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第11話 悲劇
しおりを挟む『コッコの自信作 全部見せます。』
ブックシェルフには、俺が数年前に初めて書いた料理本があった。
裕子は以前、俺が料理人だということは知らなかったと言っていた。なのになぜ、俺の本がここにあるんだ。もちろん、これは尚子さんか、彼女のお姉さんのもので、裕子は今まで知らなかったということもあり得る。
しかし、その本を手に取った時、俺は違和感を覚えた。パラパラと中をめくると、あるページが破られてなくなっていた。俺はそのページを思い出そうとした。嫌な予感がする。
「天ぷらよ。」
後ろから、声がした。
俺はゾッとして振り返ったが、そこにあったのは人を深く安心させる、一対のひとみだった。
「裕子、教えてくれ。」真司はただ、真実が知りたかった。
「その前に一つ覚えておいて。」
「ああ。」
「1%もあなたのせいじゃない。」
その時コッコは、銃弾で頭を打ちぬかれたような気がした。
そうだ。この本のp.55は……
「油に、水を注いだのか?」
真司は恐るおそる尋ねた。
裕子は深いため息をついて、そうよ、と言った。
☆
10年前 裕子の誕生日の前日 23:50
ジューーーバチバチ
油がいい音を立てている。なんかノッてきたわ。私って料理の才能があるんじゃないかしら?フフフ。裕子はふとそんなことを考えたが、それは違うなと自分で気づいていた。
この料理本が私をエスコートしてくれている。未知の世界に導いてくれている。裕子は、なぜ母親がこの本をこんなにも大切にしているのかが、分かった気がした。この本を読みながら料理をしていると、まるで王子様とダンスをしているシンデレラのような気分になれるのだ。そしてこの国の王子様は――料理人・コッコだ。
ジュージューバチバチ
小気味よい音。裕子は料理の手順の次の項目を見た。
材料を油の中に入れていきます。
ええと、材料ね。
材料
・天ぷらの具材
・天ぷら粉
・塩……小さじ1
・水……適量
…………
この料理本には、これらの材料をボールで混ぜる段階がなぜか抜けていた。
ジューバチバチ、ジューバチバチ
裕子はエビと天ぷら粉を別々に入れることに違和感を覚えたものの、この料理人のことを完全に信用しきってしまったのか、きっとこれが料理人コッコのスタイルなんだろう、そう思うことにした。
彼女の眠気も、彼女の判断能力を極限まで鈍らせていた。
ジューーーージューーーー
裕子が油をのぞき込むとそこに自分の顔が映った。表情は見えなかったがなんか頼りないシルエットだな、と思った。
水……適量?この人の本にしては珍しく不親切ね。重い瞼がよりいっそう重くなる気がした。そして油の中に、たっぷりの水を入れた。入れてしまった。
瞬間!はじけた!!油が!顔が!そして輝やいていた人生さえ!!
「あれは明らかに常識知らずの私が悪いのよ。私、水を入れようとして、水がまさに油にぶつかる瞬間、気付いたのよ。ああ、自分はなんて馬鹿なことをしてしまったんだろうって。」裕子は自嘲気味に言った。
コッコ、あなたのせいじゃないわ。
…………
痛い、痛い……痛い!真司、やめて!!
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