幽霊学校からの脱出

速水静香

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第二話

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 教室の窓からは、夕暮れの風景だ。
 オレンジ色の光が窓から教室内に差し込んでいる。
 教室内は、柔らかなオレンジ色に染まっている。
 それはまるで、早く学校から家へ帰れ、と言わんばかりの雰囲気だ。

 僕も、すぐに帰りの支度をし始めた。
 そして、急いで先生の後を追いかける。
 だけど、僕が教室から廊下に出たとき。
 もう先生の姿はもう見えなかった。
 どうやら先に行ってしまったらしい。
 僕は、職員室への道を進む。

 しばらく進む。

「しまった!」

 僕は思わず叫んだが、後の祭りだ。
 一人だけになってしまった。

 まだ、放課後が始まったばかりの学校の廊下。
 なのに、僕の周りに誰もいない。
 明らかに、おかしい。

 僕の頭には、カシマさんの話がグルグルと渦巻いていた。
 早く職員室へ向かわないと……
 僕はそう思い、職員室へと急いだ。
 そんなとき、チャイムが鳴った。何かの放送が始まるようだ。

「6年1組の中村カズキくん。至急、3階の女子トイレ、一番奥の個室に来てください」

 女性の声が響いた。
 僕は、校内放送で呼び出しをされている。

 しかし、その放送内容の意味がよく分からない。
 女子トイレに行け?
 男の僕が?
 聞き間違いだろう、きっと職員室へ来い、ということなのだ。
 僕はそう思うことした。
 そう、思うしかない。
 とりあえず、職員室に行かないと。

 夕暮れの誰もいない校舎内。
 窓から差し込んでくる夕暮れの太陽。
 僕は、オレンジ色の空間と化した廊下を進んでいった。

 しばらくすると、またチャイムが鳴った。
 なんだろうか?
 
「6年1組の中村カズキくん。至急、3階の女子トイレ、一番奥の個室に来てください」

 またも僕のことを呼ぶ校内放送が響いた。
 今度は、聞き間違いなどではない!
 3階の女子トイレ、一番奥の個室と言っている。

 もしかして、これは、……カシマさん?
 僕は確信した。
 もうすでにカシマさんは現れてしまった!

 僕は、思わず周囲を見回した。
 校舎内は静かだ。
 周囲には生徒や先生の誰もいない。

 廊下の窓からは、相変わらず夕暮れ状態。
 オレンジ色の光に照らされた校庭が見える。
 校庭や、その周囲には誰もいない。

 誰もいない異様な雰囲気。

 これらは、全てカシマさんが……。
 そんな不安を抱きながら歩いていると、いつのまにか職員室にたどり着いた。
 僕は、職員室のドアの前に立った。
 しかし、職員室から人の気配がまったくしない。

 意を決して、僕は職員室のドアを開けた。
 中には誰もいない。
 明らかにおかしな状況だ。

「あのー?」

 僕は、おそるおそる尋ねた。
 しかし、返事がない。
 先生たちの机には、まだ先生がさっきまで使っていたと思われる荷物が残っている。
 そんなとき、チャイムが鳴った!
 また、何かの放送が始まるようだ。

「6年1組の中村カズキくん。至急、3階の女子トイレ、一番奥の個室に来てください」

 同じ女性の声で、同じ内容の放送が流れる。

「そっ、そんな……」

 僕は絶望の声を漏らした。
 そんな僕をあざ笑うかのように放送は続く。

「中村カズキくん。早く来てください。3階女子トイレの一番奥の個室です。早く来てください。」

 ……これはもう完全にカシマさんに捕まった。
 僕は自分のランドセルから、隠し持っていたあれを取り出した。
 スマホだ。
 スマホの電源を入れる。
 学校では持ち込み禁止となっているものだが、僕は勝手に隠し持っていた。
 ちなみに、ユウタも持ってきている。

 しかし、まさか校則を破って持ってきたものが役に立つ時が来るとは。
 僕は、スマホの起動を待つ。
 しばらくして、通常通りにスマホは起動した。
 しかし、いくら待ってもスマホが電波を掴むことがなかった。
 アンテナマークは繋がっていない表示がついている。

「そんな……校内で電波が通じないなんて……」

 僕は愕然とした。
 この状態で、カシマさんに捕まったら完全に終わりだ。
 とりあえず、学校から出るしかない。
 3階の女子トイレから少しでも遠ざかるのだ。
 僕がそう判断したとき、スマホが振動を開始した。
 着信していた。
 恐る恐る画面を見ると、非通知の着信だった。
 電波がないのに、電話が鳴っている。
 僕の全身に鳥肌が立った。
 僕は電話を切ってから、夕暮れの校舎内を走り出した。

 職員室から昇降口へと急ぐ。
 しかし、電話をこちらから切っても、再度、電話が鳴る。
 電話の着信は鳴り止まない。
 僕は恐怖に震えながらも走り続けた。
 3階女子トイレからできるだけ離れるためだ。

 昇降口に到着した。
 相変わらず誰もいない。
 そのまま僕は、下駄箱へダッシュだ。
 自分の靴を下駄箱から取り出す。
 そして、靴へ履き替えて出入口のドアへと向かう。
 広いガラスによって構成されている、出入り口のドアからは、夕暮れの正門の様子が見えた。

 その間も、スマホの着信は鳴り止まない。
 僕は恐怖に怯えながらも、出入り口から出ようとした。
 出入り口のドアに手をかけた。
 まったく、開かない!

 鍵でもかかっているのだろうか。焦ってガチャガチャとドアノブを動かすが、一向に開かない。
 僕がドアを開けようと必死になっていた。
 このドアのガラス一枚を通して、すぐ外なのに。

「くそっ!」

 僕は思わず叫んだ。
 もう破壊するしかない。
 周りを見回すと、消火器が目に入る。
 僕は、背負っていたランドセルを下した。
 そして、代わりに重たい消火器を抱え上げた。

 そして、意を決してドアに向かって投げつけた。

 どんっ!

 鈍い音とともに、消火器がガラスに当たった。
 でも、ガラスはビクともしない。
 まるで頑丈な壁にでもぶつかったかのように、消火器が床に転がった。

「おっとっと、っと。」

 僕は全力で消火器を投げ込んだ後、その反動でよろめいた。
 そのまま体勢を崩して、しりもちをついてしまった。
 その時に、僕のズボンのポケットに入れていたスマホが擦れてしまった。
 スマホの画面が、ズボンの生地に擦れたことで、スマホに入力が発生したようだ。

 その結果、僕の意思ではなく、スマホが電話を取ってしまったようだ。

「私、メリーさん。今、あなたの学校にいるの。」

 ポケットに入っている電話からは、そんな声が聞こえた。
 ご丁寧にも、スピーカーモードになっているようだ。
 校内放送で流れていた声とは、また違った女の子の声が聞こえた。
 しかし、メリーさん?カシマさんではなく?
 僕は疑問に思った。

 もう、カシマさんでなければなんでもいい。
 僕は、ズボンのポケットからスマホを取った。

「君は、メリーさん?カシマさんじゃないの?」

 僕は、電話越しの相手にそういった。

「うん、そうよ。私は、メリーさん。えっとね。すぐに電話をし直すわ。じゃあ。」

 それだけ言って、電話は切られた。
 メリーさん?

 そういえば、メリーさんの電話という怪談があったことを思い出していた。
 メリーさんの電話に出ると、その後に何度もメリーさんから電話が掛かってくる。
 そして、電話の度にメリーさんがいる場所が近づいてくる。
 最後は、自分の後ろにメリーさんがいる、という怪談だ。
 後ろを振り返ってメリーさんと出会うと、どうなるのか、僕はその先の話を知らなかったが、ろくなものではないだろう。

 そんなことを考えていると、またスマホが振動を始めた。
 画面に表示される非通知の相手。

「私、メリーさん。今、あなたの教室にいるの。」

 電話を取ると、メリーさんと名乗る女の子の声だった。
 やっぱり近づいている?
 …僕は今の状況を考えてみた。
 僕はメリーさんだけじゃなくて、カシマさんにも追われている。

 でも、ある意味。
 これはチャンスなのかもしれない。

「メリーさん?僕はカシマさんに追われているんだ。助けてほしい。」

 僕は、メリーさんにお願いをすることにした。
 スマホはメリーさん以外に通じず、校舎から出られない。
 今の僕には、お願いぐらいしかできないのだ。

「えっと?あなた、カシマさんに追われているの?でも、私も手順を踏まないといけないから。」

 メリーさんは戸惑ったような様子でそういった。
 僕は、かまわず続けた。

「カシマさんに追われているんだ!お願いだ!助けて!」
「分かったわ。じゃあ、そこから動かないでね。約束よ。」

 メリーさんは、それだけ答えて電話を切った。
 言われたように僕は、昇降口にいることにした。
 夕暮れの光によって、暗い雰囲気の昇降口だ。
 その下駄箱の前で、僕はスマホを持ってウロウロと歩く。

 ……何も起こらない。
 スマホの時間を見ると、さっきの電話から一分も経っていないのだから、当然なのかもしれない。
 だけど、僕には無限の時間を待っているかのように感じる。

 僕の心臓はバクバクと鳴っていた。
 周囲はオレンジの空間で、誰もいない。
 そんなとき、チャイムが鳴った! 校内放送だ!

「中村カズキくん。早く来てください。3階女子トイレの一番奥の個室です。」

 女性の声が聞こえた。多分、カシマさんだろう。
 校内放送が続いている。

「中村カズキくん。早く来てください。………もし、来ないなら、こちらから向かいます。」

 校内放送は、それだけ言って切れた。
 こちらから向かいます?
 カシマさんは3階のトイレから動けないのではないか?
 どちらにしても、このままだと僕は学校から出ることは出来ないだろう。
 僕は、とりあえずメリーさんからの電話を待つことにした。

 そんなことを考えているうちに、スマホが振動を始めた。
 画面に表示される非通知の相手。

「私、メリーさん。今、下駄箱にいるの」
「早くしてよ。カシマさんが来るって。」

 僕は、年下に聞こえる女の子に急かすようにいってしまった。
 ちょっと、なさけない。

「ちょっと待ちなさい。次の電話で何とかなるわ。じゃあ、切るわよ。」

 メリーさんは、それだけ言って電話を切った。
 僕は不安になってきた。
 メリーさんとカシマさんが来ている。
 僕はメリーさんに助けを呼んでしまっていた。
 だけど、冷静に考えると、どちらに会ってもアウトな気がする。

 すると、すぐにスマホが振動を始めた。電話の着信だ。
 もうどうにでもなれ。
 僕は、電話を取った。

「もしもし、私、メリーさん。今あなたの後ろにいるの。」

 電話からだけでなく、僕の背後から声がした。
 僕は焦って振り返った。
 しかし、そこには誰もいない
 ……いや?いる!? 下駄箱の上の方で何かが動いている!!

「ふふふっ、みぃつけたぁ!」

 あはっはっはっはっ、と可愛らしい笑い声とともに、下駄箱の上から軽やかに降りてきたのは、小さな女の子だった。
 そして。
 しゅたっ!と音を立てて着地した。
 どこか悪戯っぽい雰囲気の彼女は、青いドレスを着た、金髪で青い目の女の子だ。
 背丈は僕の半分くらいしかない。 
 よく見ると、そのドレスは人形が着ているようなデザインだ。
 白いレースの襟、袖口や裾の白いフリル。
 白い靴下に黒い革のストラップシューズ。
 西洋人形のような容姿だ。

「君がメリーさん?」
「そうよ。私がメリーさん。これで手順はクリアよ。」

 メリーさんは、そういうと僕の手を取った。
 そして、僕を連れて学校の廊下へと歩き出そうとしていた。

「えっ?どこに行くの?カシマさんはどうするの?」

 僕は混乱して尋ねた。

「………分からない。」

 そんなメリーさんの答えに、僕は思わず聞き返した。

「どういうこと?」
「だって、私もカシマさんなんて、知らないもの。」
「えっ?だって、今、手順を踏んだって。」
「それは私が、人に会うために手順を踏んでいたの。」

 メリーさんの言葉に驚いた僕は、戸惑いを隠せなかった。
 メリーさんは、電話越しだと何か知っていそうな感じだったのに。
 僕は、がっくりした。

 しかし、その瞬間、校内放送が再び鳴り響いた。
 僕とメリーさんは、互いに顔を見合わせた。

「中村カズキくん。こちらへ来てください。」

 その声は、カシマさんだ。
 その声を聴いた瞬間。
 突然、僕の視界がぼやけ始めた。

「なっ…何が…。」

 僕はそういった。
 最後に見えたのは、メリーさんがこちらに駆け寄ってくる姿だった。

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