【完結】恋なんてしない、つもりだったのに。

高羽志雨

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12.放課後の教室で

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 教室のドア開け、人がいることに気づく。机に突っ伏して寝ているようだ。窓から斜めに差し込むオレンジ色の光が茶色の髪を輝かせていた。
 そこは千紗の席の後ろだ。寝ているのは大輝だろう。
 
 立てる物音が少なくなるように、ドアのすぐ横にある机に荷物を置いた。足音に気をつけて、大輝の席の前にある自席へと向かう。
 
 引きずる音が立たないように椅子を少し持ち上げて後ろに引いた。持ち上げていた椅子を下ろすときに後ろの机にぶつかる。
 千紗は顔をしかめて、横目で大輝の様子をうかがった。
 うなりながら頭を揺らしたものの、また動かなくなった。

 起こさずに済んだことに胸をなでおろした千紗は小さく息をはき、しゃがんで机の中をのぞく。左手を伸ばして机の奥にあった携帯電話を取り出した。
 立ち上がって椅子に手をかけ、静かに元の位置に戻す。
 
 ゆっくりと大輝に背を向ける。ほんのり温かい空気が背中にあたって、千紗は振り返るように導かれた気がした。
気持ちよさそうに眠る大輝の後頭部を眺める。夕日に照らされた彼の髪に呼ばれたかのように近づいた。
 
 キューティクルが光る髪に右手を伸ばして、かすかに触れた指先で持ち上げる。サラサラと指から落ちていった。
 突然、かすれた声が響く。

「何してんの」

 千紗は右手を自分の胸元へと引き、強く握る。

「あ、えっと、ごめん。起こしちゃった。あ、じゃなくて」

 真っ白になった頭では言葉が続かない。大輝は突っ伏したまま両腕を肩の上にあげて伸びをする。机に手をついて起き上がり、椅子にもたれかかって、開ききらない目で千紗を見上げてきた。

「起きたのは少し前。椅子を引いた音で、だよ。起きたら、松村さんが気を遣うかなって思って寝たふりしてた。まさか髪を触られるなんてね」

 話しながら、前かがみになって千紗の席の椅子を引く。大輝がそれを指さして、千紗に座るように促してきた。

「お返し」

 窓を背にして横向きに座った千紗の髪を、大輝は指先で触れてくる。どちらも言葉を発しないまま、大輝は髪に触れ続け、時折かすかな笑い声を漏らしている。千紗は波立つ心を抑えて大輝を見る。
 髪を触っていた大輝の手が頬に触れて離れる。その手の行方を無意識に目で追っていた。

「な、あっ。えっと、南くん、何で帰らずに寝てたの」

 大輝が左ひじで頬杖をつき、右手でグラウンドを指さした。

「なんとなく帰る気にならなくて、ここで蓮のサッカーの試合を見てたんだけど、気づいたら寝てた」

 千紗は、大輝の机に両腕をついて腰からひねるように背中側グラウンドを見る。ちょうどサッカーコートが目に入る。千紗や悠里のいたベンチは木の陰で見えない。

「そっか…じゃ、私、帰るね。また来週」

 そう言って立ち上がりかけたとき、大輝が腕をつかんできた。

「あ、ねえ、土日は何してる」

 千紗は少しだけ持ち上げた腰を下ろす。

「動物園に行くつもり」

 大輝が千紗の腕をつかんでいた手を離し、何か考えるような顔をする。

「彼氏とデートか」
 
 千紗は目を見開いて、自嘲する。

「違うよ。彼氏なんていないし。話したでしょ。初彼氏との苦い思い出。まだ誰かと付き合う気になれないな。明日は動物たちの写真を撮りに一人で行くの」

 浮足立っていた気持ちが落ち着いてきた気がする。
 窓の外からは運動部員の掛け声と、土を蹴る音が聞こえてくる。
 大輝が後頭部で両手を組んだ。

「じゃ、俺、一緒に行こうかな。暇、持て余してんだよね」

 そうと決まれば連絡先を交換しよう、と、大輝はブレザーのポケットから携帯電話を取り出した。千紗は慌てて、その動きを封じた。

「何言ってんの。彼女3人もいるんでしょ。デートは?なかったとしても、もし誰かに見られて噂になったら困るよ。これも言ったでしょ」

 一瞬、不思議そうな顔をした大輝が千紗の頭を優しく撫でてくる。

「前に言わなかったっけ。彼女たちにとっては、俺はアクセサリーでしかないの。他の女子と一緒にいるところ見たって何にも思わないよ。ってか、そんな風にみられるなら別れるし」

「彼女たちはよくても、相田さんとか」

 大輝は諭すように千紗の頭を軽くたたく。

「相田さんが何か言ってきたら、俺に言ってよ。ちゃんと言うから」

「そういう問題じゃないんだけど。それに何で頭触るかな」

 不思議と声が小さくなる。聞こえなくても良いと思っているみたいに感じる。

 大輝は屈託のない、無邪気な笑顔を見せていた。反論しても意味はなさそうな気がした。千紗は少し目を伏せてうなずいてから、疑問に思っていたことを口にする。

「あんなにアピールしてきてる相田さんと何で付き合ってあげないの。楽しく遊べればいいんじゃないの」

 千紗の頭から手を離した大輝は、人差し指で自分の鼻を触る。

「相田さん、たぶん本気だから。俺にその気ないのに悪いだろ」

 伏せていた目を上げる。大輝の顔が少し苦しそうに見える。
 自然と頬が緩んだ。

「軽いイメージだったけど、誠実なんだね」

 窓の外に目を向ける大輝の横顔は夕日に染められていた。
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