猫と鼠

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3.鼠の会議

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「次のクラス替え、私斉藤くんがいいわ。堂本先生、斉藤くんちょうだい」

 職員会議の時、不意に早乙女先生が堂本先生を見て言い出した。僕は何気に二人を見る。

「はぁ? まあアイツならどうぞご自由に? ならそっちのクラスの向野と交換だな」
「嫌よ」
「てめ」

 交換だと言った堂本先生に、早乙女先生がプイッとそっぽ向いて否定する。途端堂本先生がムッとし出したので、僕は慌てて「ま、まぁまぁ……!」と間に入ろうとした。

「内藤先生は黙ってろよ」
「そーよ、きお先生は黙ってて。これは重要な話し合いなんですからね」

 途端、二人からギロリと睨まれ、僕は委縮した。
 この二人はほんともう、何かほんと仲が悪い。何だろう、似た者同士なのだろうか。
 いがみ合いを避けるため、僕は早乙女先生の隣に座っていた高橋先生を見るが、高橋先生は二人が言い合いをしようがどうってことないと思っているようだ。

「俺はまあ特には。あー。あいつらはめんどくさいから一緒でいいんじゃないですか?」

 そんな風に誰のことを言っているのか知らないが、どこ吹く風でニコニコしている。
 だいたい僕は学年担当が違う。だから彼らの言っている生徒たちのことは詳しくない。だけれども目の前で言い争いをされていては落ち着かない。なぜ他の先生方がこうものんびりしているのかがわからない。

「まあまあ、きお先生。彼らなら、何か放っておいても大丈夫じゃないっすか」

 興野(きょうの)先生がニコニコしながら言ってきた。一体何の根拠があって、と僕は困ったように興野先生を見れば「もーやだなあ、きおセンセー! そんないたいけな子犬みたいな目で見てきたら俺でもグラッとするじゃないっすかー」とわけのわからないことを言われた。

「興野先生何言ってんだ!」

 それを聞いた高橋先生がおかしそうに笑う。興野先生と高橋先生はどっちも体育会系で話が合うのか、わりと仲がいいようだ。

 でも今笑うとこなんてあった?

 僕はとりあえずため息ついた。堂本先生と早乙女先生はまだ言い合いをしている。

「だいたいてめー、女王様きどりなんだよ。ちょっと生徒にモテてるからって調子乗んな」
「あら。あなただって女子生徒や一部の男子生徒から熱い視線送られてモテているくせになんなの? あなただっていい気になってんじゃないわよ」

 ……ていうかなんだろうな。ケンカしながら褒め合っているの?

 生徒からモテた試しがない僕は、少々羨ましいと思いつつ呆れたように二人を見る。その時僕の隣から静かな笑い声が聞こえた。

「ふふふ。確かに今の自分のクラスの生徒達の能力などを考慮して担任が配分するわけですけどねぇ。さすがに生徒の交換は残念ながらできませんよ」

 木村先生が穏やかに言ってきた。途端、いがみ合っていた二人の先生も黙る。

「じいちゃん先生」
「木村先生。ええまあ、わかっているんですけどねぇ。ほら、ちょっとした夢を見たかったのよね、私」

 僕が何を言ってもダメだったというのに、木村先生の言葉で一気にその場は収まった。

 すごいな。

 これってやはり先生の腕の違いなのだろうか。

 それとも年の功?

 とりあえずようやく静かになり、会議も先に進んだ。終わってから、疲れた僕がため息ついていると、堂本先生が寄ってくる。

「なーそういえば内藤先生」
「はい?」

 僕に話しかけてくるなんて珍しいなぁと思っていると、堂本先生がニヤリと笑ってきた。

「内藤先生、和実に目、つけられたんだって?」

 和実?
 誰だろう。というか何だそれは。目をつけられたって。気になるな、何か怖い。僕、誰かの気に障るようなことしたのだろうか。

 困惑していると堂本先生が肩を叩いてきた。

「あーわりぃ。名前知らんかったか。あれだよ、五月。保健のセンセー」

 途端僕はビクリとなった。

 五月先生……? ちょっと待って。僕が五月先生に目をつけられた、だって? え。何で……? 僕、気づかない間に何かしてしまったのだろうか。なるべく目に留まらないよう、むしろ逃げていたというのに……?

「え……」
「って、先生ってば、それだな。んな顔してたらそりゃあいつの標的にもなるだろうよ! ま、がんばってくれな」

 堂本先生がおかしそうに笑った。そして僕の背中をドンと叩いた後に「じゃーな」と手を振って職員室から出て行った。

「っけ、ほ……」

 いきなり背中を叩かれて少々せき込みながら、僕はそんな堂本先生を唖然としてただ見送るしかできなかった。

 そんな顔? 標的?
 ……僕がいったい何をしたと言うのだろう……。

 とりあえず、今後もなるべく五月先生に近寄るのはやめておこうと思った。
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