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18.堤防で鉢合わせ
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堤防に上がると、西の空が黄色からオレンジ色に変わりかけているのが見えた。
夏の強い西日じゃなくて、まだ柔らかい日差しが堤防から河川敷一帯を覆っている。低いところを見ると、太陽が川に反射して水面が煌めいていた。
河川敷にあるグラウンドでは少年サッカーのチームが練習試合をしているようだ。
見える景色は幻想と現実が混ざっているように感じる。
新緑になった桜の木が見えてきた。
「先月、あの木の下に南くんがいたんだよね」
千紗が桜の木を指差して、大輝を見上げる。
何かを思い出したのか、目を細めた。
「彼女に怒られた時の松村さんの顔、おもしろかったな。申し訳ないって気持ちも表れてたけど、こんなとこでキスしてる方が悪いって言いたげだった」
グラウンドから子どもたちの歓声が聞こえた。ゴールを決めたらしい。
千紗はため息をつく。
「思わずシャッター押しちゃったのは反省したよ」
大輝は屈んで下からのぞきこむように千紗の顔を見てきた。
「データ消したんだろ。もう反省しなくていいよ」
グラウンドを見下ろして、大輝は草の上を滑るように土手を少し下りる。
「あのとき初めて話した松村さんと、一緒にここにいるって不思議だな。自分から彼女の話したの初めてだった」
大輝が千紗に手を差し出してくる。滑るから支えてくれようとしてるのだろう。
たしか、あの日は立ち上がるときに大輝が手を引っ張ってくれた。何も思わず差し出された手をとったからだ。でも、今は、手に触れるのを躊躇してしまう。
千紗はまっすぐに大輝の目を見る。
「このくらい自分で下りれるよ」
恐る恐ると言った格好になりながらも、千紗は土手を少し下りて大輝の横へ行く。
背負ったリュックサックを下ろして地面に置き、草の上に三角座りをする。リュックサックが滑り落ちていきそうだったけど、伸びた草がうまい具合に絡まって止まってくれた。
大輝が隣に座る。
「前、立つとき、手を持ったのに。今日は断るんだ」
彼も覚えていたらしい。千紗は顔が熱くなっていくのを感じる。
「あー、あのときは関わったら面倒だな、とか思ってなかったし。今は、南くんに手を持ってもらってるところを、同じ高校の女子に見られたら困るなって思って」
グラウンドで走り回る子たちを目で追う。
「それにさ。言おうと思ってたんだけど。あんまり褒めたり、スキンシップしたり、特定の人を特別視してるように受け取られそうなことを言ったりしないほうがいいよ。変に期待したり、勘違いする女子がいると思う。南くん、きれいな顔したイケメンだし。顔だけじゃなくて優しいし」
大輝が目を丸くした。
「松村さん、すっげえ褒めてくれるんだ」
自分は大輝の言動を良いように受け取って、好意と勘違いしているわけじゃない。そう言おうとするも、頭が回転してくれない。
大輝は一瞬へらっと笑って、両手を地面について上半身ごと空を見る。
「でも、俺、そんなにスキンシップしたりしてるかな」
またグラウンドで子どもたちの歓声が上がる。今度は大人の声も混じっている。
背後で自転車が急ブレーキをかける音がした。
「2人で何してるの」
千紗と大輝がそろって振り返る。
自転車から下りて、立っていたのはクラスメイトの相田だった。
白の薄手ニットに濃いブラウンのオールインワンを着ている。
自転車の前カゴにはエコバッグがあって、中に物が入っている。買い物帰りなのだろう。
「学校、休みだよね。2人で出かけてたの」
相田の目が充血して、自転車を支える手が少し震えている。
さっき大輝の手を取らなくて良かった、と思う。
千紗は堤防の上にいる相田と目線を合わせようとして立ち上がった。
何かを言わなきゃと思うものの言葉が出てこない。相田が千紗を睨みつけてくる。
「松村さん、『南くんに興味ないなら親しくしないで』って、私、言ったよね」
「これはっ」
「相田さんが本当に問いただしたい相手は俺だろ」
千紗の返事にかぶるように大輝が割って入ってきた。ゆっくりと立ち上がって、服についた草をはらっている。
河川敷では試合が終わったのか、ホイッスルが鳴った。
相田が自転車のスタンドを立て、2人のほうへ下りてきた。
「松村さんに言うことなの」
大輝がほぼ真横から差し始めた西日に目を細める。
「じゃ聞くけど、俺が松村さんと話したり、一緒にいたりしてなくても、松村さんに何か言う?そんなことないだろ」
唇を噛んだ相田を見て、大輝が言葉を続けた。
「なら、俺に言えよ」
千紗は黙っているのが賢明だと判断して、2人を交互に見る。
相田の目が潤んできていた。
「なんでなの。私、1年の時からずっと南くんにアピールしてきたのに、デートしよって言ってきたのに、はぐらかされてばっかりだった。なんで私じゃダメなの」
俯いたから相田の表情は見えないが、声が震えている。大輝はまっすぐ相田を見ていた。
「相田さんは本気で俺のこと思ってくれてるから。その気持ちに応えられないから、はぐらかしてきた。相田さんの気持ちはわかってたのに、冗談めいたアピールに甘えて、はっきり断らないままだったことは謝る。ごめん」
夕焼けを背にカラスが鳴きながら飛んでいく。
千紗は置いていたリュックサックを手に持った。
「私、帰るね」
俯いたままの相田に声をかけようとしたが、余計なことは言わないほうがいいだろう。
大輝が千紗の腕をつかんだ。
「送ってくよ」
千紗は首を横にふって、大輝の手を自分の腕から離させた。
「そんなに遠くないし、まだ空も明るいから大丈夫」
まだ相田は大輝に言いたいことがあるんじゃないだろうか。そんな気がしていた。
リュックサックを背負い、堤防の道を家の方向へ歩き出す。少しでも早くその場から離れたくて、数歩進んだところで走り出した。
夏の強い西日じゃなくて、まだ柔らかい日差しが堤防から河川敷一帯を覆っている。低いところを見ると、太陽が川に反射して水面が煌めいていた。
河川敷にあるグラウンドでは少年サッカーのチームが練習試合をしているようだ。
見える景色は幻想と現実が混ざっているように感じる。
新緑になった桜の木が見えてきた。
「先月、あの木の下に南くんがいたんだよね」
千紗が桜の木を指差して、大輝を見上げる。
何かを思い出したのか、目を細めた。
「彼女に怒られた時の松村さんの顔、おもしろかったな。申し訳ないって気持ちも表れてたけど、こんなとこでキスしてる方が悪いって言いたげだった」
グラウンドから子どもたちの歓声が聞こえた。ゴールを決めたらしい。
千紗はため息をつく。
「思わずシャッター押しちゃったのは反省したよ」
大輝は屈んで下からのぞきこむように千紗の顔を見てきた。
「データ消したんだろ。もう反省しなくていいよ」
グラウンドを見下ろして、大輝は草の上を滑るように土手を少し下りる。
「あのとき初めて話した松村さんと、一緒にここにいるって不思議だな。自分から彼女の話したの初めてだった」
大輝が千紗に手を差し出してくる。滑るから支えてくれようとしてるのだろう。
たしか、あの日は立ち上がるときに大輝が手を引っ張ってくれた。何も思わず差し出された手をとったからだ。でも、今は、手に触れるのを躊躇してしまう。
千紗はまっすぐに大輝の目を見る。
「このくらい自分で下りれるよ」
恐る恐ると言った格好になりながらも、千紗は土手を少し下りて大輝の横へ行く。
背負ったリュックサックを下ろして地面に置き、草の上に三角座りをする。リュックサックが滑り落ちていきそうだったけど、伸びた草がうまい具合に絡まって止まってくれた。
大輝が隣に座る。
「前、立つとき、手を持ったのに。今日は断るんだ」
彼も覚えていたらしい。千紗は顔が熱くなっていくのを感じる。
「あー、あのときは関わったら面倒だな、とか思ってなかったし。今は、南くんに手を持ってもらってるところを、同じ高校の女子に見られたら困るなって思って」
グラウンドで走り回る子たちを目で追う。
「それにさ。言おうと思ってたんだけど。あんまり褒めたり、スキンシップしたり、特定の人を特別視してるように受け取られそうなことを言ったりしないほうがいいよ。変に期待したり、勘違いする女子がいると思う。南くん、きれいな顔したイケメンだし。顔だけじゃなくて優しいし」
大輝が目を丸くした。
「松村さん、すっげえ褒めてくれるんだ」
自分は大輝の言動を良いように受け取って、好意と勘違いしているわけじゃない。そう言おうとするも、頭が回転してくれない。
大輝は一瞬へらっと笑って、両手を地面について上半身ごと空を見る。
「でも、俺、そんなにスキンシップしたりしてるかな」
またグラウンドで子どもたちの歓声が上がる。今度は大人の声も混じっている。
背後で自転車が急ブレーキをかける音がした。
「2人で何してるの」
千紗と大輝がそろって振り返る。
自転車から下りて、立っていたのはクラスメイトの相田だった。
白の薄手ニットに濃いブラウンのオールインワンを着ている。
自転車の前カゴにはエコバッグがあって、中に物が入っている。買い物帰りなのだろう。
「学校、休みだよね。2人で出かけてたの」
相田の目が充血して、自転車を支える手が少し震えている。
さっき大輝の手を取らなくて良かった、と思う。
千紗は堤防の上にいる相田と目線を合わせようとして立ち上がった。
何かを言わなきゃと思うものの言葉が出てこない。相田が千紗を睨みつけてくる。
「松村さん、『南くんに興味ないなら親しくしないで』って、私、言ったよね」
「これはっ」
「相田さんが本当に問いただしたい相手は俺だろ」
千紗の返事にかぶるように大輝が割って入ってきた。ゆっくりと立ち上がって、服についた草をはらっている。
河川敷では試合が終わったのか、ホイッスルが鳴った。
相田が自転車のスタンドを立て、2人のほうへ下りてきた。
「松村さんに言うことなの」
大輝がほぼ真横から差し始めた西日に目を細める。
「じゃ聞くけど、俺が松村さんと話したり、一緒にいたりしてなくても、松村さんに何か言う?そんなことないだろ」
唇を噛んだ相田を見て、大輝が言葉を続けた。
「なら、俺に言えよ」
千紗は黙っているのが賢明だと判断して、2人を交互に見る。
相田の目が潤んできていた。
「なんでなの。私、1年の時からずっと南くんにアピールしてきたのに、デートしよって言ってきたのに、はぐらかされてばっかりだった。なんで私じゃダメなの」
俯いたから相田の表情は見えないが、声が震えている。大輝はまっすぐ相田を見ていた。
「相田さんは本気で俺のこと思ってくれてるから。その気持ちに応えられないから、はぐらかしてきた。相田さんの気持ちはわかってたのに、冗談めいたアピールに甘えて、はっきり断らないままだったことは謝る。ごめん」
夕焼けを背にカラスが鳴きながら飛んでいく。
千紗は置いていたリュックサックを手に持った。
「私、帰るね」
俯いたままの相田に声をかけようとしたが、余計なことは言わないほうがいいだろう。
大輝が千紗の腕をつかんだ。
「送ってくよ」
千紗は首を横にふって、大輝の手を自分の腕から離させた。
「そんなに遠くないし、まだ空も明るいから大丈夫」
まだ相田は大輝に言いたいことがあるんじゃないだろうか。そんな気がしていた。
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