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クリスマスが始まる前に
2 Dancer
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「寂しがってくれてるといいけど。最近はマサもこの時期忙しそうですからねえ」
「何てことでしょう……! サンタ様が悲しむご様子などオレは絶対に見たくありません! そうだ、今年はオレとトムテでプレゼントを配る仕事をしますから、サンタ様はどうか奥様とごゆっくり過ごしてください」
突然何を言い出すのかな、この馬鹿トナカイは。
「はは。トムテの顔がとてつもなく不穏になっていますが。でもそうですね、二十三日はどのみち午後から本番のための半休でしたし……二十四日の夜だけお願いできれば、代わりに二十五日の夜、僕は二倍働きましょうか」
「冗だ……」
「喜んで! では二十五日の朝、お迎えにあがります」
「ああ……いきなり飛び込んでくるの、やめて欲しいんですよ。マサがとても嫌がるし、僕もマサの無防備な姿を例えトナカイにでも見られるの、嫌なので」
「でも」
「迎えは結構だと言ってるんです」
「了解しました。では近くで待機し」
「僕を一人でおうちに帰られない阿呆だとでも思ってるんですかトナカイは」
「まさか。でもオレは忠実なトナカイなのでちゃんと……」
「二十五日の朝、ここでお待ちしてますので」
この能無し野郎、とトムテはトナカイの口が曲がるくらい捻りながらそう口をはさんだ。おかげで反対するどころか賛成する羽目になった。
「ひどいよトムテ。さっきはオレの口が世間で歌われてる鼻みたいに真っ赤になるところだった」
その後トムテとトナカイで積み荷の準備を行い、三人でチェックや手続きをして今日は解散となった。いそいそと倭の元へ向かう柚右を見送ってからトナカイがその口を尖らせながら言ってくる。
「ひどいのはお前だ。何俺に確認もせず勝手に俺とお前で仕事をこなす話出してんの」
「え? でもトムテ、仕事好きでしょ」
「仕事は好きだけどお前と二人でするのは好きじゃない。何が悲しくて二人で最重要職務をこなさなきゃならないんだよ、ほんと殺すぞ」
「またひどい。何でオレとが嫌いなの? オレはトムテ好きなのに」
「能無しだから」
「さっきからひどいしか言葉が出てこない!」
「お前が悪いんだよ、お前が。勝手に決めんな」
じろりと睨みつけた。言い伝えではトムテの目は暗闇では光を放つと言われている。別に怪しげな銅像でも何でもないのであからさまな光は放たないが、多分猫の目に似ているからかもしれない。
「トムテに睨まれてもオレ、怖くないからね。むしろ何か変な気持ちになっちゃう」
「ほんと死ね」
舌打ちしてこの場から離れようとしたら「あまり死ね死ね言っちゃ駄目だよトムテ。言った相手がほんとに死んじゃったらどうするの」とトナカイが言ってきた。
「どうせお前はよほどのことされないと死なないんだろ」
どうでもよさげに言えば「うん、そうだよ」と何故か嬉しそうな声が返ってきた。
歩きながらちらりとトナカイを見ると「ちゃんとオレが言った言葉、トムテの中に入ってるんだね」とニコニコしている。苛立たしいので無視してそこから離れた。
自分の家へ帰ると、ポストにいくつかのDMが入っている。どれもゴミだなと、家の中へ入って歩きながら目を一応通していると「クランプス祭」「サトゥルナリア祭」などの招待状が来ているのに気づいた。
クランプスは半分山羊の姿をした悪魔だ。黒い髪に頭に角を口には牙を生やし、世間でいう「悪い子」を地獄へ引きずり下ろす。悪魔を信じていない現代の人間の間ではこの時期、クランプスラウフという行事があるようだ。酔っぱらった男がクランプスの扮装をして練り歩き、周りを追いかけまわすらしい。
サトゥルナリアの祭りは今のクリスマスの起源とも言われている。元は農神祭だったが、かなりの乱痴気騒ぎだった。ただ、この祭りで崇拝されていたサートゥルヌスは別名サタンとも言う。
ちなみに柚右がプレゼントを配ったりしている仕事はキリスト教に大いに関わっていると世間では思われているかもしれないが、残念ながら柚右もトムテも、そしてトナカイも神様でもないしキリスト教徒でもない。今のご時世に合わせ仕事をこなしてはいるが、時代によって最も忙しくなる時期も変わっている。
そもそもトムテのような者が関わっている時点で、トナカイのような殺しても死なない怪しげな生き物が関わっている時点で、いや主たる柚右のような下手をすれば笑顔のまま相手の弱点をついてくるような性格の人が関わっている時点でキリスト関連ではないと普通に思えるはずだ。
どちらかと言えば、このサトゥルナリアのほうが近いよな。
これらパーティーはどのみち本物のクランプスをどうこうする祭りでも、本物のサトゥルナリア祭りでもない。それにかこつけた、ただの大人のパーティーだ。正直興味はなかったが、もう一つ手紙を見つけてトムテはため息ついた。
テーブルにそれらのDMを一旦置いて残りをゴミ箱に捨ててから、トムテは上着を脱いでコートハンガーにかけた。そして手を洗う。その際に自分の四本指をじっと見た。
あと一本。欲しかったな。
せっかくの綺麗なマニキュアがどうしても未完成という感じがして、改めてしみじみと思った。
「何てことでしょう……! サンタ様が悲しむご様子などオレは絶対に見たくありません! そうだ、今年はオレとトムテでプレゼントを配る仕事をしますから、サンタ様はどうか奥様とごゆっくり過ごしてください」
突然何を言い出すのかな、この馬鹿トナカイは。
「はは。トムテの顔がとてつもなく不穏になっていますが。でもそうですね、二十三日はどのみち午後から本番のための半休でしたし……二十四日の夜だけお願いできれば、代わりに二十五日の夜、僕は二倍働きましょうか」
「冗だ……」
「喜んで! では二十五日の朝、お迎えにあがります」
「ああ……いきなり飛び込んでくるの、やめて欲しいんですよ。マサがとても嫌がるし、僕もマサの無防備な姿を例えトナカイにでも見られるの、嫌なので」
「でも」
「迎えは結構だと言ってるんです」
「了解しました。では近くで待機し」
「僕を一人でおうちに帰られない阿呆だとでも思ってるんですかトナカイは」
「まさか。でもオレは忠実なトナカイなのでちゃんと……」
「二十五日の朝、ここでお待ちしてますので」
この能無し野郎、とトムテはトナカイの口が曲がるくらい捻りながらそう口をはさんだ。おかげで反対するどころか賛成する羽目になった。
「ひどいよトムテ。さっきはオレの口が世間で歌われてる鼻みたいに真っ赤になるところだった」
その後トムテとトナカイで積み荷の準備を行い、三人でチェックや手続きをして今日は解散となった。いそいそと倭の元へ向かう柚右を見送ってからトナカイがその口を尖らせながら言ってくる。
「ひどいのはお前だ。何俺に確認もせず勝手に俺とお前で仕事をこなす話出してんの」
「え? でもトムテ、仕事好きでしょ」
「仕事は好きだけどお前と二人でするのは好きじゃない。何が悲しくて二人で最重要職務をこなさなきゃならないんだよ、ほんと殺すぞ」
「またひどい。何でオレとが嫌いなの? オレはトムテ好きなのに」
「能無しだから」
「さっきからひどいしか言葉が出てこない!」
「お前が悪いんだよ、お前が。勝手に決めんな」
じろりと睨みつけた。言い伝えではトムテの目は暗闇では光を放つと言われている。別に怪しげな銅像でも何でもないのであからさまな光は放たないが、多分猫の目に似ているからかもしれない。
「トムテに睨まれてもオレ、怖くないからね。むしろ何か変な気持ちになっちゃう」
「ほんと死ね」
舌打ちしてこの場から離れようとしたら「あまり死ね死ね言っちゃ駄目だよトムテ。言った相手がほんとに死んじゃったらどうするの」とトナカイが言ってきた。
「どうせお前はよほどのことされないと死なないんだろ」
どうでもよさげに言えば「うん、そうだよ」と何故か嬉しそうな声が返ってきた。
歩きながらちらりとトナカイを見ると「ちゃんとオレが言った言葉、トムテの中に入ってるんだね」とニコニコしている。苛立たしいので無視してそこから離れた。
自分の家へ帰ると、ポストにいくつかのDMが入っている。どれもゴミだなと、家の中へ入って歩きながら目を一応通していると「クランプス祭」「サトゥルナリア祭」などの招待状が来ているのに気づいた。
クランプスは半分山羊の姿をした悪魔だ。黒い髪に頭に角を口には牙を生やし、世間でいう「悪い子」を地獄へ引きずり下ろす。悪魔を信じていない現代の人間の間ではこの時期、クランプスラウフという行事があるようだ。酔っぱらった男がクランプスの扮装をして練り歩き、周りを追いかけまわすらしい。
サトゥルナリアの祭りは今のクリスマスの起源とも言われている。元は農神祭だったが、かなりの乱痴気騒ぎだった。ただ、この祭りで崇拝されていたサートゥルヌスは別名サタンとも言う。
ちなみに柚右がプレゼントを配ったりしている仕事はキリスト教に大いに関わっていると世間では思われているかもしれないが、残念ながら柚右もトムテも、そしてトナカイも神様でもないしキリスト教徒でもない。今のご時世に合わせ仕事をこなしてはいるが、時代によって最も忙しくなる時期も変わっている。
そもそもトムテのような者が関わっている時点で、トナカイのような殺しても死なない怪しげな生き物が関わっている時点で、いや主たる柚右のような下手をすれば笑顔のまま相手の弱点をついてくるような性格の人が関わっている時点でキリスト関連ではないと普通に思えるはずだ。
どちらかと言えば、このサトゥルナリアのほうが近いよな。
これらパーティーはどのみち本物のクランプスをどうこうする祭りでも、本物のサトゥルナリア祭りでもない。それにかこつけた、ただの大人のパーティーだ。正直興味はなかったが、もう一つ手紙を見つけてトムテはため息ついた。
テーブルにそれらのDMを一旦置いて残りをゴミ箱に捨ててから、トムテは上着を脱いでコートハンガーにかけた。そして手を洗う。その際に自分の四本指をじっと見た。
あと一本。欲しかったな。
せっかくの綺麗なマニキュアがどうしても未完成という感じがして、改めてしみじみと思った。
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