絆の序曲

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33話

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 静かな音楽に、ほんのり聞こえる客の会話が上手く交ざり、むしろ心地のよい音として店の雰囲気と溶け合っている。
 この雰囲気が気に入ってアルバイトを決めた筈だったのに、最近は全然心に残らなければ響きもしなかった。だが今はまた違う。落ち着いたインテリアとともに梓の心に色を添えてくれている。

「お先ですアズさん。じゃあまた後で」
「うん、お疲れ様」

 それもこれも全て、灯とまた一緒に働けるからだろうなと梓は現金な自分に苦笑する。
 一緒にといっても灯のほうが先に入って先に上がる。一緒に働く時間はしれている。それでも気持ちの持ちようで、周りのどんなことでも見え方や感じ方、捉え方が変わってくるものだなと梓はしみじみ思う。
 気持ちの持ちようとはいえ、灯からいい返事を貰ったのではない。

「お、俺はこ、こういうことに疎くて、その、アズさんのことは凄く尊敬してるし好きなんだけどその、あの、俺、あの、えっと……、……本当にその、ど、とうしていいかわかりません……」

 改めて灯から返事された時のことを思い出すとだが自然に笑みが溢れてくる。つき合えてなくても、恋愛として好きだと言われてなくても温かい気持ちになるし、何より灯がかわいかった。どのみち急いでどうこうしたいわけではない。

「大丈夫だから緊張しないで。好きだと伝えた時も言ったけど、今すぐどうこうして欲しいとかじゃないんだ。ただ俺の気持ちを伝えたくて。灯ちゃんには迷惑じゃなければ前のようにギターの練習一緒にしてくれたりしたら嬉しいかな」
「め、迷惑だなんてそんな……! 俺のほうこそこれからも教えて頂けるなら嬉しいし、その……、……」
「ん? 何?」
「……アズさんのこと、尊敬している人ってだけじゃなくて……その、と、友だちだと思っていい、ですか……」
「もちろん」

 灯はいくら普段しっかりしているとはいえまだ高校生だし、恋愛面では梓からすると下手をすると小学生……いや、幼稚園児よりも拙い気がする。

 ……いつかはどうこうするつもりだけど……今はこのままで十分。

 話していた時もそうだったが思い返している今も、梓はそっと静かに優しい笑みを浮かべた。
 十分、楽しい。かわいいところが沢山見られそうだし、からかい甲斐もある。おまけにゆっくり育てる楽しみまで味わえそうだ。

「永尾くん、悪い顔してないで五番にこれ持っていって」
「店長……悪い顔って何ですか」

 苦笑しながらコーヒーをトレーに乗せ、梓は注文の品を運んだ。 戻ると店長が「そういえばさ」と梓を見てくる。

「はい」
「永尾くんが入った頃に俺、片倉くんに新しい人入ったよって話したことあるんだけど」
「はぁ」
「どんな人かって聞かれてとりあえず『穏やかそうなイケメン?』って言ったんだよね」
「イケメンは嬉しいですけど……何で疑問系なんです」
「あはは。片倉くんにも同じこと言われた。その時はもう少ししたら入ってくるから片倉くん自身で確認するといいよって答えたんだよな」

 どこか楽しそうにしている店長の意図がよくわからなく、梓は怪訝な顔を店長へ向ける。

「はぁ」
「片倉くんはしっかりしてるけど読みはまだまだ甘いよね」
「読み?」
「何で疑問系だったんだと思う?」

 さらに楽しそうな顔を向けられ、梓は苦笑した。

「店長は深読みのし過ぎですよ。俺はこの通り、穏やかなヘタレです」
「そうかなぁ」

 店長はやはり楽しそうだった。
 暫くは灯と鉢合わせしないよう時間をずらしていたので帰りも遅かったのだが、今はまた元の時間にさせて貰っている。アルバイトを終えると梓は待ち合わせ場所へ急いだ。
 告白し、キスまでしてしまったが、灯はいい意味で変わらない。ギターの練習に誘ってもとても嬉しそうだった。
 梓が灯に会わないようにしていたことは「好きになりそうだから申し訳ないけれども避けていた」と説明して謝った。本当の理由と少しだけ違うしひたすら勝手な言い分だが、柊のことを梓が言うわけにもいかないのでこうとしか言い様がなかった。
 だが灯は「嫌われたんじゃなくてよかったです」と偽りなく嬉しそうに笑ってくれた。おまけにギターの練習に誘ってもとても嬉しそうで、本当にいい子でかわいいなと梓はしみじみする。

「むしろ俺、アズさんがちゃんと気持ち伝えてくれたのに曖昧で情けない言動しかできなくて……なのに友だちだと思ってもいいか聞いても笑顔で頷いてくれたし、こうして誘って貰えて、本当に嬉しいです」

 そう言われた時は自分のほうが嬉しいとばかりに抱きしめキスしたかったが、さすがに何度も軽率にするのは、と何とか堪えて梓は代わりに思い切り灯の頭を撫でた。

「指……」
「え?」

 久しぶりに向かったのだが、楽器店の店主は快く場所を使わせてくれた。早速練習すると、灯の演奏はずいぶん上達したように思われる。練習してたのだろうなと微笑ましく思っていると、梓は灯の手に気づいた。今まで特に気にしていなかったので目に留まらなかった。
 触れなくてもわかる。ずっと練習していないとならないであろう灯の指先に、梓は微笑ましさどころか感動すら覚えた。

 会っていなくても練習、そんなにがんばっていたんだ。

「ずいぶん、硬くなったね」
「ま、まだまだです。でも、気づいてそう言って貰えて何か嬉しいです」

 灯はまた嬉しそうに見上げてきた。何の邪な気持ちもなかったというのに、つい手に取った灯の指を自分の指に絡めたくなって困る。

「……アズさん? どうかしました?」
「うーん」

 今度は怪訝そうに見上げてくる。本当に困る。

「アズさん?」
「灯ちゃんね、友だちでもちろんいいんだけどね、でも俺に告白されたの覚えてる?」
「は、へ」

 ポカンとしながら灯がおかしな反応をする。だがその後に顔を真っ赤にしてきた。

「そ、そりゃ、わ、忘れませんよ」
「うーん……なのに無防備だね」
「ええ……っ?」

 思いもよらないといった顔は本気で驚いているようだ。

 ……育て甲斐のある……ってことにしよう。

 梓はそっと苦笑した。
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