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05.二人の距離
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昨日、母親から頼まれたお使いをすっぽかした恭佑。午前中は言われた通りの買い物を済ませ、午後になってようやく図書館を訪れた。
時間も時間だからと今日は家にいても良いとの許しが出ていたが、今日は涼みに行くのではない。少女に会いに行きたい。その一心で、図書館に向かっていた。
普段と違う時間に歩く道のりは新鮮で、図書館に着いてもそれは変わらなかった。
真夏の暑くなりきった太陽の下から、ほどよく冷やされた図書館に入ると、ここはこんなに天国だっただろうかと思わず神に感謝せずにはいられない。
いつもの席に向かう途中、棚の奥の方からカーペットの上で軽いジャンプ音が聞こえてた。少し間隔を置いてもう一度。
何してるんだろ……。
本棚を曲がった先に答えはあった。
片方の手で棚を支えにし飛び上がり、一生懸命にもう片方の腕をのばしている少女。難しい表情で上段に置かれている本を見上げている。
どうやら手が届かないらしい。
まぁ、その身長じゃな……。
恭佑はどこの棚でも手は届くので意識したことはなかったが、クラスの中で平均くらいの恭佑と比べても、少女は頭一個半ほど低い。
本を取ることに夢中になっている少女のそばまで行き、後ろからその様子を眺める。長い髪が、ジャンプに遅れて揺れるのが面白く、見ていて飽きない。
……って違うだろ俺。これじゃ不審者にも程がある。
深呼吸してから、まだ恭佑の存在に気づいていない少女に声をかけた。
「どれを取りたいんだ?」
タイミング悪く少女が跳ぼうと膝を曲げた瞬間のことで、不安定な姿勢のまま振り向いて姿勢を崩す。
「きゃっ……」
「わっ」
倒れ込んできた少女に押されて、恭佑も床に尻もちをついた。少女の髪からシャンプーの香りが漂って、甘さに酔いそうだった。柔らかい体は、全体重を恭佑にかけているはずだが、少しも痛みや重さを感じない。
「驚かせて悪かった」
「私の方こそすみません」
慌てて立ち上がろうとする少女の背を支え、怪我がなさそうな様子を見てほっと胸をなで下ろした。さて、自分も立ち上がろうと体勢を整えると、恭佑の目の前に白い手が差し出される。
「あの、あなたのほうこそ大丈夫でしたか?」
「ああうん……」
気恥ずかしくて俯いたまま、少女の手を借りて立ち上がった。正面に向かい合って立つと、少女はチラチラと何かもの言いたげに恭佑の様子をうかがっている。
「なに?」
変なところでもあるだろうかと首を傾げて話を促すと、少女は何度か口を開いては閉じると繰り返す。
そういえば、本を取ろうとしたんだっけ。
恭佑は少女に話しかけた理由を思い出して本棚を見上げた。同じタイトルがずらりと並び、どれを取ろうとしていたのかさっぱりわからない。ただ、少女が呼んでいるのを見たことがない。それだけの理由で、第一巻を手に取った。
「これで良かったか?」
手渡すと、少女は目を白黒させて何度も頷いた。
「すごい。どうしてこの本だとわかったのですか?」
「あ、いやなんとなく……」
毎日一方的に見ていたからとは言えず、それじゃ、という言葉を残して逃げる。引き留める少女の声を聞こえないふりして、恭佑は本棚の間を抜けた。最近馴染みになった本棚からここのところ毎日手に取っている本を手に取って立ち止まった。
これ、いつもの席に行ったら逃げた意味ないよな……。
本を持ったまま意味もなく館内をぐるりと一周し、落ち着く場所がなく、結局は慣れた場所に戻ってくる。
渋々本棚の影から席を覗くと、少女は本に集中しているようで恭佑の視線に気づく様子はない。その様子にほっとして、恭佑も席に着いた。
少女から逃げていたにもかかわらず、こうして向かい合って座ってみると、不思議と心が弾む。
その勢いに押されて、今日こそはちゃんと読むぞ。強く決意して表紙をめくった。だが、冒頭の状況説明で眠くなり、主人公が口を開いた辺りで文字が頭に入らなくなる。
やっぱ、無理だわ……。
がくん、と勢いよく頭が下がり、はっと頭を振る。少女が恭佑を認識していない間は居眠り上等、むしろ図書館には時間を潰しに来ているのだからそれが正解だった。だが今日は既に会話をし、おそらく顔も覚えられている。寝るわけにはいかなかった。
ねむ……。
とはいえ、起きていたいという意思だけではなかなか難しく、気づいたときにはすっかり頭が下がっていた。
やばい!
恭佑が気づいて顔をあげたときには、夕日が随分と傾いていて相当な時間を眠っていたことが窺い知れた。
やってしまったと大きなため息をつく恭佑の耳に、かすかな笑い声が届く。どうやら見られていたらしいと理解して、思わず顔が赤くなっているのがわかった。
「静かだと眠くなってしまいますよね」
「あ、うん……でも君はそんなことなさそうだけど」
暗にいつも少女のことを見ているとわかる言葉を漏らしてしまったが、少女は気づかなかったらしい。優しい口調で恭佑をフォローした。
「私も眠くなることはありますよ」
「そうなんだ」
「はい。あの、お目覚めになったところ申し訳ないのですが、取っていただいた本を読み終わったので、片付けもお願いしても良いでしょうか」
「もちろん。次の本も読む?」
そう訪ねたところで、天井に埋め込まれたスピーカーから聞き慣れた音楽が流れ出す。
二人してスピーカーを見上げて、顔を見合わせた。
「……閉館時間になってしまいましたね。続きは明日、お願いしてもいいですか?」
「うん。それじゃあまた」
明日。何気なく交わした約束に、恭佑は胸を高鳴らせた。偶然居合わせた二人という関係だったのに、言葉を交わし、次の日の約束も交わせた。
図書館前で二人は別れて、恭佑は足取り軽く家へ帰った。
早く明日が来て欲しい。少女と出会ってからは毎日考えていたが、こんなにも待ち遠しいのは初めてだった。
時間も時間だからと今日は家にいても良いとの許しが出ていたが、今日は涼みに行くのではない。少女に会いに行きたい。その一心で、図書館に向かっていた。
普段と違う時間に歩く道のりは新鮮で、図書館に着いてもそれは変わらなかった。
真夏の暑くなりきった太陽の下から、ほどよく冷やされた図書館に入ると、ここはこんなに天国だっただろうかと思わず神に感謝せずにはいられない。
いつもの席に向かう途中、棚の奥の方からカーペットの上で軽いジャンプ音が聞こえてた。少し間隔を置いてもう一度。
何してるんだろ……。
本棚を曲がった先に答えはあった。
片方の手で棚を支えにし飛び上がり、一生懸命にもう片方の腕をのばしている少女。難しい表情で上段に置かれている本を見上げている。
どうやら手が届かないらしい。
まぁ、その身長じゃな……。
恭佑はどこの棚でも手は届くので意識したことはなかったが、クラスの中で平均くらいの恭佑と比べても、少女は頭一個半ほど低い。
本を取ることに夢中になっている少女のそばまで行き、後ろからその様子を眺める。長い髪が、ジャンプに遅れて揺れるのが面白く、見ていて飽きない。
……って違うだろ俺。これじゃ不審者にも程がある。
深呼吸してから、まだ恭佑の存在に気づいていない少女に声をかけた。
「どれを取りたいんだ?」
タイミング悪く少女が跳ぼうと膝を曲げた瞬間のことで、不安定な姿勢のまま振り向いて姿勢を崩す。
「きゃっ……」
「わっ」
倒れ込んできた少女に押されて、恭佑も床に尻もちをついた。少女の髪からシャンプーの香りが漂って、甘さに酔いそうだった。柔らかい体は、全体重を恭佑にかけているはずだが、少しも痛みや重さを感じない。
「驚かせて悪かった」
「私の方こそすみません」
慌てて立ち上がろうとする少女の背を支え、怪我がなさそうな様子を見てほっと胸をなで下ろした。さて、自分も立ち上がろうと体勢を整えると、恭佑の目の前に白い手が差し出される。
「あの、あなたのほうこそ大丈夫でしたか?」
「ああうん……」
気恥ずかしくて俯いたまま、少女の手を借りて立ち上がった。正面に向かい合って立つと、少女はチラチラと何かもの言いたげに恭佑の様子をうかがっている。
「なに?」
変なところでもあるだろうかと首を傾げて話を促すと、少女は何度か口を開いては閉じると繰り返す。
そういえば、本を取ろうとしたんだっけ。
恭佑は少女に話しかけた理由を思い出して本棚を見上げた。同じタイトルがずらりと並び、どれを取ろうとしていたのかさっぱりわからない。ただ、少女が呼んでいるのを見たことがない。それだけの理由で、第一巻を手に取った。
「これで良かったか?」
手渡すと、少女は目を白黒させて何度も頷いた。
「すごい。どうしてこの本だとわかったのですか?」
「あ、いやなんとなく……」
毎日一方的に見ていたからとは言えず、それじゃ、という言葉を残して逃げる。引き留める少女の声を聞こえないふりして、恭佑は本棚の間を抜けた。最近馴染みになった本棚からここのところ毎日手に取っている本を手に取って立ち止まった。
これ、いつもの席に行ったら逃げた意味ないよな……。
本を持ったまま意味もなく館内をぐるりと一周し、落ち着く場所がなく、結局は慣れた場所に戻ってくる。
渋々本棚の影から席を覗くと、少女は本に集中しているようで恭佑の視線に気づく様子はない。その様子にほっとして、恭佑も席に着いた。
少女から逃げていたにもかかわらず、こうして向かい合って座ってみると、不思議と心が弾む。
その勢いに押されて、今日こそはちゃんと読むぞ。強く決意して表紙をめくった。だが、冒頭の状況説明で眠くなり、主人公が口を開いた辺りで文字が頭に入らなくなる。
やっぱ、無理だわ……。
がくん、と勢いよく頭が下がり、はっと頭を振る。少女が恭佑を認識していない間は居眠り上等、むしろ図書館には時間を潰しに来ているのだからそれが正解だった。だが今日は既に会話をし、おそらく顔も覚えられている。寝るわけにはいかなかった。
ねむ……。
とはいえ、起きていたいという意思だけではなかなか難しく、気づいたときにはすっかり頭が下がっていた。
やばい!
恭佑が気づいて顔をあげたときには、夕日が随分と傾いていて相当な時間を眠っていたことが窺い知れた。
やってしまったと大きなため息をつく恭佑の耳に、かすかな笑い声が届く。どうやら見られていたらしいと理解して、思わず顔が赤くなっているのがわかった。
「静かだと眠くなってしまいますよね」
「あ、うん……でも君はそんなことなさそうだけど」
暗にいつも少女のことを見ているとわかる言葉を漏らしてしまったが、少女は気づかなかったらしい。優しい口調で恭佑をフォローした。
「私も眠くなることはありますよ」
「そうなんだ」
「はい。あの、お目覚めになったところ申し訳ないのですが、取っていただいた本を読み終わったので、片付けもお願いしても良いでしょうか」
「もちろん。次の本も読む?」
そう訪ねたところで、天井に埋め込まれたスピーカーから聞き慣れた音楽が流れ出す。
二人してスピーカーを見上げて、顔を見合わせた。
「……閉館時間になってしまいましたね。続きは明日、お願いしてもいいですか?」
「うん。それじゃあまた」
明日。何気なく交わした約束に、恭佑は胸を高鳴らせた。偶然居合わせた二人という関係だったのに、言葉を交わし、次の日の約束も交わせた。
図書館前で二人は別れて、恭佑は足取り軽く家へ帰った。
早く明日が来て欲しい。少女と出会ってからは毎日考えていたが、こんなにも待ち遠しいのは初めてだった。
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