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1.ここにいる(尚)前編

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 一階はカウンター席が十五席のみの居酒屋の二階はワンフロアになっていて、そこを貸し切って会社の同期会が開かれている。宴会は中盤に差しかかっていた。
 尚はチューハイのジョッキを見つめる。
 隣に座る大地は元気がないように感じる。彼女に振られでもしたのだろうか。尚の胸に細いトゲが刺さり、抑え込んでいるものを刺激する。
 どう話しかけようかと頭を巡らしていると、頭の上に息がかかったように感じた。
 隣に座る大地を見上げる。彼はビールを口にした直後だったらしく、ジョッキをテーブルに置き、目を細めた。
 ため息をついていたようだが、なぜか嬉しそうに見える。

「そんなに驚いた顔しなくて良くないか」

 どこか悲しそうに見える大地の笑みに、尚は心臓をキュッと締めつけられる。そんな気持ちに気づかないふりをして、目の前にあるジョッキに視線を戻す。表面張力が頑張っているチューハイに口を近づけ、すするように飲んだ。

「大地がそんなため息をつくって珍しいからさ」

 突き放すような声が出た。大地のため息の理由が想像できるせいで、優しい言葉を口にできなかった。
 尚の横顔を見ている大地は、鼻で笑うように息を吐く。

「そうかな。ってか、そんな行儀の悪い飲み方すんなよ。ちゃんとジョッキを持ち上げろ」

 大地の視線が周りを見回す。尚も視線を追うように辺りを一周させた。同期たちは数人ずつのグループに分かれ、思い思いにしゃべり、騒ぎ、飲み、食べている。みな楽しそうだ。
 大地がビールを勢いよく飲み、ほぼ満杯あったのに半分まで減った。

「また振られたんだよ。今までと同じ理由で」

 自嘲気味に笑う涼太を横目に、尚は壁に背をもたれかせて体育座りをする。

「元気ないから、そんなことだろうと思ったよ。何、また『お母さんみたい』って言われたんだ」

 大地が残っていたビールをあおるように飲む。

「ああ。いつだって同じ。最初はかまわれるのを喜んで、俺が世話するのを便利に使ってたくせに、だんだんと『口うるさい』とか『そこまでかまわれたら鬱陶しい』とか言いだして、最後は『お母さんに見えてきて、恋心とか失せる』『ときめかない』って言って別れを切り出すんだ」

 テーブルに置いたジョッキの取っ手を持ったまま、大地は項垂れた。尚は漏れそうなため息を口の中へ押しとどめて、大地の肩に手を置いた。

「ホントいつも同じパターンだな。そういえば大地のこれまで彼女って、たいてい甘え上手そうな女性が多いような気がするんだけど、違うかな」

「ああ、そう言われるとそうかもな」

「だからじゃないの。おかん気質が出過ぎるんだよ。会社じゃ、その世話好き性格は重宝されてるじゃん」

 明るく励ましたいと思う心とは裏腹に、尚の声は低く沈んでしまう。尚の話をきちんと聞こうとする大地が目を合わせてくる。その目を直視できなくて、自然を装って視線を外してしまう。
 そんな尚の様子が気になったらしく、胡坐をかいた大地がその膝に手を置いて、顔をのぞきこんできた。
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