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5.サクラサク(大地)後編
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コンビニのガラス壁の前に立つ。夜7時を過ぎても、空は濃い青色で暗闇ではない。店内から照らされる光も明るすぎるくらいだ。
尚は会社から出ると、夕食用の弁当を買うために一番近いこのコンビニへ寄るだろうと予想した。もし寄らなかったとしても、この前の通りを歩いて駅へ向かうはずだ。
大地は携帯電話を見るふりをしながら、通りを歩く人影を見逃さないように注意していた。
案の定というべきか、駅へ向かう尚の姿を目にする。
「お、コンビニに寄らないのか。夕食、どうする気だ」
ボーっとしていたら待っていた時間が無駄になりそうなほど、早足で尚が去っていく。
慌てて携帯電話をタップしようとするものの、それよりも走って追いかけた方が良いような気がした。
大地はジャケットのポケットに携帯電話を入れ、リュックサックのベルトを脇下あたりでつかんで走り出す。
「なーおー」
叫ばなくてもよさそうな距離まで近づいて名前を呼ぶ。
尚は振り向かずに足を止めた。
おかげで追いつくことができた大地は、尚の前に回り込んだ。
目を合わす気はないらしい。連日の残業疲れに加えて、大地とのハッキリしない関係に損ねた機嫌は戻っていないようだ。
大地は口角を上げつつもため息をつき、尚の腕を引っ張って住宅街へと入る。
子どもたちが帰って人気のない公園を目指す。
「このあたり営業帰りにウロウロするから、けっこう土地勘あるんだ」
尚は返事をすることなく、黙ってついてくる。
公園に入って、ベンチに並んで座る。
大地はリュックサックから小さい紙の袋を出す。先ほど入った店で買ったものだ。
「尚。俺は尚が好きだ。バレンタインのあたりから付き合ってるつもりだった。けじめをつけてなくて悪かったな。これ、もらってくれよ」
紙の袋を突き出す。
俯いていた尚が顔を上げた。視線を合わせてきた後、紙袋の紐を持った。
中を覗き込んで入っている箱を出し、その箱を開けた。
「えっ、指輪じゃん」
目を丸くして大地の顔を見てくる。小動物のような表情に、大地の顔はほころんでしまう。
左手を顔の横にあげて、甲を見せる。薬指に指輪をはめている。
尚は口を大きく開け、少しずつ眉間にしわを寄せ始めた。
「はあっ。お前、バカなの。こんなのお揃いでつけてたら変に思われるだろ。ってか、男のサイズで2つ買ったのかよ。店員に変な目で見られたんじゃねえの」
表情だけでなく、手や体まで忙しなく動く尚は動揺を隠せないほど一杯一杯になっているらしい。
大地はベンチの上にある外灯に自分の左手をかざす。薬指で光る指輪がくすぐったい気持ちにさせてくれる。
「店員はそんなこと気にしないだろ。それに、よく見ろよ。袋にはもう一つ箱があるだろ。チェーンだよ。尚は指輪をペンダントにして身に着けてくれればいい」
袋から長細い箱を出す尚の表情が緩んでいく。
大地は彼の髪を撫でる。
「俺は指にはめとく。これでワンチャンあるとかいう女性もいなくなるだろ」
上目遣いに見てくる尚は少しバツが悪そうだ。
「卑屈になって悪かった。あっけらかんと言える女性がうらやましてくさ。俺は、大地とのこと誰にも言えないのにって」
今度は照れくさそうに視線を落とした。
「わかってたよ。言ってくれなくても。大地、俺のこと好きすぎるくらいだもんな」
「す、好きすぎるってなんだよ」
尚の髪に触れていた手を離して、大地は顔をそむけた。押し殺すような笑い声が聞こえてくる。
「だってそうじゃん。ちょっと拗ねただけで指輪なんて買ってくるかぁ」
今度は、尚が体を前かがみにして、大地の顔をのぞきこんできた。
「ペアリングって自分に縛りつけたいか、自分のものだってアピールしたいかだよな」
「はっ、そういうんじゃないっ」
「じゃあ、何だよ」
「そ、それはっ。恋人だっていう証っていうか」
ブハッと尚が吹き出した。
「自分のものだってアピールしたいんじゃんか」
「そんなに言うなら、返せよ。指輪」
「ヤだね。仕方ないから、首からぶら下げといてやるよ」
尚はベンチから立ち上がる。
「メシ食って帰ろ。で、家で俺の首にこれ着けてよ」
紙袋を持ち上げて笑う様子は人懐っこい子犬に見える。
大地は毒気を抜かれたように見つめると、尚は苦笑いをしつつ、後頭部をかく。
「コンビニ素通りしたのさ、絶対、大地はどこかで待ってるって思ってたからなんだよな。だから、仲直りして、一緒にメシ食おうって思ってた」
尚は手を出してくる。大地はその手をとって立ち上がる。
機嫌、無理にとろうとしなくて良かったのか。
公園の出入り口を飾るように桜の木が植えられていた。いくつもある蕾のうち一つだけ開いているのを目にした。
尚は会社から出ると、夕食用の弁当を買うために一番近いこのコンビニへ寄るだろうと予想した。もし寄らなかったとしても、この前の通りを歩いて駅へ向かうはずだ。
大地は携帯電話を見るふりをしながら、通りを歩く人影を見逃さないように注意していた。
案の定というべきか、駅へ向かう尚の姿を目にする。
「お、コンビニに寄らないのか。夕食、どうする気だ」
ボーっとしていたら待っていた時間が無駄になりそうなほど、早足で尚が去っていく。
慌てて携帯電話をタップしようとするものの、それよりも走って追いかけた方が良いような気がした。
大地はジャケットのポケットに携帯電話を入れ、リュックサックのベルトを脇下あたりでつかんで走り出す。
「なーおー」
叫ばなくてもよさそうな距離まで近づいて名前を呼ぶ。
尚は振り向かずに足を止めた。
おかげで追いつくことができた大地は、尚の前に回り込んだ。
目を合わす気はないらしい。連日の残業疲れに加えて、大地とのハッキリしない関係に損ねた機嫌は戻っていないようだ。
大地は口角を上げつつもため息をつき、尚の腕を引っ張って住宅街へと入る。
子どもたちが帰って人気のない公園を目指す。
「このあたり営業帰りにウロウロするから、けっこう土地勘あるんだ」
尚は返事をすることなく、黙ってついてくる。
公園に入って、ベンチに並んで座る。
大地はリュックサックから小さい紙の袋を出す。先ほど入った店で買ったものだ。
「尚。俺は尚が好きだ。バレンタインのあたりから付き合ってるつもりだった。けじめをつけてなくて悪かったな。これ、もらってくれよ」
紙の袋を突き出す。
俯いていた尚が顔を上げた。視線を合わせてきた後、紙袋の紐を持った。
中を覗き込んで入っている箱を出し、その箱を開けた。
「えっ、指輪じゃん」
目を丸くして大地の顔を見てくる。小動物のような表情に、大地の顔はほころんでしまう。
左手を顔の横にあげて、甲を見せる。薬指に指輪をはめている。
尚は口を大きく開け、少しずつ眉間にしわを寄せ始めた。
「はあっ。お前、バカなの。こんなのお揃いでつけてたら変に思われるだろ。ってか、男のサイズで2つ買ったのかよ。店員に変な目で見られたんじゃねえの」
表情だけでなく、手や体まで忙しなく動く尚は動揺を隠せないほど一杯一杯になっているらしい。
大地はベンチの上にある外灯に自分の左手をかざす。薬指で光る指輪がくすぐったい気持ちにさせてくれる。
「店員はそんなこと気にしないだろ。それに、よく見ろよ。袋にはもう一つ箱があるだろ。チェーンだよ。尚は指輪をペンダントにして身に着けてくれればいい」
袋から長細い箱を出す尚の表情が緩んでいく。
大地は彼の髪を撫でる。
「俺は指にはめとく。これでワンチャンあるとかいう女性もいなくなるだろ」
上目遣いに見てくる尚は少しバツが悪そうだ。
「卑屈になって悪かった。あっけらかんと言える女性がうらやましてくさ。俺は、大地とのこと誰にも言えないのにって」
今度は照れくさそうに視線を落とした。
「わかってたよ。言ってくれなくても。大地、俺のこと好きすぎるくらいだもんな」
「す、好きすぎるってなんだよ」
尚の髪に触れていた手を離して、大地は顔をそむけた。押し殺すような笑い声が聞こえてくる。
「だってそうじゃん。ちょっと拗ねただけで指輪なんて買ってくるかぁ」
今度は、尚が体を前かがみにして、大地の顔をのぞきこんできた。
「ペアリングって自分に縛りつけたいか、自分のものだってアピールしたいかだよな」
「はっ、そういうんじゃないっ」
「じゃあ、何だよ」
「そ、それはっ。恋人だっていう証っていうか」
ブハッと尚が吹き出した。
「自分のものだってアピールしたいんじゃんか」
「そんなに言うなら、返せよ。指輪」
「ヤだね。仕方ないから、首からぶら下げといてやるよ」
尚はベンチから立ち上がる。
「メシ食って帰ろ。で、家で俺の首にこれ着けてよ」
紙袋を持ち上げて笑う様子は人懐っこい子犬に見える。
大地は毒気を抜かれたように見つめると、尚は苦笑いをしつつ、後頭部をかく。
「コンビニ素通りしたのさ、絶対、大地はどこかで待ってるって思ってたからなんだよな。だから、仲直りして、一緒にメシ食おうって思ってた」
尚は手を出してくる。大地はその手をとって立ち上がる。
機嫌、無理にとろうとしなくて良かったのか。
公園の出入り口を飾るように桜の木が植えられていた。いくつもある蕾のうち一つだけ開いているのを目にした。
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