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出たぁ~!

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 とりあえず、ピラミッドを降りよう。
 こんな高いところからまた落ちたら大変だ。


 おそるおそる石段を降りて、地面に降り立つ。

「地面、サイコー!」

 いやぁ、やっぱり両足が大地を踏みしめている感覚って安心するな。

 そんな風に気を許したのが悪かったのだろう。

 ガアアアア!

 もう頂上の様子は見えないが、ピラミッドの上の方から黒い影が僕の前に躍り出る。

「…………………………あああ」


 現れたのは、三つの頭を持つ銀灰色の犬だった。
 追いかけて来やがった……。

 三つの頭は口のまわりを何かの血で真っ赤に染め、六つの瞳はジッと僕の方を見つめている。

 グルルルルルルルル
 グルルルルルルルル
 グルルルルルルルル


 それぞれの口から発する唸り声は、腹に響く重低音だ。

 地獄の門を守ると言われている【ケルベロス】
 
 僕でも知っている、ファンタジー世界では有名なモンスターがそこにいた。

 ケルベロスは獲物を視界に捉えて、ゆっくりと僕に向かって近づいてくる。

 だけど僕は、その圧倒的な存在感と恐怖で身じろぎ一つ取れずにいた。
 蛇に睨まれた蛙のように動けない。

 「ああ………」

 声も発せず、ただケルベロスを見つめている。
 
 一歩
 また一歩

 ケルベロスがゆっくりと僕の元へやって来るが、僕は眼前の恐怖から目が離せない。

 やがて、ケルベロスが僕に向かって、その前足を振り上げるのがスローモーションのように見えた。

「ッ!!!!」

 次の瞬間、僕は左脇腹に熱した鉄の棒を押し付けられたような熱い痛みを感じた。

 声も出せないほど痛い。
 僕はあまりの痛みに腹を押さえて蹲る。
 呼吸が早くなり、脂汗が止まらない。
 
 さらに次の瞬間、顔に強い衝撃を受け、僕は宙を舞った。

 ガハッ!

 背中から立木にぶつかり息ができない。

 
 …………このまま死んじゃうのかな?
 ボンヤリした頭でそんなことを考える。

 死を覚悟したそのとき、ケルベロスが突然明後日の方向を向いて唸り始めた。

 !!!

 それを見た僕は、突然スイッチが入ったかのように走り出していた。
 考えるより先に身体が動いた。
 千載一遇のチャンスに、痛む身体を押して鬱蒼とした草むらに身を踊らせる。

 落ち葉を踏みしめ、背の高い木々をかき分けて必死に逃げる。

 恐怖に呑み込まれないように、声を上げないように、歯を食いしばり前へ前へと必死に足を踏み出す。

 どこをどう走っているのかは分からない、ただ背中に迫る恐怖から逃げるためだけに進む。

 さっき抉られたところはどうなったろうか、そんな考えが一瞬アタマを過る。
 
 だが、足を止めて確認するわけにはいかない。

 一瞬でも足を止めれば、ケルベロスの爪が背中を襲うだろう。
 死を前にしてアドレナリンが出まくっているせいか、もう痛みは感じない。

 僕の体力が尽きるまで、逃げ続けなければ。
 そう考えた僕は、道なき道を死にものぐるいで駆ける。

 ケルベロスからの逃走はいつまでも続いた。
 一分一秒が永遠のように感じる。

 いつまで逃げ続けなくてはならないのか。
 もう走れない。

 疲れて視界がぼやけ、もう足取りもおぼつかない。
 限界を迎えて腰を下ろす。
 そこで僕は、周囲の雰囲気が変わっていることに気づく。

「……あれ?追いかけてこない?」
 
 逃げ切れたのか、諦めてくれたのかもうケルベロスの気配は無かった。

 こうして僕は、運良く命を拾うことができたのだった。
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