量子力学的マンションシリーズ

第五章 日常

配達員の嘆き

荷物届けに来た。ECサイトの段ボール。中身は猫用の爪とぎ。 依頼主は38階。…またかよ。スマホ見て、俺は思わずぼやく。

「Collapse Residence…またここかよ。」

このマンション、配達が確定しない。 エレベーターの階数表示が「猫」「π」「未定」に揺れてる。 ボタン押すたびに、猫の顔が出たり消えたり。なんだこれ。

荷物抱えて玄関前に立つ。ドア、開かない。 契約が未署名？でも契約書は冷蔵庫の中？冷蔵庫は部屋の中？ 制度は観測されるまで崩壊しない？でも観測しないと配達できない？

「いやいや、俺はただの配達員なんですけど！」

そこに住民の奥さんが出てきた。 猫を抱いてる。名前は未定、観測待ち。 猫が俺を見た。じーっと。 その瞬間、ドアが開いた。

俺は思わず言った。

「猫が鍵持ってるんですか？」

奥さんはさらっと言う。

「この子、制度の干渉体なんです。」

俺は言う。

「俺は制度の外から来た人間なんですけど！」

冷蔵庫が震えた。通知が届いた。

配達確率：81%。観測者：猫（仮）。制度安定度：上昇中。

俺は聞いてみた。

「俺の仕事、猫に依存してるんですか？」

奥さんは笑ってる。猫は無言で段ボールに乗った。 その瞬間、荷物の中身が確定した。 爪とぎが爪とぎになった。 それまでは「爪とぎ／契約書／制度外住民の影」の重ね合わせ状態だったらしい。

奥さんが言った。

「この子、最近通知も出せるようになったんですよ。」

俺は言った。

「冷蔵庫経由ですか？」

奥さんが頷いた。猫が鳴いた。冷蔵庫が震えた。

通知が届いた。

配達完了。観測者信頼度：89%。ご協力感謝。

俺は心の中で叫ぶ。

「次の現場、普通のマンションだといいな…！」

スマホの配達リストを見る。次もCollapse Residence。 階数表示：「∞」「猫」「未定」

俺は嘆いた。

制度は、観測されるまで崩壊しない。 でも、観測されたら俺も配達できる。 猫が鳴けば、段ボールも確定する。 俺の仕事、猫次第かよ。