一ノ瀬加奈子の研究室 ~マッドサイエンティストはモルモットをかわいがる~

hisuiden

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第3話 モルモットは実験動物

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 ここ科学技術工業大学付属高校には、校舎とは別に研究施設の連なった研究連が併設されている。
 
 爆発に巻き込まれたときは、外から眺めていただけだから、中に入るのは初めてだった。
 リノリウムの床は塵ひとつなく掃除され、長いトンネルのような廊下が続く。
 
 そんな場所をヘルメットに盾を構えるという、後は銅の剣でもあればすぐにでも冒険に出かけられそうないでたちでぼくは歩いていた。

 「これは少しやりすぎじゃないかなぁ……」
 
 ちょっとやりすぎかもしれないが、一週間前の事件を考えれば決して大げさではないのかもしれない。
 研究棟に入ってからまだ誰にも出会っていないが、これがこの場所での常識ならば仕方ない。それに従うまでだ。
 
 外の光の入らない研究連の廊下は、瞬きを繰り返す頼りない蛍光灯で照らされている。
 両側に並ぶ扉の中からは以前にも聞いた、無機質な機会音だけが聞こえている。

 ぼくは盾を構えて、一歩ずつ奥へと進んでいく。たっぷり時間をかけてたどり着いた、そこは他の研究室とは明らかに異なる鋼鉄の扉でふさがれていた。

 一見要塞のようだが、扉の横に可愛らしい丸字で書かれた「最進科学研究倶楽部」の表札が、目指す場所はここであることをあわらしていた。
 よく見ればその下にも何か書かれている。

「なになに『御用の方は下のチャイムを押してください』か。確かにこの扉ではノックの音なんか聞こえないだろうからな」
 ぼくは何の疑いもなくチャイムのボタンを押した。

 ドカーン!

 ボタンは火を吹いて爆発。準備していた盾とヘルメットのおかげでぼくの体には怪我はない。しかし、もうもうと煙を噴出しつづける呼び鈴……。

 あわてて煙を散らそうと両手をぶんぶんと振り回すが、もちろんそんなものでどうにかなるようなものではない。煙は止めどとなく湧き上がってくる。このままでは……

 まもなく煙を感知した火災報知器がけたたましいサイレンを響かせた。

「ど、どうしよう……」

 焦げ臭い煙の中立ちすくむぼくの前で、重そうな音を立てて鋼鉄の扉が開いた。

「いらっしゃいませぇ、お客様ですか?」

 その声はどこかで聞き覚えがある。ぼくは煙の向こうに浮かぶシルエットを凝視した。

――――――――――――――――――――――

「あの、外の煙、ほうっておいていいんですか」
 部屋に通されたぼくは、迎え入れてくれた白衣の女性に尋ねた。

「いいのいいの、いつものことだから。あのチャイムどうしてなのか、いつも爆発するのよね」
 ほほに人差し指を当てて首を傾げる。後ろで一つに結ばれた長い黒髪が、さらさらと傾けた肩にかかる。
 そんなしぐさは、やや幼げに見える彼女にのみ許される行動のように思える。
 その顔には大きすぎる眼鏡も、柔らかく歌うような彼女の声も、まさにぼくの好みど真ん中だ。

「ところで君、ここに何しにきたの?もしかして入部希望かしら」

 胸の前で両手を組み、目をきらめかせてぼくを覗き込んでくる。
 あまり女性に免疫のないぼくは、そんな彼女を見るだけで心臓が爆発しそうだ。

「はぁ、まあ、いちよ、そんなところです。まずは見学させていただこうかと思って……」

「まぁ!あらあら、なんてことかしら、のりちゃん、お客様よ!お菓子とお茶の準備して」

 胸の前で手をたたくと、てきぱきと実験器具を片付け、ランチョンマットやらお手拭が並べられる。奥からは芳しい香りの紅茶が運ばれてきた。

「あ、自己紹介がまだだったわね、私はここの部長、2年の一ノ瀬 加奈子です。あとあっちでお茶を準備しているのが、同じく2年、副部長の 川島 法子。そして、君が平部員よ!」

 ビシッ、とぼくのほうを指差して叫ぶ。

「あのまだ入部すると決まったわけでは……」

 すべて言い切らないうちに加奈子先輩の表情が崩れる。
 今までのかわいらしい笑顔から一転、悲劇のヒロインのように大粒の涙を流して床に倒れこむ。

「今この部は私たち二人きりなの、このままでは廃部になってしまうわ。お願い私たちを助けて」

 見ると部屋の奥でも法子先輩もハンカチで口元を押さえている。
 女性の涙は男にとって拒否できない最高の武器だときいたことがある。今ぼくは身をもってそれを体験していた。

 ぼくの入りたかった科学部も部員の減少で廃部に追い込まれたと聞いた。科学系の部活が抱える問題はどこも同じようだ。

 近藤先生の歯切れの悪さが、若干気になるところではあるが、この学校で科学部に近い場所といえばここしかないわけだし、部長さんは美人でかわいい。何も文句はないように思えた。

「わかりました、ひとまず仮入部ってことでいいですか。ぼくは将来に役立つような、実験と研究がしたいんです。それなりのレベルの実験が行えればどこでもかまいませんけど、ここはどんな実験を行っているんですか」

 ぼくの言葉に、また表情がころっと変わる。
 ニコニコした顔でぼくにお茶を注ぐ。

 ここまであからさまな演技に付き合わされて、正直辟易してしまうが、加奈子先輩の笑顔はそれを帳消しにしてしまう魅力がある。
 それほどにかわいいのは認めるけど、ちょっと性格に問題はあるみたいだ。学校で流れる噂の理由がなんとなく理解できてきた。

「大丈夫よ、私たちのやっているのは世界的に見ても最先端の研究よ、そこらの学生と一緒にしないで頂戴。今までの実験もいろいろあるから説明もできるけど、ひとまずは、この仮入部届けにサインして」

 加奈子先輩が一枚の用紙をぼくの前に置いた。
『仮入部届け』と書かれたその紙は、大きさの割に書かれている内容は少なく、クラスと名前を書く欄以外はほとんど空白だ。
 それほど深く考えず、渡されたペンでクラスと名前を記入して、向かいに座っている加奈子先輩に渡した。

「ふうん、森本君って言うのね」
 ぼくの名前を見て、加奈子先輩は何かを思い出したようだ。

「あ、そっかぁ、君が脅威の回復を遂げて復活したって、有名な森本 堅太君ね。ちょうどよかったわ」

 何がちょうどいいのかはわからないが、最先端の研究というのはうそではなさそうだ。入れてもらったお茶をすすりながら部室を見渡すと、高校の部活で使うとは思えないような検査機器や薬剤がいたるところに置かれている。

「ずいぶんと研究機器が充実してますね」

「そうね、ほとんど私の私物だけどね」

 加奈子先輩はさらりと言ってのけるが、とんでもないことだ。一台ウン億円もしそうな機材が私物って、この人は何者なんだろう。

「ああ、でも好きに使ってもらっていいわよ、なんたって君はもう正式な部員なんだから」

「え、まだ仮入部なのに、いいんですか」

「いいえ、あなたはもう正規部員よ。のりちゃん、見せてあげて」
 法子先輩が、いまさっきサインした仮入部届けを持ってくる。

 これ見よがしに用紙をぼくに見せつけ、指で『仮』の文字をこする。するとアッと言う間にきれいに消え去ってしまった。
 さらに、真っ白だった余白の部分を下からライターで軽くあぶる。するとそこには次々に文字が浮かび上がってきた。マリックもビックリだ。
 あぶりだされた文章を読むと、

『規約:部活動で行われる各種実験のため、喜んでこの身を差し出します。』
 と記入されている。

「な、何ですかこれ」
 あまりのことに机を叩いて立ち上がる。

「決まってるじゃない、正式な入部届けよ。うれしいわ、あなたみたいなタフな新人さんが入ってくれて」
 屈託のない笑顔でぼくに向かって微笑みを投げかける。思わずしょーがないか、と納得しそうになる。

「最近の学生さんたちって、体が弱いのか実験台にすると、すぐに部活にこなくなっちゃうのよね。その点、君は大丈夫よ。よろしく、もるもっとくん」
 実験台ってどういうことだよ。それに、今、なんかぼくの名前間、間違って発音されていたような……

 ぼくの気持ちを察してか、加奈子先輩はもう一度、しっかりと発音してくれた。

「よろしくね、モルモットくん」

「!!」

 モルモットって、実験動物ってことじゃないですか。

  *うんちく 
 モルモット【天竺鼠】:テンジクネズミ科 テンジクネズミ属に含まれるげっ歯類の総称。主に動物実験に用いられる。現在は小型の鼠などが多く実験に使われるが、今でも実験動物の総称としても用いられる名称である。


「あの爆発に巻き込まれたのに、こんなに早く回復するなんて、実験台には最適よね。」
 天使のような微笑をたたえながら、とんでもないことをさらりと口にする。
 そうだ、思い出した。ぼくがあの時、爆発に巻き込まれる前に聞いたのは、加奈子先輩の声だったんだ。
 
「きゃーやだぁ、失敗しちゃったぁ」
 
 あの爆発の直前に聞いた声と、今目の前にいる加奈子先輩の声が重なった。
 なんてことだ。ぼくは自分をひどい目にあわせた部活に自分から飛び込んでしまったのか。

「冗談じゃないですよ!もう帰らせてもらいます」

「でも、入部届けはここにあるのよ~」

 ひらひらと、入部届けをもって部屋の中をスキップする加奈子先輩。
 法子先輩は止めもしないで冷ややかな目でぼくたちを見ている。

 頭に来たぼくは用紙を取り返そうと手を伸ばす。先輩はそれほど身長は高くない。簡単に取り返せると思っていた。「そんなもの無効ですよ、返してくださいっ!」
 しかし、ぼくが手を伸ばすと、加奈子先輩はひらりとその身をかわす。白衣の裾がフレアスカートのようにひるがえり、思わずその下から覗く綺麗な足に目を奪われる。でも今はそんなものに見とれている場合ではない。

 数分間の攻防の末、後一歩で手が届くというその瞬間、ぼくは何かにつまずいた。
 加奈子先輩にばかり気を取られていたぼくに、法子先輩が足をかけたのだ。

 気づいたときにはもう遅い、勢いのついたぼくの体は、そのまま床へとたおれ込んでいった。

 
 ぼくの手のひらには暖かいぬくもりと、心臓の鼓動が伝わる。
 ほのかに漂うシャンプーの香り。

 はっと気づくと、ぼくは加奈子先輩を押し倒す形で、その上に倒れこんでいた。
 両手のひらは狙ったかのように、女の子の一番柔らかい場所に置かれている。
 あわてて離れようとするぼくに向けてフラッシュが光る。
 見上げると、無表情のままカメラを構える法子先輩の姿。

「白昼堂々と先輩を押し倒す。破廉恥学生。新聞部に売り込み、インターネットで全世界に配信します」
 耳元で、静かに法子先輩がぼくにささやく。

 ぼくの顔から血の気が引いていく。

「この部活をやめてもかまわないけど、そのまま学校もやめることになっちゃうわね。困ったわ」
 全然困っていない顔で加奈子先輩が呟く。「それにいい加減私の上からどいてもらえないかしら」

 馬乗りになっていた加奈子先輩の上からあわてて、飛びのいたぼくに、今度は加奈子先輩が後ろから抱きつき、耳元に声をかけた。

「サイカケンにようこそ。これからもよろしくね、モルモット君」

 絶望に沈むぼくと、その後ろでピースをする加奈子先輩の姿を、カメラのフラッシュが再び包んだ。

 こうしてぼくは最新科学研究部、サイカケンの平部員(実験台)になった。

 合掌。
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