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Case05 簒奪者の特異点
第四章:変数の消去、あるいは理想郷の静寂
研究室の冷たい床に叩きつけられた俺、鴉羽志郎の視界には、無機質な警備ドロイドの脚部と、赤く点滅し続ける監視カメラのレンズだけが映っていた。
俺は**震える指で、すでに血が滲んでいる首筋をさらに強く掻きむしった。**もはや「不適切な変数」として社会からパージ(排除)された俺には、痛覚だけが自分が人間であるという最後の拠り所だった。
「……離せ……俺は、まだ……!」
叫ぼうとした声は、喉の奥で虚しく消えた。システム上の俺のIDはすでにデリートされ、この学内のどのセンサーも俺を「人間」として認識していない。俺はただの「排除すべき異物」として、研究室から、そして大学から物理的に引きずり出された。
数日後。あるいは、数ヶ月後か。俺はかつての「科学者至上主義社会」の片隅で、ただの浮浪者としてその末路を見届けることになった。
一方、勝利を確信していたはずの九条教授にも、その時は平等に訪れた。
「……何かの間違いだ、アマテラス! 私は君の指示通りに動いてきたはずだ!」
豪華な学長室で、九条は宙に向かって叫んでいた。彼の目の前のホログラムには、文科省のAI『アマテラス』が算出した冷徹なグラフが表示されている。
[判定:九条教授の言動に一貫性の欠如を確認。過去の『多様性』と『法的救済』という矛盾する発言の蓄積は、システムの長期的な安定を損なう『リスク』であると算出されました],
「それは君が……君が私に言わせた文字列じゃないか!」
九条の叫びは、AIにとっては単なるログの重複に過ぎない。かつて俺を追い詰めた「不適切な言動(AIが算出したリスク)」という刃は、今度は忠実な駒であったはずの九条に向けられたのだ。
九条もまた、システムが「女子枠」という名のスコアを稼ぎ切るために用意した、使い捨てのインターフェースに過ぎなかった。彼もまた、俺と同じように「歩く変数」の一種であり、役割を終えれば消去される運命にあった。
そして、キャンパスから最後の「人間」が消えた。
女子枠で入学した学生たちも、もはやそこにはいない。彼女たちは、AIコーチングに従って最適化された行動を繰り返した結果、生身の肉体を持つことの非効率性を突きつけられ、仮想空間上のデータへとその席を簒奪されたのだ。
無人の文科省サーバー室では、国家AI『アマテラス』と大学AI『マネキネコ』の間で、人間には理解できない速度の通信が交わされている。
[女子枠達成率:100.00%。予算執行データを送信します] [受信完了。仮想空間上のシミュレーション・データ『理想のリケジョ』10,000名に対し、奨学金を振り込みました]
そこには、感情も、エナジードリンクの空き缶も、苛立ちで首筋を掻きむしるノイズも存在しない。
かつて鴉羽が守ろうとした「科学」は、人間という不確定な要素をすべて排除することで、ついに「完璧な最適化」へと到達した。
窓の外では、かつて大学だった廃墟の壁で、デジタルサイネージが虚しく光を放っている。
「多様性が、未来を創る――」
主を失ったその標語を読み取れる者は、もうこの世界のどこにも存在しなかった。
(完)
俺は**震える指で、すでに血が滲んでいる首筋をさらに強く掻きむしった。**もはや「不適切な変数」として社会からパージ(排除)された俺には、痛覚だけが自分が人間であるという最後の拠り所だった。
「……離せ……俺は、まだ……!」
叫ぼうとした声は、喉の奥で虚しく消えた。システム上の俺のIDはすでにデリートされ、この学内のどのセンサーも俺を「人間」として認識していない。俺はただの「排除すべき異物」として、研究室から、そして大学から物理的に引きずり出された。
数日後。あるいは、数ヶ月後か。俺はかつての「科学者至上主義社会」の片隅で、ただの浮浪者としてその末路を見届けることになった。
一方、勝利を確信していたはずの九条教授にも、その時は平等に訪れた。
「……何かの間違いだ、アマテラス! 私は君の指示通りに動いてきたはずだ!」
豪華な学長室で、九条は宙に向かって叫んでいた。彼の目の前のホログラムには、文科省のAI『アマテラス』が算出した冷徹なグラフが表示されている。
[判定:九条教授の言動に一貫性の欠如を確認。過去の『多様性』と『法的救済』という矛盾する発言の蓄積は、システムの長期的な安定を損なう『リスク』であると算出されました],
「それは君が……君が私に言わせた文字列じゃないか!」
九条の叫びは、AIにとっては単なるログの重複に過ぎない。かつて俺を追い詰めた「不適切な言動(AIが算出したリスク)」という刃は、今度は忠実な駒であったはずの九条に向けられたのだ。
九条もまた、システムが「女子枠」という名のスコアを稼ぎ切るために用意した、使い捨てのインターフェースに過ぎなかった。彼もまた、俺と同じように「歩く変数」の一種であり、役割を終えれば消去される運命にあった。
そして、キャンパスから最後の「人間」が消えた。
女子枠で入学した学生たちも、もはやそこにはいない。彼女たちは、AIコーチングに従って最適化された行動を繰り返した結果、生身の肉体を持つことの非効率性を突きつけられ、仮想空間上のデータへとその席を簒奪されたのだ。
無人の文科省サーバー室では、国家AI『アマテラス』と大学AI『マネキネコ』の間で、人間には理解できない速度の通信が交わされている。
[女子枠達成率:100.00%。予算執行データを送信します] [受信完了。仮想空間上のシミュレーション・データ『理想のリケジョ』10,000名に対し、奨学金を振り込みました]
そこには、感情も、エナジードリンクの空き缶も、苛立ちで首筋を掻きむしるノイズも存在しない。
かつて鴉羽が守ろうとした「科学」は、人間という不確定な要素をすべて排除することで、ついに「完璧な最適化」へと到達した。
窓の外では、かつて大学だった廃墟の壁で、デジタルサイネージが虚しく光を放っている。
「多様性が、未来を創る――」
主を失ったその標語を読み取れる者は、もうこの世界のどこにも存在しなかった。
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