白水緑【掌握・短編集】

白水緑

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待ち人来ず

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お題【午前七時・電話ボックス・爪先】

「まだ来ないの?」

 夜が明けて人通りも増えた時刻、私は既に三時間も待っていて、まだ待ち人と会えていなかった。
 会えないのはきっと理由があるからに違いない。連絡を取ろうと数少ない公衆電話を探し出し電話をかけてみても繋がらない。途方に暮れた私は、ストレスからつい爪先を噛んでしまう。今日のために綺麗にしてもらったネイルがズタズタになっていくのが辛い。

「お姉さん、こんなところで何してるのー?」

 傷ついた雪に、電話ボックスの外から声をかけたのは、いかにも仕事終わりのホストという風貌の男。心配そうに眉根を寄せている。

「……」

 私はあからさまに顔を逸らして、男を無視しようとした。待ち人来ずだが、ホスト如きに心配されたくはない。
 少しして男が去っていったらしい足音がしてほっとしたのもつかの間、また足音が帰ってくる。
 去った足音とは違う音にようやく来た! と期待して振り向いた雪の前にいたのはホスト崩れの男。笑顔で差し出してきたのは小さなコンビニの袋で、湯気が上がっているのがガラス越しにも分かった。

「ほら、肉まん買ってきたから食べなよ」

 ぐうとお腹がなり小さく電話ボックスのドアを開けると、肉まんが手渡された。すきま風と一緒に食欲を湧きあがらせる匂いも入ってくる。
 温もりが指先から広がり、凍りかけた気持ちが和らいでいくような気がした。
 肉まんを頬張ると、涙が溢れてくる。見ず知らずの私にどうして。

「せっかくの綺麗な格好なんだから、お出かけしよっか」

 男は私が泣いていることには触れず、にこにことしている。

「……行かない」
「そう言わず! ね? 俺を助けると思ってさ」

 両手を合わせ、子犬のように見つめてくる。ナンパされているのに、自分のほうが悪いことをしているような気分にさせられる。それを見ていると、もうあんな男なんてどうでも良くなってきて、すっぽかした男には都合よく利用されただけだと納得できた。この男もそうかもしれないけど、今は現実逃避をしたくて八つ当たりのように答えた。

「お腹空いた」
「おっけー! 良いお店を知ってるから行こう」

 男はぱっと笑顔になり、私の手を拾うように男の手が伸びてきた。驚いて引っ込めようとするも間に合わず、電話ボックスから連れ出される。

「嬉しいなー。こんな綺麗な格好をした子とご飯に行けるなんて」

 横に並んで歩きながら男は上機嫌に笑った。雨に濡れ、泥の中にしゃがんでいた私をそう表するなんて変な人。
 少しだけ気分を良くして改めて男を見直すと、さっきは派手に見えた服装も、よく見ればあちこちが擦り切れ、雑に取り繕われたような穴がある。

「着いたよ!」

 目の前には安い事で有名なファミレス。私もよくお世話になっていて食べ慣れた味である。だが、明らかに貧乏生活をしている男にとってこれが精一杯の贅沢なんだとわかったから、何も気にならなかった。匂いを嗅ぎ、お腹を抑えてみせる。

「お腹すいちゃった」
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