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第二段階、死守の外郭
ミイトキイナ作戦(中)
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昭和十九年に新設された統合軍令局、つまりは陸海軍の協同総司令部建設予定地にて高松宮に対談を申し込まれた予備役の男はその説得により現役に復帰していた。そこに駆け寄る迎えの将校がいた。堀栄三である。
「お久しぶりであります、閣下!」
肩で息をするレベルの速さで駆け寄りながらもその活気が絶えることのない堀、その堀に対して閣下と呼ばれたことを訂正しつつ(とはいえ、彼は一応「閣下」と呼ばれうる階級ではある)、その大仰な迎えに苦笑していた。
「閣下はよせ、……高松宮提督にほだされたよ。東條の奴とは話は付いたのか?」
ほだされた、と言う通り、当初復帰を考えていなかった彼だが、現状の事態はそう緩慢なことを許すほど甘くは無かった。ゆえに、彼も復帰した。それが窮屈な身であることを知りながらも。
「はっ、高松宮提督より文を預かっております!」
高松宮提督とは言うまでも無く高松宮宣仁であるが、堀の出迎えに対して「彼」が既に連れていた人物も実は……。
「どれどれ……」
「宛:統合軍令長 発:連合艦隊司令長官
挨拶は抜きにする。東條英機については予と聖上で話し合って説得した。
恐らく貴官がこれを読んでいるということは工作に成功したと思って貰って構わない。
これから統合軍令長には本朝であらゆる軍務の上に立つ存在で居て貰う。
汚れ役を押しつけてしまってすまないとは思っているが、貴官以上の適役を見つけられなかった。
お詫びの印と言ってはなんだが、副官に恒徳を付ける。
彼ほどの頭脳の持ち主ならば最低限足手まといにならないと判断した。
いろいろ言いたいことはあるだろうが、それは今度の統合軍令会議で思う存分文句をぶちまけて貰いたい。」
「……本気なんだな、奴さんは。
よぉし、そうなったら文句は二の次、宮田、掘、作戦会議を始めるぞ」
「「ははっ!」」
堀の出迎えの前に「彼」こと「閣下」が連れていた人物、宮田。本名は竹田宮恒徳王という、宮様将校である。敵間諜を欺くために「宮田」という偽名を名乗っていたわけであるが、彼は割とそれ自体を気に入っていた。そして堀栄三。史実ではマッカーサー参謀などとも渾名された彼は、この世界線では既に軍の中枢部に入りつつあった。言うまでも無く、高松宮宣仁の指示であった。
未だ展開の都合により名の明かされぬ「閣下」が「宮田」を連れて統合軍令局にて堀の歓待を受けている頃、連合艦隊旗艦・大和では連合艦隊司令長官である高松宮が幹部級の将校から詰問とも尋問とも言えぬものの何らかの緊迫した質問を受けていた。
「よかったんですか? 長官」
高松宮にまず問いかけた人物は山本親雄第一課長である。第一課長とは海軍では言うまでも無く作戦課の課長であった。そもそも軍隊も官僚である以上は、なぜ筋違いであるはずの軍令部の作戦部員(しかも課長である)が連合艦隊司令長官に対して、事実上従卒といえる状態で勤務しているのかは、高松宮独特の人事掌握術であった。
無論、そんなことをしなくとも高松宮の号令であると聞けば大抵の軍人は頷くのだろうが、念には念を入れるのは軍の基本である。
そして、山本の問いかけに答える高松宮長官。山本の「よかったのか」という問いの内容とは、言うまでもなく統合軍令長を陸軍の手に握らせていいのかという意味である。軍令部の第一課長といえど、見えるのはその程度であった。
一方で高松宮が何故わざわざ陸軍の手に統合軍令長を渡したかと言えば、言うまでもなく対談した相手の才を見抜いてのことであった。そして、彼の者は現首相である東條(サイパン島が玉砕していない現状、彼が退任する予定は立っていなかった)に反する派閥である。即ち陸軍の中でも名声や人気はともかく、反主流派であることに変わりは無い。ゆえに政治的な均衡を図るという意味では、支障は無かった。
「しかし……」
高松宮に対して、なおも食い下がる山本。それに対して高松宮は一瞥した後、山本に正面をむき直し答えた。
「いいか山本、俺は所詮お飾りの宮様に過ぎないんだ。
そんなんが国家戦略を立てたって碌なことにはならん」
それは事実上の、インペリアル・コントロールであった。実は後の文献により明らかとなるのだが、高松宮はこの時点で既に文民統制を考えていた。とはいえいきなり文民統制を敷いたとしても軍部は反発するに決まっている。それも無理からぬことで、なぜならば彼達軍人は大正時代から昭和初期にかけての軍縮騒動で文民から差別・弾圧され完全に継子扱いされてきたのだ。
読者世界の戦後ほどの自衛官に対する明確な差別か、あるいはそれ以上かもしれないレベルの弾圧を受け続けた(何せ、外で軍服を着られない程という証言があったくらいだ)結果、彼達が主導権を取り戻していることは極めて皮肉と言え、軍部独裁という悪口に対してはそれを考慮する必要があることもあって、結果として「継子」が「家督」を継いだ結果の威風堂々に文民統制という冷や水を浴びせるのは拙い。
そして、高松宮達は文民統制を行うために一計を案じる。まず彼達宮様将校、つまりは皇統者が軍部の統制を行うことによって軍人を心服ないしは掌握し、次第に彼達に気づかれぬように文民に主導権を渡せばいいだろうという演算の下、連合艦隊司令長官に任官したのだ。無論、それ以外の意味も実は存在したのだが、それを語るのは今はよそう。
……そして、高松宮への質問を諦めた山本は、次の戦域について作戦を問い始めた。見るからに不承不承であったが、彼としても眼前の「弟様」の不興を買うのは拙いという行動によるものであった。
「……わかりました。ところで、次の戦場は……」
「お久しぶりであります、閣下!」
肩で息をするレベルの速さで駆け寄りながらもその活気が絶えることのない堀、その堀に対して閣下と呼ばれたことを訂正しつつ(とはいえ、彼は一応「閣下」と呼ばれうる階級ではある)、その大仰な迎えに苦笑していた。
「閣下はよせ、……高松宮提督にほだされたよ。東條の奴とは話は付いたのか?」
ほだされた、と言う通り、当初復帰を考えていなかった彼だが、現状の事態はそう緩慢なことを許すほど甘くは無かった。ゆえに、彼も復帰した。それが窮屈な身であることを知りながらも。
「はっ、高松宮提督より文を預かっております!」
高松宮提督とは言うまでも無く高松宮宣仁であるが、堀の出迎えに対して「彼」が既に連れていた人物も実は……。
「どれどれ……」
「宛:統合軍令長 発:連合艦隊司令長官
挨拶は抜きにする。東條英機については予と聖上で話し合って説得した。
恐らく貴官がこれを読んでいるということは工作に成功したと思って貰って構わない。
これから統合軍令長には本朝であらゆる軍務の上に立つ存在で居て貰う。
汚れ役を押しつけてしまってすまないとは思っているが、貴官以上の適役を見つけられなかった。
お詫びの印と言ってはなんだが、副官に恒徳を付ける。
彼ほどの頭脳の持ち主ならば最低限足手まといにならないと判断した。
いろいろ言いたいことはあるだろうが、それは今度の統合軍令会議で思う存分文句をぶちまけて貰いたい。」
「……本気なんだな、奴さんは。
よぉし、そうなったら文句は二の次、宮田、掘、作戦会議を始めるぞ」
「「ははっ!」」
堀の出迎えの前に「彼」こと「閣下」が連れていた人物、宮田。本名は竹田宮恒徳王という、宮様将校である。敵間諜を欺くために「宮田」という偽名を名乗っていたわけであるが、彼は割とそれ自体を気に入っていた。そして堀栄三。史実ではマッカーサー参謀などとも渾名された彼は、この世界線では既に軍の中枢部に入りつつあった。言うまでも無く、高松宮宣仁の指示であった。
未だ展開の都合により名の明かされぬ「閣下」が「宮田」を連れて統合軍令局にて堀の歓待を受けている頃、連合艦隊旗艦・大和では連合艦隊司令長官である高松宮が幹部級の将校から詰問とも尋問とも言えぬものの何らかの緊迫した質問を受けていた。
「よかったんですか? 長官」
高松宮にまず問いかけた人物は山本親雄第一課長である。第一課長とは海軍では言うまでも無く作戦課の課長であった。そもそも軍隊も官僚である以上は、なぜ筋違いであるはずの軍令部の作戦部員(しかも課長である)が連合艦隊司令長官に対して、事実上従卒といえる状態で勤務しているのかは、高松宮独特の人事掌握術であった。
無論、そんなことをしなくとも高松宮の号令であると聞けば大抵の軍人は頷くのだろうが、念には念を入れるのは軍の基本である。
そして、山本の問いかけに答える高松宮長官。山本の「よかったのか」という問いの内容とは、言うまでもなく統合軍令長を陸軍の手に握らせていいのかという意味である。軍令部の第一課長といえど、見えるのはその程度であった。
一方で高松宮が何故わざわざ陸軍の手に統合軍令長を渡したかと言えば、言うまでもなく対談した相手の才を見抜いてのことであった。そして、彼の者は現首相である東條(サイパン島が玉砕していない現状、彼が退任する予定は立っていなかった)に反する派閥である。即ち陸軍の中でも名声や人気はともかく、反主流派であることに変わりは無い。ゆえに政治的な均衡を図るという意味では、支障は無かった。
「しかし……」
高松宮に対して、なおも食い下がる山本。それに対して高松宮は一瞥した後、山本に正面をむき直し答えた。
「いいか山本、俺は所詮お飾りの宮様に過ぎないんだ。
そんなんが国家戦略を立てたって碌なことにはならん」
それは事実上の、インペリアル・コントロールであった。実は後の文献により明らかとなるのだが、高松宮はこの時点で既に文民統制を考えていた。とはいえいきなり文民統制を敷いたとしても軍部は反発するに決まっている。それも無理からぬことで、なぜならば彼達軍人は大正時代から昭和初期にかけての軍縮騒動で文民から差別・弾圧され完全に継子扱いされてきたのだ。
読者世界の戦後ほどの自衛官に対する明確な差別か、あるいはそれ以上かもしれないレベルの弾圧を受け続けた(何せ、外で軍服を着られない程という証言があったくらいだ)結果、彼達が主導権を取り戻していることは極めて皮肉と言え、軍部独裁という悪口に対してはそれを考慮する必要があることもあって、結果として「継子」が「家督」を継いだ結果の威風堂々に文民統制という冷や水を浴びせるのは拙い。
そして、高松宮達は文民統制を行うために一計を案じる。まず彼達宮様将校、つまりは皇統者が軍部の統制を行うことによって軍人を心服ないしは掌握し、次第に彼達に気づかれぬように文民に主導権を渡せばいいだろうという演算の下、連合艦隊司令長官に任官したのだ。無論、それ以外の意味も実は存在したのだが、それを語るのは今はよそう。
……そして、高松宮への質問を諦めた山本は、次の戦域について作戦を問い始めた。見るからに不承不承であったが、彼としても眼前の「弟様」の不興を買うのは拙いという行動によるものであった。
「……わかりました。ところで、次の戦場は……」
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