不良兄と秀才弟

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19話

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 総司は呆然としながら先程からベッドの上で動けずにいた。色々とわからないままさらにわからない、まるで混沌の状態の中にいる気分だった。

 ……俺、今なに考えたらいい? つか俺、なにわからねえんだっけ……?

 そしてそれよりもなによりも、腰が、痛い。あり得ないほど、腰が痛い。普段から体を動かしているほうだし、普通に考えたら尻が痛いのではないのだろうかと呆然としたまま思う。

「腰、いてえんだけど」
「……最初になにを言うかと思えばそんなことか。ほんとお前は」

 幾斗が呆れたようにため息をついてきた。そして総司の髪にそっと触れてきた。
 髪に触れられるよりもなによりも、近付いた手にまず総司は赤くなる。この手でさっきまで翻弄されていた。手や指、唇。そして、となんとなく幾斗の下半身に目がいく。

「お前は俺を目で犯すつもりか」

 そっと見たつもりだが結局はじろじろ見ていたのがばれていたようで、幾斗がさらに呆れて言ってくる。

「ばっ、ちげぇ……! つか犯してきたのお前だろーが……!」
「俺? 別に犯したつもりはない」
「嘘吐け! 許さないとか犯すとか言ってたろ……!」
「あれは脅しだ」
「脅しってなんだよ……!」
「おい」

 ムッとしたように言い返した総司に、幾斗が顔を近づけてきた。総司はわけもなく顔が熱くなる。

「お前の馬鹿さ具合を主張してくるのはとりあえず今はいらん」
「してねぇよ!」
「いいから、さっきお前なに言ったのか思い返せ」
「……あ?」

 さっき? って、いつ?

「わからんのか? お前が俺ので散々喘いで……」
「ああああうるせぇ……! 俺、なに言ったってんだよ」

 焦ったように幾斗を遮った後に総司は睨みつけた。

「……はぁ。ったく。お前ほんと……」

 俺、なに、言った……?

「俺のこと、好きなんじゃないのか?」
「は?」

 ……俺、幾斗が好きだって、言った……?

 少し顔がひきつる。

 言った、け?

 そう言われると言ったような気がする。いやしかしあれは誘導されたようなものじゃないかとも思う。

 幾斗に「俺のこと好き?」などと聞かれた気がする……。これはどう答えるのが正しい答えなんだ?

 総司は内心で自分に問い詰めた。自分は梨華が好きではないのだろうかと首を傾げつつ、その好きじゃねえしと自分に突っ込む。だいたい好きと言われても幾斗が困るだけなのではないだろうか。
 幾斗のことは確かに好きだと思う。ただ双子なのだから好きなのは当然じゃないのかとも思う。あえて口にしないだけで。
 そうだ、と総司は納得した。過剰に反応する必要なんてなかった。

「……そりゃ俺、なんてったって兄だからな。弟のこと嫌いな兄なんてそんなにいねーだろ」

 正解だと思った答えを告げると、だが幾斗がとてつもなく微妙な顔で見てきた。

「な、なんだよ」
「……お前、梨華だけじゃなくて今までもよく誰か女を好きになってたよな?」
「あ? おう」
「それはなんで好きだと思ったんだ?」
「……は? そりゃ可愛かったり綺麗だったりだし、なんかドキドキするしよ、説明しにくいけどなんかそんなん」
「俺といるとどうなんだ?」
「はぁ? お前が可愛い女の子なわけねえだろ」
「当たり前だ。そんなこと聞いてんじゃねえ。俺といる時はどんな感じなんだ」

 呆れたようにため息をつかれ、総司は怪訝そうに幾斗を見た。

「えっと、うるせえ? めんどくせえ。うぜぇ」
「お前……」
「でも弟だしな。落ち着くし頼れるし、なんだろな、意味もなく嬉しくなったりも、する……」
「……はぁ」

 何故か幾斗が顔を逸らしながらため息をついてきた。

「おい! お前が聞いてきたくせになんで顔逸らしてんだよ……! ため息まで!」
「……うるさい。お前……もう一度聞くけど、俺のことどう思ってんだ?」
「んだよ、しつけぇなぁ! 好きだっつってんだろ。なんでそんなに何度も言わせんだよ、ブラコンかよ!」

 イライラと言うと、幾斗が今度はとてつもなく憐れむような表情で総司を見てきた。

「お前、俺バカにしてんのかよ」
「総司は元々馬鹿だろ」
「うるせえ。つかだいたい俺にばっか聞いてるけど、お前はどうなんだよ! 兄のこと、どー思ってんだよ。お前のがマジどー思ってんのかわかんねえよ!」

 ムッとして幾斗を見ると、ため息をまたつかれた。

「そうだったな。総司……」

 まだ横になったままの総司に幾斗が再度近付いてくる。屈むようにして顔を近付けるとじっと見てきた。先ほどまでしていた行為の最中に外したらしい眼鏡はまだかけていないので、鋭い目が直接総司の瞳に突き刺さるように感じられた。

「なんだ、よ……」

 視線が鋭いからだろう、とても落ち着かない気持ちになって顔を逸らそうとしたら手が頬に添えられた。さらに顔が近づいたかと思うと優しくキスをされる。

「好きだよ」

 囁く声が低く総司の耳に届いた。途端、総司の心臓がどくりと脈打つように跳ねた気がした。

「そ、そうかよ」

 ただそう答えた途端、変な顔をしてきたかと思うと腕を引っ張られ、ぐいと体を起こされた。

「っいってぇ……っ」

 総司が腰を押さえつつ思わず叫ぶと「……いい加減起きろ馬鹿野郎。六時間目は受けるぞ」と幾斗がいつものように睨んできた。
 その日の帰り、先に帰っているであろう幾斗の家に総司が寄るとばったり梨華とはち合わせた。

「リカちゃん!」
「……あら。総司」
「リ、リカちゃん……! 俺の名前呼んでくれるのっ?」

 今までだったら無視される勢いだっただけにかなりそわそわと総司が梨華を見ると相変わらず淡々としている。

「そうね。あんたも弟になるんでしょうしね」
「弟? あー、まあそりゃ幾斗と双子だからそんな感じなのかもだけどほら、俺と幾斗って親が離婚してるし。だから俺とリカちゃんは……」
「幾斗とあんたがずっと一緒に暮らしてくってんならある意味私は義理の姉になるでしょ」
「う? ん? ……ごめん、リカちゃん、その、俺、今の意味、ちょっとよくわからない……」
「あんたたち、結婚はそりゃできないだろうからややこしいのはわかるけど。まあとりあえず総司が義理でも弟ってんなら無視もしないわよ、いくら私でも」

 じゃあ、と梨華はそのままリビングのほうに歩いていった。総司は「う……、うん……?」と怪訝そうに梨華の後ろ姿を目で追っていた。

「なにしてんだ総司。来たら部屋あがってろって言っただろ」

 梨華と同じところから出てきた幾斗が総司に気づいて近づいてきた。

「あ? るせぇな、わかってるよ! つか幾斗、あの、さ。リカちゃんがよくわかんねえこと言ってた」
「そうか? いいから階段登れ。腰はもう大丈夫なのか?」
「おう。俺だしな」
「そうだな、総司だしな。だったら今からもっと激しくしても大丈夫そうだな」

 ニヤリと言うと淡々と返された言葉に、総司は何故かドキリとして顔が熱くなる。

「さ、算数はあんま詰め込めねぇからな!」
「そっちじゃねえし、言うなら数学って言え」

 ため息をつきながら幾斗は「いいから早くあがれ」と総司を押してきた。
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