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第1章 〜初めての日本〜

(5)初めての日本(前半)

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 アネッサと共に家を出た僕は、とりあえず行きつけの喫茶店に入った。

「マスター、コーヒー1つと、ミルクティーを1つ、それとショートケーキを1つ頼むよ」

「分かりました」

この喫茶店は僕のお気に入りの場所の一つだ。
大体新しいラノベを購入したらこの喫茶店に入り、営業終了時間までコーヒーを読みながら読書をしている。

「"こーひー"ってなに?」

そう、素朴な疑問を投げかけてきたのは、水の精を想像させるような素敵な格好をした金髪の美女ことアネッサだ。

「コーヒーってのは豆を焙煎して、挽いたり……これじゃ分かんないよな。まぁ、その、あれだ。苦い飲み物だよ」

 我ながら口下手だと反省している。
こんなことなら学校でもう少し人との会話に慣れておくべきだったな…
などと考えていると、コーヒーとミルクティー、それとケーキがテーブルに届いたようだ。

「どうぞ、ごゆっくりお楽しみください」

 店主の柔らかい声色が喫茶店の場を柔らかくさせる。

「ねぇ、このケーキなんで上に赤い果物が乗ってるの?」

「それは"ショートケーキ"と言って、いちごとクリームをふんだんに使ったケーキなんだ」

「なるほど…食べてみてもいいのよね?」

 僕はコーヒーを口に運びながら首を縦に振り、肯定の意を彼女に示す。

「うわぁ、これすっごく美味しいわよ!」

 上品に食べる姿とは裏腹に、その感想はまるで初めて甘いものを食べたかのような幼い少女の反応だった。

「そんなに美味しいなら店主に褒め言葉をくれてやったらいいんじゃないか?(笑)」

と、僕が冗談半分で言うと彼女は席を立ち、カウンターで他の客のコーヒーを淹れていた店主に向かってこう言った。

「とってもこのケーキ美味しいわ!アナタを王宮お抱えのパティシエにしてあげる!」

これには流石の店主も苦笑いしていた。

「ちょ、アネッサ。いいからちょっとこっち来い!」

服の袖を無理矢理引っ張り、先ほどまで座っていたテーブル席に着席させる。

「いいか?ここは王城でもないし、ましてや君はこの国では王女でもないんだ!もう少し発言に気をつけた方が良いよ」

と、僕が注意していると、周りの客から心配されたので、説教はこのぐらいでやめておこう。

「わ、分かったわよッ!これからはその…"もう少し気を付けるわ"(小声)」

「分かったなら良いんだ…」

僕の口から嘆息混じりのため息が何度も出る。
この調子ではたしてアネッサは日本で生活していけるのだろうか?
僕は不安でいっぱいだったが、とりあえずコーヒーを飲み切って店を出ることにした。

「またお待ちしております」

柔らかい店主の別れの挨拶を背に、僕たちは店を出た。

「で、アネッサは日本の何を知りたいんだ?」

「そうねぇ~、ファッションとか!」

「却下」

「えぇ、じゃ、じゃあ食べ物!」

「却下」

「もう!じゃあ逆に司は日本の何を教えてくれるのよ!」

「シンプルに日本の教養だろう…」

「嘘、私今からお勉強するの!?」

「勉強といっても、日本の文化だったり、マナーだったり日本で生活していく上で必須なことの勉強になるな」

「えぇ~」

見るからにアネッサの気分が落ち込んでいるようだ。
ここはご褒美を餌にするべきかな…?

「あー、アネッサ。お勉強頑張ったらまたここに来てケーキたらふく食わせてやるから…な?」

「ほんと!?言ったわよ!約束よ!」

なんともチョロい王女様だ。

「じゃあ、とりあえず勉強しに図書館まで行くぞ」

「はーい」

喫茶店から図書館までおよそ2km。
丁度良い散歩にもなるだろう。
図書館までの道中で何かよからぬことが起きなければ良いのだがな………


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