斜めの男

かきあげ

文字の大きさ
21 / 26

第21話 神のシェフ 降臨

しおりを挟む


さて、周りのシェフたちが次々に高級料理を出していくのに対して、真司の料理は平凡だった。見る限り、どこにでもあるような天ぷらである。具材も簡単に手に入るようなものばかり。そしてさらに多くの人を驚かせたのは……その天ぷらが、明らかに焦げていたことだった。

 

「なあ、なんということだあ。コッコ、天ぷらを焦がしてしまったあ。かつて天才と呼ばれた男は、長いブランクによりその容姿と腕を大きく落としてしまったあ。」

毒舌で有名な実況者・滝川が一切の遠慮なく言った。

 

そのときだった。先ほどまでちゃらんぽらんな態度をとっていたモッスが、急に真面目な声色でいった。

 

「実況さん。どこ見てるんです?彼は故意に焦がしましたよ。明らかに何らかの意図をもって。それに見た目だって落ちているとは限らない。僕は昔のチャラいコッコよりも、真摯に料理だけに没頭している今の彼の方が好きなんですけどね。」

 

実況滝川は口をつぐんでしまった。そして今にも泣き出しそうな顔をした。神の料理人・モッスにこんなことを言われてしまえば無理もないことだ。再び口を開くまでには数十秒を要した。

 

 

しかしそれでも、審査員の中で彼の焦げた天ぷらは、不評だった。みな一口で、食べるのをやめてしまった。ある者はむせ、ある者はトイレに向かった。

 

審査項目に「料理の見た目の美しさ」というものがある。コッコの天ぷらはその項目では間違いなく最低のDだろう。となると味で勝負しなくてはならなくなるわけだが、これでは……。

 

「ほ、ほら」と言わんばかりに実況者がモッスの顔を覗き込もうとする。

 

しかし、モッスがいない。

 

神の料理人・モッスは放送席を抜け出し、審査員のもとまで行っていたのだ。

 

 

「私も審査に参加させてくれんかね」

 

天才料理人の焦げた天ぷらに続き、ゴッドシェフが降臨したことで、会場のざわつきはピークに達する。審査員たちが困惑した表情を見せる。しかし神の料理人を止められる者はいない。

 

モッスは特別に審査への参加が認められると、開口一番に言った。

 

「私にコッコの天ぷらを食べさせてくれ」

 

      

        ☆

 

 

モッスは以前、一度だけコッコと共に仕事をする機会があった。上流階級の主婦をターゲットとしたテレビ番組の収録だっただろうか。

 

 

確かに、その時のコッコは今よりも清潔で、容姿も美しく、人気を博していた。主婦向けの番組に彼がよく出演しているのもうなずけた。

 

しかしモッスは、正直なところ彼にあまり惹かれなかった。モッスから見て、コッコには一流の料理人に不可欠な何か(情熱、という類のものだろうか)が欠けているような気がしてならなかったし、それは今から頑張って獲得しようとしてもなかなかできるものではない。つまりそれを持っていない料理人は伸びることが少ない――。

 

しかしその当時でも、モッスは彼の料理を実際に見て、そして口に入れると、閉口してしまった。うまかったから……ではない。

 

彼の料理は、ただ「おいしさ」を提供する、という通り一遍のものではなかった。表現力!そう、この言葉が一番しっくりくる。そうなのだ。彼の料理にはストーリーがあり、食べる者に何かを訴える。食事をするものの想像力を喚起するのだ。

 

 

その日、彼は安い具材のみを用いて、みごと上流階級で出されるような家庭料理をふるまってみせた。「家庭の味」とよく表現される温かみを見事に残しつつ、それでいて上流階級の人々しか食べることができないような高級感も演出していた。

 

それは、食べる者に(少なくともモッスに)、およそ上流階級とは言えない家庭の奥さんが、(なんとかそこに上り詰めようと)働く旦那さんをサポートしている様子をほうふつとさせた。料理をひとくち口に運んだだけで、主人が稼いできたなけなしのお金でなんとかよりおいしいものを作ろうとしている主婦の努力が連想されたのである。

 

このときモッスは彼の実力を認めるとともに、自身から、神の料理人から、嫉妬の念が、もっと言えば羨望の念が沸き起こっていることに気付いた。史上最高のシェフと謳われ、現役のシェフにはたった一つの分野でも負けていなかったモッスが……。

 

 

この表現力は私にはない、とモッスは思った。

 

     

        ☆

 

 

 

そのコッコが再び厨房へと戻ってきた。

 

それも彼に欠けていたものを見事に獲得して。モッスの目にはそう映った。

彼に一体何が?彼のこの斜めの姿勢と何か関係があるのだろうか。

 

それだけじゃない。明らかに風変わりな料理を作った。誰も食べようとしない。それはそうだろう。まずそうだからだ。しかし彼の料理だ。何かストーリーが含まれているはずだ。モッスには確信があった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

処理中です...