5 / 16
クリスマスが終わるまで……
5 Saint-Nicolas
「ずいぶん弾けるようになったじゃないですか」
「そ、そうかな」
照れながらも、倭は確かにつかえることなく弾けたバッハの「メヌエット ト長調」をまたもう一度弾き始める。やはり今回もつかえることなく演奏できた。思っていたよりも嬉しい。
「エリーゼのために、も弾けるかな」
友だちにからかわれた原因となった曲だ。
「どうでしょうね。駄目でも練習すればいいじゃないですか。練習、終わってしまうより続いたほうがマサも嬉しいでしょう?」
微笑みながら倭の指に、柚右は指をつたわせてきた。
「う、うん」
びくりと震えたのは怖いからでは当然ながら、ない。思わずボーッとしてしまいそうになり、倭はさりげに柚右から少し距離を取った。そうでもしないと、このまま下手すれば「もっと触って欲しい」などと自分の口から言いかねない。
どうしてこうなった感はもちろんめちゃくちゃある。むしろそれしかないくらい、ある。もしかして柚右に暗示にでもかけられたのかと疑うことさえした。
そういえば昔どこかの国での実験で、催眠状態にある被験者は様々な色が見えるという報告があったのを思い出す。たまたま見かけた内容だが覚えている。ちなみに友人からも、そしておそらく柚右からも「ちょろい」と思われているようだが、別に倭は頭が悪いわけではない。自分では普通より上だとさえ思っている。
話を戻し、その報告ではそもそも催眠にかかりやすいタイプの人間は、元々普段から様々な色を見ているのだという。MRIで脳を見た際に被験者が想像上の色を見ている時、実際に色の知覚に関係する脳の部位が明るく見えることで証明されているらしい。その上で催眠にかかると、さらに色の幻覚が強化されるとその報告で言っていた。
それを踏まえた上で倭は別に今までと見えている色に違いはないように思う。だから暗示にはかかっていない気がする。
……暗示にかかってたらそもそもそういうことも判断できないのか? いや、でも暗示にかかってたらまず暗示にかけれてるかもなんて疑うことすらしないんじゃ?
催眠状態だと注意の対象が狭まって意識が集中し、自分の内部に没入するという一種のトランス状態になるはずだ。だから疑う時点で違う気がする。とはいえ結局のところ洗脳されていると自覚なんてできないはずだ。
考えているとわからなくなってきた。自分の頭のレベルが普通より上というのもひょっとしたら妄想かもしれない。
「どう思う?」
ピアノの練習を終えてから、いっそもう本人に聞こうと倭が考えを述べると笑われた。
「本当にチョ……素直な人ですね、マサは」
「またちょろいって言おうとしただろ、お前……」
「まさか。あと僕が暗示をかけるとかよく思いつきますね。SFか何かの見過ぎじゃないですか。第一あなたがそうなるのは仕方ないんですよ」
「何で」
「僕のこと好きだから」
「は?」
「あれ? 今さら男同士で気持ち悪いとか、それとも言います? 触れられるだけでとろんとしているくせに? 笑っていいですか?」
「笑うなよ……! いや、まあ、うん……そう、かもだけど、でも何でそれが好きに……」
「むしろ何故好きじゃないと思えるんです? 僕の顔、綺麗だと思っているんでしょう? ピアノの演奏に惚れ惚れしたんでしょう? 指に見惚れてましたよね? それに話していると楽しいんでしょう? そもそもピアノを教えてもらうことに対してとても好意的に思っているでしょ、マサは。なのに好きじゃないと何故言えるんですか?」
「え? だって……」
「はい」
だって、何だ。
口にした後で倭は固まってしまった。反論が浮かばない。いや、しかしそれは一気に畳みかけるように言われたからかもしれないと、一呼吸おいてみたが浮かばない。
「……俺、お前が好きなの?」
「僕に聞かれても困りますが、でも答えていいならそうだと思います、と言っておきます」
「……そ、うなの、か……? じゃ、じゃあお前はどうなの? 俺に散々変なことしてきて──」
ハッとなり言いかけていると手を伸ばされ、頬に触れられた。それだけでその指や手のひらに頬を擦りつけたくなり、自分に引きそうだ。
「マサとつき合いたいと僕、言った気がしますが」
「そ、んなこと言ってた、……かもだけど、でもそれと好きとはまた違うかもだろ」
「好きですよ」
甘い声で囁かれたかと思うと顔を上げられキスされた。そのままチョコレートのように溶けてしまいそうな気持ちになった。
好きなのか、それならばつき合うのかと自分の中で意識すると、倭の受け入れ態勢が整うのは早かった。柚右が言うには「最初からチョ、素直で早かったと思いますけどね」だそうだが、倭としてはこれでも戸惑ったり反発したり考えたりしたつもりではある。多分。
「なあ、もう少ししたらクリスマス来るだろ」
練習する原因となった「エリーゼのために」どころか今ではモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」の第二章、第三章なら弾ける。第一章と第四章はまだ無理だが、柚右に弾いてもらうと見惚れる勢いで弾いてくれた。
ところで気づけばもうすぐクリスマスじゃないかと倭が言えば「まだ一か月くらいありますけど」と返ってくる。柚右の部屋に来ていた倭は思い切り柚右のビーズクッションを叩きつける勢いで体を乗り出した。
「そうだけど! でもつき合って初めてのクリスマスだぞ。何かこう、いい感じのデートとか考えておかないとじゃねえ?」
「はは。楽しい人ですね、マサは」
「何で返しがそれなんだよ……!」
「デート、ですか……ああでも申し訳ありません。僕、イブとクリスマスは用事あって」
「マジで……」
「この世の終わりかといった顔しないでくださいよ。ごめんなさい、家の事情で」
「なら、仕方ない、よな……」
つき合って初めてどころか、誰かとつき合って初めてのクリスマスだけにべらぼうにテンションが上がっていた倭だったが、事情があるなら仕方ないと何とか笑いかけた。
「……。でも世間ではもうクリスマスの飾りつけしてますよね。イルミネーションだって至るところでしている。当日過ごせない分、今から時間ある時はずっとクリスマスのデートをしましょう」
笑みを浮かべ、柚右が手を伸ばしてくる。その心地よさを知っている倭は「マジで?」と今度こそ本当に笑いながら自らその手の中に納まりにいった。
「そ、そうかな」
照れながらも、倭は確かにつかえることなく弾けたバッハの「メヌエット ト長調」をまたもう一度弾き始める。やはり今回もつかえることなく演奏できた。思っていたよりも嬉しい。
「エリーゼのために、も弾けるかな」
友だちにからかわれた原因となった曲だ。
「どうでしょうね。駄目でも練習すればいいじゃないですか。練習、終わってしまうより続いたほうがマサも嬉しいでしょう?」
微笑みながら倭の指に、柚右は指をつたわせてきた。
「う、うん」
びくりと震えたのは怖いからでは当然ながら、ない。思わずボーッとしてしまいそうになり、倭はさりげに柚右から少し距離を取った。そうでもしないと、このまま下手すれば「もっと触って欲しい」などと自分の口から言いかねない。
どうしてこうなった感はもちろんめちゃくちゃある。むしろそれしかないくらい、ある。もしかして柚右に暗示にでもかけられたのかと疑うことさえした。
そういえば昔どこかの国での実験で、催眠状態にある被験者は様々な色が見えるという報告があったのを思い出す。たまたま見かけた内容だが覚えている。ちなみに友人からも、そしておそらく柚右からも「ちょろい」と思われているようだが、別に倭は頭が悪いわけではない。自分では普通より上だとさえ思っている。
話を戻し、その報告ではそもそも催眠にかかりやすいタイプの人間は、元々普段から様々な色を見ているのだという。MRIで脳を見た際に被験者が想像上の色を見ている時、実際に色の知覚に関係する脳の部位が明るく見えることで証明されているらしい。その上で催眠にかかると、さらに色の幻覚が強化されるとその報告で言っていた。
それを踏まえた上で倭は別に今までと見えている色に違いはないように思う。だから暗示にはかかっていない気がする。
……暗示にかかってたらそもそもそういうことも判断できないのか? いや、でも暗示にかかってたらまず暗示にかけれてるかもなんて疑うことすらしないんじゃ?
催眠状態だと注意の対象が狭まって意識が集中し、自分の内部に没入するという一種のトランス状態になるはずだ。だから疑う時点で違う気がする。とはいえ結局のところ洗脳されていると自覚なんてできないはずだ。
考えているとわからなくなってきた。自分の頭のレベルが普通より上というのもひょっとしたら妄想かもしれない。
「どう思う?」
ピアノの練習を終えてから、いっそもう本人に聞こうと倭が考えを述べると笑われた。
「本当にチョ……素直な人ですね、マサは」
「またちょろいって言おうとしただろ、お前……」
「まさか。あと僕が暗示をかけるとかよく思いつきますね。SFか何かの見過ぎじゃないですか。第一あなたがそうなるのは仕方ないんですよ」
「何で」
「僕のこと好きだから」
「は?」
「あれ? 今さら男同士で気持ち悪いとか、それとも言います? 触れられるだけでとろんとしているくせに? 笑っていいですか?」
「笑うなよ……! いや、まあ、うん……そう、かもだけど、でも何でそれが好きに……」
「むしろ何故好きじゃないと思えるんです? 僕の顔、綺麗だと思っているんでしょう? ピアノの演奏に惚れ惚れしたんでしょう? 指に見惚れてましたよね? それに話していると楽しいんでしょう? そもそもピアノを教えてもらうことに対してとても好意的に思っているでしょ、マサは。なのに好きじゃないと何故言えるんですか?」
「え? だって……」
「はい」
だって、何だ。
口にした後で倭は固まってしまった。反論が浮かばない。いや、しかしそれは一気に畳みかけるように言われたからかもしれないと、一呼吸おいてみたが浮かばない。
「……俺、お前が好きなの?」
「僕に聞かれても困りますが、でも答えていいならそうだと思います、と言っておきます」
「……そ、うなの、か……? じゃ、じゃあお前はどうなの? 俺に散々変なことしてきて──」
ハッとなり言いかけていると手を伸ばされ、頬に触れられた。それだけでその指や手のひらに頬を擦りつけたくなり、自分に引きそうだ。
「マサとつき合いたいと僕、言った気がしますが」
「そ、んなこと言ってた、……かもだけど、でもそれと好きとはまた違うかもだろ」
「好きですよ」
甘い声で囁かれたかと思うと顔を上げられキスされた。そのままチョコレートのように溶けてしまいそうな気持ちになった。
好きなのか、それならばつき合うのかと自分の中で意識すると、倭の受け入れ態勢が整うのは早かった。柚右が言うには「最初からチョ、素直で早かったと思いますけどね」だそうだが、倭としてはこれでも戸惑ったり反発したり考えたりしたつもりではある。多分。
「なあ、もう少ししたらクリスマス来るだろ」
練習する原因となった「エリーゼのために」どころか今ではモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」の第二章、第三章なら弾ける。第一章と第四章はまだ無理だが、柚右に弾いてもらうと見惚れる勢いで弾いてくれた。
ところで気づけばもうすぐクリスマスじゃないかと倭が言えば「まだ一か月くらいありますけど」と返ってくる。柚右の部屋に来ていた倭は思い切り柚右のビーズクッションを叩きつける勢いで体を乗り出した。
「そうだけど! でもつき合って初めてのクリスマスだぞ。何かこう、いい感じのデートとか考えておかないとじゃねえ?」
「はは。楽しい人ですね、マサは」
「何で返しがそれなんだよ……!」
「デート、ですか……ああでも申し訳ありません。僕、イブとクリスマスは用事あって」
「マジで……」
「この世の終わりかといった顔しないでくださいよ。ごめんなさい、家の事情で」
「なら、仕方ない、よな……」
つき合って初めてどころか、誰かとつき合って初めてのクリスマスだけにべらぼうにテンションが上がっていた倭だったが、事情があるなら仕方ないと何とか笑いかけた。
「……。でも世間ではもうクリスマスの飾りつけしてますよね。イルミネーションだって至るところでしている。当日過ごせない分、今から時間ある時はずっとクリスマスのデートをしましょう」
笑みを浮かべ、柚右が手を伸ばしてくる。その心地よさを知っている倭は「マジで?」と今度こそ本当に笑いながら自らその手の中に納まりにいった。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
魔性の男
久野字
BL
俺はとにかくモテる。学生の頃から、社会人になった今でも、異性問わずにモテてしまう。
最近、さえない同性の先輩に好意を持たれている。いつものことだろう。いい人だから、傷つけたくはないな。
そう、思っていた。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。