峻烈のムテ騎士団

いらいあす

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第十話 賢者のお仕事 その3「合格者と追放者」

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二人がたどり着いたのは地下室だった。
そこには天井から垂れた真っ赤な縄と、床から伸びた青い縄が結ばれて天と地を繋げていた。

「これは知恵の結び目。この硬く縛られた結び目を解いた者は知恵のある者として、この国で崇められるのだ」

女王が縄を指さし、そう言った。そしてヤンマはその結び目を見た瞬間、即座に手を上げた。

「はいはいはい。これは簡単ですね。誰か剣を持ってきてください」

その言葉に王も側近の者達もざわつき始める。そしてその内一人が質問する。

「一つお聞きしますが、それで何を?」
「なーに、ぶった斬るんですよ。それこそがこの問題の答え。
単に正攻法で挑むのではなく、大胆な発想を用いられるかをテストしているのでしょ?」

所謂ドヤ顔で答えるヤンマ。だが、女王の返事はこれだ。

「いや、見ず知らずの他人に武器なんか渡すわけないじゃん?」
「えええええ!?」
「だって急に襲ってきたら・・・・・ね?」
「なぜなぜなぜそんな急に疑心暗鬼に!?」

周囲からの冷ややかな視線がヤンマを襲う。
そんなヤンマをよそに、アストリアはこんどはちゃんと問題を聞いていたらしく、結びもを触っている。

「ふーん? 紐がほどけなくなったのかーバカだなー!!」

そう言うと両手で結び目を握りしめ・・・・・そしてそれを握力だけでブチっと切ってしまった。

「素手で!?」

ヤンマは目が飛び出る程、アストリアの力に驚く。

「成る程、体を鍛えれば道具はいらないということか」
「これは賢いやり方だな」
「筋力こそ賢さかー」
「そうでしょうか!? そうでしょうか!? そうでしょうか!?」

側近の者達がアストリアを讃える中、ヤンマは疑問を呈するが誰も聞き入れない。

「どうやらこの勝負はアストリア殿の勝ちのようだな。
これで得点は両者ともに一緒となった。では次を最後の試練とし、勝った方を合格者とする」

女王はこの結果に、少し喜んでいるようであった。

「それで、次はどこに行くのです?」
「いや、ここで行う。最後の試練は問題を出してそれに答えてもらうだけだからな」
「なんだか試練の難易度が徐々に優しくなってる気がするのですが、まあいいでしょう」
「いいぞ!!!」
「では問題。朝は4本足、昼は足が2本足、夜は3本足、さてこれは一体何者か」

ヤンマは考え、そしてすぐに気づく。朝、昼、夜、これはなんらかの比喩であり、何か別の意味を表すのだと。

(朝、昼、夜が時間の経過を表すなら、それぞれの意味を考えなくては。
朝、つまりは始まりの時間。"始まり"といえば、単純に生まれた瞬間? なるほど。
人間の一番最初の時間は赤ん坊、赤ん坊は立ち上がれずに、はいはいをする4本足ですね。
ということは昼、つまりは中間の時間は二本足で立って歩く大人の時間。
では3本足とは何か。人間で言うなら晩年、目の前にいる女王はどうやら、足がよぼよぼなので部下に担がれているようですが、もし一人でに立つなら杖が必要ですね。そうか! 杖、つまりは3本目の足ですね。
よってこの問題の答えは・・・・・)

「人間!!!」

しかし先に答えたのは、残念ながらアストリアだった。

「しまった! 先を越された!」
「正解だ」
「当たったー!!!」

両手を挙げて喜ぶアストリア。

「やれやれやれ、負けました。まさかあなたが私よりも先に応えに辿り着くとは・・・・・いや、あなたのことですので、また勘違いしてそうな気が。
あの、一応聞きますけど、どうしてその答えにたどり着いたのでしょうかね」
「簡単だ!! あのまな板が大きめな豚用じゃないなら、あのサイズに収まるのは人間だってな!!!」
「またまな板の話に戻りました!!?」
「いつだってまな板の話だったぞ!!」

女王もまさかの二度もまな板の話に戻るとは思っていなかったようで、しどろもどろになる。

「あの、アストリアさんはまたしても答えを間違えましたので」
「正解って言われたぞ!!」
「いや、正解ですけど間違いでしたってこと」
「意味わからん!!」
「ああもう! とにかく間違えたんです! だからこの勝負私の勝ちです! はい論破です!」
「いや、君も答えてなかったじゃん?」

女王は冷静に対処する。

「いえいえいえ! わかってましたとも! 人間だと! 四つ足ははいはいの赤ちゃん、二本足は大人、三本足は杖をつく老人! だから人間です! はい論破です!」
「後だしで答えられてもー」
「そもそもそも! さっきから会話から聞いててもこの人が賢く見えますか!? どう見てもアホでしょう!? バカでしょう!? 賢くないでしょう!? だから雇うべきは私なのです!
そもそもそも! あなた本当に天の賢者なのですか?!」
「私は天の賢者だぞ!! 今は追放されてるがな!!!」

追放という言葉にヤンマはあることを思い出した。

「追放!? 聞いたことがあります。今から数年前に御法度を犯して追放された唯一の賢者がいると」
「それが私だ!!! まいったか!!!」
「ある意味ではまいりっぱなしですが・・・・・というわけで、追放された賢者を雇うべきではありませんよ。はい論破です」
「うーむ。そう曰くつきの者は確かに雇いたくないな」
「というわけで私の勝ち! はいろんろん論破ーざまぁ見ろんぱー! あーははは! もひとつおまけに論破ー!」

ヤンマはアストリアの相手に疲れたのか、テンションがおかしくなっている。
タナカもそうだが、ムテ騎士団とまともにとり合おうとすると、みんなこんな風になってしまうのである。

「くっそー!!!」
「おやおやおや、そんなに悔しいのですかー? だったらもっと賢くなるのですねー」
「クッソおおおおおお!!! 八つ裂きにしたいぞおおお!!」
「そこまで憎悪!?」
「お前ー!! 今日はここで豚料理ご馳走してもらうつもりだなあああ!!!」
「て、食べ物のことですか!? あと豚料理は禁句ですって! と、とにかく早くお帰りなさいな」

豚料理という言葉に、またイラつき始めた女王を見てヤンマはアストリアに帰宅を促し、門のところまで見送る。

「豚を食べる野郎!! 略して豚野郎!!!」
「侮辱にしか聞こえない略し方ですね。それより気になるのですが、なぜあなたは追放されたのです? 私は追放されたという情報しか聞いてないのですが」

アストリアは立ち止まって、何かを思い出すために少し考える。そしてこう答えた。

「ああ!! 私、果物食べた!! そしたら怒られた!!!」
「はあ? 食い意地が張り過ぎで追放されたってことですか? それだけの理由で?
まあ、困ったことにあなたならその可能性が高そうなのがなんとも」

そうしてアストリアは城を後にした。そして、ヤンマの後ろから侍女がやってくる。

「あの、賢者様。陛下が相談事などは明日にしたいという事だそうで」
「仕方ありません。もう夕方ですし、なにしろあの大声相手では疲れたでしょうからね。私もですが」
「では、お部屋に御案内しますね。あと、お食事を後でお持ちします」
「どうもどうもどうもです」

そうして、食事をとったヤンマは部屋のベッドでくつろいだ。

「ふぅ、一時はどうなることかと思いましたが、無事仕事できそうで何よりです。まったく、あの人はなんなですか。同じ賢者として恥ずかしい」

すると急に眠気が彼女を襲う。

「うーん、やはり疲れてるのでしょうね。すごく眠た」

そのままベッドで熟睡し始めるヤンマ。
しかし彼女は知らなかった。その眠気は彼女が飲んだワインに仕込まれていた睡眠薬のせいだということを。
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