狐の恩返しで異世界スタート

ogirito

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…遭難orz

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自由落下の最中、瞳に映ったのはフォレスト・キングウルフの嘲笑である。
格下だとなめきった表情であるように、ティムルには思えた。
けれどもティムルはそれに腹が立つことはなかった。
むしろ助かったと胸をなでおろしているくらいだ。
キングウルフは雄たけびを上げると、踵をかえし森へと姿を消した。


「はぁ、はぁ……。追ってきてたらやばかったな」


崖もそれほど高くはない。
崖から落ちた先は幸運にも川であり、死にはしなかったがゴツゴツした岩が散在しており、右肩を強打してしまった。


フォレストウルフはむしろ泳ぎは得意であったと、書物に記されていたはずだ。
考えれば理由は他にもいくつか推測できるが、今はよそう。
見逃された、ただそれだけの事実で十分だ。

ティムルは川の流れに逆らわないよう、徐々に陸地へと近づいていく。
しかし右肩を痛めているせいか、まったく進まない。
蔦のようなものが岩に引っかかっているのを見つけたティムルは、そこまで必死に手足を動かし左手でつかむと、ぐるぐると自身に巻き付ける。
そこからは手繰り寄せるようにして、陸地へと上がっていった。

蔦を手放し、再び落ちないように慎重に移動する。
川にそって歩いていくと、砂利が多くあり落ち着けそうなスペースを見つける。


「……少し、休もう」

ティムルはそこで息を整えると、先ほどのフォレストウルフたちとの戦闘を思い出していた。
あのとき、俺はなにかしらの魔法をつかっていたのだろうか。
身体が橙色の炎に包まれ、身体能力は何倍にも増し、キング以外のフォレストウルフを圧倒するまでの力を俺は持っていた。
だが、おそらく俺がフォレストウルフを圧倒できたのはそれだけではないだろう。

「ジャーボロスの経験値のおかげだろうか……」

実はこの世界、ステータスも存在する。
ただ、一般人には見れない。
たまに転移してくる異世界人などの持つ≪ステータス閲覧≫というスキルや、特別な魔道具でのみ確認できるらしい。

あいにく俺にその鑑定みたいなスキルはないだろうし、確認する術すらない。
けれども、ジャーボロスは間違いなく格上の相手であった。
あれは俺にとって初の魔物であったし、桁外れの経験値が手に入ったはず。
となると、俺はレベルアップをいくつかしている可能性がある。

「もっかいできるだろうか……」

俺はこの森で生き延びるのに、あの炎の魔法がなくとも素の身体能力だけで乗り越えられはするだろう。
それだけ俺はレベルアップをしているという実感がある。
レベルアップは本来なら実感できるものではない。
それこそ魔道具を使って初めて気づく事柄なのだ。

それを俺は確信に近いレベルで実感している。
それでももう一度フォレストウルフ・キング級の強敵と戦う状況に陥った場合を考慮すれば、あの炎の魔法は自分の意思でできるようになっておく必要があるだろう。

「……よし、やってみるか」

まずは深呼吸。
それから大気中の魔素へ向けている感覚をすべて、自身の内面へと向ける。
胸のあたりに、魔力が渦巻いているのを感じる。
それを全身にゆっくりと流す。


全身に流れ出した魔力を一定の速度で循環させつつ、その魔力に燃えるようなイメージを込める。
すると、徐々に俺の身体が橙色の炎に包まれ始める。
しかし――。

「まだ、弱いな」

炎の出力がフォレストウルフの時と比べると、かなり控えめだ。
しかしどこをどうすればいいのかがわからない。
とりあえず、さらに強い炎のイメージを魔力に込めてみるが上手くいかない。

「んー、もっと大量に魔力を放出するとかかなー……」

試しにやってみるがうまくいかない。
そこで俺は実践でのことを思い出す。
確か戦闘の途中、俺の炎がいきなり途切れた瞬間があったっけ……。
あのときは、数体のフォレストウルフを倒して、疲れが出始めながらも必死に対抗策を考えてて……。

――ボフゥ。

刹那、俺の微弱な炎ですら音を立てて消えてしまった。
蚊の鳴くような音だ。

「ん?そうか!循環速度か!」

今俺は思考に意識をさきすぎて、わずかに循環速度を遅くしてしまっていた。
そのとたんに炎を消失してしまった。
ということは、循環速度を早くすれば早くするほど、炎は大きくなるはず。

「そうとわかれば、全力循環だ!!――うぉぉぉおおおおおおおおおおっ」

直後、俺の全身を覆いつくしてあまりあるほどの熱量と大きさをもった炎が現れた。
まるで界〇拳を使っている悟○さんのようだ。

「で、できた―――」

と、喜びに浸ろうとした瞬間に魔力の循環に縺れが生じ、炎はたちどころに消え失せてしまった。
だがこれではっきりしたことがある。
身体能力が上がったのは、おそらくこの魔力循環のせいだろう。
そして炎は俺の魔力の性質だろうか?
炎のイメージを込めれば魔力が炎をつくりだすなど、この世界の常識ではありえないことだが、日本のネット小説では魔法がイメージ力に強く依存することはよくある設定であった。
所詮は架空の話だと思っていたが、この世界はまさにその架空を現実に反映させたようなものだ。
ならば可能性は十分にありうる。

思案にふけっていると、気配を背後に感じ、瞬時に横に跳ぶ。
俺が元いた場所に出現したのは、ホーンラビットであった。

「お、いいこと思いついたっと」

ホーンラビットはパワーこそないものの、敏捷性ではフォレストウルフにも引けを取らない。
逃げに特化した魔物というわけだ。
ホーンラビットは奇襲でしか勝負しない。
失敗すれば脱兎のごとく逃げ出すのは、この世界の常識ですらある。
ともすればこれは、俺の高速魔力循環によるスピードがどれほどのものか試すのに丁度いい機会だということだ。
ホーンラビットが逃げ出そうと反転する。
が、そのときには既に俺はホーンラビットの退路へと移動していた。

「ピギュッ!?」

「どうやら俺の圧勝のようだなっ」

俺はそのまま小刀で背中から串刺しにする。
ホーンラビットはぐったりとなり、大量の血が流れる。
獲物の血抜きなどは、アリーナから教わっていたので問題ないが、血の匂いにつられて魔物がよってくる可能性がある。
すぐに移動したほうがいいだろう。
俺はすばやく血抜きをすませると、ホーンラビットを片手に移動する。

「……小袋が欲しいな」

さすがに剥き出しでホーンラビットの死体を掴んだまま移動するのは気が引ける。
落ち着いたら自作してみるか。
上手くは作れないだろうが、ないよりはマシだ。

「これからの計画は――山の頂上を目指しつつ、小袋を製作する。移動は高速魔力循環でスピードを上げたうえで、休憩をこまめに入れて魔力を温存しつつ訓練も欠かさないようにする、だな」

絶対に生きて、家族たちの下へと帰る。
そして、今度こそ幸せで平穏な日々を――。

俺は決意を新たに、森の中を歩き出した。
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