一ノ瀬加奈子の研究室 ~マッドサイエンティストはモルモットをかわいがる~

hisuiden

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第5話 物体移動装置てんそーくん1号

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 ここは研究連の一番奥。サイカケンの部室である。部屋の中に昨日は見なかった謎の機械が、これでもかというくらいに自己主張をして鎮座していた。

 大きさはそう、ちょうど人が一人は入れるくらいの筒が二つ。ふたはアクリルガラスのような半透明の素材で、中の様子が見えるようになっている。

 その二つの筒の間を何本ものカラフルなコードが蛇のようにのたうっていた。

 ぼくの不安をよそに、加奈子先輩はうきうきしながらぼくのいる机にお茶を運んできた。

「まったくモル君たら、のんびり屋さんなんだもの。授業が終わったらすぐに部室に来るように言っておいたのに。待ちくたびれて迎えに行っちゃったわ」

 ぷんぷんとでも効果音でも付きそうな顔でぼくに訴える。実際、授業が終わってほとんど時間が経っていなかったことを考えると。もともと自分からは来ないということをある程度予想していたのだろう。

「まあ、いいわ。準備にもう少しかかるからちょっと待ててね」
 そう言い残して謎の機械の方へと去っていく。

 一人残されたぼくは、奥で行われている最終調整を眺めつつお茶をすすった。

 おそらくはあの筒の中には、ぼくが入れられるんだろうなぁ。

 何をされるのかはなんとなく想像がつく。問題は安全性だ。危険がなければこんな実験に立ち会える自分はラッキーともいえる。だけど、入学式前の爆発事件、さっき品川から聞いた数々の犠牲者の話を考えると、生存の確率はあまり期待できないように思えた。

 湯飲みをもつぼくの手も震えている。やるならむしろさっさとやってほしかった。恐怖は時が経つにつれて大きくなっていく。

「お待たせ、」

 作業を終えた加奈子先輩がやってきた。この期に及んでも、これがデートの待ち合わせだったらいいのに、なんて勝手な想像を膨らませる。むしろ現実逃避かもしれない。

「モル君、あの機械なんだかわかる」

 奥に鎮座する二つの筒を指差して、にこやかに質問する。あの形からしてやっぱりアレだろう。片方の筒に入ったものをもう片方の筒に移動するって言う。

「物体、移動装置、ですか」

「すごーい。大正解よ。よくわかったわね」

 オーバーなアクションで驚きを表現する加奈子先輩。そして「正解者にはなんと、この物体移動装置『てんそーくん1号』の人体移動実験、被験者第一号の栄誉を与えまーす」

「遠慮します!」
 即答。まったく予想通りの展開だ。

「えー、お願いモル君。君しかいないのよ」
 胸の前で手を組み、お願いポーズでせまる加奈子先輩の姿に思わず頷きそうになるが、不屈の精神力で何とか踏みとどまる。

「いやですよ。それにもし、ぼくがさっきの質問にまちがえていたら、どうしたんですか」

「それは、バツゲームとして、被験者第一号に……」

「どっちにしろぼくを実験台にする気じゃないですか。冗談じゃないですよ」

「だって、実験台は君しかいないんだもん」

「冗談じゃない。帰ります」
 ぼくは席を立って帰ろうとした。あれ、おかしいな、立てない、ぞ……

 椅子から転がりそうになるぼくの体を、法子先輩が抱きとめてくれた。
 おかしい、足だけでなく腕も自由が利かないぞ。
 あせりまくっているぼくに向けて加奈子先輩が言った。

「モル君、筋弛緩剤って知ってる」
 まさかさっきのお茶に一服盛られたのか!


  *うんちく
 筋弛緩剤:神経・細胞膜などに作用して筋肉の働きを弱める薬。医師などによって正しく扱わないと、呼吸不全などでしにいたるケースもある。天然の筋弛緩作用のあるものとしてはフグの毒が広く知られる。もちろん普通の人が使用していいものではありません。良い子は絶対にまねをしないように。


「ひ、ひどいじゃないですか。やめてくださいよ」
 ぼくは何とか逃れようと、唯一動く首をむちゃくちゃに振り回した。しかし、法子先輩はぼくぼくの体を軽々と担ぎ上げると、右側の筒に押し込んだ。

「よくやったわノリちゃん。早速実験ね」
 嬉々として加奈子先輩がぼくの体に電極や脳波形などを装着する。

「加奈子先輩、一つ質問なんですけど。もちろん動物実験は終わってますよね」
 ネズミでも成功していれば、まだ望みはある。人体実験に踏み切るくらいだ。成功率はそれなりに高いに決まっている。
 しかし、そう思ったぼくの希望は無残にも打ち砕かれた。

「もー、なに言ってるのよ。それを今からやるんじゃない」
 こともなげに言う。そうでした、ぼくのここでのあだ名はモルモット、実験動物ってことだ。

「大丈夫よ。今回はかなり自信あるんだから」

「ちなみに、カナの実験成功率は30パーセントだ」
 法子先輩は手帳を見ながら説明してくれる。「まあ、先端科学の実験結果としては、かなり良いほうだ」

 残念ながらぼくの期待値には、とおく及ばない。何とかして逃げ出したいが、体はさっぱり言うことを聞かない。ぼくは唯一自由の利く口で説得工作に出る。

「加奈子先輩、この実験ってまだ誰も成功していないんですよ、やめといた方が……」

「だからこそ、やらなくちゃ」
 何を言ってるのよ、といわんばかりだ。その決意は称賛に値するよ。ぼくが実験台になっていなければね!

「先輩、先輩。ほらこの実験って昔映画であったでしょ、動かそうとしたらブーンって気づかないうちにハエが入っちゃって一緒に転送されちゃうやつ。あんなふうにぼくがハエ男になったら大変ですよ」


  *うんちく
 ハエ男の恐怖:1958年に公開された映画。1986年にもリメイクされている。人間の転送実験中にハエが紛れ込み、遺伝子的に組み合わされ、ハエ男になってしまうというホラー映画、かなりグロテスクな部分もある。その後も漫画や小説などで同じネタで作品が大量生産されている。この話も、大多数の中のひとつであることは言うまでもない。


「そうね、私も、虫って苦手なのよね。だから安心して虫は絶対に入れないわ」
 ひとまず、ひとつの危険は回避されたがに見えた、しかし。

「の、法子先輩。その動物たちは何ですかっ」
 奥から運ばれてきたのはウサギ・ネコ・カメ・ヘビ・トカゲ。

「私、昔っから『キメラ』って作ってみたかったのよね」
 夢見る少女のように宙を見つめて物思いにふける、加奈子先輩。お願いです、夢見るならもっと乙女チックな夢にしてください。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。今ハエ男にはしないって約束してくれたじゃないですか、すごい危険なんですよ!」

「そうよ、だから全部、虫以外でしょ。私、動物は結構好きなんだぁ」
 そういってつれてこられた動物たちを優しくなでる。おいおい、お前らもそんな風に気持ちよさそうにしているんじゃない。これから大変な事されようとしているんだぞ。野生の勘で気づけっていうんだ。

「ウサギ耳の男ってのものアリよね」
 ぼくもバニーちゃんは嫌いではないが、あれはあくまで作り物であって、実際にいたら恐ろしい。しかも男は……想像するだけで気持ちが悪くなる。

「カナ、このネコなんか良いんじゃないか。ノラネコだったんだが、保健所に連れて行かれるところをもらってきたんだ」
 法子先輩が首根っこをつかんで一匹の黒猫を持ち上げる。
 こんな状況でのんきに顔を洗う黒猫を、加奈子先輩がじっくり観察する。

「うん、結構かわいくなるかも。オッケイそれでいきましょう」
 加奈子先輩は簡単に許可をだすと、機械のスイッチを入れた。

 法子先輩が持っていた黒猫をぼくのいる筒に投げ込み、ふたを閉めた。半透明のガラス越しに加奈子先輩のわくわくした表情が見える。
 その間も機械は奇怪なうなり声を上げて動き続ける。ぼくと黒猫のいる筒の中に青いガスが充満してきた。

「うわっ、なんだこれっ」

「安心して、筒の中の転送物をコンピューターが確認しやすくするための気体だから、人体に影響はないわ、あと10秒で転送開始よ」
 ぼくの入った筒がオレンジの光で包まれはじめた。機械が臨界に達したようだ。
 このままではネコ男にされてしまう。動け!ぼくの体。動け!

「3・2・1・てんそー」

 加奈子先輩の楽しげな声が響き渡る。その瞬間、ぼくは最後の力を振り絞り、体につながれた様々なコードを引きちぎりながら、機械の中から飛び出していた。
 ぼくがいなくなっても機械の活動は止まらず、今までぼくの入っていた筒の中から部屋中に筒の中からあふれ出した雷のような放電が、縦横無尽に走りまわった。

「ばか、何してるんだ。早くふたを閉めろ!」
 機械を制御している法子先輩の声に、あわてて筒のふたを閉じる。黒猫はまだ中に入ったままだ。

 一匹で取り残された黒猫はあわててガラス面につめを立てるが、小さな子猫の力程度でどうにかなるようなものではなかった。
 筒の中を走る放電が猫を直撃したとき。ぼくらの目の前で黒猫はその姿を消した。

「消えた……」

 機械はまだその動きをとめてはいない。ぼくらが見つめていた筒の中には何も残ってはいない。代わりにもう一本の筒に、同じような放電が走る。

「きたぞ」

 法子先輩がモニターを見つめながら短く言った。
 次第に放電は収まり、筒の中を満たしていた青いガスが薄まっていく。そして次第にその中の状況が確認取れるようになった。
 そこには先ほど筒に入っていたのとまったく同じ姿の黒猫が座っていた。

「転送確認。生命状況に異常なし。成功だな」
 法子先輩が制御パネルから離れて立ち上がる。

「「やったー」」
 思わずぼくと加奈子先輩は抱き合って喜びをあわらした。

 すごい。本当に物体転送だ。しかも生きている動物。こんな実験に立ち会えるなんて、ぼくは幸せだ!
 しかし、はたと現実に戻ったぼくは、今自分に行われた所業について怒りがわきあがるのを覚えた。

「ちょっと待った!」
 いまだ一人でぴょんぴょん跳ね回る加奈子先輩の肩をつかむ。

「先輩、何てことしたんですか。ぼく、危なくネコ男になっちゃうとこだったじゃないですか」

「ホント、残念だったわ。モル君なんで出ちゃったの」

「ぼくは残念がっているんじゃなくて、怒っているんです」
 加奈子先輩はぼくの怒りの百分の一も理解していないようだ。そんなぼくたちのところに、すまなそうな顔をした法子先輩も近づいてきた。
 あの表情から少しは責任を感じているようだ。法子先輩にはまだ常識があるということだろうか。

「カナすまない。モルの驚異的な回復力を甘く見ていた。次は確実に動けないよう通常の倍の薬を使うように気をつける」
 そっちかい!思わず突っ込みを入れる。

「そんなこと本人を前に宣言しないでください!もう付き合っていられません、帰ります」
 ぼくはかばんを取ると、逃げるように部室をでた。このままここにいたら、次こそ危険だ。
 ドアから出るぼくの背中に、加奈子先輩が声をかける。

「おつかれー、また明日も来てね」
 二度とくるものかと、心のなかで叫んで家路に着く。声に出せないところが情けない。
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