量子力学的マンションシリーズ

深井零子

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第一章 購入

Collapse Residence  購入者40歳男性

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 俺は40を過ぎたまたま出会いに恵まれ結婚することになった。

 これを機に一国一城の主になることに決めた。

 物件は郊外の一戸建てではなく都市近郊の駅直結のタワーマンションだ。 物件を探しているうちにふと気になるマンションを見つけた。所謂量子力学的タワーマンションと呼ばれるものだ。

 そのマンションは、駅直結の再開発区域にそびえ立っていた。外観は普通の高層住宅と変わらない。だが、物件概要に記された一文が俺の目を引いた。

 「本物件は量子力学的居住空間です。契約・間取り・隣人関係は観測により確定します。」

 最初は冗談かと思った。だが、販売担当者は真顔だった。

 「ご安心ください。契約は確率的に成立します。署名後、居住権は約87%の確率で確定します。残りの13%は制度外居住者として処理されますが、観測されない限り問題はありません。」

 俺は頷いた。問題はないらしい。

 内見は奇妙だった。エレベーターは階数表示が揺れていた。38階に向かっていたはずが、途中で41階に収束した。担当者は「階層間トンネル効果です」と言った。

 部屋に入ると、間取りが曖昧だった。キッチンがあるような、ないような。風呂は二つあるように見えたが、観測すると一つに収束した。担当者は「間取りは観測者依存です」と言った。

 俺は契約書に署名した。ペン先が紙に触れた瞬間、契約書が微かに揺れた。担当者は「おめでとうございます。あなたの居住確率は91%です」と言った。

 俺は帰宅した。翌朝、契約書は消えていた。

 代わりに、冷蔵庫の中に「契約波動関数の収束通知」が入っていた。
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