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第十六話 退路
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電車が走り出すと、僕はありさ先輩の隣へと戻った。
先輩は無表情のまま外を眺めていて、つい先ほどの出来事がまるで嘘だったかのように、いつもの落ち着きを取り戻している。
その凛とした横顔を見つめながら、僕は自然と手を伸ばし、整った手の上にそっと自分の手を重ねた。先輩は少し驚いたように目を見開く。
「……何も、変わりませんから」
その言葉は意識して出したものではなく、ただ心から湧き上がったものだった。カッコつけようとも、慰めようともしていなかった。
先輩は頬を赤らめながら、小さく頷いた。先輩もどうしていいのかわからなかったのだろう。好きだと告白した相手の前で、一度や二度までもあんなに恥ずかしい姿を見せてしまったのだから。もし僕が先輩の立場だったなら、あまりの恥ずかしさに先ほどの駅で降りて姿をくらますか、それとも窓から飛び出してしまったかもしれない。
でも、ありさ先輩はそんなことはせず、僕の言葉に対してしっかりと応えてくれた。赤く染まった先輩の顔は可愛らしく、思わずキスをしたくなった。
ちなみに僕のペ○スは、今なおギンギンだ。少しでもその記憶を呼び起こせば、制御不能なほどの欲望を湧き立たせてしまうほどに。でも今は抑えなければならない。
ただ本音を言うなら、今すぐにありさ先輩と交わりたいと願っているけど……。
「……ごめんね。汚いところを見せちゃって」
俯いて、小さな声で言った。
「いえ、僕は何も変わっていません」
「嫌いになったでしょ? こんな変態女で」
「なってないです。僕の気持ちは、何一つ変わってません」
「……優しいんだね」
「それも変わりません」
僕は笑顔で答える。
先輩は一つ間を置いてから、言った。
「……私のこと、だよね?」
その問いに、僕は一度視線を泳がせた。きっと、犬絵との会話を指しているのだろう。僕は正直に伝えるつもりはなかった。それが先輩への気遣い……いや、そういう類のものではないにせよ、余計なことはいらない、肝心なことだけ言えばいいと思った。
「……僕は、犬絵先輩に約束してもらいました」
「え?」
「もう、ありさ先輩にひどいことをしないでくださいと」
先輩の瞳が、微かに揺れた。
僕はにっこりと笑い、でも力強く言った。
「意外でした? 僕だって、言うときは言いますから!」
握り拳を作り、いざという時は頼りになるんですよといった感じの見栄を張ってみた。
「……でも」
言いかけたとき、僕は先輩の肩を抱きしめていた。
「大丈夫です! 僕に任せてください。必ず守ってみせますから」
そう、僕は決めたんだ。だから、これ以上は何も必要ない。
「ありさ先輩、僕はあなたのことが好きです。何も変わってませんよ」
僕はそう言って、肩に回した手にギュッと力を込めた。ありさ先輩はそれに応えるように、身を任せてくれた。
ーーそういえば、アイスどころじゃなかったな……。
翌日、雨がしとしとと降っていた。目が覚めたのは八時を少し過ぎたころだった。平日の朝だから、家族はすでに仕事に出ていて家には僕一人だけだった。
スマホを見ると、安納先生やありさ先輩からの着信履歴がいくつも並んでいて、メッセージも届いていた。でも、僕はそれを開くことはしなかった。心が乱れてしまいそうだったから。
でも不思議なことに、僕は妙に落ち着いていた。焦りや不安はなく、ただ静かな空気に包まれているような感じだった。まるで現実感が薄れているような、どこか遠くにいるような気がした。
重い足取りで部屋を出て、キッチンに向かう。冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注いで勢いよく飲み干した。全身にひんやりとした冷たさが広がり、寝汗で火照っていた体が少し落ち着いた気がした。
そのあと、歯を磨いて顔を洗い、鏡を見ながら深く息をつく。ひどい顔だった。
部屋に戻り、灰色の空をぼんやりと見上げる。雨が降るのをこんなふうにじっと眺めるのは、いつ以来だろう。考えてみても思い出せない。
頭の中には、昨日の会場の様子が断片的に浮かんでは消えていく。
今日の試合は九時から始まる。あともう少し。
そのとき、スマホが鳴った。画面には先生の名前が表示されている。無意識に手を引っ込め無視した。また鳴る。手に取ることなく、無視した。もう一度鳴った。目をそらし、無視した。しつこく鳴り続ける。息を詰めて無視した。再び鳴る。電源を切った。
スマホの画面が闇に沈むと同時に、僕の顔が反射して浮かび上がった。ひどい顔だった。
僕はすぐにスマホの電源を入れ直した。立ち上がるとすぐに、ありさ先輩のパンツの写真を見ながら無我夢中でオナニーした。記憶が、追いかけてくるから。だから、そこに逃げた。僕には、そこしかなかったから……。
本当に、ひどい顔だったんだ。
先輩は無表情のまま外を眺めていて、つい先ほどの出来事がまるで嘘だったかのように、いつもの落ち着きを取り戻している。
その凛とした横顔を見つめながら、僕は自然と手を伸ばし、整った手の上にそっと自分の手を重ねた。先輩は少し驚いたように目を見開く。
「……何も、変わりませんから」
その言葉は意識して出したものではなく、ただ心から湧き上がったものだった。カッコつけようとも、慰めようともしていなかった。
先輩は頬を赤らめながら、小さく頷いた。先輩もどうしていいのかわからなかったのだろう。好きだと告白した相手の前で、一度や二度までもあんなに恥ずかしい姿を見せてしまったのだから。もし僕が先輩の立場だったなら、あまりの恥ずかしさに先ほどの駅で降りて姿をくらますか、それとも窓から飛び出してしまったかもしれない。
でも、ありさ先輩はそんなことはせず、僕の言葉に対してしっかりと応えてくれた。赤く染まった先輩の顔は可愛らしく、思わずキスをしたくなった。
ちなみに僕のペ○スは、今なおギンギンだ。少しでもその記憶を呼び起こせば、制御不能なほどの欲望を湧き立たせてしまうほどに。でも今は抑えなければならない。
ただ本音を言うなら、今すぐにありさ先輩と交わりたいと願っているけど……。
「……ごめんね。汚いところを見せちゃって」
俯いて、小さな声で言った。
「いえ、僕は何も変わっていません」
「嫌いになったでしょ? こんな変態女で」
「なってないです。僕の気持ちは、何一つ変わってません」
「……優しいんだね」
「それも変わりません」
僕は笑顔で答える。
先輩は一つ間を置いてから、言った。
「……私のこと、だよね?」
その問いに、僕は一度視線を泳がせた。きっと、犬絵との会話を指しているのだろう。僕は正直に伝えるつもりはなかった。それが先輩への気遣い……いや、そういう類のものではないにせよ、余計なことはいらない、肝心なことだけ言えばいいと思った。
「……僕は、犬絵先輩に約束してもらいました」
「え?」
「もう、ありさ先輩にひどいことをしないでくださいと」
先輩の瞳が、微かに揺れた。
僕はにっこりと笑い、でも力強く言った。
「意外でした? 僕だって、言うときは言いますから!」
握り拳を作り、いざという時は頼りになるんですよといった感じの見栄を張ってみた。
「……でも」
言いかけたとき、僕は先輩の肩を抱きしめていた。
「大丈夫です! 僕に任せてください。必ず守ってみせますから」
そう、僕は決めたんだ。だから、これ以上は何も必要ない。
「ありさ先輩、僕はあなたのことが好きです。何も変わってませんよ」
僕はそう言って、肩に回した手にギュッと力を込めた。ありさ先輩はそれに応えるように、身を任せてくれた。
ーーそういえば、アイスどころじゃなかったな……。
翌日、雨がしとしとと降っていた。目が覚めたのは八時を少し過ぎたころだった。平日の朝だから、家族はすでに仕事に出ていて家には僕一人だけだった。
スマホを見ると、安納先生やありさ先輩からの着信履歴がいくつも並んでいて、メッセージも届いていた。でも、僕はそれを開くことはしなかった。心が乱れてしまいそうだったから。
でも不思議なことに、僕は妙に落ち着いていた。焦りや不安はなく、ただ静かな空気に包まれているような感じだった。まるで現実感が薄れているような、どこか遠くにいるような気がした。
重い足取りで部屋を出て、キッチンに向かう。冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注いで勢いよく飲み干した。全身にひんやりとした冷たさが広がり、寝汗で火照っていた体が少し落ち着いた気がした。
そのあと、歯を磨いて顔を洗い、鏡を見ながら深く息をつく。ひどい顔だった。
部屋に戻り、灰色の空をぼんやりと見上げる。雨が降るのをこんなふうにじっと眺めるのは、いつ以来だろう。考えてみても思い出せない。
頭の中には、昨日の会場の様子が断片的に浮かんでは消えていく。
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そのとき、スマホが鳴った。画面には先生の名前が表示されている。無意識に手を引っ込め無視した。また鳴る。手に取ることなく、無視した。もう一度鳴った。目をそらし、無視した。しつこく鳴り続ける。息を詰めて無視した。再び鳴る。電源を切った。
スマホの画面が闇に沈むと同時に、僕の顔が反射して浮かび上がった。ひどい顔だった。
僕はすぐにスマホの電源を入れ直した。立ち上がるとすぐに、ありさ先輩のパンツの写真を見ながら無我夢中でオナニーした。記憶が、追いかけてくるから。だから、そこに逃げた。僕には、そこしかなかったから……。
本当に、ひどい顔だったんだ。
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