14 / 80
12.放課後の教室で
しおりを挟む
教室のドア開け、人がいることに気づく。机に突っ伏して寝ているようだ。窓から斜めに差し込むオレンジ色の光が茶色の髪を輝かせていた。
そこは千紗の席の後ろだ。寝ているのは大輝だろう。
立てる物音が少なくなるように、ドアのすぐ横にある机に荷物を置いた。足音に気をつけて、大輝の席の前にある自席へと向かう。
引きずる音が立たないように椅子を少し持ち上げて後ろに引いた。持ち上げていた椅子を下ろすときに後ろの机にぶつかる。
千紗は顔をしかめて、横目で大輝の様子をうかがった。
うなりながら頭を揺らしたものの、また動かなくなった。
起こさずに済んだことに胸をなでおろした千紗は小さく息をはき、しゃがんで机の中をのぞく。左手を伸ばして机の奥にあった携帯電話を取り出した。
立ち上がって椅子に手をかけ、静かに元の位置に戻す。
ゆっくりと大輝に背を向ける。ほんのり温かい空気が背中にあたって、千紗は振り返るように導かれた気がした。
気持ちよさそうに眠る大輝の後頭部を眺める。夕日に照らされた彼の髪に呼ばれたかのように近づいた。
キューティクルが光る髪に右手を伸ばして、かすかに触れた指先で持ち上げる。サラサラと指から落ちていった。
突然、かすれた声が響く。
「何してんの」
千紗は右手を自分の胸元へと引き、強く握る。
「あ、えっと、ごめん。起こしちゃった。あ、じゃなくて」
真っ白になった頭では言葉が続かない。大輝は突っ伏したまま両腕を肩の上にあげて伸びをする。机に手をついて起き上がり、椅子にもたれかかって、開ききらない目で千紗を見上げてきた。
「起きたのは少し前。椅子を引いた音で、だよ。起きたら、松村さんが気を遣うかなって思って寝たふりしてた。まさか髪を触られるなんてね」
話しながら、前かがみになって千紗の席の椅子を引く。大輝がそれを指さして、千紗に座るように促してきた。
「お返し」
窓を背にして横向きに座った千紗の髪を、大輝は指先で触れてくる。どちらも言葉を発しないまま、大輝は髪に触れ続け、時折かすかな笑い声を漏らしている。千紗は波立つ心を抑えて大輝を見る。
髪を触っていた大輝の手が頬に触れて離れる。その手の行方を無意識に目で追っていた。
「な、あっ。えっと、南くん、何で帰らずに寝てたの」
大輝が左ひじで頬杖をつき、右手でグラウンドを指さした。
「なんとなく帰る気にならなくて、ここで蓮のサッカーの試合を見てたんだけど、気づいたら寝てた」
千紗は、大輝の机に両腕をついて腰からひねるように背中側グラウンドを見る。ちょうどサッカーコートが目に入る。千紗や悠里のいたベンチは木の陰で見えない。
「そっか…じゃ、私、帰るね。また来週」
そう言って立ち上がりかけたとき、大輝が腕をつかんできた。
「あ、ねえ、土日は何してる」
千紗は少しだけ持ち上げた腰を下ろす。
「動物園に行くつもり」
大輝が千紗の腕をつかんでいた手を離し、何か考えるような顔をする。
「彼氏とデートか」
千紗は目を見開いて、自嘲する。
「違うよ。彼氏なんていないし。話したでしょ。初彼氏との苦い思い出。まだ誰かと付き合う気になれないな。明日は動物たちの写真を撮りに一人で行くの」
浮足立っていた気持ちが落ち着いてきた気がする。
窓の外からは運動部員の掛け声と、土を蹴る音が聞こえてくる。
大輝が後頭部で両手を組んだ。
「じゃ、俺、一緒に行こうかな。暇、持て余してんだよね」
そうと決まれば連絡先を交換しよう、と、大輝はブレザーのポケットから携帯電話を取り出した。千紗は慌てて、その動きを封じた。
「何言ってんの。彼女3人もいるんでしょ。デートは?なかったとしても、もし誰かに見られて噂になったら困るよ。これも言ったでしょ」
一瞬、不思議そうな顔をした大輝が千紗の頭を優しく撫でてくる。
「前に言わなかったっけ。彼女たちにとっては、俺はアクセサリーでしかないの。他の女子と一緒にいるところ見たって何にも思わないよ。ってか、そんな風にみられるなら別れるし」
「彼女たちはよくても、相田さんとか」
大輝は諭すように千紗の頭を軽くたたく。
「相田さんが何か言ってきたら、俺に言ってよ。ちゃんと言うから」
「そういう問題じゃないんだけど。それに何で頭触るかな」
不思議と声が小さくなる。聞こえなくても良いと思っているみたいに感じる。
大輝は屈託のない、無邪気な笑顔を見せていた。反論しても意味はなさそうな気がした。千紗は少し目を伏せてうなずいてから、疑問に思っていたことを口にする。
「あんなにアピールしてきてる相田さんと何で付き合ってあげないの。楽しく遊べればいいんじゃないの」
千紗の頭から手を離した大輝は、人差し指で自分の鼻を触る。
「相田さん、たぶん本気だから。俺にその気ないのに悪いだろ」
伏せていた目を上げる。大輝の顔が少し苦しそうに見える。
自然と頬が緩んだ。
「軽いイメージだったけど、誠実なんだね」
窓の外に目を向ける大輝の横顔は夕日に染められていた。
そこは千紗の席の後ろだ。寝ているのは大輝だろう。
立てる物音が少なくなるように、ドアのすぐ横にある机に荷物を置いた。足音に気をつけて、大輝の席の前にある自席へと向かう。
引きずる音が立たないように椅子を少し持ち上げて後ろに引いた。持ち上げていた椅子を下ろすときに後ろの机にぶつかる。
千紗は顔をしかめて、横目で大輝の様子をうかがった。
うなりながら頭を揺らしたものの、また動かなくなった。
起こさずに済んだことに胸をなでおろした千紗は小さく息をはき、しゃがんで机の中をのぞく。左手を伸ばして机の奥にあった携帯電話を取り出した。
立ち上がって椅子に手をかけ、静かに元の位置に戻す。
ゆっくりと大輝に背を向ける。ほんのり温かい空気が背中にあたって、千紗は振り返るように導かれた気がした。
気持ちよさそうに眠る大輝の後頭部を眺める。夕日に照らされた彼の髪に呼ばれたかのように近づいた。
キューティクルが光る髪に右手を伸ばして、かすかに触れた指先で持ち上げる。サラサラと指から落ちていった。
突然、かすれた声が響く。
「何してんの」
千紗は右手を自分の胸元へと引き、強く握る。
「あ、えっと、ごめん。起こしちゃった。あ、じゃなくて」
真っ白になった頭では言葉が続かない。大輝は突っ伏したまま両腕を肩の上にあげて伸びをする。机に手をついて起き上がり、椅子にもたれかかって、開ききらない目で千紗を見上げてきた。
「起きたのは少し前。椅子を引いた音で、だよ。起きたら、松村さんが気を遣うかなって思って寝たふりしてた。まさか髪を触られるなんてね」
話しながら、前かがみになって千紗の席の椅子を引く。大輝がそれを指さして、千紗に座るように促してきた。
「お返し」
窓を背にして横向きに座った千紗の髪を、大輝は指先で触れてくる。どちらも言葉を発しないまま、大輝は髪に触れ続け、時折かすかな笑い声を漏らしている。千紗は波立つ心を抑えて大輝を見る。
髪を触っていた大輝の手が頬に触れて離れる。その手の行方を無意識に目で追っていた。
「な、あっ。えっと、南くん、何で帰らずに寝てたの」
大輝が左ひじで頬杖をつき、右手でグラウンドを指さした。
「なんとなく帰る気にならなくて、ここで蓮のサッカーの試合を見てたんだけど、気づいたら寝てた」
千紗は、大輝の机に両腕をついて腰からひねるように背中側グラウンドを見る。ちょうどサッカーコートが目に入る。千紗や悠里のいたベンチは木の陰で見えない。
「そっか…じゃ、私、帰るね。また来週」
そう言って立ち上がりかけたとき、大輝が腕をつかんできた。
「あ、ねえ、土日は何してる」
千紗は少しだけ持ち上げた腰を下ろす。
「動物園に行くつもり」
大輝が千紗の腕をつかんでいた手を離し、何か考えるような顔をする。
「彼氏とデートか」
千紗は目を見開いて、自嘲する。
「違うよ。彼氏なんていないし。話したでしょ。初彼氏との苦い思い出。まだ誰かと付き合う気になれないな。明日は動物たちの写真を撮りに一人で行くの」
浮足立っていた気持ちが落ち着いてきた気がする。
窓の外からは運動部員の掛け声と、土を蹴る音が聞こえてくる。
大輝が後頭部で両手を組んだ。
「じゃ、俺、一緒に行こうかな。暇、持て余してんだよね」
そうと決まれば連絡先を交換しよう、と、大輝はブレザーのポケットから携帯電話を取り出した。千紗は慌てて、その動きを封じた。
「何言ってんの。彼女3人もいるんでしょ。デートは?なかったとしても、もし誰かに見られて噂になったら困るよ。これも言ったでしょ」
一瞬、不思議そうな顔をした大輝が千紗の頭を優しく撫でてくる。
「前に言わなかったっけ。彼女たちにとっては、俺はアクセサリーでしかないの。他の女子と一緒にいるところ見たって何にも思わないよ。ってか、そんな風にみられるなら別れるし」
「彼女たちはよくても、相田さんとか」
大輝は諭すように千紗の頭を軽くたたく。
「相田さんが何か言ってきたら、俺に言ってよ。ちゃんと言うから」
「そういう問題じゃないんだけど。それに何で頭触るかな」
不思議と声が小さくなる。聞こえなくても良いと思っているみたいに感じる。
大輝は屈託のない、無邪気な笑顔を見せていた。反論しても意味はなさそうな気がした。千紗は少し目を伏せてうなずいてから、疑問に思っていたことを口にする。
「あんなにアピールしてきてる相田さんと何で付き合ってあげないの。楽しく遊べればいいんじゃないの」
千紗の頭から手を離した大輝は、人差し指で自分の鼻を触る。
「相田さん、たぶん本気だから。俺にその気ないのに悪いだろ」
伏せていた目を上げる。大輝の顔が少し苦しそうに見える。
自然と頬が緩んだ。
「軽いイメージだったけど、誠実なんだね」
窓の外に目を向ける大輝の横顔は夕日に染められていた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
先生
藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。
町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。
ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。
だけど薫は恋愛初心者。
どうすればいいのかわからなくて……
※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)
イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
そのイケメンエリート軍団の異色男子
ジャスティン・レスターの意外なお話
矢代木の実(23歳)
借金地獄の元カレから身をひそめるため
友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ
今はネットカフェを放浪中
「もしかして、君って、家出少女??」
ある日、ビルの駐車場をうろついてたら
金髪のイケメンの外人さんに
声をかけられました
「寝るとこないないなら、俺ん家に来る?
あ、俺は、ここの27階で働いてる
ジャスティンって言うんだ」
「………あ、でも」
「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は…
女の子には興味はないから」
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる