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第一章【帯宏高校SPOT部、始動!】

閑話 甘栗兄妹の朝

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「おにいちゃーーん!!!」

「……んぇ?」

可愛らしい声が鼓膜を強くノックする。普段からあまり開かない目をうっすらと開けると、目の前には歌恋かれんちゃんがいた。今日も完璧に身支度を整えた姿で、僕のことを揺り起こそうとしてくれる。ああ、朝日を浴びて輝く彼女の姿はまさに……。

「天使……」

「……?テンさんが誰かは知らないけど、私は歌恋かれんだよ?ご飯できてるから食べようね」

僕が起きたのを確認したのか、歌恋かれんちゃんはスタスタと台所の方へ向かってしまった。体温が移った寝床が名残惜しいけれど、大人しく起き上がってテーブルの方へ向かう。
席にはもう食事が並べられていた。今日は和食みたい。ご飯とお味噌汁、魚に納豆。ホカホカと湯気が立つそれらを見て、お腹がぐぅと音を立てた。

「美味しそ~」

「美味しいよ~!まあほとんどレトルトだけどね」

私が作ったのお米くらいだもん、と舌を出しておどける歌恋かれんちゃんには悪いけど、君が調理工程に関わったってだけでうん10倍は旨みが増すから謙遜しなくていいんだよ。
とか言っても素直に言葉を受けとってくれないだろうから、ぐっと堪えて席に座る。

「「いただきます」」

2人で一緒にご飯を食べる。この瞬間が、僕にとっては1番の幸せだ。

「あ、っていうかお兄ちゃん!印斬いんき君の事だけど……」

「大丈夫、もう分かってるよ……早とちりしてごめんね~」

キュ、と喉に米がつまりかける。昨日、SPOTスポット部の体験入部に来ていた1年生の印斬いんきに関して僕が勝手に暴走してしまった件のことだろう。だって男の名前と「付き合う」って単語が聞こえてきたらきっとそうだと思うじゃないか。ま、それも勘違いだったし何より試合中に寝ちゃうっていう大失態まで犯したわけだけど。
流石にこれは反省している、という気持ちがちゃんと伝わったようで「気をつけてよ~」と半笑いで歌恋かれんちゃんは話を切り上げた。

(にしても……)

昨日は歌恋かれんちゃんの手前、余裕ぶって戦ってたけど……彼は相当強い。元々の力もそうだけど、場に合わせた対応力や柔軟性には目を見張るものがあった。正直、あのまま試合を続けていたら僕でも危うかったかもしれない。

(勇気ゆうき……これはまた結構な化け物を拾ってきちゃったね~)

去年のミナト杯で勇気ゆうきの熱心な勧誘が功を奏して印斬いんきが入部した、というような経緯は何となく聞いている。いや、入部したのかは知らないけど、志望校をここにした時点で多分その気はあるんだろう。
下手したらこの世代で1番のポイントゲッターになるかもしれない。それくらいの手応えがある。

「……いや、1番はないか」

「……?どうしたの、お兄ちゃん」

「んーん、強い人にも上はいるんだよって感じ」

「ふーん」

聞いてもあまり理解できない話だと悟ったのか、興味なさげに話を切られる。
まあ、誰が強いかなんて今日すぐに分かることだ。選抜選手決めはいつも総当り戦。きっと印斬いんきも戦うことになるだろう。
この部、どころか全国高校生SPOTスポットプレイヤーの中でもトップレベルのあいつ。
てつにもしも一撃でも入れられたなら……将来有望どころの騒ぎじゃなくなるな。

「今日のセンバツ?楽しみだね~」

「そうだね。歌恋かれんちゃんもこれからサポートしてくれるって考えるとがぜん気合いが入るよ。きっと皆もそう」

「ほんとに!?よーしっ!私頑張っちゃうもんね!」

そう言ってニコニコ笑う僕の可愛い妹。
愛おしいな。素直にそう思う。
この子の幸せのためなら、僕は何だって捨てられる。いつだってその覚悟はできている。
だから。

(お父さん、お母さん……歌恋ちゃんのことは僕に任せて)

ここにはいない、ここ数年顔も見れていない両親に、心の中でそう誓う。
もはや慣れきった2人きりの食卓で、僕はせめて歌恋かれんちゃんを不安になんてさせないように努めて優しく微笑んでいた。

【プロフィール】
名前:甘栗あまぐり大和やまと
クラス:3年1組
身長:173cm
体重:63.7kg
好きな食べ物:妹の作る料理、特にレモンパイ
誕生日:12月26日

【プロフィール】
名前:甘栗あまぐり歌恋かれん
クラス:1年2組
身長:158cm
体重:52.4kg
好きな食べ物:レモン、酸味が強いもの
誕生日:7月27日
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