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54話
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何とか自分を自制して離れると、邦一はポカンとした顔をしていた。だがすぐにハッとして「秋星、今の、なに……」と聞いてくる。
秋星こそ恐れにも近い気持ちで邦一を窺うが、とりあえず邦一からは怯えを帯びた匂いは感じられなかった。秋星はニッコリと笑う。
「ごめんやで、ちょっとからかったんや」
「は? 全然おかしくも何ともないっていうか、他でそんなのしてみろ、引かれるぞ……」
他でなんてする筈もない。邦一だからだ。
「……そうやね、外では出来へんわなぁ……」
邦一以外に秋星をある意味狂わせてくる者などいない。
……怯えさせたない。
やけど。
嫌がってはないんやろうか……?
クニ……お前の血が……欲しい……。血が……、お前が……欲しい……。
っいや、あかん。
あんな顔、させたないし俺が見たない。
やけど――
秋星は邦一にむしろ微笑む。すると邦一が表情を固まらせてきた。
「秋星、何か変」
「嫌やわ、変ちゃうよ? 邦一もはよ、シャワー浴びてき」
「う、うん」
気がかりそうにしながらも、邦一は秋星から離れて行った。
それ以来、秋星はことあるごとに邦一を見てしまうし、邦一はその視線を感じつつ、まるで様子を窺う猫のように警戒している。その上、邦一からは間違いなく怯えや不安を思わせる匂いを感じた。
怖がらせたくはなかった。だからずっと今までなるべく二人きりにならないようにもしていた。だが邦一の汗を舐めてからはもう抗いようがなかった。
あの日から、外で食事をしようにも体が受け付けない。秋星は改めて心底邦一を自分のパートナーだと思っているのだろうなと実感した。
別にヴァンパイアはパートナーに血を求める訳ではない。そもそも基本的にパートナーは自分と同じヴァンパイアであるだろうし、普通は他で補食するだろう。
だが秋星は何もかも全てを邦一に求めているようだ。まるで依存症のようなこれは強いヴァンパイアとしてはよくないことかもしれない。だが自分でもどうしようもなかった。
とはいえ受け付けないからといって飲まないままだと死にはしないが、また弱ってしまう。それに覚醒し、一度血の味を覚えてしまうと摂取しないままは体力的だけでなく精神的にも苦しい。喉がひりつくように渇き、内臓が捩れるかのようにムカつく。そんな体の欲求と共に血のことばかり考えるようになる。そんな状況に頭がおかしくなりそうになる。
他の人間の体液を受け付けなくなってしまうということは、秋星にとって二択しかない。このまま気をおかしくしながら体を弱らせ生ける屍になるか。
邦一の血を飲むか。
「クニ、最近俺を避けてへん?」
警戒しているからか秋星にあまり近づいてこなくなった邦一が、それでも仕事だからだろう、部屋に飲み物を持って来た時に秋星はストレートに聞いた。
「そ、んなこと、ない」
「嘘や。何かあったんか……」
わかっていて秋星はあえて聞く。邦一をじっと見ると怯えのせいだろう、いつものとろりと甘く暖かいような豊潤さを感じさせる匂いがまるで冷たい酸味を帯びたような匂いになる。だが秋星にとってはそんな匂いさえ堪らない。
「なん、もあれへん……」
顔色を青くしながら邦一が答える。
ああ、今そんな様子やったら、どんな血の味になるのん……?
「……関西弁がうつってるよ、クニ。動揺してんの……?」
ごめんな、クニ……俺はもう、我慢できへん。
静かに笑みを浮かべたが、恐らく秋星の目は赤く鋭くなっているだろう。
気づけば邦一が泣いていた。怯えさせたくない筈だったのに泣かせてしまい、少し秋星の中の小部屋が軋む。だがそれと同時に、何とも表現しがたいものがどっと溢れでてきた。
「ほんま、どないしたん……」
とはいえあの淡々としてきていた邦一を泣かせてしまうほど怯えさせるのは本望ではない。怯えさせたくないのは本当なのだ。表現しがたいものが自分の中で溢れでてくることに少し戸惑いつつも秋星は邦一を引き寄せ、背中をそっと擦った。
「……なんか……なんか秋星が怖いねん……」
これ程怯えるのは恐らく思い出せない筈の記憶がそうさせているのだろう。無意識下であの時の状況が甦っているのかもしれない。
秋星はむしろ微笑んだ。それならもういっそのこと、新しい記憶を植え付けるまで。
「……アホやな……何で俺が怖いんや……ずっと今まで一緒におったやろ……? それとも俺が何か、した?」
「わからん……けど、怖い……。秋星がヴァンパイアやって前からわかってても、怖い」
抱き寄せた邦一はまるで昔のようだった。怯える体を優しく撫でながら、秋星は囁く。
「クニ。俺はお前を殺さへんで。何があっても、むしろお前を守ったるよ……そやから怖がらんでええ……」
あんな事件のようなことにはならないし、邦一の血だって優しく吸う。
怖がらないよう、血が見えないように吸ってやろう。
「……邦一」
あえて名前を呼ぶ。そして微笑みながら邦一の手首を秋星は自分の口元へ寄せた。もちろん邦一はますます身を強張らせた。手首までもが思い切り震えている。秋星はペロリとその手首を舐めた。
「よぉ見とき……怖ないから……」
秋星こそ恐れにも近い気持ちで邦一を窺うが、とりあえず邦一からは怯えを帯びた匂いは感じられなかった。秋星はニッコリと笑う。
「ごめんやで、ちょっとからかったんや」
「は? 全然おかしくも何ともないっていうか、他でそんなのしてみろ、引かれるぞ……」
他でなんてする筈もない。邦一だからだ。
「……そうやね、外では出来へんわなぁ……」
邦一以外に秋星をある意味狂わせてくる者などいない。
……怯えさせたない。
やけど。
嫌がってはないんやろうか……?
クニ……お前の血が……欲しい……。血が……、お前が……欲しい……。
っいや、あかん。
あんな顔、させたないし俺が見たない。
やけど――
秋星は邦一にむしろ微笑む。すると邦一が表情を固まらせてきた。
「秋星、何か変」
「嫌やわ、変ちゃうよ? 邦一もはよ、シャワー浴びてき」
「う、うん」
気がかりそうにしながらも、邦一は秋星から離れて行った。
それ以来、秋星はことあるごとに邦一を見てしまうし、邦一はその視線を感じつつ、まるで様子を窺う猫のように警戒している。その上、邦一からは間違いなく怯えや不安を思わせる匂いを感じた。
怖がらせたくはなかった。だからずっと今までなるべく二人きりにならないようにもしていた。だが邦一の汗を舐めてからはもう抗いようがなかった。
あの日から、外で食事をしようにも体が受け付けない。秋星は改めて心底邦一を自分のパートナーだと思っているのだろうなと実感した。
別にヴァンパイアはパートナーに血を求める訳ではない。そもそも基本的にパートナーは自分と同じヴァンパイアであるだろうし、普通は他で補食するだろう。
だが秋星は何もかも全てを邦一に求めているようだ。まるで依存症のようなこれは強いヴァンパイアとしてはよくないことかもしれない。だが自分でもどうしようもなかった。
とはいえ受け付けないからといって飲まないままだと死にはしないが、また弱ってしまう。それに覚醒し、一度血の味を覚えてしまうと摂取しないままは体力的だけでなく精神的にも苦しい。喉がひりつくように渇き、内臓が捩れるかのようにムカつく。そんな体の欲求と共に血のことばかり考えるようになる。そんな状況に頭がおかしくなりそうになる。
他の人間の体液を受け付けなくなってしまうということは、秋星にとって二択しかない。このまま気をおかしくしながら体を弱らせ生ける屍になるか。
邦一の血を飲むか。
「クニ、最近俺を避けてへん?」
警戒しているからか秋星にあまり近づいてこなくなった邦一が、それでも仕事だからだろう、部屋に飲み物を持って来た時に秋星はストレートに聞いた。
「そ、んなこと、ない」
「嘘や。何かあったんか……」
わかっていて秋星はあえて聞く。邦一をじっと見ると怯えのせいだろう、いつものとろりと甘く暖かいような豊潤さを感じさせる匂いがまるで冷たい酸味を帯びたような匂いになる。だが秋星にとってはそんな匂いさえ堪らない。
「なん、もあれへん……」
顔色を青くしながら邦一が答える。
ああ、今そんな様子やったら、どんな血の味になるのん……?
「……関西弁がうつってるよ、クニ。動揺してんの……?」
ごめんな、クニ……俺はもう、我慢できへん。
静かに笑みを浮かべたが、恐らく秋星の目は赤く鋭くなっているだろう。
気づけば邦一が泣いていた。怯えさせたくない筈だったのに泣かせてしまい、少し秋星の中の小部屋が軋む。だがそれと同時に、何とも表現しがたいものがどっと溢れでてきた。
「ほんま、どないしたん……」
とはいえあの淡々としてきていた邦一を泣かせてしまうほど怯えさせるのは本望ではない。怯えさせたくないのは本当なのだ。表現しがたいものが自分の中で溢れでてくることに少し戸惑いつつも秋星は邦一を引き寄せ、背中をそっと擦った。
「……なんか……なんか秋星が怖いねん……」
これ程怯えるのは恐らく思い出せない筈の記憶がそうさせているのだろう。無意識下であの時の状況が甦っているのかもしれない。
秋星はむしろ微笑んだ。それならもういっそのこと、新しい記憶を植え付けるまで。
「……アホやな……何で俺が怖いんや……ずっと今まで一緒におったやろ……? それとも俺が何か、した?」
「わからん……けど、怖い……。秋星がヴァンパイアやって前からわかってても、怖い」
抱き寄せた邦一はまるで昔のようだった。怯える体を優しく撫でながら、秋星は囁く。
「クニ。俺はお前を殺さへんで。何があっても、むしろお前を守ったるよ……そやから怖がらんでええ……」
あんな事件のようなことにはならないし、邦一の血だって優しく吸う。
怖がらないよう、血が見えないように吸ってやろう。
「……邦一」
あえて名前を呼ぶ。そして微笑みながら邦一の手首を秋星は自分の口元へ寄せた。もちろん邦一はますます身を強張らせた。手首までもが思い切り震えている。秋星はペロリとその手首を舐めた。
「よぉ見とき……怖ないから……」
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