【完結】恋なんてしない、つもりだったのに。

高羽志雨

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26.大輝から電話(1)

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 階段を上り、2階の1番奥にある自分の部屋に入る。
 千紗はクローゼットを開けて部屋着を取り出した。

 膝下まであるスウェットワンピースに着替えて、窓際に置かれた勉強机の椅子を引く。西日を浴びながら、宿題をしようと通学鞄に手を伸ばして、机の上に所在なさげにいるトラのぬいぐるみが目に入った。
 
 千紗はそれを手に取り、トラの頭を撫でる。

「動物園に一緒に行った日までは話したり、髪触ってきたりしてたのにね。何で急に話してくれなくなったのかな、南くん」

 トラの頭を撫でていると、胸が締めつけられてくる感じがした。

「嫌われてないっぽいし、関わりがなくなったことは気にしてなかったつもりだったのにな」

 ぬいぐるみと見つめ合って、ため息が出た。
 携帯電話が鳴る。電話のようだ。制服のポケットに入れたままだった。ぬいぐるみを置いて椅子から立ち上がり、クローゼット前にかけた制服のポケットに手を入れ、携帯電話を取り出す。

 画面に表示される名前を見て、携帯電話を落としそうになった。先ほどまで考えていた人物からだった。早くなる鼓動を抑えつつ、通話をタップする。

「も、もしもし、松村です」

 電話の向こうで、詰まったように息を飲んだのがわかった。

『あ、南です』

 恐る恐るといった話し方だで、声もうわずっているようだ。
 2人の間に沈黙が流れる。千紗は勉強机の前に立ち、携帯電話を持たない方の手でトラのぬいぐるみに触れた。
 鼓動が喉を締めつけてくる気がした。

「…何で電話かけてきたの。黒川さんのことが気になる?」

 大輝は言葉を選ぼうとしているのか、言葉にならない声が漏れてくる。
 窓の外を飛ぶカラスの鳴き声が響いた。
 息を吸う音が聞こえた。

『レイカに嫌なこと言われたりしなかった?』

 やはり恐る恐るといった口調に聞こえる。
 千紗は、久しぶりに近くで聞こえる大輝の声に、自分の心音が大きくなっていくのを感じる。それが電話の向こうへ伝わらないよう、努めてゆっくり話す。

「全然そんな話はなかったよ。ただ、南くんの恋愛模様を聞かされた感じ。三股もかけてれば余裕のある態度だよね」

 一息に話すと、高鳴る胸の鼓動を楽しむ余裕が出てきたようで、そのせいか笑いが込み上げる。

「でも、最近は彼女たちとデートしようと必死だったんだって?」

 千紗はトラの頭を撫でながら、勉強机の椅子に座った。電話の向こうから舌打ちが聞こえた。

『あ、ごめん。松村さんにじゃなくてレイカにしたんた。どうでもいい話を聞かせてごめん』

 トラを持ち上げる。

「ううん。でも」

 気持ちが落ち着いてくると、今まで気になっていたことを聞きたくなってくる。
 千紗はトラと目を合わせた。

「何で態度が変わったの。私とは一切話さなくなったのはどうして?なのに、何で今は電話してきたの?」

 言葉が矢継ぎ早に出てきてしまった。

『あ、えっと、それは……』

 早口だった大輝が言葉を詰まらせる。

『あっと、その前に今は家?話してても大丈夫?』

「家。自分の部屋にいる。晩ご飯できたって言われるまで大丈夫」

 千紗は自分の口調がキツくなったのがわかった。電話越しに大輝が小声で笑ったような気がした。
 大きく息を吸ったらしい。

『動物園に行った日、松村さん、言ったじゃん。スキンシップ多いとか、褒めすぎとか。俺、意識してなかったから、そう言われて戸惑ったっていうか』

 西日がだんだんと近所の家の屋根に隠れていっている。
 大輝は落ち着きを取り戻してきたようだ。

『実はそれ、松村さんだけじゃなくて相田さんにも言われて。あの日、メールもらってることに気づいたけど、なんて返信する言葉が思いつかなくて、そのままになった。ごめん』

 大輝が深呼吸をしたのが聞こえる。

『休み明けには『松村さんにかまいすぎ』って蓮にも言われるし』

 千紗はトラのぬいぐるみを机の上に置く。

「そう。よくわかんないけど、南くんなりの理由があったってことね」

 少し間があく。

「で、何で今日は電話なの。メールで十分でしょ」

 とげとげしかった口調が柔らかくなっていくのが自分でもわかった。
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