天才軍医と生き人形

UMA73(ゆん)

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第一章 天才軍医と生き人形の出会い

第12話 医者としての矜恃

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もちろん、そんな言葉だけで止められるなんて思っていなかった。いくら俺の命令に従うとはいえ、HRエイチアールの行動に迷いなんて見えなかった。
だから……俺は手首を握り込んだんだ。

「──ん"っ!?」

そんな濁った悲鳴を上げて、HRエイチアールの身体はビクッと跳ねた。急な刺激だったからか、しっかりと握っていたはずのナイフを取り落とす。それを見逃さず、俺は地に落ちたそれを思いっきり蹴り飛ばした。
滑落した奥側の壁に当たったのか、カランと間抜けな音が響く。今のHRエイチアールには取りに行く体力も残っていないだろうし、これでしばらくは大丈夫だろう。

(全く……念の為持ってて良かったな)

そう思い、俺は少し重くなった手首を見る。そこには鈍い灰色の腕輪が鎮座ちんざしていた。
まさかコレを使う時が来ようとは。
仕方がないとはいえかなり微妙な気分になり、苦笑する。絶対つけてやるもんか、って思ってたのによ。

「……さて」

そんなことよりも今は目の前のHRエイチアールだ。
殺したい訳では無かったので、奴隷首輪からは強めの電流を流すだけに留めていた。普通なら地に倒れ伏して10分は動けない強さらしいが、そこはさすが生き人形。もう既に身体を起こして息を整え始めている。
俺は少し震えの残る彼の肩に手を伸ばし、こっちを向かせた。そして問いかける。

「なんで死のうとした」

回りくどいことは嫌いだ。ストレートに質問する。HRエイチアールは少しバツが悪いのだろう。顔を伏せたまま答えた。

「……火が、消えてしまいました。たきぎにしていた枝は雪を被って、しばらくは着火できないでしょう。ボクは……どうしても暖を取る必要がある、と考えたのです」
「それがなんで自殺未遂に繋がるんだよ」
「……あなたに」

震える身体は寒さからか、電撃の名残か……それとも、別の何か。彼は1度呼吸を整え、震えを抑え、言葉を続けた。

「ヘイヴァー様に、暖を取ってもらいたかったのです。……ボクが死ねば、僕の身体を自由に使えます、から」

そう言い切ったHRエイチアール。あんまりな発言に、思わずカッと目の前が怒りで赤く染まる。

「つー事はなんだ?お前が死んだら俺はテメェのはらわた握ってカイロにでもするって考えたってことかよ?」
「……あなたは聡明そうめいな方です。その場にあるものを、適切に使って生き延びてくださると思いました。体温が抜ければ、食料になります。それに……ボクが今死ねば、無駄に薬を使う必要も無いでしょうし」

言い訳に言い訳を重ねるHRエイチアール。俺はもう聞いていられなくなって、声を張り上げた。

「俺がいつそんなことしろって頼んだ!?いいか?俺は生き延びる!お前が死ななくたって、俺は生き延びてやる!2度と馬鹿なこと考えんじゃねぇ!」

こう言ってもなお顔を伏せ続けるHRエイチアール。その態度に苛立ち、俺は彼の両頬を手で挟んで無理やりこちらを向かせた。
驚いたのか、彼は目を見開いている。暗い桃色の瞳は近くで見れば吸い込まれるほど大きい。その奥に、笑えるくらい必死こいた表情の俺が映っていた。
俺はHRエイチアールにも……彼の瞳に映る俺にも言い聞かせるように、強く言葉を重ねる。

「俺の前にいる体調不良者は、全員俺の患者だ!誰1人見捨てねぇ!お前が人形だろうが関係ない!俺はコールラクセ史上最高の医者になる男だ!」

だからっ!
俺はそこで言葉を切り、手首にはまったコントローラーを握り込む。そして渾身の力で叫んだ。

「命令だHRエイチアール!……生きろぉ!」

寒さで体力が奪われる。HRエイチアールだけでなく、俺だって歯の音がなるほど震えている。生存なんて絶望的。最悪の状況だ。……それでも。

(……それでも、こいつを生かすのが……俺の、医者としての矜恃だ……!)

全てを伝えて、俺はフー、フーと荒い息を漏らす。HRエイチアールはポカンとしたように呆気にとられてこちらを見ていた。
だが、言いたいことはちゃんと伝わったのだろう。彼はキリッと表情を引き締め直してこくりと頷いた。

「かしこまりました」
「……分かったならいい。ほら、手ぇ出せ」
「はい」

迷いなく患部を俺に任せるHRエイチアールを見て、もう大丈夫だろうと判断する。まずはコイツの怪我の手当をしてから今後のことを決めよう。そう考えて、俺は再び緑色の薬を引っ掴んだ。
外気に触れたからか少し固形になってきているが、また揉みこめばくてんと柔らかくなる。貫通した患部にそれを詰め込み、包帯を巻き直した。

「痛みはあるか?」
「……いえ。引きました」
「ならいい。変化があればすぐ報告しろ」
「かしこまりました」

不思議そうに腕を曲げ伸ばしするHRエイチアール。実年齢に見合わない容姿とその子どもじみた動作に、先程までの覚悟を決めた表情とのギャップがありすぎて少し笑える。

「ヘイヴァー様、1つよろしいですか」
「あ?何だよ」
「ボクに投与された薬は、一体……?」
「あー……学会で発表する予定だった新薬だ」

と、説明をしたところでHRエイチアールは少し慌てたように問い返してきた。

「で、ではボクに使って良かったのですか?学会で発表するのに実物がなくては……今すぐ取ります!」
「いいって、まだ半分くらい残してるし。それに、被検体とか実例とかあった方がいいだろ」
「そういうことでしたら……」

なかなか非道な事を言った気はするが、HRエイチアールが納得して引き下がったので良しとする。まだ一般利用の申請を出してねぇから、ワンチャン違法投与になるかも。という事は一応伏せておいた。
さて。これからどうしたもんかと考えた時。

「……ヘイヴァー様、もう1つよろしいでしょうか」
「どーぞどーぞ」
「なぜ……左目の色が変わっているのですか?」

──一瞬、呼吸が止まった。

「……あっ、これ、は……」

慌てて左目を抑えるがもう遅い。
……見られてしまった。
見られた、見られた見られた見られた見られた……!!!

「ヘ、ヘイヴァー様?どうかなさったのですか……?」
「……」

無事な右目でHRエイチアールの顔を見る。
ほんの数日しか共に過ごしていない彼の表情は、よくよく見るときちんと感情を表現していると気づいた。常に仏頂面だと思っていたのに、今は少し眉が下がっている。心配、してくれているのだろうか。

(……話しても、いいかもしれねぇ)

そう思ってしまう程度には、俺はコイツに絆されていた。
頭の中を整理して、HRエイチアールに向きなおる。
ゆっくりと手を退かせば、きっとハッキリと見ることができるだろう。
白目が真っ黒に染まり、薄緑だった瞳は真っ赤に変わった……この気持ちの悪い左の眼球を。

「これから言うことは、他言無用だ。いいな」

念の為そう前置きした上で──俺はゆっくりと口を開いた。

「──俺には、悪魔族あくまぞくの血が流れてる」
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