて不敵に笑った。
「――『マギア』を使う」
応援ありがとうございます!
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