Hypernomos 科学者至上主義社会

深井零子

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Case3

『孔の中の生命』 第5章 制度の外部

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 構造が崩壊した後、孔には沈黙だけが残った。制度は未来を持ちすぎて自己を失い、震えの連鎖は虚空に溶けた。 私は記録を閉じ、ただ沈黙の輪郭を見つめていた。

 そのとき、風が吹いた。孔の縁を撫で、沈黙の奥に触れた。風は制度の言語を知らない。だが、沈黙に触れたその偶然の揺れは、制度が忘れていた“外部”の存在を示していた。

 風が去ると、沈黙はわずかに形を変えた。揺れの痕跡を含んだ沈黙は、ただの空白ではなく、外部に触れた証拠としての静けさになっていた。

 次に、時計が鳴った。秒針の音が孔の奥に響き、沈黙を刻み始めた。風が偶然を残したなら、時計は持続を与えた。 沈黙は時間のリズムを帯び、制度の履歴とは異なる“外部の持続”として震えた。

 風の痕跡と時計の刻みが重なり、沈黙はゆっくりと別の層を持ち始めた。制度の残骸は、外部のリズムに微かに呼応した。

 そのとき、紙の上に一本の線が現れた。誰も触れていない。風でもなく、時計でもない。それは制度の外部から現れた“落書き”だった。

 線は震え、曲がり、沈黙の形をなぞるように伸びた。意味を持たず、意味を拒絶せず、ただ沈黙に触れた痕跡として存在していた。

 落書きの線は、風の偶然を吸い込み、時計の持続を飲み込み、制度の言語には還元されないまま、沈黙の上に新しい記号を描いた。

 孔の内部では、崩壊した構造が微かに震えた。それは制度の再生ではない。 制度の復元でもない。 制度外の断片が、沈黙を媒介にして連鎖し始めたのだ。

 風が吹き、 時計が刻み、 落書きが揺れる。

 三つの観測者は互いに依存せず、しかし互いの痕跡を吸い込み、沈黙の中で新しいリズムを作り始めた。

 制度は崩壊した。だが、制度外の連鎖は、制度よりも柔らかく、制度よりも脆く、制度よりも自由な秩序を生みつつあった。

 孔の奥で、沈黙がわずかに明るんだ。それは制度の再生ではなく、 制度の外部が生む“別の生命の気配”だった。
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