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第21話 神のシェフ 降臨
しおりを挟むさて、周りのシェフたちが次々に高級料理を出していくのに対して、真司の料理は平凡だった。見る限り、どこにでもあるような天ぷらである。具材も簡単に手に入るようなものばかり。そしてさらに多くの人を驚かせたのは……その天ぷらが、明らかに焦げていたことだった。
「なあ、なんということだあ。コッコ、天ぷらを焦がしてしまったあ。かつて天才と呼ばれた男は、長いブランクによりその容姿と腕を大きく落としてしまったあ。」
毒舌で有名な実況者・滝川が一切の遠慮なく言った。
そのときだった。先ほどまでちゃらんぽらんな態度をとっていたモッスが、急に真面目な声色でいった。
「実況さん。どこ見てるんです?彼は故意に焦がしましたよ。明らかに何らかの意図をもって。それに見た目だって落ちているとは限らない。僕は昔のチャラいコッコよりも、真摯に料理だけに没頭している今の彼の方が好きなんですけどね。」
実況滝川は口をつぐんでしまった。そして今にも泣き出しそうな顔をした。神の料理人・モッスにこんなことを言われてしまえば無理もないことだ。再び口を開くまでには数十秒を要した。
しかしそれでも、審査員の中で彼の焦げた天ぷらは、不評だった。みな一口で、食べるのをやめてしまった。ある者はむせ、ある者はトイレに向かった。
審査項目に「料理の見た目の美しさ」というものがある。コッコの天ぷらはその項目では間違いなく最低のDだろう。となると味で勝負しなくてはならなくなるわけだが、これでは……。
「ほ、ほら」と言わんばかりに実況者がモッスの顔を覗き込もうとする。
しかし、モッスがいない。
神の料理人・モッスは放送席を抜け出し、審査員のもとまで行っていたのだ。
「私も審査に参加させてくれんかね」
天才料理人の焦げた天ぷらに続き、ゴッドシェフが降臨したことで、会場のざわつきはピークに達する。審査員たちが困惑した表情を見せる。しかし神の料理人を止められる者はいない。
モッスは特別に審査への参加が認められると、開口一番に言った。
「私にコッコの天ぷらを食べさせてくれ」
☆
モッスは以前、一度だけコッコと共に仕事をする機会があった。上流階級の主婦をターゲットとしたテレビ番組の収録だっただろうか。
確かに、その時のコッコは今よりも清潔で、容姿も美しく、人気を博していた。主婦向けの番組に彼がよく出演しているのもうなずけた。
しかしモッスは、正直なところ彼にあまり惹かれなかった。モッスから見て、コッコには一流の料理人に不可欠な何か(情熱、という類のものだろうか)が欠けているような気がしてならなかったし、それは今から頑張って獲得しようとしてもなかなかできるものではない。つまりそれを持っていない料理人は伸びることが少ない――。
しかしその当時でも、モッスは彼の料理を実際に見て、そして口に入れると、閉口してしまった。うまかったから……ではない。
彼の料理は、ただ「おいしさ」を提供する、という通り一遍のものではなかった。表現力!そう、この言葉が一番しっくりくる。そうなのだ。彼の料理にはストーリーがあり、食べる者に何かを訴える。食事をするものの想像力を喚起するのだ。
その日、彼は安い具材のみを用いて、みごと上流階級で出されるような家庭料理をふるまってみせた。「家庭の味」とよく表現される温かみを見事に残しつつ、それでいて上流階級の人々しか食べることができないような高級感も演出していた。
それは、食べる者に(少なくともモッスに)、およそ上流階級とは言えない家庭の奥さんが、(なんとかそこに上り詰めようと)働く旦那さんをサポートしている様子をほうふつとさせた。料理をひとくち口に運んだだけで、主人が稼いできたなけなしのお金でなんとかよりおいしいものを作ろうとしている主婦の努力が連想されたのである。
このときモッスは彼の実力を認めるとともに、自身から、神の料理人から、嫉妬の念が、もっと言えば羨望の念が沸き起こっていることに気付いた。史上最高のシェフと謳われ、現役のシェフにはたった一つの分野でも負けていなかったモッスが……。
この表現力は私にはない、とモッスは思った。
☆
そのコッコが再び厨房へと戻ってきた。
それも彼に欠けていたものを見事に獲得して。モッスの目にはそう映った。
彼に一体何が?彼のこの斜めの姿勢と何か関係があるのだろうか。
それだけじゃない。明らかに風変わりな料理を作った。誰も食べようとしない。それはそうだろう。まずそうだからだ。しかし彼の料理だ。何かストーリーが含まれているはずだ。モッスには確信があった。
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